静夏、娘になる!?


「見てリーネちゃん、このウィッチさん、すごくスタイル良いよ」
「芳佳ちゃん、そういうとこ見る本じゃないと思うんだけど……」
「あはは、ごめんごめん。つい癖で……」
「全く……相変わらずですわね、あなたは」
ここは、501基地の談話室。
カールスラント国境付近に、新たに出現したネウロイに対抗するため、新設された基地の一室だ。
午前の訓練を終え、この場所でくつろいでいた芳佳はリーネ、ペリーヌ、エーリカらと共に、
共用の本棚に置いてあった本の一冊、『ウィッチ名鑑』を読んで午後の休息を楽しんでいた。
この本には第一次ネウロイ大戦から現在まで、世界中のウィッチ達の活躍が記されていた。

「あっ、リーネちゃんやハルトマンさんのお母さんも載ってるんだ……格好良いなぁ」
「そりゃ、私の母様やリーネのお母さんは当時、凄いエースウィッチだったからね。ねぇ、リーネ?」
「はい。お母さんはブリタニアでも有数のウィッチだったって、お父さんからよく聞かされてました。
そう言えば、ペリーヌさんも代々ウィッチの家系ですよね?」
「ええ。クロステルマン家は代々魔法医の家系として、有名でしたのよ。
宮藤さんのところも代々、治癒魔法の家系でしたわよね?」
「はい、お母さんもお婆ちゃんも私よりもずっと凄い治癒魔法の使い手で……」
それからしばらくの間、4人のウィッチは自分たちの家族の話をした。
芳佳は、みんなと家族の話をするうちに娘を持つことに強い憧れを抱いたようで、リーネに対して思いがけないことを呟いた。
「ねぇリーネちゃん、私たちもウィッチの娘がほしいね」
「え? な、何で私に振るの!?」
「ほら、ウィッチ同士の娘って凄い子が生まれそうじゃない? リーネちゃんは私の娘、産むの嫌かな……?」
「い、嫌じゃないけど……それ以前に私たち、女の子同士だから子供なんて産めないんじゃ……」
「そこは魔力で何とかなったりしないかな? ほら、坂本さんだって言ってるじゃん。ウィッチに不可能はないって」
「ま、魔力で何とかなるのかな?」

「本当に宮藤さんは、いつも発想がメチャクチャですわね……いくら私たちがウィッチだからって、女性同士で子供が産めるわけありませんわ」
芳佳とリーネのやりとりを見て、ペリーヌが呆れるように呟く。
「そんなことないんじゃない? ほら、ペリーヌだってアメリーとの間に子供がいるわけだし」
「……誤解を招くような言い方、しないでくださるかしら?」
「あはは、ごめん。冗談冗談」

「とにかく、私たちに娘ができたらどうなるのか、せっかくだからシミュレーションしてみようよ」
「シ、シミュレーション? どうやって?」
「ちょっと待ってて。今、用意してくるから」
芳佳はそう言い残して、談話室を後にする。
残されたリーネは芳佳の背中を見送りながら、どこか不安げに呟く。
「芳佳ちゃん、何するつもりなんだろう?」
「……あまり良い予感がしないのは確かですわね」

