girl next door
ふと夜中に目が覚め、扉を開け放った時……
扉を抜けた先が、今居る世界とはまるで別の「セカイ」だったら?
アナタならどうする?
エーリカがぼそっと呟いた時、横に居たトゥルーデは血相を変えた。
「おい馬鹿やめろ」
先日の、謎の件を思い出して寒気を覚えるトゥルーデ。
「でも、もしかしたら、あの“世界”に行く事が有るかも知れないよ?」
「もうゴメンだ。おかしな事に関わるのは」
「それにしては準備万端だよね、トゥルーデ」
少し呆れてエーリカはトゥルーデを指差した。
両肩にMG42、パンツァーファウストを担ぎ、ストライカーユニットを両腕に抱え、今から戦いに行くかの様な姿である。
「いや、万が一に、あの妙な所に……」
「ま、とりあえず、扉開けてみたら?」
「おいこら待てエーリカ、押すな! わあ!」
刹那、眩い光がトゥルーデを包み込む。
部屋の扉は彼女を飲み込むと、瞬間的に、ばたん、と閉まった。
ぎょっとするエーリカ。慌てて扉を開けたが、いつもと同じ廊下が見えるだけで、トゥルーデの姿は無かった。
「くそぅエーリカめ、帰ったら説教だ! ええい、敵は何処だ!?」
以前の惨状を思い出し慌ててストライカーユニットを装着しようとするが、ふと、辺りの情景が気になり、作業の手を止めた。
視界一面に、菜の花畑が広がる。
いや、これは菜の花なのか、はてさて秋桜なのかも分からない。とにかく形状し難い、しかし美しい花々。
そして、さんさんと輝く太陽。陽射しも柔らかく、人影も無い。空気も澄んで柔らかく……戦渦どころではなく、まるで、平和な世界を絵に描いた様な空間。
「お姉ちゃん、なにしてるの?」
不意に声を掛けられてぎょっとする。
「お、『お姉ちゃん』?」
その言葉は確かにカールスラント語だった。慌てて振り向く。
幼い少女が、花束を手にやってくる。後ろに付いて来た数体の物体? は、まるでボウリングのピンを少し大きくした様な、謎のモノ。
……何処かで見た様な、いや、こんなサイズではないし錯覚だろうと頭を抱えるトゥルーデ。
「君、ここは何処だ?」
「えっ、ここ? おはなばたけ!」
「いや、確かにそうなんだが……この国の名前とか、分からないかな」
「『くに』? なにそれ」
「あー、分からなければ良いんだ。そうだ、誰か、喧嘩とか、争いとか、してないか?」
「どうしてそんなコトするの?」
幼女は首を傾げて言った。髪の毛はエーリカの様なブロンド、肌の色はルッキーニに近い褐色、顔つきはどことなくクリスにも似ていたが、それでいて異国情緒を漂わせる不思議な魅力を持っていた。
「お姉ちゃんもおはなかざり作る?」
「え? あ、ああ、うん」
武器とストライカーユニットを傍らに置くと、花畑の真ん中に座り、幼女と一緒に花を摘み、言われるままに花飾りを作っていく。
「お姉ちゃんじょうず!」
「そ、そうか? はは、有り難う」
場の空気に呑まれたのか、まんざらでもない感じの『お姉ちゃん』。出来た花飾りを、幼女の頭にぽんと載せる。
「お前にやろう。似合ってるぞ」
「ありがとう! お姉ちゃんもどうぞ!」
「ああ、これは有り難う」
ちょっと崩れた形の花飾りを、頭に載せて貰う。
「じゃあお姉ちゃん、この子たちにもつくってくれる?」
「えっ」
ふと辺りを見ると、幼女の後を付いてきた謎の物体……生命体なのか? が、トゥルーデと幼女の周りを囲んでくねくねと動いている。身の丈程もあるが、不思議と、敵意や殺意は感じない。
「なあお嬢ちゃん、こいつらは何て言うんだい?」
「ネフィリムだよ。わたしのともだち」
「な? ……なっ!?」
「どうかした?」
