School Life


とある街の近郊に位置する、私立ウィッチ学園――700人近い女子生徒が在籍する中高大一貫校だ。
これは、ウィッチ学園に通う少女たちの日常を描いた物語……

<2012年8月18日、11時頃>

「みんな、パンが焼けたよ」
「わぁ、美味しそうなクロワッサンだね」
「おお、美味そうだな」
「うん、甘くて美味しい」
「ちょっと疾風! ちゃんと『いただきます』してから食べなさいよ」

ここは、ウィッチ学園部室棟の1階にある家庭科部の部室。
焼きあがったばかりのクロワッサンの香ばしい匂いが、部屋全体に漂っている。
「あはは……疾風ちゃん、いっぱい作ってあるから急いで食べなくても大丈夫だよ。ほら、みんなも遠慮しないでじゃんじゃん食べて」
茶髪で外ハネの少女が、4つのお皿にクロワッサンを均等に取り分けながら微笑む。
彼女の名前は宮藤芳佳、ウィッチ学園中等部の3年生だ。
料理が大好きで、所属する家庭科部でもその腕を如何なく発揮している。
部活動がない休日にも、部室に足を運んでは度々、友人に自分の作った料理を振舞っている。
夏休み期間中であるこの日も、同じく家庭科部に所属するリネット・ビショップと共に、
クラスメイトの黒田那佳、菅野直枝、中島疾風、諏訪五色らをお手製のクロワッサンでもてなしていた。

「しかし、芳佳たちの作る料理はいつ食っても美味いな。どうやったら、こんな美味いもん作れるんだ?」
直枝が手に持ったクロワッサンをまじまじと見つめながら、芳佳たちに問う。
料理が全くできない彼女は、2人の腕前にただただ感心するばかりだ。
「う~ん、私はどんな料理でも、愛情を込めて作ることを心がけてるかな」
「愛情?」
「うん。例えばね、そのクロワッサンの生地をこねる時もリーネちゃんのおっぱいだと思って、愛情を込めてこう、優しく包み込むように……」
「ちょ、ちょっと芳佳ちゃん! 変なこと言わないで!」
何かを揉むようなジェスチャーをする芳佳を、慌てて止める親友のリネット・ビショップ。みんなからは、『リーネ』と愛称で呼ばれている。
クラスも部活も一緒で、寮でもルームメイトである芳佳とリーネは大の仲良しだ。
リーネは芳佳のことが大好きだが、彼女の過激とも言えるスキンシップには少々困惑気味である。

「だから、こんなに美味しいんだね~。納得」
「芳佳のリーネちゃんへの想いが、美味しい料理を作る源になってるわけね」
「さすがバカップル」
と、三者三様の感想を述べる那佳と五色と疾風。
芳佳のリーネへの溺愛ぶり、もといおっぱい星人ぶりを日頃から見慣れている一同は、納得したようにうんうんと頷く。
「もう、みんなも納得しないでよ~。何か恥ずかしいよ……」
顔を真っ赤にして俯くリーネを見て、芳佳は胸をドキドキさせる。
(うわっ、リーネちゃんその表情は反則だよ……そんな顔されたら私……)
芳佳が、リーネへのいかがわしい妄想をしかけた丁度その時、ポケットの携帯がブルルと鳴る。
携帯の鳴るタイミングがあまりにも絶妙だったので、思わずビクッとなる芳佳。
「わっ! ビックリした~。ハルトマン先輩からだ……もしもし?」
『やっほ~、宮藤。今、家庭科部の部室にいるよね?』
電話の相手はエーリカ・ハルトマン。高等部の1年生で芳佳やリーネと同じ501寮の住人だ。
学年でもトップクラスの成績の持ち主だが、私生活はズボラで部屋の掃除や洗濯は専ら、相部屋のゲルトルート・バルクホルンに任せっきりである。
ハルトマンとバルクホルン、性格こそ正反対の2人であるが仲は良く、部活も共に写真部に所属している。
「はい、いますけど……どうかしましたか?」
『急いで校舎前のバス停まで来てくれない? そうだな~……できれば5分以内に』
「5分以内……ですか?」
『うん。そこで待ってるから。じゃ、よろしく~』
「ええ!? もしもし? ハルトマン先輩~? 切れちゃった……」
「どうしたの、芳佳ちゃん?」
「ハルトマン先輩が5分以内にバス停に来いって……よく分からないけど行かなくちゃ。
リーネちゃん、悪いんだけど後片付け頼んでいい?」
「うん。大丈夫だよ」
「ありがとう。じゃ、みんな。またね」
皆にそう告げて、芳佳は若干駆け足気味に部室を後にする。

