なんでもないこと


 雨の音が聞こえる。
 わたしはゆっくりと目を開いた。目の前には、まくら。前に、エイラに買ってもらったもの。カーテンの隙間から、光。太陽の光。曇り空越しだから、少し暗い。
 今、わたしはベッドのなかにいる。ゆっくりと体を起こす。思わず、あくび。
 朝。いや、もしかしたら、もうお昼かも。夜間哨戒の任務をしていると、どうしても朝起きて夜に眠るという生活はしにくくなる。直したいとは思うけれど、これもお仕事だから、しかたない。
 ふとした違和感。部屋がなんだか見慣れない。わたしの部屋ではないし、エイラの部屋でもない。どこか知らない世界に迷い込んでしまったみたいな感じがする。
 ああ。
 それもそうだった。ここは501の基地じゃなくて、502の基地の寝室。いま、わたしとエイラは、ペテルブルグの基地にお世話になっているという事を、ようやく思い出した。寝ぼけた頭がうまく回らない。
 眠いのは苦手。
 でも、今日がお休みだってことは、覚えてる。エイラも、お休み。
 エイラ。そう、エイラはどこにいるだろう。いつもみたいにわたしより先に起きて、どこか部屋の外に飛び出していってしまったのかもしれない。
 わたしを起こさないよう気を遣ってくれるのは嬉しいけれど、それは少しだけ寂しい。置いていかないで欲しいのに。一緒にどこかに行こうと言ってくれても良いのに。
 わかってる。これは、わたしのわがまま。エイラは優しいから、つい甘えてしまう。
 ふと、寝る前にエイラがいた場所に手を伸ばすと、そこはまだ温かい……むしろ、温かくて柔らかい。
 これは、もしかして。
 毛布をめくると、そこにエイラが寝ていた。
 思わず、くすりと笑う。まだ明るい時間に、わたしが起きていて、エイラが寝ているのは、本当に珍しい。そういえばエイラはペテルブルグの基地でいろいろ手伝っているから、夜まで起きていることもあるみたい。だからたまたま今日、こういうめぐり合わせになったのだと思う。
 エイラの寝顔を見るのも、少し新鮮。夜間哨戒のあと、エイラのベッドに行ってしまうときに見ているはずだけど、わたしはそれをよく覚えていない。覚えてないなら、見てないのと同じ。だから本当に、もしかしたら、エイラの寝顔を見るのはこれが初めてなのかも。
 すうすうと寝息をたてる表情は、いつものりりしい顔とも、笑っている顔とも違う。
 なんとなくその顔に触れようとして……やめておくことにする。起こしてしまったらかわいそうだから。こんなに気持ち良さそうに寝ているのに。
 ああ、じゃあ、エイラがわたしを起こさないのも、こういう気持ちだからなんだろうか。
 少し納得して、わたしは枕元に置いてあった読みかけの本を取った。
 オラーシャ語版の『不思議の国のアリス』。
 家にいる頃は何度も読み返した、お気に入りの本。子供の頃読んでいたものと、今ここにある本は違うものだけど、書かれている物語は同じで、懐かしい気持ちにさせてくれる。
 買出しに出かけた時に本屋さんで見かけて、思わず買ってしまっていた。厚くて重い本だから、次の異動のときは、これも処分しなくてはいけないだろうけれど。
 栞の位置のページを開く。場面はちょうど、帽子屋さんとのお茶会のシーン。
 外はとても静かで、ただ、雨の音が聞こえる。
 その静かな空気の中で、本を読む。となりには、エイラが寝ている。
 こういうのも、たまには良い。
 今日は、なんでもない日。
 でも、きっと幸せな日。


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