alone in the dark


 灯りも付けない真っ暗な部屋。ベッドに寝る事も、椅子に座る事もなく、ただふたりは床に座り込み、文字通りお互いの身体を支えに、そこに居た。
「いいのかヨ、行かなくて」
「構いませんわ。……貴方こそ」
「私は良いんダ」
 二人は微睡んだ様子で、ただじっと、お互いの温もりを感じていた。

 切っ掛けは、お互い些細な事だった。
 ペリーヌは、珍しく訓練でとあるミスをしてしまい、ストライカーユニットを故障させてしまった。「たまにはある事だから、とにかく無事でなにより」とミーナは宥めたが、美緒は「らしくない」といつになく強い口調でペリーヌを責め、彼女はすっかり参ってしまった。
 エイラは、サーニャとの関係の中で起きた些細なすれ違い……口喧嘩からちょっとした絶交状態に陥り、それだけで全てに対するモチベーションががた落ちした。
 その後ペリーヌは今日の当番だからと、洗い終えた洗濯物を皆に配って回っていたのだが、エイラの部屋だけ真っ暗。何事かと思って踏み込んだ所……部屋の入口近くで両膝を抱えて座り込むエイラに蹴躓き、それを抱き留める格好で交錯し……、エイラはペリーヌの身体に顔を埋め、ペリーヌは眼鏡が外れた格好でエイラを抱きしめ……二人はそのまま、そこにいる。

「聞きませんの?」
 ペリーヌは、ぼんやりとエイラに問うた。こうしている理由。部屋から出て行かない理由を。
「聞いて私が解決出来るのか、ソレ?」
 エイラは面倒臭そうに聞き返す。
「無理ですわね」
「なら聞かなイ」
 エイラはそう言った後、ペリーヌの胸に顔を埋めた。ペリーヌも自然と、それを受け入れ、まるで抱き枕を抱く感じで、エイラの身体に腕を回した。
「で、エイラさんは何故……って聞くだけ野暮ですわね」
「そう。良いんだヨ、私の事ハ」
 彼女の言葉を聞き、ペリーヌもそれ以上の詮索をしなかった。
 普段なら詰問したり怒鳴ったり……からかいからかわれ、嫌味を言い口答えし……そんな「水」と「油」の様な二人が、まるで溶けきった液体の様に、身体を絡みつかせて、じっとしている。
 気まずさ、羞恥心……、そう言った負の感情も沸き上がることなく、ただ、二人はそこに居る。時間も忘れ、己の役割も忘れ。

 夕食の時間を過ぎても、誰も二人を呼びに来なかった。風のせいか部屋の扉は閉まったまま。窓はカーテンが遮り、外の様子は全く見えない。ただ、隙間から微かに見える様子からも、もはや「昼」の域は過ぎている事は分かる。
「エイラさん」
 腕にしがみつくひとの、名を呼ぶ。
「何だヨ? 食事なら要らない」
 ぶつぶつと呟く程の、小さな声。ペリーヌは、ふと気になって小声で聞いた。
「サーニャさんは……」
「その名を出すナ」
 弱々しくも、明確に聞こえたその言葉。それっきり、ペリーヌは何も言わずにじっとしていた。
 お互いに、具体的に何が有ったのかは知らない。分からない。ただ何かしら、心に傷を負い、それが疼く以上、放っておく事も出来ず、さりとて何かをしてやれる程の気持ちも起きず……ただ、お互いがつっかえ棒の様に、それ以上倒れ込まない様、身体で支え合うのみ。
 端から見たら、抱き合っているとか、愛し合ってるとか、そう言う風に見られるかも知れなかった。しかし、気にする事もなく、ペリーヌとエイラは身を寄せ合う。
 ペリーヌは随分と経ってから、最初エイラの身体で躓いて倒れた時、眼鏡が顔から外れてる事に気付いた。憂鬱そうにそっと当たりを見回す。暗い部屋の中、視力も元々悪いので、全てがぼんやりとして、ピントが合わない。少し眉間にしわを寄せて辺りを見回すも、分かる筈もない。
「何も見えないのか」
 気付いたのか、そんなペリーヌを前にエイラが問う。
「何も見えませんわ」
 エイラは、ペリーヌの眼鏡が偶然か必然か、自分の腕に引っかかっている……床への落下が無い……事を知っていた。でも、眼鏡を返す訳でもなく、ただ、宙ぶらりんのまま、そのままにしておいた。
「お前って馬鹿ダナ」
「貴方程じゃありませんわ」
 いずれ眼鏡が床に落ちれば……この高さなら壊れる事も無いだろうが、音に気付いてペリーヌが視力を取り戻した時、どうなるか。それを機に今の極めて微妙かつ曖昧、やや背徳的な関係も終わってしまうのではないか、と言う考えに達したエイラは、眼鏡の事は何も言わなかった。ペリーヌには見えないだろうから、と言った魂胆も有った。
 実はペリーヌは、自分の眼鏡らしきものがエイラの二の腕辺りに有るのが、眼鏡の蔓の端を見て知っていた。けれどそこに手を伸ばしたら、エイラが何と言うか。怒りはしないだろうが、今の奇妙な関係が終わってしまうのが怖くて……ただ、エイラだけを受け止める。

 こんなに身体が密着しているのは、いつぞやの特訓の事を話し合ったサウナ以来だ。あの時もそう。何だかんだで巻き込まれ……今回も、エイラが部屋の真ん中に居なければ、こうはならなかった筈。だけど不思議と、今はこの方が有り難い。
 音も無く、しんと静まりかえった部屋。ただ聞こえるのは二人の呼吸の音だけ。
 何を求める訳でもなかった。狂おしい程、と行くまでもなく、かと言って「じゃあ」とすぐに離れる事も出来ず。二人はゆるゆると身体を重ねる。そうする事で、お互い負った“傷”を修復しているのだろうか。犬や猫が傷口を舐め合う様に。
 だけど、それだけではない気持ちも、少なからず有った。互いには無い、気高さと強さと。そして同じ位の思いやりの心、慈愛。普段は鼻持ちならない相手でも、こうしてみると、案外居心地が良いものだ。お互いの服の香り、肌の香り、髪の香りも、自然と知る事になる。悪くない。
 分かってはいる。このまま続けていてはいけない事も。続けていればいずれどんな事が起きるのかも。でも、離れたくないこの気持ちは一体何故。二人は同じ事を想い、考え、答えが出せないまま、ずるずると同じ時を刻む。
 お互いに孤独なのかも知れなかった。今も一緒に居るけど、心は孤独。それが故の、どうしようもない寂しさ。だけど単なる気晴らしや遊び、もしくは心の過ちと言う理由だけで、こんなに何時間も、二人で居られる筈がない。かと言って盛んに求める訳でも無く……。
 認めたくない過ち。
 分かっては居る。だけど……。
「お前って馬鹿ダナ」
「貴方程じゃありませんわ」
 茫洋と同じ事を繰り返し、笑うでもなく、怒る訳でもなく、ただ、抱き合う二人。
 カーテンの隙間からうっすらと輝きが見える。月だろうか。微かなひかりが一瞬二人を照らす。だが、風に揺れたカーテンのせいで、すぐに暗黒の世界に逆戻り。
 それで良かった。

 私達には、お似合いの明るさ。

 意見が合った事にも気付かない二人は、奇妙な居心地の良さを感じながら、ただ、互いの体温を感じ続けた。ただひたすらに。

end


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