魚釣りと未来予知


 エイラが鼻唄交じりで歩いている。
 暢気な声色と表情から、いたく上機嫌であることが伺える。
 それは、よく晴れた日の昼下がりのことであった。
 海岸線の断崖に打ち寄せる波の音と海鳥の鳴声が高らかに響き渡る陽気な午後のことであった。
 真珠にも例えられるアドリア海の眺望を眼前にして、気分のノッてきたエイラの鼻唄に変な歌詞が浮かび上がってきた。

「とお~く~彼方~の~こお~きょお~から~♪」

 アドリブに定評のあるエイラの唄は、大自然の中で異容な存在感を醸し出している。まさに不思議な妖精さんといった趣だ。
 ふと、道行く先の海岸線に視線を投じると、断崖に腰を下ろして海を眺めている人影が見えた。自然と風景に溶け込んでいるその姿は、ある意味エイラよりも妖精然としている。
 麦藁帽子に軍服の人影。その脇に置かれているのは扶桑のカタナ。アドリア海の秘宝の一部にしてはあまりにも不自然な存在である。だが一片の不協和音も感じさせないその佇まいは、エイラに東洋の仙人とはこんな風であろうという想像を抱かせた。
 よくよく見ると、その人はどうやら釣りをしているらしい。それで気配を殺して自然と一体化しているのにも合点がいった。
 気分上々のエイラはその勢いに任せてタロットカードの束を取り出し、慣れた手つきでシャッフルしてカードを一枚めくる。その結果にニヤリとしたエイラは、悪戯を企む子供の心で、釣り人の背後へ忍び寄り声をかけた。

「今日は釣れないと思うぞ」

 どこか得意気な響きで忠告するその声に、釣り人は一瞬ピクリと耳を動かしたが、それ以上の反応はない。
 エイラは更に“余計なお世話”を続けた。
「これでも私は占いが得意なんだ。私の“未来予知”にハズレはないんだな」
 エイラは胸を張って宣言する。
 その刹那、不動の釣り人が俄に立ち上がった。
 吃驚したエイラは思わず一歩後退る。
 何事かと凝視してみると、釣竿が大きくしなっているではないか!
 その様子から推察するに、獲物は相当な大きさであるらしい。
 つい先刻吐いたばかりの大言を反芻して、エイラは少し青くなった。
 しばらくの間、膠着状態が続いた。
 竿と糸を通じて、釣り人と魚との熾烈な格闘が目に見えるようであった。
 そして、タイミングを見計らって一息に釣り上げる。
 大物が、空へと舞い上がるように宙を漂い、着地した。
 見事なまでの手際の良さに、エイラは空いた口が塞がらない。
 そんなエイラに向かって、彼女は徐に口を開いた。

「誰の占いが、外れないって?」

 勝ち誇ったような笑みに射抜かれたエイラは更に一歩後退り、ぐぬぬ、と低く唸って負け惜しみを云った。
「き、今日はチョット調子が悪かっただけだかんな。ホントだぞ! あ、当たるときは当たるんだからな!」
 その様子を見て釣り人は呵々大笑した。
「あっはっはっは、いやいや、ご忠告痛み入る。実を言うと今日はかれこれ五時間、全く当たりがない状態が続いていてな。そろそろ諦めようかと思っていたところだったんだ。そんな時に天の声が聞こえてきたわけだ。私も大概負けず嫌いでな、そう言われたら退くわけにはいかなかったのさ」
 もしも、エイラが声をかけなかったなら。
 余計な忠告をしなかったなら。
 占い通り、釣れないままに終わっていたであろう。
 なんにせよエイラの占いが外れたことに変わりはないが。