「さてと、ハルトマン先輩たちが動いたことだし、私たちも行くとしますか」
芳佳が部室を去ってから少しして、那佳がリーネの方を見て笑顔で言う。
「うん。私たちも準備しよっか」

<5分後、ウィッチ学園バス停前>

「宮藤、こっちこっち~」
芳佳がバス停に到着するとそこには、エーリカとバルクホルン、それに後輩のサーニャ・V・リトヴャクと服部静夏の姿があった。
「ハルトマン先輩、バルクホルン先輩~。それに、サーニャちゃんに静夏ちゃんも。珍しい組み合わせですね」
「サーにゃんと静にゃんは、宮藤と同じ理由で私たちが連れて来たんだ」
「私と同じ理由……?」
「うん。ハルトマンさんについさっき起こされて、そのまま流れでここに……」
と、寝ぼけ眼のサーニャが答える。彼女は、合唱部に所属する中等部の2年生。
趣味はピアノとラジオで、週末は相部屋のエイラと共に、深夜過ぎまでラジオを聴いて過ごすことが多い。
そのため朝には弱く、今朝も普段は寝てる時間に起きたせいか、どこか気だるそうだ。
「眠い……」
「わわっ! リトヴャク先輩、しっかりしてください」
寄りかかって眠ってしまいそうなサーニャを支える静夏。
芳佳と同郷の彼女は、剣道部に所属する中等部の1年生だ。
2つ上の芳佳より、背も高くスタイルも良いので2人で街を歩いても静夏より年下にしか見られないのが、芳佳の小さなコンプレックスでもある。

「はい、これ宮藤の」
そう言って、芳佳にスポーツバッグを手渡すエーリカ。
「水着とタオル……プールにでも行くんですか?」
「うん。君たち、今日が誕生日でしょ? これはささやかだけどお姉さん達からのプレゼントだよ」
エーリカが芳佳たち3人にチケット状の紙を配る。
それは今、テレビや雑誌で話題になっているレジャープールの1日無料券だった。
「これ、どうしたんですか?」
「えへへ、トゥルーデが商店街で買い物して集めた福引き券でね、」
「ハルトマンが福引きを回したら3等のそのプール券5枚セットを当ててな、せっかくだから可愛いいもう……
 いや、後輩であるお前達にプレゼントしようと思ってな」
と、頬を赤く染めたバルクホルンが言う。
同郷の友人からは『トゥルーデ』と呼ばれている彼女は、その可愛らしい愛称とは裏腹に、絵に描いたような堅物で何よりも規律を重んじる大学部の1年生だ。
一方で、愛妹家の一面もありその愛情は実妹のクリスだけでなく、所謂”妹キャラ”全般に向けられており、下級生には彼女のファンも多い。

「ありがとうございます! 私たちラッキーだね、今話題のレジャープールに行けるなんて」
芳佳が目をキラキラさせながら、誕生日が同じ2人の後輩の方を見て言う。
「うん。今からとっても楽しみ」
「いいんでしょうか? 私なんかが先輩方とご一緒して……」
「もう、静にゃんったら遠慮しないの。ちょっとは同学年のルッキーニを見習いなさい」
「逆にあいつはもう少し、遠慮を覚えるべきだがな……おっ、バスが着たようだ」
「よし! じゃあみんな、バスに乗り込め~。ハルトマン探検隊の出発だ~!」
「お~!」
「……そのチーム名、もう少しどうにかならないか?」

