black pressure


「暑いよ、トゥルーデ」
 絡み付いた彼女の腕をそっと退けると、エーリカはむくりと起き上がり、しょぼしょぼする目を擦った。
 もう明け方だと言うのに、珍しく昨日昼間の熱気が取れていない。
「こう言う時も体力を落とさない様にするのが、軍人たるつとめだ」
 と寝惚け眼を手の甲で一拭いした後、額にこびり付く汗に気付くトゥルーデ。
「そんな事言って。トゥルーデだってめっちゃ汗かいてるじゃん」
「それは……人間の身体は、暑い時には汗をかく様に出来ている」
「やっぱ暑いんじゃん……」
 二人はベッドを見た。一緒に寝ていたせいか、熱気も倍に籠もっている気がした。
「ねえトゥルーデ、ちょっと涼しいとこ行かない?」
「涼しい所? 何処がある? 基地の倉庫とか、件の洞窟とかはゴメンだからな」
「そういうとこじゃないくてさ……どっか無いかな」

「そうねえ……涼しい所、ねえ」
 朝も早くから書類に目を通していた……もしかしたら夜通し仕事をしていたかも知れないミーナは、二人から話を聞くと、手にしていたペンを置いて基地の中をあれこれと思いやる。
「ハンガーなんか結構涼しいんじゃないかしら?」
「整備兵が居る。邪魔する訳には」
「そうね、後は何処かしら……しかし最近は暑いわね。何時何処で何をしていても汗が止まらなくて」
 ミーナはそう言うとハンカチで頬の雫を拭った後、書類の一つをまとめてトントンと端を揃え、テーブルの隅にひとつ積み上げる。書類の山は大分積み上がっている。
「ミーナも、少しは休んだ方が良い。こんな朝から……」
「気遣ってくれるだけで十分よ、トゥルーデ」
 そう言うと、ミーナは作り笑いをした。こう言う時の彼女は、無理を承知で話をしている。トゥルーデには長年の付き合いから分かっていた事だが、職務上、彼女を止める事もそんな権限も無い。
「分かった」
「基地の中なら、ルッキーニさんとか詳しいんじゃないかしら?」
「あいつは基地の中で遊び過ぎだ」
「でもどっか知ってる気もするけど」
「……けれど、その前に今何処に居るか誰も分からないって感じもするわね」
「それもそうだね」
「参ったな」
 カールスラントのウィッチ三人は、天井を仰ぎ見た。

「涼しい所? 場所じゃなきゃ駄目なのか?」
 朝稽古の途中だと言う美緒に出くわした二人は、何処か涼しい所は無いかと尋ねた。すると、美緒の口からは、かの様な意外な言葉が返ってきたのだった。
「場所じゃない? と言うと?」
 トゥルーデの問いに、美緒は至極当然と言った顔で答えた。
「私が設営隊に作らせた風呂があるだろう」
「ああ。あの扶桑式の……やたらと豪華な」
「水風呂だ。水を一杯に溜めて、入ると良い」
「水風呂……涼しいを通り越して寒そうな」
 しれっと平気でとんでもない事を言う……流石扶桑のウィッチと感心しつつ、顔を見合わせるエースコンビ。
 そんな二人を見た美緒は笑った。
「ものは試しだ。どれ、ミーナも連れて来て、皆で涼むとするか。私もそろそろ朝稽古を終えるかと思っていた所だ」