「いや……これは夢だ。そうだ夢に違いない……って、いてててっ服を引っ張るな! こらこら、銃をかじるな、パンツァーファウストを舐めるな、ストライカーは食べ物じゃない! 今花飾りを作ってやるから触るな! ちょっと離れろ!」
周囲に居た小柄な「ネフィリム」と呼ばれる者共を手で追い払うと、せっせと花飾りを作り、機械作業的にほいほいと頭に掛けてやる。
「うわあ、お姉ちゃんすごい、あっというまにできた!」
「ま、まあな。これくらいは」
手際良く花飾りを作り終える。
「ネフィリム達も、とってもよろこんでるよ。おれいがしたいって」
「礼? そんなもの別に要らない……な、何だこれは?」
一体のネフィリムから、そっと渡されたもの。それは小さなカケラ。ネウロイのコアにも似た結晶。
しかしそれは青く澄み切った色で、普段トゥルーデ達が必死に敵の身体から探し、撃ち砕くものではない気がした。
「有り難う」
大事にポケットに仕舞うと、やおら立ち上がる。
「さて、お嬢ちゃんも皆も有り難う。私は、そろそろ行かないと」
「どこへ?」
「帰る場所があるんだ。多分」
トゥルーデはそう言って、持って来た武器やらストライカーユニットを担いだ。
「どこかわからないけど、きをつけてね。またあそぼうね」
「ああ。お嬢ちゃんも……」
言い終わらないうちに、背後から物凄い吸引力を感じる。
振り向く前に、ごうっと言う風と共に、その“世界”からトゥルーデは消え去った。
どすっ、と床にしたたかに尻を打ち付ける。
「いたたっ……今度は何だ!?」
トゥルーデは辺りを見た。ほのかにランプが灯る、元居た室内。軋む蝶番の音と共に、ばたん、と背後で扉が閉まる音がした。
目の前には、真っ青な顔をしたエーリカが立っていた。
「トゥルーデ、大丈夫?」
エーリカが駆け寄って来た。
トゥルーデが手にしていたストライカーユニット、そして武器の数々は何の異常も無く、勿論本人も異常なし。
「大丈夫だ、問題ない」
尻をさすりながら、エーリカに答えるトゥルーデ。
「ホントに? トゥルーデ、私の目の前で、扉に吸い込まれたんだよ? 扉がぴかーって光って、それで……」
信じ難い、と言う表情のエーリカ。
「だが、戻って来ただろう。私に、何処かおかしい所は有るか? 私は私だ」
「じゃあ、私は誰か分かる?」
「訳の分からない事を言うな、エーリカ・ハルトマン中尉。……私の大事なエーリカ」
「トゥルーデなんだね? 良かった……」
心配していたのか、ぎゅっとトゥルーデを抱きしめるエーリカ。
「ごめんね。トゥルーデ、ごめんね」
「本当、大丈夫だ。私は何とも無い。心配するな。それにな、今回“行った”先はなんだか妙に平和な世界でな」
「へっ? ……あれ、トゥルーデ、その頭の花飾り」
「ああこれ? 貰ったんだ」
トゥルーデの頭から、そっと花飾りを外し、眺める。
「見た事無い花だね」
「ああ、そうなんだ。今度ペリーヌにでも聞いてみるか。あいつなら分かるんじゃないか」
二人でじっと花を見るも、双方の意見は同じだった。
「図鑑に載ってないんじゃ」
トゥルーデは、はっと思い出してポケットに手をやった。
「そうだ、こんなのも貰った。お礼とかで」
トゥルーデはポケットから、青いカケラを取り出した。エーリカはその青く澄んだ結晶を覗き込む様に見た。
「えっ、これ……ネウロイのコア……じゃないよね?」
「色も大きさも、何やら違うと思うんだが……何だと思う?」
「私が分かる訳ないじゃん。これ、ミーナに持ってって聞いてみる? もしくは少佐に魔眼で見て貰うとか」
「何だか、話が大きくなりそうな気がするんだが」
「でも、どうしよう」
「どうしたものかな……」
エーリカとトゥルーデは、不思議なお土産を手にしたまま、答えに困り果て、顔を見合わせた。
end