――――――◆――――――

「ねぇ、服部さん」
「何でしょう? リネット曹長」
「えっと、何でそんな格好してるの?」
「それは私が聞きたいです……」
それから十分後、談話室には可愛らしいピンクのワンピースを身に纏った服部静夏軍曹の姿があった。
坂本少佐の計らいもあって、芳佳の従兵となった彼女だがどうにも、いつも予想外の行動を起こす宮藤"少尉"には手を焼いているようだ。
今日だって、いきなり芳佳にワンピースを着せられたかと思いきや、そのまま流れで何も聞かされずに、談話室に連れてこられたのである。
「み、宮藤さん! これは一体どういうことですか!? この格好、その……凄く、恥ずかしいです」
静夏は振り返り、自分を連れてきた張本人である芳佳にどういうことかと詰め寄る。
普段は着ることがない、可愛らしい衣装に身を包んでとても恥ずかしそうだ。
当の芳佳は、いつもと変わらない笑顔で静夏に優しく語りかける。
「実はね、私とリーネちゃんに娘ができたらどうなるのか、シミュレーションしてみようって話になってね、
それで静夏ちゃんには今日1日、私たちの娘になってもらいたいんだ」
「む、娘!? 私がですか?」
「うん。私がお父さんでリーネちゃんがお母さん。これは私たちの将来に係わる大事な訓練なの……協力してくれる?」
「訓練ですか……?」
芳佳に真っ直ぐな瞳で見つめられ、少々戸惑う静夏。
状況はよく飲み込めないが、尊敬する芳佳が自分を頼ってくれているのだ、断るわけにはいかない。
「分かりました! 服部静夏、今日1日宮藤芳佳少尉とリネット・ビショップ曹長の娘として、頑張らせていただきます!」
静夏はピンと背を伸ばして、芳佳とリーネに向かって敬礼する。
その一連の流れを見ていたペリーヌは、呆れ顔で隣のエーリカに囁く。
「シミュレーションって、訓練のうちに入るのかしら?」
「まぁ、いいんじゃない? 面白そうだし」
呆れ顔のペリーヌとは対照的に、ニコニコ顔のエーリカが答える。
この状況が楽しくて仕方がない様子だ。

「それでは、改めてよろしくお願いします。お父様、お母様」
「うん……よろしくね、服部さん」
「ダメだよリーネママ。静夏は私たちの娘なんだから、名前で呼ばないと」
「あっ、そっか……静夏、お腹空いてない? ママが何か作ってあげるよ」
「いえ、結構です。お母様のお手を煩わせるわけには……」
静夏がそう言った直後、彼女のお腹から可愛らしい音が鳴り響く。
芳佳に連れてこられるまでずっと訓練に励んでいたので、今日はまだ昼食をとっていなかったのだ。
「ふふっ、遠慮しなくていいよ。ちょっと待っててね。今、何か作ってくるから」
お腹が鳴って、顔を真っ赤にした静夏にリーネが優しく言う。
「は、はい。ありがとうございます……」
「じゃあ芳佳パパ、私が料理してる間、静夏の相手してあげてね」
「うん。分かったよ、リーネママ」
芳佳はキッチンへ向かうリーネを見送り、それから、共用の本棚から本を一冊取り出しソファに腰掛け静夏を手招く。
「おいで静夏。料理を待ってる間、パパが読み聞かせしてあげる」
「読み聞かせ……ですか?」
突然の提案に戸惑いながらも、芳佳の隣に腰掛けて読み聞かせが始まるのを待つ静夏。
芳佳は静夏が隣に座ったのを確認すると、本を開いて朗読を始める。
「むかーし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは……」
いつもより大人びた声で芳佳は朗読を進めていく。
彼女の繊細で落ち着いた朗読に、静夏だけでなくペリーヌやエーリカも自然と惹き込まれていった。

「……こうしてみんな、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」
芳佳が最後の一文を読み終え、本を閉じると談話室から一斉に拍手が巻き起こる。
ペリーヌ、エーリカ、それに、芳佳の声に誘われてやってきたトゥルーデがそれぞれ賛辞の言葉を送る。
「意外とお上手ですわね。感心しましたわ」
「やるじゃん、宮藤」
「いい朗読だったぞ、宮藤」
「ありがとうございます。昔、よく読み聞かせしてくれたお母さんの真似だったんですけど……ねぇ静夏、パパの読み聞かせどうだった?」
「はい! お父様の声、凄く心地良かったです!」
と、静夏が目をキラキラ輝かせながら言う。
「えへへ。ありがと、静夏」
「お、お父様?」
芳佳を『お父様』と呼ぶ静夏にトゥルーデが困惑してると、トレーを持ったリーネが談話室に戻ってきた。
トレーには、静夏のために作ったパンケーキがいっぱい乗っている。
「お待たせ。パンケーキできたよ、静夏」
「ありがとうございます、お母様」
「わぁ、美味しそう。さっすがリーネママ!」

