afters


 執務室での報告と今後の検討を終え、ようやく“任務”から解放された一同。
「しかし疲れたな、今回は」
「『疲れた』ってまた~。昨日の夜の方が疲れた癖に」
「しょうもない事を言うな……」
 相変わらずのトゥルーデとエーリカを先頭に、エイラとサーニャ、ペリーヌと芳佳の一同はぞろぞろとミーティングルームへ。お茶の時間だ。
 生憎の空模様で、こう言う時ばかりは野外で優雅に……と言う訳にはいかず、ミーティングルームで控えめな「お茶の時間」を楽しむのが恒例だ。
 先に待っていた一同がそれぞれのお茶やお菓子を準備していた。
「遅いぞ~。随分時間掛かったな」
 リーネと一緒にエプロン姿で居たシャーリーは、出来たてのアップルパイをお皿に取り分けて皆に渡していた。トゥルーデ達の到着を見るなり、声を掛けた。
「仕方ない、あの戦闘の後だ、色々とな」
 トゥルーデはそう答え、溜め息混じりでソファーに座った。シャーリーはトゥルーデ達の後に、誰も来ない事に気付く。
「あれ、中佐達はどうしたんだ?」
「そのうち来るだろう。先に始めて構わないと言っていた」
「了解~。じゃあ皆、食べるか……って食うの早過ぎだろルッキーニ!」
 エプロンを脱ぎながら“フライングスタート”なロマーニャ娘の面倒を見るシャーリー。
 トゥルーデは、紅茶のカップを口に付けた。湯気と共に立ち上る優しい香りが、先程まで報告でぴりぴりしていた頭脳をほぐしてくれる。
「ああ、今日の紅茶、リーネが淹れたハーブティーなんだ。良い香りだろう?」
 シャーリーがトゥルーデの表情の変化に気付き、自身も紅茶を飲みながら話す。
「ほう。何のハーブティーだ?」
「さあ。あたしはそこまで分からない。そこにいる本人に聞いてくれ」
「知らずに用意していたのか……」
「え、紅茶ですか? あのっ、ええと、今日はペリーヌさんにこの前教わったハーブティーで……」
「えっ、あら、そうですの? 確かこれはこの前の……」
 いきなりの振りに戸惑いつつも答えるリーネ、話を広げるペリーヌ。アバウトなやり取りもまた一興。とばかりに、会話が弾む。