<同時刻、ウィッチ学園近くの商店街>

「え~っと、買わなきゃいけないものは全部買ったかな」
オレンジ髪でグラマラスな少女が、メモを見ながら呟く。
彼女の名前はシャーロット・E・イェーガー、高等部の2年生で陸上部のエースで彼女もまた、501寮の住人である。友人からは『シャーリー』と呼ばれている。
「ふぇっくしょん! ウジュ、今誰かがあたしのウワサしてる~」
シャーリーの隣の、黒髪ツインテールで褐色肌の少女が小さなくしゃみをする。
彼女の名前はフランチェスカ・ルッキーニ、中等部の1年生で寮でも相部屋のシャーリーとは1番の仲良しだ。
先ほど、エーリカ達の話題に出ていた『ルッキーニ』とは勿論彼女のことである。
「夏風邪じゃないの? 誰があんたの噂なんてするのよ」
ルッキーニ同様、ツインテールの少女が呆れるように呟く。
彼女はフランシー・ジェラード、愛称は『フラン』と言い、芳佳たちのクラスメイトで501寮の近くにあるワイト寮の住人だ。
同郷で陸上部の先輩でもあるシャーリーのことを尊敬しているがその一方で、彼女と仲が良いルッキーニには多少ジェラシーを感じている。

「へへっ、あたしはフランと違ってモテるからね~。四六時中ウワサされてても不思議じゃないもん」
「ふ~ん、どうせろくでもない噂しかされてないんじゃないの?」
「何さ、ツルペタのくせに~」
「あんただってツルペタじゃない!」
「あたしはこれからおっきくなるもん!」
「……2人ともケンカしないで、荷物運ぶのを手伝ってほしいであります」
ルッキーニとフランの間の少女が溜息交じりに呟く。
彼女の名前はヘルマ・レンナルツ、静夏やルッキーニと同じクラスに所属する中等部の1年生である。
フラン同様シャーリーの陸上部の後輩であり、また、バルクホルンファンクラブの会長を自称しており同郷のトゥルーデを非常に尊敬している。
「はぁ、私もバルクホルン先輩とプールに行きたかったであります……」
「あたしもプール行きたかった~! ねぇシャーリー、なんであたし達が買い出し担当で、バルクホルン先輩達が芳佳達の連れ出し担当なの?」
「仕方ないさ。福引き券を集めたのはバルクホルンで、プール券を当てたのはハルトマンなんだから」
「その福引きって、1等は薄型テレビなんですよね。何でも当選した人はまだいないとか……」
「薄型テレビか……それがあたしらの部屋にあれば、寮のリビングでチャンネル争いしなくても済むな」
フランの何気ない話題にシャーリーが食いつく。元々、家電製品が好きな彼女にとって、十分心揺さぶられる話題だったようだ。
「HDレコーダーとかないんでありますか?」
「あるにはあるけど、好きな番組はリアルタイムで観たいじゃん? 丁度さっきの買い物で福引き券も溜まったことだし、ちょっくら運試しと行きますか」

<数分後、福引き会場>

「あれ? あそこにいるのってカール先輩とブランク先輩じゃないですか?」
「あっ、本当だ。お~い、マリアン、ジェニファー!」
福引き会場で友人を見かけ、手を振って声をかけるシャーリー。
「ん? 何だ、シャーリー達か」
シャーリーの呼びかけに金髪の少女が手を振って答える。
彼女の名前はマリアン・E・カール、シャーリーと双璧を成す陸上部のエースで506寮の住人だ。
「よっ、マリアンも福引きに挑戦したのか?」
「ああ。2等の温泉旅行券狙いだったんだけどね、結果は惨敗さ」
と、両手いっぱいに参加賞のポケットティッシュを持ったマリアンが答える。
「マリアンったらムキになっちゃって、普段使わない化粧用品とかも買い漁って福引き券を集めてたんですよ」
そう笑顔で言うのはジェニファー・J・デ・ブランク、マリアンのルームメイトで陸上部のマネージャーも務める彼女は、公私共にマリアンの良きパートナーだ。
「へぇ、そんなに温泉旅行に行きたかったのか?」
「まぁね。ジェニファーに温泉旅行をプレゼントしようと考えてたのさ」
恥ずかしげもなく、そう答えるマリアン。
「え? 私のために福引きを……?」
マリアンの福引きの目的が自分のためだと知って、頬が赤くなるジェニファー。
「ああ。ジェニファーにはいつも苦労をかけてるからね。骨休みになればと思ってたんだが、そんなに上手くはいかないか」
「マリアン……ふふっ、気持ちだけで十分ですよ」
「ジェニファー……」

