妹じゃなくて――
その日は、サン・トロン基地のハイデマリー少佐が501基地を訪れていた。
カールスラントの3人に、司令部からの書類を届けに来てくれたのだ。
「ミーナ中佐、こちらの書類にサインをお願いします」
「ええ。いつもありがとね、ハイデマリーさん」
「いえ……ところで、バルクホルン大尉とハルトマン中尉はどちらに? お2人にも記入してもらいたい書類があるのですが」
「トゥルーデは昼食を作ってるところよ。エーリカは部屋の掃除をしてるわ」
「ハルトマン中尉が掃除……? 1人でですか?」
「もちろん、宮藤さん達に手伝ってもらってるわ。あの子1人だと面倒くさがって、途中でやめちゃうもの」
噂をすれば影といったところか、そこに芳佳とリーネと静夏を従えたエーリカがやってくる。
「疲れた~。もう掃除嫌だ~」
食堂の椅子に腰掛けたエーリカが、ため息をつくように呟く。
そんなエーリカの肩を揉みながら、リーネは優しく語りかける。
「頑張ってください、ハルトマン中尉。あともう少しで終わりますから」
「でも、面倒くさいもんは面倒くさいし……あれ、ハイデマリー来てたんだ」
「はい。皆さんに記入して頂きたい書類がありまして……こちらにサインをお願いできますか?」
「了解……あっ、そうだ。今部屋の掃除してるんだけど、中々片付かなくてさ……良かったら、ハイデマリーも手伝ってくれない?」
「全く、お前はわざわざ来てくれたハイデマリーに、何をやらせようとしてるんだ」
と、大きめの鍋を持ったトゥルーデが呆れ顔で入ってくる。
彼女が鍋をテーブルに置くと、良い香りが食堂中に漂った。
「宮藤にリーネに服部、ご苦労だったな。疲れただろう? こいつの部屋の掃除は」
トゥルーデがエーリカの頭をもみくちゃにしながら言う。
エーリカは、トゥルーデに無理矢理髪をわしゃわしゃされ、不機嫌そうな表情だ。
「あはは、ええまぁ……あっ、今日のお昼はシチューですか?」
「ああ。たまには、茹でたイモ以外の料理を作ってみようと思ってな」
「凄く美味しそうです! リーネちゃん、静夏ちゃん、早く食べよ」
芳佳は、おやつを待っていた仔犬のように喜んで、リーネと静夏を両隣に座らせ自分も腰掛ける。
こう見えても、3人の中では1番階級が上である。
「ハイデマリー少佐も食べてくといい」
「あっ、はい。ではお言葉に甘えて……」
「わぁ、美味しそう! さすが、トゥルーデだね。私も頂こうっと」
シチューを食べようとしたエーリカを、トゥルーデがすかさず静止する。
「お前は、部屋の掃除を終わらせてからだ」
「ええ~、食べ終わってからでいいじゃん」
「そう言って、お前はいつも後回しにして結局やらないだろう? 今できることは今やれ」
「うぅ~、トゥルーデの鬼! 意地悪! 姉バカ!」
「姉バカは余計だ。お前の分は残しておいてやるから、早く終わらせてこい」
「……分かったよ。芋は多めに残しておいてね」
エーリカはそう言うと、渋々食堂を後にする。
「やれやれ、あいつの部屋をすぐ散らかす癖、なんとかならないものだろうか」
エーリカを見送った後、トゥルーデが呆れるように呟く。
それを聞いてミーナは、肩をすくめて苦笑いの表情を浮かべた。
――それから十数分後……
「宮藤、おかわりはいるか?」
「はい! ありがとうございます」
「リーネと服部も遠慮しないで、もっと食べるといい。たくさん栄養を採っておけば、有事の時にも存分に力を発揮できる」
「あっ、はい。少し頂きます」
「は、はい! では、お言葉に甘えておかわりを頂きます!」
芳佳とリーネと静夏のお皿にそれぞれ、トゥルーデがおかわりをよそう。
芳佳達に優しく声をかけるその姿は、3人の姉そのものだ。
「"あれ"を見てると、501に戻ってきたって感じするよな」
そんなトゥルーデのお姉ちゃんぶりを見ながら、シャーリーが隣のエイラに囁く。
「ああ。何だか安心するんダナ」
エイラはそう答え、シャーリーと顔を見合わせてニヤニヤと笑う。
何かイタズラを思いついたような不敵な笑みだ。
「お~い姉ちゃん、私にもおかわりよそってくれヨ」
「姉貴、こっちも頼む」