「しかし、かのダイヤのエース、エイラ・イルマタル・ユーティライネンその人に占ってもらえるとは。今日は粘った甲斐があったというものだ」
 まさか見知らぬ釣り人から自分の名前が出てこようとは。エイラは再び驚愕の色を見せる。
「な、なんで私のこと知ってるんだ? オマエ、本当に仙人とかいうヤツなのか?」
「仙人? なんだそりゃ? さすがにロマーニャに仙人なんぞいないだろう」
 ――それとも、誰かが私のことをそんな風に噂しているのか? と釣り人は少し思案する。だが、考えても詮方なしと思ったのだろう、開き直って続けた。
「まぁ、いいさ。それよりもなんで知っているかって? そりゃ、知ってるさ。自覚がないようだが、君は有名人だからな。それに同業者でもある」
 同業者。エイラはその言葉に何か思い当たる節があったが、完全に思い出せないらしく半信半疑といった口調で切り出した。
「もしかしてオマエ……、ちょっと前に欧州の前線を飛び回っていたっていう、魔のクロエ、なのか?」
「ご名答。私もまだまだ名は知れているようだな」
 どこか懐かしそうに空を見上げ、彼女はエイラに手を差し出した。
「扶桑皇国陸軍航空審査部所属、黒江綾香だ。一度はあがりを迎えた身、階級など気にせず接してくれ。よろしく」
 その現役時代には鬼神の如き勇猛敢闘ぶりが語り草となったあのクロエとは思えない気さくな態度に、エイラは好感をもってその手を握り返した。そして今一度自己紹介をする。
「今は501に所属している、スオムス空軍のエイラ・イルマタル・ユーティライネンだ、よろしく」
 エイラは黒江に、どこか姉に似た気の置けなさを感じ取った。決して容姿が似ているわけではないが、心の部分に通じるものがありそうだと思ったのだ。
「そうだ、エイラ。この魚は君のおかげで釣れたようなものだ。持って帰って今晩の食事にでもするといい」
「えっ? いいのか? でも釣ったのクロエじゃないか」
「気にするな。別に、私は食事に困って釣りをしていたわけではないからな。だから遠慮せずに貰っておいてくれ」
 そう云った黒江は、エイラに獲物を半ば押し付けるようにして渡した。
「そこまで言われたら貰わないわけにはいかないな。ありがとな」
 そしてふと思いついたことをエイラは黒江に提案した。
「せっかくだし、うちの基地まで来ないか? 扶桑の料理上手がいるんだ。それで一緒に」
「すまんな。今日はもう帰らないといけない。ちょっと長居しすぎたみたいだ」
 エイラの申し出は嬉しい黒江だったが、残念そうに断りを入れた。
 エイラも少し寂しそうな表情だ。
 それを見た黒江は頭を掻きつつ、
「まぁ、しばらくはこっちにいる予定だから、私はまたこの辺りで釣りをしているかもしれない」
 と云って、笑った。つられてエイラも笑顔を見せる。
「だったら私も、またこの辺りを散歩するかもしれないな。今度は、ハズさないぞ」
「あぁ、また占ってくれ。今度はもっと大物が釣れるように、とな」
 そして二人はまた笑い合って、それぞれの帰途に着いた。


- Interlude -

 基地に帰り着いたエイラは早速夕食の算段をつけるために宮藤を探し出した。
「いたいた。お~い! 宮藤ぃ~!」
「あ、エイラさん……って、どうしたんですか!? その大きな魚は?」
「いやぁ、さっき釣り人の姉ちゃんと知り合いになってさ。それで獲物を貰ったんだ。ということで、はい。なんか作ってくれ」
「いいですよ~。これだけ大きな魚だとみんなで食べられそうですね。獲りたてなんですか?」
「そうなんだよ。こう、ぐいぃぃぃ~っと、しゅぱぁぁぁ~っと釣り上げてさ。なかなかカッコ良かったんだな」
「へぇ~、そうですかぁ。新鮮な魚だったら刺身にも出来そうですね」
「サシミ? なんだそれ?」
「扶桑ではですね、新鮮な魚を生のままで食べることもあるんですよ」
「ナマでって……。それ、腹壊したりしないのか?」
「獲りたてなら大丈夫です。お醤油につけて山葵をのせて食べるのが美味しいんですよ。あ、でもさすがに山葵は手に入らないかなぁ」
「そ、そうなのか。相変わらず、扶桑はなんかアレだな。まぁ、シュールストレミングよりはマシかもな」
「え? シュール……なんですか?」
「あれだ、その、ナットウなんかよりも強烈な……。まぁ、いいや、忘れてくれ。とりあえず、そのサシミってのでもいいから、美味いやつを頼むぞ!」
「はい! 晩御飯、楽しみにしててくださいね!」