「あー、はいはいごちそうさま。どれ、ちょっくらあたしが1等を当ててみるか」
「頑張れシャーリー!」
「イェーガー先輩ならきっとできます!」
「あの、皆さん。当初の目的を忘れてるような気がするんですが……」
盛り上がる一同に1人、冷静なツッコミを入れるヘルマ。

<12時頃、レジャープール更衣室>

「静夏ちゃん、また大きくなったんじゃない? えいっ」
「きゃっ! い、いきなり何するんですか、宮藤さん!」
「サーにゃんは相変わらず肌白いな~。しかもスベスベ」
「ハルトマンさん、く、くすぐったいです……」
「……お前達、公共の場で何をやっているんだ」
「何ってスキンシップだよ、スキンシップ。あれ? トゥルーデもおっきくなった?」
水着に着替えたトゥルーデの胸をエーリカが何気なく触る。
シャーリーやリーネには及ばないものの、彼女も中々の大きさである。
「ひっ!?」
「にしし、501寮の堅物もここは柔らかいよね~。わぁ、やっぱりこの前触った時より大きく……」
そこから先の言葉は、更衣室中に響くようなトゥルーデのビンタの音によって遮られた。

「うぅっ、何も本気でビンタすることないじゃんかー」
プールサイドからビーチボールで遊んでいる芳佳を見ながら、エーリカが隣のトゥルーデにぶつくさ言う。
サーニャもすっかり目が覚めたのか、芳佳や静夏と楽しそうに遊んでいる。
「お前が、人前でいきなり胸を触ってくるのがいけないんだ」
「ふ~ん、じゃあ人前じゃなかったら触ってもいいの?」
「な!? ど、どうしてそういう話になる」
「へへっ、トゥルーデ顔真っ赤だよ。可愛い~」
「う、うるさい! 今日という今日はもう我慢ならん!」
「えへへ、捕まえられるものなら捕まえてごらんよ~」
「待てハルトマン!」

「何だかバルクホルン先輩とハルトマン先輩、私たちより楽しんでるね……」
「うん」
プールで水を掛け合って騒ぐ先輩2人を、後輩たちは微笑ましく見守った。

<同時刻、501寮>

「リーネ、頼まれてたもの全部買ってきたぞ」
「ありがとうございます、シャーリー先輩。ところで、その大量のポケットティッシュはどうしたんですか?」
「いや~、帰りに福引きに挑戦したら見事に全部外れてね」
「あんだけやっても3等のプール券すら当たらないなんて、シャーリーったら運なさすぎだよ~!」
「う~ん、こんなはずじゃなかったんだけどな、アハハ……」
今日の501寮は、いつもより多くの生徒で賑わっていた。
芳佳と静夏とサーニャの誕生日を祝うため、リーネを中心に皆で誕生会の準備をしているところだ。
「リーネ~、この芋どうやって潰すんダ?」
雪色の髪の少女が独特のイントネーションでリーネを呼ぶ。
彼女はエイラ・イルマタル・ユーティライネン、高等部の1年生でエーリカのクラスメイトだ。
サーニャのルームメイトで、彼女には恋愛感情に近い気持ちを抱いている。
寮の食事当番に当たった時はサンドイッチ等の簡単なもので済ますので、料理はあまり得意ではないが、
今日は大好きなサーニャのために自ら進んで、誕生会の料理作りを名乗り出ていた。
「それならポテトマッシャーを使えば楽ですよ。ほら、こんな感じで」
「おお、これは便利ダナ」

「ただいま……あら、良い匂いね」
「どうやら誕生会の準備は順調に進んでいるようだな」
皆が慌しく誕生会の準備をしているところに、寮長のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケと、副寮長の坂本美緒が寮長会議から帰ってきた。
ミーナは、合唱部の部長で物腰優雅で気品に溢れた大学部の1年生。
美緒は黒髪をポニーテールでまとめた剣道部の主将で大学部の2年生だ。
寮のメンバーを始め、部活の後輩たちからの信頼も厚い2人であるが、彼女達にはある致命的な欠点があった。

