happy dream
「リーネちゃんは私の嫁だから!」
自分の大声で、芳佳はがばと跳ね起きた。
どうやら眠っていたらしい。
訓練が続き身体が休息を求めていたのか、自室に戻るなり、午後の休憩も忘れ、ひとりベッドで仮眠を取っていた様だ。
しかし、どんな夢を見ていたのか。
更にはどうしてあんな事を言うハメになったのか、夢の内容を全く覚えていない。
「どうしたのかな私……疲れてるのかな」
芳佳は鈍く痛む頭を二、三度振ると、よろっと立ち上がった。
そこで、はっと気付く。
「まさか、誰かに……聞かれてないよね?」
ははは、と冷や汗混じりにひとり笑って誤魔化した。
その時、何者かの気配が部屋の近くから消えた事に、芳佳は気付いていなかった。
「ねえ、芳佳ちゃん?」
部屋を出てすぐ、エイラとサーニャに出会った。出会うなり、サーニャは心配そうに芳佳の顔を見た。
「あれ、どうしたのサーニャちゃん?」
「宮藤、お前どんだけ溜まってるんだヨ」
呆れ顔のエイラに肩をつつかれ答えに困る芳佳。
「えっ、何の事ですかエイラさん?」
「芳佳ちゃん、何か心配事とか困った事とか有ったら……私達で良ければ相談に乗るから」
サーニャに心配され、えっと言う顔をする芳佳。
「な、何の事? 私大丈夫だよ?」
「私も特別に占ってやってもイイゾ。占い料は貰うけどナー」
「もう、エイラったら」
「嘘だってサーニャ。ま、頑張れヨー。私達はこれで」
「あ、はい……」
ミーティングルームでは、トゥルーデとエーリカが何やら話をしていた。芳佳の姿を見つけるなり、こっちへ来いと手招きする。
「どうかしましたか、バルクホルンさん」
「宮藤、お前……」
「はい?」
数呼吸の間を置いて、トゥルーデは顔を少し赤くして、ぷいと横を向いた。
「トゥルーデ、こう言う所は純粋なんだからな、もう」
にやにや笑うエーリカ。
「ハルトマンさん、一体何の話です?」
戸惑う芳佳に、エーリカがふふーっと笑って言った。
「こじれる前に、早くした方が良いと思うよ」
「ええっ!? 何の事ですか!? こじれるって?」
「気付いてないのか、宮藤。お前は本当に何処までも扶桑の魔女なんだな」
心底呆れた顔でトゥルーデが言う。
「はい。扶桑の魔女ですけど、何か?」
「単なる国籍を言ってるんじゃない」
トゥルーデに言われ、ますます意味が分からなくなる芳佳。
「は、はあ……何が何やら」
「とりあえず早く行ってやれ。待ってるんじゃないか?」
「誰がですか」
「はいはい、向こう向こう」
エーリカに肩を押され、ミーティングルームから締め出された。
執務室の前を通り掛かったところで、唐突に扉が開いた。
ひょっこり顔を出したのは美緒。
「あ、坂本さん。どうかしましたか? 午後の訓練はもう終わりじゃ……」
「うむ。今日の訓練は既に終わっているぞ。しかし宮藤、お前も扶桑の撫子ならもっとしっかりせんか」
「は、はい?」
「そうね、宮藤さん。余りプライベートな事言うのも何だけど、お互いの事を理解する為にも、伝える事はしっかり伝えないと」
いつの間に出て来たのか、ミーナまで芳佳に声を掛ける。
「ミ、ミーナ中佐? 私、一体」
「全く……師匠が師匠なら弟子も弟子ね」
ふう、とせつなげに溜め息を付くミーナ。
「何だミーナ、その言い方は。トゲがあるぞ」
呆れる美緒の肩をぽんと叩くと、ミーナは爽やかに迫力のある笑顔を作り、言った。
「なら美緒、ちょっと、良いかしら?」
「な、なんだ急に? おい、ミーナ……」
身の危険を感じた芳佳は、一礼すると振り返らずに駆け出した。
厨房に辿り着く。今日は食事当番だった事を思い出す。
「ウジャー! 芳佳来たぁ!」
「いよっ宮藤! この幸せ者!」
厨房の向かいに有るテーブルに、シャーリーとルッキーニが座っている。芳佳を見つけるなり、主役登場とばかりにはやしたてる。
「シャーリーさんもルッキーニちゃんも、どうして……」
「ちょっと宮藤さん?」
厨房から厳しい声が飛んできた。ペリーヌだ。眼鏡の縁をくいと上げると、じろりと芳佳を見る。
「貴方、もうちょっとマシな寝言を言えないのかしら」
「はいぃ!?」
芳佳はようやく気付いた。
寝言、聞かれてた。
しかも全員に、話が回ってる。
「ちょっ、ちょっとペリーヌさん、誰から聞いたんですか?」
「501(ここ)で秘密なんて無いに等しいって、貴方も知ってるでしょうに」
「えうっ……だけど、寝言ですよ寝言?」
「甘いな宮藤は。あんだけ大声で言っちゃったんだから、ちゃんと責任取らないとな」
「取らないとナー、ナー! キャハハ」
「酷い! 聞いてたの、シャーリーさんとルッキーニちゃん!? 何も、言いふらさなくても……」
「だってー。おもしろーい事になりそ~うだし」
にゃはは、と八重歯を見せて笑うルッキーニ。
「さあ宮藤。言い訳はこの辺にして、お前の麗しき花嫁にしっかりと伝えるんだ!」
シャーリーが指差したその先は厨房の奥。もじもじと、リーネが芳佳の事を待っていた。
「リ、リーネちゃん」
「芳佳ちゃん……」
「あのね……、私、その、夢で」
リーネは顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で呟いた。
「芳佳ちゃん。な、何事にも順序って有ると思うの。私達、その、結婚するなら、ブリタニアの法律じゃ出来ないし……
例えば私の家に養子縁組とか、色々手段はあると思うんだけど」
「リーネちゃん何言ってるの」
余りの事に顔が青ざめる芳佳、正反対に沸騰しそうなリーネの頬の色。
周囲には、いつの間に来たのか、501の面々が揃っている。
「ど、どうすれば良いの……私」
芳佳は言葉が続かず、呆然と立ち尽くした。
end