無題
朝日が昇り始める頃、私はいつものように愛しい人のいる部屋へ、愛しい人のいるベッドへと向かう。
強烈な朝の日差しと眠気が思考も足元もフラフラさせてしまう、けれど、
「エイラ…」
もたもたと廊下を歩きながら、誰に言うでもなくその人の名を呟いて。
その響きにかすかな余韻を感じながら。
そうして、意識だけはしっかりと保つ。
「エイラ…」
今日の私には目標がある。とてもとても、簡単なことだけど。
5秒…いや、1秒だけでいい。
ほんの少しだけ、押し寄せる睡魔に勝てればいい。
普段は気を使う余裕はないけれど、今日だけは意識して音を立てないように扉を開ける。
柔らかなレースのカーテンをくぐって、左へ。
おぼつかない足取りで、けれど慎重に、彼女を起こさないように。
そうして2段ベッドの下、彼女の眠るその場所に辿り着く。
「あっ…」
当たり前だけれど、そこにはエイラが眠っている。
小さな寝息を立てて、穏やかにエイラが眠っている。
普段は…というよりも私の前ではコロコロと表情が変わるその顔も、今はとても静かで。
整った顔立ちだと出会った頃から思っていたけれど、こうして見ると本当に綺麗だ。
凛々しくてカッコよくて、けれどその内面を知ると途端に可愛いと思ってしまう。
不思議な人。
私の、1番大切な人。
そんなエイラの寝顔を意識して見るのは、実は今日が初めてだった。
「…っ…エイラ…」
いつも一緒に寝ているくせに、私は眠ったエイラの顔をきちんと見たことがなかった。
だから、どうしても見たかった。
素顔の彼女を、どうしても見てみたくなったのだ。
「エイラ」
視界が不意に揺れてかすれる。
眠気のせいなのか、それとも泣きそうになっているからなのか。
名前を呼んだ声が震えていて、喉がギュッと締め付けられたような感覚があったので、きっと後者なのだろう。
もしエイラが起きていれば、今の私を見て物凄い勢いで心配してくれるに違いない。
そんな優しくしてくれるエイラを簡単に想像できて、そこに何の違和感も感じないことが嬉しかった。
けれど、もう限界。
結局いつものように、私は音を立ててエイラの眠るベッドに倒れる。
視界が黒一色にそまり、意識が朦朧とする。
今気付いたけれど、幸せを感じながら眠りに落ちていくのは、とても気持ちが良い。
ふと、エイラの声が聞こえた気がした。
私の立てた派手な音にびっくりして目が覚めたのだろう、そしてわざとらしい悪態をついて。
どこか幸せそうな声色で。
いつもの言葉。
「 」
聞こえた気がするし、聞こえなかった気もする。
もう私は夢の中へと向かっていた。
ああ、そういえば。
どうせなら最後までエイラを起こさないようにもっと頑張るべきだった。
目を覚ましたときに私が横で眠っていたら、貴女はどんな顔をするのかな。
やっぱり簡単に想像できてしまうから、私は顔を綻ばせたまま、眠りについた。
おわり