「ほう、エイラはポテトサラダを作っているのか。何か私たちに手伝えることはないか?」
美緒がボウルを覗き込みながら、エイラに尋ねる。
「あー、こっちは大丈夫だから先輩たちは飾りつけとか手伝っててくれヨ」
エイラがそう言うと、美緒とミーナはどこか残念そうな表情でキッチンを後にする。
「やれやれ。ミーナ部長は味オンチだし、坂本先輩は料理オンチだからナ。2人に料理させたら大変なことになるんダナ」
エイラが小声でぼそっと呟く。そう、2人は致命的に料理が下手なのだ。
「まぁ、人間誰しも欠点の1つや2つくらいあるものですわ。料理が苦手な坂本先輩もまた、人間味溢れて素敵ですわ」
目をキラキラ輝かせながら、エイラの隣で料理をしていた眼鏡をかけた金髪の少女が語る。
彼女の名前はペリーヌ・クロステルマン、501寮の住人でエイラやエーリカと同じクラスの高等部1年生。
「また始まったよ……本当、ツンツンメガネは坂本先輩のことになると盲目になるんダナ」
「あなただけには言われたくありませんわ。いつも『サーニャ~、サーニャ~』って騒いでばかりのあなただけには」
「む、誰がいつそんな風に叫んでたんダヨ!」
「あら、自覚がないなんて救いようがないですわね」
「何だと~」

「2人とも、口より先に手を動かしなよ」
「そうですよ。喧嘩してたら終わるものも終わらないですよ」
言い争うエイラとペリーヌを、各々の友人が仲裁する。
エイラの友人であるニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは、直枝と同じ502寮の住人で友人からは『ニパ』と呼ばれている。。
エイラの幼馴染であるが、彼女が早生まれなため、学年はエイラの1つ後輩に当たる。
ペリーヌの友人であるアメリー・プランシャールは、フランと同じワイト寮の住人で同郷のペリーヌを非常に尊敬している。
2人共、芳佳のクラスメイトの中等部3年生だ。
「宮藤さん達、いつも騒がしい先輩達に囲まれて、大変そうですね」
「ああ、確かに……」
顔を見合わせてニパとアメリーは苦笑いした。

「菅野、黒田、何か手伝うことはあるか?」
美緒が、リビングで飾りつけの作業をしている同郷の後輩たちに尋ねる。
「ん? 人手なら足りてるんで大丈夫ッスよ」
「会議の後で疲れてるんじゃないですか? 先輩たちはゆっくり休んでてくださいよ」
那佳はそう言って、美緒とミーナをソファに座らせる。

「ふむ、何もしてないというのも落ち着かないな」
「そうね。可愛い後輩たちの誕生日なのに、年長の私たちが何もしないわけにはいかないわよね」
「そこでミーナ、1つ提案があるんだが……」
「あら、何かしら?」
美緒がひそひそとミーナに何かを耳打ちした。
それを聞いたミーナの顔に笑みがこぼれる。
「名案ね。それじゃあ、早速準備に取り掛かりましょうか」

<3時間後、501寮前のバス停>

「う~ん、今日は疲れたね~」
501寮前で停まったバスから降りたエーリカが伸びをしながら、呟く。
「ああ。こんなに身体を動かしたのは久しぶりだ」
「先輩たち、1番大きいウォータースライダーの方まで行ってましたもんね」
「あ、あれはハルトマンが逃げるから……」
「だって、トゥルーデが追っかけてくるんだもん」
「あはは……今日は本当に楽しかったです。ハルトマン先輩、バルクホルン先輩、本当にありがとうございました」
芳佳が頭を下げて、エーリカ達にお礼の言葉を述べる。静夏とサーニャも芳佳に続いて頭を下げる。
「礼を言うのはまだ早いよ。君たちの誕生日はまだ終わってないんだから」
エーリカはそう言うと、ニコニコ顔で寮のドアを開ける。
芳佳たちが寮に入るのと同時に、玄関からクラッカーの音が鳴り響く。
「へ?」