 その一角で、一人、妙に緊張している者が居た。
 エイラだ。
 折角の紅茶とアップルパイに手も付けず……固まっている。
 昨日の夜はその場の流れで流れ許して貰えたものの、未だ、横に居るサーニャとは何となく話し辛い。
 そんな姿をちらりちらりと眺めていたトゥルーデと目が合う。ぎくりとするエイラ。
 堅物大尉はエイラを手招きして呼び寄せた。フラフラと席を立つ「ダイヤのエース」。
「何だヨ、大尉」
「やっぱり昨日の今日ではすぐには治らないか……」
「大尉に心配される様な事じゃないヨ」
「ならどうしてサーニャと目を合わせない?」
「良く見てるナ」
「最先任尉官だからな。部下の事は把握しておかないといけない」
「トゥルーデは気になってるんだよ二人の事が」
 横でトゥルーデの分のお菓子もぱくついていたエーリカが茶々を入れる。
「お前は黙っていろ、話がややこしくなる……って私のアップルパイが!」
「ヤヤコシヤー、アーヤヤコシヤー」
「何だか面白そうな話じゃないか、ええ?」
 ルッキーニが嗅ぎ付け、シャーリーと一緒にやって来た。エイラの周りが賑やかになる。エイラは苛立ちを隠せず立ち上がって喚いた。
「ああもう、ミンナ良いんだよ私の事ハ! 気に……」
「するだろう」
「するよな?」
「するね。ニヒヒ」
「サーにゃんが可哀相だもんね」
 一同に次々と言われ、へろへろとソファーに沈み込むエイラ。言い返す気力もない。のろのろと紅茶のカップを手に取る。
「じゃあこうしよう。あたしたちが応援するから、エイラ、お前サーニャと仲直りのジャンケンしろ」
 何故かノリノリのシャーリーがエイラに命令を下す。
「何でジャンケンなんだよ~意味わかんネ~ヨ」
「勝ったらサーニャと仲直りして、嫁にするんだ」
 シャーリーの言葉を聞いた瞬間、飲みかけの紅茶を派手に吹くエイラ。
「ナ!? ナニイテンダ! 何で嫁!?」
「エイラ、お前もそろそろ身を固めたらどうだ」
 何故かそこでうんうんと頷いて同調するトゥルーデ。
「私を行き遅れみたいに言うナ! そもそもサーニャを嫁にってどういう……」
「私じゃ、嫌なの? ……エイラ」
 ぽつりと呟くサーニャの言葉に、一同はばっと振り向いた。やがて、皆の視線はエイラ本人に向けられる。
「い、嫌な訳あるカー!」
 やけっぱちのエイラ、彼女の肩をぽんぽんと叩くシャーリー。
「じゃあジャンケンだな」
「ジャンケンする意味が分からなイ!」
「ノリは大事だぞ~エイラ」
「ノリで結婚なんてねーヨ!」
「嫌なの? エイラ」
 サーニャの言葉がいちいち重いのか、微妙に身を逸らすエイラ。

「だ、だってホラ、私は先読みの魔法が使えるから」
「このバカ。だからジャンケンだって言ってるんだよ。何でサーニャの事になるといちいちヘタレるんだよお前は」
 首根っこを捕まえてシャーリーがエイラに囁く。
「そ、そんな事の為に魔法使えるカ!?」
「他では日常的に使ってる癖に?」
「そ、そんな訳無い!」
「じゃあ試しにやってみよう」
「ねえ。しよう? エイラ」
 サーニャの言葉に抗えないスオムスのエースは、身体をサーニャの方に向けた。
「うう……何でこんな事に」
「エイラさん、サーニャちゃん、『最初はグー』ですよ。それで……」
「宮藤は黙ってロ!」

 最初はグー。ジャンケン……。

「……おい」
「エイラ。サーニャに負けるとは一体どう言う事だ」
 仁王立ちでエイラに向かう大尉ふたり。
「いや、どうもこうも、私魔法、その、ええっと、使ってないシ」
「使えよぉ」
「それで良いのか」
「だって、その、ほら……」
「……」
 エイラの意気消沈ぶりに、周りも空気が澱み出す。サーニャは残念そうな顔をして、自分の手を見た。
「敗者復活戦~!」
 そこで声を張り上げたのはエーリカだ。おおっ、と周りもどよめく。
「よしエイラ、次こそ頑張れ。どんな手を使ってでも勝つんだ」
「魔法使えってのかヨー? 卑怯じゃないカ」
「勝たないお前の方が……」
「分かった、分かったヨ、でも魔法は使わないカラナ!」

 最初はグー。ジャンケン……。

「また負けた!」
「それでもエースか、この軟弱者!」
「正直見損ないましたわ、エイラさん」
「エイラはサーにゃんそんなに嫌いなの? サーにゃん私が貰っちゃうよ?」
「そんなつもりじゃないー! ってか何でサーニャが中尉のモノになるんだヨ!? フザケルナ!」
「じゃあ何で負けたんだ」
「ちっ違うんダ! 魔法、その、使わなかったシ……」
「もう一回、敗者復活~!」
「イエー!」
「な、何回やるんだヨ!?」