………………
…………
……


 数日後。
「なぁ、クロエはなんでこんなところで釣りなんかしてるんだ?」
 件の海岸線の断崖に腰を下ろした影が二つ。麦藁帽子の軍服姿は今日も釣糸を垂らしている。
「ちょっとした休暇も兼ねて、欧州にいる旧友を尋ねて回っているんだ。釣りは旅の途中の息抜きといったところか」
「へー、そんなに釣りが好きなのか」
「そうだな。忙しい時分にも暇を見つけてはやっていたこともあった。習慣みたいなもんさ」
「私にとってのタロットみたいなものかな」
 さっと一枚のカードを捲り取ったエイラは、それを太陽に翳してみせた。
「エイラはどうして占いをやっているんだ?」
「んー、昔うちにあったタロットカードでよく遊んでいたからかな。あ、でもマジメに占いをやり始めたのは魔法力が発現してからだな。“未来予知”の触媒としてタロットカードを使っているんだ」
「ほう、そのカードにはそんな秘密があったのか。しかし、予知能力とは羨ましい。私にもあれば魚釣り放題、なんてな」
「べ、別に秘密とかそんなんじゃねーよ。それに未来予知って言っても、ホントに占いみたいなもんなんだ。未来が“視える”わけじゃないぞ」
「でも何もないよりはマシというものだ。要は判断材料の一つとして使うという訳だろう? それで実績を出しているんだから、たいしたことじゃないか」
「ふふん、褒めても何も出ないぞ?」
「じゃあ、さっき捲ったカードの結果でいいから、教えてくれ」
「今日は、大漁だってさ」
「本当か?」
「さぁな、どうなるかはここからのクロエ次第なんだな」
「なるほど。だったら当たりを証明してやらないとな」


………………
…………
……


 夕陽が水平線に浮かんでいる。
 オレンジの光に照らされて長く伸びた二つの陰を、寂しい風が包み込むように吹き抜けた。
「釣れなかったな……」
「あぁ、釣れなかった」
 先日の大当たりとは裏腹な静けさである。釣竿も何処か落胆の陰を落としているみたいだ。
「大漁じゃなかったのかよ」
「うぅ……ごめん……」
 拗ねたように呟いた黒江に対して、今日のエイラはやけに元気がない。
「あ、いや、冗談だ。ちょっとからかってみただけさ。それにエイラが言った通りじゃないか。占いにすぎないって。落ち込むことはないさ」
「そうなんだけどさー。なんかハズレが続くと、自信なくすなーって」
「そんなこと気にするタイプには見えないがな。らしくない、って言うんじゃないか? そういうの。私には分からないが」
 まだ出逢って間もない二人だが、黒江はエイラのことを的確に捉えているようだ。エイラも言われるまでもなく、指摘された通りだと分かっている。分かっているのにどこかいつも通りでないのは、エイラの今日の占いが自身の願望が色濃く反映されたものだったからだろう。
「見たかったんだよ。クロエがさ、カッコ良く魚を釣り上げるところ……」
 その気持ちから“予知”した未来は、叶うことはなかった。あるいは、本当は釣れないことが視えていたのかもしれない。それを隠すための方便だったのかもしれない。
「それは、期待に添えなくて悪かったな。また」
「またもう一度……! ここで、逢えるかな……?」
 夕陽が隠したエイラの赤く染まった感情は、空気の振動となって黒江の心の奥深くを揺さぶった。
「そろそろ、次の旅に移ろうかと思っていたんだがなぁ……。いや、もうしばらく、ここに留まるのもいいか」
 海の向こうを見つめ、そう呟く黒江の表情も、煌く夕陽に赤く染まっていた。


- Interlude -

 次の日。
 昨日の快晴が嘘のような大嵐がアドリア海を荒らしている。
 雨と風の猛威に曝された窓硝子は大きな悲鳴をあげて今にも破れそうだ。
 ランプの灯りは何処か弱々しく、不吉な未来を予感させる。
 エイラの心中も同様に穏やかではなかった。嫌な想像を払拭するように、エイラはタロットカードを取り出して見つめるが、なかなかその一枚をめくることができないでいる。デッキに手を伸ばしてはすぐまた引っ込める。そんな所作を先刻から何度となく繰り返している。漠然とした不安が現前することへの恐怖。それがエイラの手を押し留めていたのだ。
 所詮は占い。当たるも八卦当たらぬも八卦。そんなことはエイラ自身が一番よく分かっていることなのに。
(いつもはなにがあっても気にしないのになぁ……)
 黒江に出逢ってから、そんなことが気になって仕方ないのだ。
「どうしたんだ、エイラ? 窓の外ばかり眺めて」
「坂本、少佐……」
「なんだ、やけに元気がないじゃないか。青い顔して。外の様子が気になるのか?」
「そんなに私は酷い表情をしているのか……?」
「あぁ、お前らしくもない。何か悩みでもあるなら相談にのってやるぞ」
 頼れる上官の心遣いはありがたいエイラであったが、少しの間、逡巡した。そして徐に口を開いた。
「少佐は、魔のクロエって知ってるか?」
「ほう、お前から黒江大尉の名前が出てくるとはな。当然知っているさ。かつて共に戦った友でもある。もしかして、お前が知り合ったっていう釣り人は」
「そうなんだ。そのクロエだ」
「そうだったのか。なんだ、こっちに来ているのなら、連絡の一つでも寄越してくれたらいいものを」
「それで、約束をしたんだ。今度また一緒に魚を釣ろうって。いやまぁ、私は見ているだけなんだけどさ」
「相変わらず釣りばかりやっているのか。ロマーニャに来てまでなぁ。あの人らしいと言えば、らしいがな」
「やっぱり、クロエは……!」
「ん? さすがの彼女でも、こんな嵐の日にまで釣りに出かけたりはせんだろうさ。それとも……」
 エイラの手の中にあるタロットカードを見つめて坂本は云った。
「占いで良くない結果でも見えたのか?」
「いや、そういうわけじゃ、ないんだけど……。変な結果が出るのが嫌でさ、カードがめくれないってだけで」
「それこそ、エイラらしくないな。お前の未来予知は何のためにあるんだ? 最良の可能性を掴むためだろう。悪い結果が出たからってなんだ。お前はそれを回避するだけの力を持っているんじゃなかったのか?」
「私の、チカラ……」
 未来を視ることだけではない。視えた未来を思うがままに描くこと!
 その手に掴んだ一枚を、確かに観つめて――。
「そう、だったな……うん。少佐! ありがとう!」
 そう云うが早いか、エイラは一散に駆け出していた。しばらくその後ろ姿を見つめていた坂本は、エイラが見えなくなるとすぐさま司令室へと足を向けた。