「芳佳、静夏、サーにゃん! 誕生日おめでと~!」
玄関では、寮の仲間や友人達が口々に芳佳と静夏とサーニャにお祝いの言葉を掛けてきた。
その普段とは異なる光景に3人は思わず目を丸くする。
「アハハ、ビックリしたか? そんだけ驚いてくれれば、サプライズパーティーを企画した甲斐もあるってもんだ」
「サプライズパーティー……?」
「そうさ。リーネが中心になって色々動いてくれたんだ。ほら、上がった上がった」
シャーリーに急かされながら、芳佳達がリビングへと足を運ぶ。
「芳佳ちゃん、サーニャちゃん、静夏ちゃん。誕生日おめでとう」
リビングでも玄関と同じくらい熱烈な歓迎が、芳佳達を待っていた。
直枝が書いたものだろうか、壁には『芳佳 サーニャ 静夏 Happy Birthday!』と書かれた横断幕が飾られ、
テーブルにはケーキや美味しそうな料理が数多く並んでいる。

「みんな、コップは持ったか? よし、それじゃあ宮藤とサーニャと服部の誕生日を祝して……乾杯!」
シャーリーの乾杯の号令のもと、賑やかな誕生会が始まる。
芳佳と静夏とサーニャは、ケーキに刺さったロウソクの灯を吹き消しその後は、各々の友人達との時間を過ごす。

「サーニャ、誕生日おめでとナ」
「うん。ありがとう、エイラ」
「これ、私からのプレゼントナンダナ」
サーニャは、エイラから綺麗な飾りがついた袋を受け取る。
中には、大きくて可愛らしい猫のぬいぐるみが入っていた。
「嬉しい……! ありがと、エイラ」
感謝の気持ちを込めて、エイラのことを抱きしめるサーニャ。
エイラは取れたてのイチゴのように顔を真っ赤にさせる。
(サ、サーニャにハグされた!? し、幸せナンダナ……)

「静夏、誕生日おめでと~。これ、あたしとヘルマからのプレゼントだよ」
「こ、これはもしや……!」
「はい! 服部さんが敬愛されている宮藤先輩であります」
静夏は、クラスメイトのルッキーニとヘルマからプレゼントを受け取る。2人で作ったというお手製の宮藤人形だ。
「ありがとうございます! 私、凄く感激です」
感激のあまり静夏は、2人の同級生をぎゅっと抱きしめる。
自分達のよりずっと大きい静夏の胸に当たり、ルッキーニとヘルマはたじたじだ。
「ちょっ、静夏……苦しいよ」
「ど、同級生とは思えない大きさであります……」

「芳佳ちゃん、誕生日おめでとう」
「おめでと、芳佳」
クラスメイトから改めてお祝いの言葉を掛けられる芳佳。
彼女の周りにプレゼントの箱が次々と積み重ねられていく。
「みんな、本当にありがとう。あれ? おかしいな、嬉しいのに涙が出ちゃう……」
「芳佳ちゃん」
嬉し涙が頬を伝う芳佳を、リーネが優しく抱きしめる。
それを見ていた他のクラスメイト達が思わず『おおっ』と声をあげる。
「リーネちゃんがこの誕生会、企画してくれたんだよね? ありがとね、私今最高に幸せだよ。大好きだよ、リーネちゃん」
「うん……私も」

「あー、こりゃ私たちお邪魔かな。みんな、あっちの方でケーキでも食べてよ」
「賛成」
芳佳とリーネが良いムードになったのを察したのか、那佳たちクラスメイトは2人のもとをそっと離れる。
みんなが去った後、芳佳は顔をあげてリーネに自分の唇を近づける。
「リーネちゃん、私」
「ダ、ダメだよ芳佳ちゃん。こんなところで……」
「えへへ、でも今は誰も見てないよ。ね、ちょっとならいいでしょ?」
リーネは顔を真っ赤にして、押し黙ってしまう。
それを肯定の意と受け取った芳佳は、リーネの唇と自分のそれをそっと重ね合わせる。
「んっ……リーネちゃんの唇、さっき食べたケーキよりも甘くて、柔らかい」
「もう、芳佳ちゃん変なこと言わないでよ……」
それから2人は顔を見合わせ、少しの間笑いあった。


「ねぇ、ところで坂本さんとミーナ寮長は?」 
パーティーが始まってから暫くして、芳佳が美緒とミーナがいないことに気づき、リーネに訊ねる。
「あれ? そう言えばどこ行ったんだろ……誕生会の準備をしてた時にはいたんだけど」
「呼んだか、宮藤?」
「坂本さん、ミーナ寮長! どこ行ってたんですか?」
「ごめんなさいね。これを仕上げるのに手間取っちゃって」
鍋を持ったミーナが芳佳の問いに答える。鍋からは怪しげな煙が立ち込めていた。