「お父様? お母様? 状況がよく飲み込めないんだが、宮藤たちは何をやっているんだ?」
いつもとどこか様子が違う芳佳たちを見て、トゥルーデがエーリカに訊ねる。
エーリカが簡単に事の経緯を説明すると、トゥルーデは、「なるほど。つまり、服部は私の姪にあたるわけだな」と言いながら納得したように頷く。
「いや、どんな理屈だよ」
トゥルーデのその発言に、エーリカがすかさず突っ込んだ。

――――――◆――――――

「静夏、おかわりはまだあるから遠慮しないでたくさん食べてね」
「はい。ですが、これ以上はさすがに……」
「あっ、静夏、口にシロップがついてるよ」
「え? どの辺ですか?」
「じっとしてて。パパが拭いてあげる」
「あ、ありがとうございます……」
静夏がパンケーキを食べている間、ずっと彼女の世話を焼く芳佳とリーネ。
擬似的とはいえ、自分たちに娘ができたことが嬉しくてたまらない様子だ。

「宮藤もリーネも、子供ができたら過保護になりそうだな」
そんな芳佳たちを見て、率直な感想を述べるトゥルーデ。
「そう言うトゥルーデも、将来親バカになりそうな感じするけどね」
トゥルーデの、妹クリスへの溺愛ぶりを思い出しながら、エーリカがうんうんと頷く。
「そんなことはない。私は将来、自分の子には時に厳しく、時に優しく接するつもりだ」
「ふ~ん、じゃあ子供の教育はトゥルーデパパに任せるよ。遊ばせるのは、エーリカママに任せてくれればいいから」
「お、おいエーリカ! い、いきなり何を言い出すんだ」
「へへ、トゥルーデったら、顔真っ赤にしちゃって。可愛いな~」
「う、うるさい! 大体、お前はいつも――」
「わ~! トゥルーデが怒った~」
慌てて談話室を飛び出したエーリカを、トゥルーデが追いかけ回す。
そんなエース2人のいつも通りのやりとりを見て、ペリーヌはくすくすと笑う。
「ふふっ、相変わらず大尉たちは仲がよろしいですわね……あら? 服部さんは眠ってらっしゃるの?」
ペリーヌが芳佳たちのほうに視線を戻すと、パンケーキを食べ終えた静夏が、ソファに腰掛けたリーネの膝の上ですやすやと眠っていた。
「うん。お腹が膨れて眠くなっちゃったみたい」
そう答えながら、芳佳は安心した表情でぐっすりと眠っている静夏の頭を撫でる。
静夏の膝枕になっているリーネも、芳佳に倣って彼女の頭を愛おしそうに撫で回した。

「不思議だね。普段は私たちよりずっとしっかりしてるのに、今は本当の娘みたい」
「うん。そうだね」
そう言って、微笑むリーネに芳佳も頷く。
2人がしばらく頭を撫でていると、静夏がくすぐったそうな表情で「お父様……お母様……」と寝言を呟いた。
そんな静夏の寝言を聞いて、芳佳とリーネは顔を見合わせて笑いあう。

「「おやすみ、静夏」」
自分たちの"愛娘"の頬にそっと、おやすみのキスをする芳佳とリーネ。
やがて自分たちも眠くなったのか、そのままほとんど同時に眠りに就いてしまった。

「全く、何も掛けずに寝たら、風邪ひきますわよ」
突然眠ってしまった芳佳たちに気抜けしながらも、彼女たち"親子"に毛布を掛け、そのまま静かに談話室を出るペリーヌであった。

~Fin~


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