………………
…………
……


 酷い荒れ模様の海上を、エイラはあの場所へと向かって全力で飛んでいる。
 この行動は、命令無しの独断専行だ。もしかしたら脱走の誹りを免れないかもしれない。もちろんエイラはそこまで深刻な覚悟を決めていたわけではない。坂本に諭されて迷いが晴れたら、身体が自然と動き出していた。そしてストライカーに飛び乗って、最悪の可能性を回避するために、エイラは自分にできることをやるだけであった。
 件の海岸線は基地から歩いていける範囲内だ。ストライカーで飛んだなら、瞬く間に辿り着くだろう。それがどんなに激しい嵐の中だとしても、ウィッチに不可能はないのだから。
 占いを通して視えるものは漠然とした未来像でしかない。結局は解釈の問題だ。それでも、悪い結果が訪れたら……。そんな不安に呼応するかのように、遠くで雷鳴が轟いた。これほどまでに、占いが外れてほしいと願うことがあっただろうか。エイラは、黒江を無理に引き留めたことを今更ながら後悔していた。
 そして、雨に煙る視界の向こう、魔法力で強化された視力は確かにその姿を捉えた。
 それは、果たして、この悪天候の中で海釣りをしている黒江綾香の姿であった。
 占いが的中してしまった。いや、これは外れたと言うべきだろうか。海は今にも黒江を飲み込みそうなほどに荒れているが、とりあえず無事であった。
(まったく、なんでこんな中で釣りなんかしてんだよ。早く止めないとな……)
 心の中で毒吐いたのは、少しの余裕ができたからだろう。エイラが想起してしまった最悪の未来は、そこにはなかった。それだけで安堵の笑みが浮かんできた。
(まぁ、なんにもなくてよかったかな)
 今やエイラは完全に安心し切っていた。だから、一際大きな波が、黒江を目掛けて猛然と押し寄せているのに、気付くのが遅れてしまった。
「おーい! クロエー! こんな日に釣りなんかしてたら…………! あ、危ない!!!」
 エイラが悲鳴を上げた時には、もう既に黒江の姿は大波に覆い隠されていた。
 時が凍り付いた。一瞬の出来事だった。結局、何もできなかった、のか。
「クロエー!!!」
 エイラは、ただただ叫ぶことしかできない。
 凝縮された時の中、身体がうまく動いてくれない。
 ゆっくりと、ゆっくりと、エイラは黒江に手を伸ばす。
 ゆっくりと、ゆっくりと、波が大地を洗い流そうとしている、次の刹那……、

 波が、いや海が、真っ二つに破れた!