 仕事途中のミーナも強引に引きずり出し……四人は豪華に作られた浴場に向かった。
「別に風呂は熱くても構わないんじゃない? シャワーを浴びる位でも」
「冷たい風呂と言うのも、夏らしくて良いんじゃないか?」
 豪快に笑う美緒。時々付いていけなくなるが、その豪毅さが頼もしい事もしばし。
「先に係の者に連絡して、水を張らせておいた。早速入るとしよう」
 脱衣所で服を脱ぐと、タオル一枚で浴槽に向かう。
「冷たっ!」
「これ位の涼しさで丁度良い」
 美緒は笑うと、ざぶんと水に浸かり、笑った。
「ミーナも入れ。疲れが吹き飛ぶぞ」
「ちょっと寒そうじゃない?」
「一晩中仕事をしていたのだろう? 徹夜したままでは頭も鈍くなろう。入るとシャキッとするぞ」
 美緒は美緒なりに、ミーナを気遣っているらしい。きちんと見ているところは、流石と言うべきか。
「仕方ないわね……」
 そろりそろりと身を浸け、身を震わせ、ふうう、と一息付くミーナ。
「さて、私達も入るか」
「だね」
 トゥルーデとエーリカは揃って湯船に身を沈めた。
 しんしんとした冷たさが身体を包む。
 これは数分入れば良いか……トゥルーデがそんな事を思っていたところ、エーリカが身を寄せてきた。
 彼女の体温が、密着した肌、相対的に周囲を覆う水の冷たさと相まって、とても温かい。むしろ、彼女の熱気に驚く。
 そうこうしているうちに、彼女の身体が絡み付いてくる事に気付くトゥルーデ。まだ陽の明かりも少ない中、ほの暗い湯船の中で、エーリカの身体そのものが“プレッシャー”としてトゥルーデの身体を縛り付ける。そのうちに、何か変な事をされそうで……少し気が動転して、思わず声がうわずる。
「こ、こらエーリカ」
「あ、これ良いかも」
 エーリカは笑った。
「え?」
「一人だと少し寒いけど、こうやって一緒にくっつくと、ちょうど良いよ」
「なる程。そう言う楽しみ方も有るか。どれ」
 美緒はさも当然とばかりに、ミーナに背を預けた。
「ちょ、ちょっと美緒……」
「今更恥ずかしがる事も無いだろう
 笑う美緒。そんな二人を見、思わず苦笑いするトゥルーデとエーリカ。
「お熱いね~」
 エーリカの茶化しに、ミーナも顔を紅く染めて反論する。
「もう、二人だって私達の事言えた義理?」
 トゥルーデの身体に密着したエーリカ。そんな彼女を違和感なく抱き寄せるトゥルーデ。二人は顔を見合わせた。
「ま、私達相棒で、夫婦ですから」
「ま、まあ、そうだな」
 エーリカは悪戯っぽく笑い、トゥルーデは少し恥ずかしそうに肯定する。
「全く、お前達には敵わんな。流石最強の二人だ」
「いや、そう言う意味では」
「おっと、皆、唇が真っ青だぞ。そろそろ上がるとするか」
 美緒は皆の顔色を見やると、ざばあっと湯船から立ち上がった。

 脱衣所で、服を着る。湯船で火照った身体はすっかり冷やされ、すっきりした清涼感が心地良い。
「たまにはこう言うのも悪くないな。他の隊員達にも使わせてやらないと。なあミーナ?」
「そ、そうね」
「どうしたミーナ、眠いのか? 少し仮眠を取ったらどうだ。ちょうど涼んだ事だし、少しは眠れる」
「はじめからそう言うつもりで私を誘ったの? 全く貴女って人は……」
 トゥルーデとエーリカは、二人のやり取りを聞きながら、もそもそと服を着ていた。冷たさが指先にまだ残り、少しかじかむ。
「ねえトゥルーデ」
 呼ばれた彼女は、エーリカの方を向いた。
「ん? どうし……」
 不意に、唇を塞がれた。一瞬の出来事。すぐに離され、目の前には悪戯っぽく笑う天使の姿が有った。
「唇、まだ青かったから」
「お前だって、まだ戻ってないぞ、エーリカ」
「じゃあもう一度する?」
「いや、そう言う事では……」
 トゥルーデの戸惑う言葉を聞いて、にしし、と笑うエーリカ。

 こう言う朝も悪くないか、とトゥルーデは胸のリボンを留め、独りごちた。

 真夏の明け方、少々の涼と幸せ。

end



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