と、からかうように501のお姉ちゃんを呼ぶエイラとシャーリー。
そんな2人にトゥルーデは、ニコリともせずに「お前達は自分でよそえ」と冷たく言い放った。
「冷たいねぇ。あたしらも一応、年下なんだけどな~」
「差別ナンダナ」
それを聞いたトゥルーデは更にムッとなって、シャーリーとエイラに自分の妹論を語り始める。
「いいか? 妹とは素直で、可憐で、柔和な存在のことを言うんだ。お前達はそれに該当しない。
特にエイラ、お前には姉がいるんだろう? もっと妹らしく振舞わないとお姉さんも悲しむんじゃないか?」
「いや、妹らしくって言われても私、姉ちゃんの前ではいつもこんな感じだし……」
やや興奮気味に詰め寄ってくるトゥルーデに、さすがのエイラもタジタジの様子だ。
「ミーナ中佐、何だかバルクホルン大尉の様子がいつもと違うような気がするのですが……」
「気にしないで。ある意味、あれが通常運転みたいなものだから……」
熱心に妹論を語るトゥルーデを見て困惑する静夏に、苦笑しながらミーナが囁く。
「あの、ハルトマン中尉もバルクホルン大尉の"妹"なんですか?」
今度はハイデマリーが、疑問に思ったことをミーナに訊ねる。
いつも一緒にいるエーリカとトゥルーデ、傍から見ると姉妹のようだが実際のところはどうなのだろう……?
「う~ん、難しいところね……本人に聞いてみるのが一番じゃないかしら?」
ミーナはそう言って、シャーリーとエイラに妹論を語り続けているトゥルーデの肩をとんとんと叩く。
「どうした? ミーナ」
「ハイデマリーさんが、あなたに聞きたいことがあるそうよ」
「ん? 何だ、ハイデマリー」
「大尉、ハルトマン中尉も今語っていた"妹"に該当するんですか?」
ハイデマリーのその問いに、少々考え込むトゥルーデ。
「ふむ……確かにあいつは1番の相棒ではあるが、妹とは少し違うな。例えるなら……」
「夫婦みたいなものか?」
と、横で聞いていたシャーリーが、からかい半分に問いかける。
「……そうだな。この6年間、嬉しいときも悲しいときもあいつはいつも傍で、私を支えてくれた。
私にとってあいつは、嫁みたいなものかもしれない……って、な、何を言わせるんだ!」
言ってる途中で急に恥ずかしくなったのか、思わず声を荒げるトゥルーデ。
「いや、大尉が勝手にペラペラ喋ったんダナ」
「無意識に口から出たってことは、今のがあんたの本音なんだよ」
「と、とにかく! 今のは忘れてくれ。こんな話、もしあいつに聞かれでもしたら――」
「ふ~ん。トゥルーデ、私のことをそんな風に想ってくれてたんだ」
「な!? エ、エーリカ!?」
自室にいるはずのエーリカの声を聞いて、トゥルーデは椅子から転げ落ちそうになった。
自分のエーリカへの想いをあろうことか、本人に全て聞かれていたのだ。
「へ、部屋の掃除はどうしたんだ?」
「頑張って終わらせたよ。トゥルーデの……ううん、ダーリンのお昼早く食べたかったからね」
「っ!?」
エーリカに『ダーリン』と呼ばれ、トゥルーデはこれ以上ないくらいに顔を真っ赤にする。
「何でそんなに照れてるの? 私がお嫁さんなら、トゥルーデが旦那さんでしょ? ダーリンはホントに可愛いな~」
「ダ、ダーリンと呼ぶのはやめろ! は、恥ずかしいだろ……」
「にしし、ダーリンがシチューを食べさせてくれたら、やめてもいいよ」
と、小悪魔のような笑みを浮かべてエーリカが提案する。
正直、それも相当恥ずかしい行為だが、トゥルーデはこのまま『ダーリン』と呼ばれるよりはマシだと考え、承諾する。
「……わ、分かった。ほら、あーんしろ」
「うん……あーん」
トゥルーデはスプーンでよそったシチューを、エーリカの口へと運ぶ。
「うん、美味しい。今度は私がトゥルーデにあーんしてあげる。ほら、口開けて」
「わ、私はいい……もう食べ終わったから」
「遠慮しないで。ほらほら、あーん」
「あ、あーん……」
周囲の目など気にせずに、自分達だけの世界に入ってしまっているエーリカとトゥルーデ。
その様子は、仲睦まじい夫婦の姿そのものであった。
退役後、2人は本当に夫婦同然の生活を送ることになるのだが、それはもう少し後の話。
~Fin~