 勝敗は五回目で決した。サーニャのグーに、エイラのパーで勝負あり。歓声が上がる。
「ぐ、偶然だからナ! 偶然ダッ! 私、使ってないし魔法!」
「良いんだよ勝てば。さあ、とっておきの告白タイム!」
 背中をどんと押すシャーリー。うむ、と頷くトゥルーデ。
「こっくはく! こっくはく!」
「お前ら五月蠅イ!」
 目の前には、少し頬を染めたサーニャが立っている。エイラの言葉を、じっと待っている。エイラはそんなサーニャを正視出来ず、ちらりちらりと姿を見ながら、言葉を絞り出す。
「サ、サーニャ……その、あの、ええっと……」
 固唾を呑んで見守る一同。
 エイラは顔を真っ赤にして、たどたどしく言葉を続けた。
「サ、サーニャ……あの、私と、その、つ、つきあ……付き合って下さい」
「バカ! そこは『嫁に下さい』だろ」
「ちょっとそのまま見守っていよう」
 暴走気味のシャーリーを押し留めるトゥルーデ。
「エイラ……私で良ければ」
 サーニャがそっとエイラの手を取り、そのまま、エイラの身体を抱きしめる。
 がちがちに固まったままのエイラは、今にも失神寸前。
 周りの隊員達は一斉に盛り上がった。
「やったなエイラ! これでお前達の未来は明るいぞ!」
「ウジャー、ケッコン!ケッコン!」
 抱き合って喜ぶシャーリーとルッキーニ。
「何か、私ほっとして涙出て来ました」
「宮藤さん、貴女という人は……」
「芳佳ちゃん、私達もする?」
「えっ?」
 芳佳とリーネ、ペリーヌもかしましい。
「結果的に良かったのか悪かったのか……」
「サーにゃんの為でもあるんだし。ね、トゥルーデ?」
「ま、良いのか?」
 カールスラントのエースは、二人してソファーに座ったまま辺りの様子を眺めている。
 そこに、ようやく一仕事終えたミーナと美緒がやって来た。
「何だお前達、随分と騒がしいな」
「あら。何か良い事でも有ったの?」
「あ、坂本さん、ミーナ中佐。聞いて下さい、エイラさんが……」
「こら~宮藤! 余計な事言うナ!」

 夜間哨戒前のハンガー。
 いつもと同じ、準備の時間。
 ストライカーユニット、武装共に異常なし。
 淡々と出撃に向けた作業が進む。
 月夜の空へと飛び立つ前の、慌ただしくも奇妙に冷静な思考が頭を巡るひととき。

「魔法を使っていない」と、あの時エイラは言った。
 だけど本当は……無意識のうちに使っていた。サーニャの出す手を読んで、わざと負けた。
 しかし何度も何度も繰り返すうちに、本当にそれで良いのか、そもそもサーニャの本心は……と考えているうちに、ついうっかり「読み間違い」をして、勝ってしまったのだった。
 未だにあれで良かったのかと迷うエイラは、今も続く動揺を悟られない様に、わざと平静を装っていた。
 ちらりと、サーニャを見た。
 サーニャはそんなエイラを見て、にこっと笑った。そして身体を寄せると、エイラにそっと唇を重ねる。
 数秒の事でも、エイラはどこか歯がゆく、心地良い。そして先程のもやもやした気分が、晴れていく。
 ……守ってみせる。どんな敵からも。
 そんな意志を滾らせるエイラ。
 同時にその思いは、サーニャをそれだけ強く想う事の証。
 二人はストライカーユニットを履くと、揃って滑走路へとタキシングを始めた。
「行こう、エイラ」
「ああ。サーニャ」
 サーニャが手を差し出す。エイラはぎゅっと強く握る。
 哨戒中、何を話そう。さっきの話、何て言おう。
 任務以外に色々と思いが駆け巡る。
 それを察したのか、サーニャが笑った。エイラも笑って見せた。
「サーニャとなら、何処へだって」
「有り難う、エイラ」
 二人は頷いて、ふわり、十六夜の空へと飛び立った。

end



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