「ま、まさか2階のキッチンで料理してたんですか?」
おそるおそるシャーリーが2人に尋ねる。
「ああ。私とミーナが、じっくり煮込んで作った肝油とその他諸々の特製スープだ」
「そ、その他諸々って何ですか!?」
「色々あるぞ。ラー油に塩辛、アンチョビにウスターソース。あとはブルーハワイのシロップと……」
「あっ、それ以上言わなくていいです」
「たくさん作ったから、遠慮しないで食べてね」
ミーナはそう言って、鍋の蓋を開ける。
鍋の中身を見た一同の顔が、みるみるうちに青白くなっていく。
(遠慮するなと言われても……)

「おいニパ」
「な、何だよイッル」
「ちょっとこれ飲んでみろ」
エイラがスプーンで特製肝油スープをすくい、それをニパの口へ運ぶ。
「……!」
スープを飲んだニパは、何も言葉を発せずにその場にバタンと倒れてしまった。
「あらあら、倒れるほど喜んでくれるなんて」
「作った甲斐があるな、はっはっは!」
「……」

あくまでマイペースな2人に、もはや突っ込む気にもなれない一同であった。

――十分後……

「ニパ……なんだかんだでいいヤツだったヨ」
「オレ、お前のこと忘れないからな」
「いや、私を勝手に殺すなよ」
ソファで横になったニパが、自分の前で手を合わせ拝んでいるエイラと直枝に突っ込みを入れる。
「すまなかったな、カタヤイネン。ミーナ達も悪気があってやったわけではないんだ。
最も、あの2人にはもう少し、自分達が料理できないことを自覚してもらう必要があるがな」
そう言って、ニパに水の入ったコップを渡すトゥルーデ。
ちなみにミーナと美緒の作った特製スープは、トゥルーデが2人にジュースやお菓子の追加買出しを頼んで、彼女達がいない間にこっそり処分した。
「いえ……でもイッル、ひどいじゃないか。私に毒見させるなんて……」
「ごめんナ。悪運の強いお前なら大丈夫かなと思ったんだけど……あれ? そう言えばサーニャは?」
「サーにゃんなら、疲れたからちょっと横になるって、静にゃんと宮藤の部屋に行ったよ」
「何? 宮藤のヤツ、まさかどさくさに紛れてサーニャにあんなことやこんなことを……ちょっと止めてくるんダナ」
宮藤の部屋へ向かおうとするエイラをエーリカが静止する。
「まーまー、1年に1度の誕生日なんだし3人で色々、語りたいこともあるんじゃない? それに、宮藤なら大丈夫。"浮気"なんてしないと思うよ。ね、リーネ?」
「え? は、はい……」
自分に目配せするエーリカを見て、顔を真っ赤にするリーネ。
誰にも見られていないと思った芳佳とのキス、どうやらエーリカにはバッチリ見られていたようだ。

<芳佳とリーネの部屋>

「今日は楽しかったね」
ベッドで大の字になって横たわった芳佳が、両隣で横になっているサーニャと静夏に話かける。
「うん。疲れたけど楽しかった」
「はい、凄く凄い1日でした」
「あっ、そう言えばまだ言ってなかったっけ……誕生日おめでとう! サーニャちゃん、静夏ちゃん」
「うん。誕生日おめでとう、芳佳ちゃん、静夏ちゃん」
「おめでとうございます! 宮藤さん、リトヴャク先輩」
「えへへ、来年も再来年もその先もずっとこうやって3人で祝い合おうよ」
そう言って芳佳は、サーニャと静夏の手を握る。
サーニャと静夏も芳佳に答えるように彼女の手を握り返す。
「私は幸せだな。沢山の友達に囲まれて」
それから芳佳は、目を瞑って今日一日のことを思い浮かべた。
リーネと作ったクロワッサン、静夏やサーニャと一緒に遊んだプール、自分達以上に楽しんでいたトゥルーデとエーリカ、
友人達のサプライズパーティー、色々な意味でインパクトのあった美緒とミーナの料理、そして、リーネとのキス。
それらはきっと、忘れられない思い出としていつまでも芳佳の心の中に残ることだろう……

~Fin~


続き:1648

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