 白刃一閃。それは、激烈なる疾風の斬撃であった。

 エイラは、ただただ呆然として空中を漂っていた。波に攫われたように見えた黒江はしかし、居合腰でそこに固まっていた。
(あの技って……。少佐のオリジナルじゃなかったのかよ……)
 あまりにも不意の光景を目の当たりにしたエイラは、まともな感想を抱くことすらできなかった。エイラの感情は瞬きひとつ分ほどのほんの僅かな間に、慄然が蒼然に、呆然が唖然に変わり、少しだけ憮然を挟んで、飄然に落ち着いた。そして、隊長が事あるごとに口にしている、あの言葉の意味を噛みしめたのであった。
(これだから、扶桑の魔女は……)
 しかし、その表情には、今度こそホッとした微笑と、雨粒に紛れた一雫の涙が浮かんでいた。


………………
…………
……


「おおー! エイラじゃないか。こんな酷い嵐の日にどうしたんだ? 出撃か?」
 開口一番、黒江は何事もなかったような口調でそんなことを云った。そのあっけらかんとした様子に対して、エイラは全力で突っ込みを入れた。
「それはこっちのセリフだぞ! こんな酷い嵐の日に海釣りなんて非常識にもほどがあるんだな。そんなだから、扶桑の魔女はって思われるんだぞ。まったく……ホントに……」
 そしてストライカーを脱ぎ捨てて、黒江に走り寄ったエイラは、その身体にしがみついて吐き出すようにして云った。
「ホントに、心配したんだからな……!」
「……すまん。そんなに気にしてくれていたとは思わなかったよ。ここまで飛んできたのも占いか? ありがとう。今度こそ当たりだったみたいだな」
「当たったって嬉しくねーよ。それに、私がいなくたって……」
 もしものときは黒江を助けなければと飛び出したエイラであったが、結果的に見ればその必要はなかったのかもしれない。
「そんなことはないぞ。ここでエイラが来なかったら、私は無茶な釣りを続けていたかもしれないからな。それでもう一度大きな波がきていたら、その時はどうなっていたかは分からない」
 海は、依然として凶暴なうねりを見せていた。黒江は無事だったが、釣具は先刻の大波に飲まれて海の藻屑となったようであった。
「と、とにかく! こんな日に釣りなんかするもんじゃないぞ! それにこんな海で魚が釣れるわけがないんだな」
「そうだなぁ、釣竿もなくなってしまったしな。今日はここまでか。いや、ありがとう、エイラ。おかげで命拾いしたみたいだよ」
 そう云って黒江は、エイラを優しく抱きしめた。黒江の身体は、心なしか震えているようにエイラには感じられた。
「バカ」
 エイラは、そう小さく呟いて、黒江の胸に顔を埋めた。
 最初は黒江を姉に似ていると感じたエイラだったが、今では少し違ったかなと思い直していた。むしろいつも無茶ばかりしている親友に似ているのかもしれないと思い始めた。それもたぶん錯覚なのだろう。けれども、心地良い安心感を与えてくれる黒江に、今はもう少し寄り添っていたいエイラであった。


- after episode -

「まさか、あの嵐の中で釣りをしていたとはな……。私はあなたという人に対する認識を、改めなければならないらしい」
 坂本は受話器に向かってそう云った。もちろん通話の相手は魔のクロエこと、黒江綾香である。
「いやぁ……ま、そういうこともあるもんだ。そういう気分だったということで」
「まったく、私も心配したんだぞ。本当にもしものことがあったら、すぐ救援に向かえるように構えていたんだからな」
 あの嵐の日、エイラを見送った坂本は司令室へ駆けつけてミーナに事情を説明していた。そして黒江だけでなくエイラの身にも危険が及ぶようであれば、直ちに飛び立てるように準備をしていたのだ。
「すまない。ホントいろんな人に迷惑をかけてしまったみたいだな。今後は自重するようにするさ」
「是非ともそうしてくれ。いくらウィッチと言えども、限界はあるんだぞ」
「なんだよ、不可能はない、じゃなかったのか?」
「魔法力を失えば、ウィッチではいられない。もう無理を通せる歳ではないだろう」
「私も、お前も、な」
 しばし、二人の間に沈黙が漂った。だが、黒江も坂本も諦めの悪さは目を瞠るものがある。出来得る限り長く、いつまでも空を飛び続けることだろう。
「いつまで、こっちにいるんですか?」
 改まったような口調で、坂本は云った。
「明日にはロマーニャを発つ予定だ。結局、501には挨拶に行けなかったが、そのうち顔を出したいと思う」
「そうしてくれるとありがたい。エイラも喜ぶだろう」
「そうそう、エイラが基地を飛び出したのは、人命救助という尊い使命があったからだ。まさかとは思うが、くだらん懲罰なんか課してはいないだろうな?」
「あぁ。お咎め無しで済ませておいた。まぁ、こういうことはあまりあってほしくはないがな」
 再三、釘を刺す坂本に、黒江も苦笑混じりに謝罪を繰り返した。
「本当にすまなかった。エイラにも、よろしく伝えてくれ。本当に、感謝していると」
「相判った。それじゃ、良い旅を」
「あぁ。ありがとう。今度逢うときは、何処かの空で」



   fin...


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