ファーストキスはどんな味?
「ナオちゃ~ん、お疲れ~」
「おお、那佳。お疲れさん」
剣道部の部室を後にして、寮へ帰ろうとしていたところを同級生の那佳に呼び止められる。
良い写真でも撮れたのか、首に下げたカメラを持ってニヤニヤしている。
「えらく上機嫌だな。良い写真でも撮れたのか?」
写真部の那佳は、部活動の風景や広報誌の写真を撮るためいつも学内を奔走している。
その行動力と体力には、ただただ感心させられる。
「うん。今日はね、広報誌に載せる学食の写真を撮ったんだ。我ながら結構美味しそうに撮れてね……」
その直後、会話を遮るようにオレと那佳のお腹が鳴る。
2人のお腹が鳴るタイミングがあまりにも絶妙だったので、オレ達は思わず吹き出してしまう。
やっぱ、部活の後ってすげー腹減るよな、うん。
「あはは、食べ物の話してたらお腹空いてきたね」
「ああ。部活の後だから尚更な」
「ねぇ、帰りに家庭科部の部室に寄ってみない? 芳佳ちゃん達なら何か恵んでくれるかも」
「そうだな。芳佳達、今日は部室の掃除当番だって言ってたから、まだ残ってるだろうし」
オレは那佳の提案に乗って、家庭科部の部室へと歩みを進める。
「灯りが点いてないな」
――家庭科部の部室前、灯りはすでに消えていて人がいそうな気配はない。
芳佳とリーネは掃除を終わらせて、もう帰ったんだろうか。
「もう帰っちゃったかな……あれ、鍵は開いてるね」
部室に鍵がかかってないことを確認した那佳が、そっとドアを開ける。
そこでオレ達は、目の前に広がっていた予想外の光景に息を呑むことになる。
「なっ……」
真っ暗な部室の奥に見えたのは、深いキスを交わす芳佳とリーネの姿。
(な、何やってんだあいつら……)
月明かりの下で接吻を交わす2人が妙に色っぽくて、オレの胸はドキドキと高鳴りを覚える。
って、見惚れてる場合じゃない。2人に気づかれる前にここを離れたほうがいいな。
オレは部室の扉をそっと閉めると、呆然と立ち尽くしている那佳の手を引っ張ってその場を後にした。
「んっ……ねぇ、今何か音しなかった?」
「気のせいじゃない? それより、もうちょっとだけキスしてもいい?」
「え? もう、芳佳ちゃんったら甘えん坊さんなんだから」
――――――◆――――――
「しかし、芳佳達にはビックリしたな」
「うん。あんなところでキスしてるなんて……」
家庭科部の部室を後にしてから20分後、オレ達はコンビニ買ったアイスを食べながら帰路に着いていた。
話題は専ら、さっき目撃した芳佳とリーネのキスの話。
「あの2人がイチャついてるとこなら、今までイヤというほど見てきたけどさ、いざああやってキスしてるのを見ると
なんか……照れるよな」
「……うん」
消え入るような声で那佳が頷く。それから暫らく、オレと那佳の間に沈黙が流れる。
……なんなんだろうな、この気まずさは。
「ねぇ、ナオちゃん」
アイスを食べ終わった那佳が、そっと口を開く。
「なんだ?」
「キスって、どんな感じなのかな?」
「どんな感じって、そりゃきっと甘くて柔らかいもんなんだろ。オレも小説で得た程度の知識しかないけどさ」
「ふーん。ね、私たちもキスしてみない?」
那佳が遊びに誘うような気軽さでとんでもない提案をしてくるものだから、オレは思わず度肝を抜かれる。
「な!? い、いきなり何言い出すんだよ」
「私、あの2人のキス見てたらどんな感じなのか気になっちゃって……ナオちゃんも興味あるでしょ?」
「そりゃ、興味ないって言えばウソだけどキスって普通、好きな人とするものだろ」
「私、ナオちゃんの事好きだよ」
そう言ってオレの手を握って、笑顔を向けてくる那佳。
いや、お前の言ってる好きは『ラブ』じゃなくて『ライク』のほうだろ。
そんなキラキラした瞳でオレを見つめないでくれ、反応に困るじゃないか。
「……しょうがないな、ちょっとだけだぞ」
那佳の純粋な瞳に折れたオレは、彼女の手を引っ張って、近くの自販機の陰に連れて行く。
「じゃあ、行くぞ」
「……うん」
オレは那佳を自分のもとに引き寄せて、彼女の唇を自分のそれで塞いだ。
「ナオちゃ、ん……」
想像してた以上に那佳の唇は、甘くて柔らかい。
唇を重ねれば重ねるほど、那佳の全てが伝わってくるような気がしてオレの胸は自然と高鳴っていく。
キスって、こんなに気持ちいいものだったのか……
「んっ……」
少しして、オレは那佳から唇を離した。
時間にして数十秒ほどのキスだったが、妙に長く感じられた。
気まずさからオレも那佳も、中々言葉を切り出せずに押し黙ってしまう。
少ししてから那佳が口を開いた。
「ナオちゃんの唇、甘酸っぱかったな」
「……っ! な、何恥ずかしいこと言ってんだよ」
「へへっ、ナオちゃんったら照れちゃって。可愛いんだから。ね、今度またキスしよっか?」
「だ、誰がするかバカ!」
言葉とは裏腹に、胸を高鳴らせるオレがいた。
あの甘くて柔らかい感触をまた味わうのも悪くないと思った事はもちろん、那佳には内緒だ。
~Fin~