skyfall


「二人が墜落した!? もう収容したのか? 容体はどうなんだ?」
 無線でやり取りをかわすトゥルーデ。
 どうも体が先に動いてしまうらしく、落ち着き無く色々質問を続ける。都合立ち寄っていた軍の連絡所からの帰り、エーリカに車を急がせ基地を目指す。
 オーバースピード気味に建物に近付き、テールスライドしながらワーゲンを横付けすると、エーリカの言葉も待たずにトゥルーデは車から飛び降りた。目指すは病室。
「無事か!?」
 だん、と勢い良く扉を開けた。

 トゥルーデの叫びを聞いた一同はぽかんとした表情で彼女を見返した。
 その中で、もっしゃもっしゃと林檎を食べている呑気なシャーリーとルッキーニ。
「ウジュー 見てみて、ウサギさん! 芳佳うまい!」
「え……いや、そんなでもないよー、ルッキーニちゃんたらもう」
「おぉい! 話を逸らすな!」
「トゥルーデ、一応病室なんだから静かに……」
 横に居たミーナに促され、コホンとひとつ咳をすると、ベッドの際にそっと寄った。
「元気そうで何よりだ」
「お陰様でねー」
 呑気にくつろいで見せるシャーリー。体の所々に巻かれた包帯ギプス、首にあてがわれたコルセットが痛々しい。
「……確か、哨戒任務だったよな。何が有った」
「報告書は少佐に代筆して貰って提出済みだけど、もう一度話した方が良いか?」
「お前の調子が良いならな」

「と言う訳で、お前と私で飛んでいる、と言う訳だ」
 重武装で出撃し、目標ポイントを目指すカールスラントの最強コンビ。
「あんまし説明になってないなー。トゥルーデ、敵討ちしたいの?」
「仇討ちとかそう言うのは……まあ、全く無い訳では無いが、シャーリー程の熟練したウィッチがああも簡単に返り討ちに遭うんだ。残るは、私達しか居ないだろう?」
「まあね。でも、私達も同じ目に遭っちゃったら?」
「なる筈がない」
「慢心は禁物だよ」
「大丈夫、シャーリーから色々聞いている」
「あれは尋問に近かったけどね。シャーリー、後で文句言ってたよ」
 エーリカが苦笑いする。トゥルーデは腕時計型の計器類に目をやりながら、現場へと急いだ。

 周囲を薄い霧に巻かれる。やがて霧は深い闇となり、辺りは視界が無くなった。基地との無線も途絶。
「これがシャーリーの言ってた……」
「間違い無い。オカルトでも何でもない、ネウロイの仕業だ」
「見てトゥルーデ。計器類が」
 計器類を見やる。高度、方位……位置を示す計器類全てがでたらめな値を示しており、信用出来るものではない。
 そして、全周囲からの飽和攻撃とも言えるビーム。

「そう。あれは突然の出来事だったよ」
 芳佳が剥いた林檎をしゃくっと一かけ食べると、「あの時」を思い出したのか、忌々しそうに呟くシャーリー。
「いきなり黒い霧に巻かれたかと思ったら周囲がさーっと暗くなって、計器類も全部ダメになった」
「方向感覚も狂ったと?」
「それが、全方位からビームが飛んでくるんだ。慌てて回避してたら、いつの間にか空間認識能力が……」
「そうか」
「あたしとした事が」
「敵が強力なら、仕方ない事だ。今はゆっくり休め」
「なんだよカッコつけて。あたしの敵討ちにでも行くみたいじゃないか」
「考え過ぎなんだお前は……ルッキーニの事を頼んだぞ」
 トゥルーデは上着の裾を直すと、病室を出た。


「理論上は、敵の範囲内に入ってしまうとどうしようもない、と言う訳か。一体どうすれば」
 バルコニーで、美緒が代筆したシャーリーの報告書をぺらりとめくる。自然と片手で頭を抱える格好になる。
「大尉。どうかなさいまして?」
「ペリーヌか。お前こそどうした」
 ガリアのウィッチは、少し心配そうな顔でトゥルーデを見た。
「大尉が深刻そうなお顔をしてましたので、様子を伺いに」
「それは悪い事をした……いや、今回の敵の事だ」
「シャーリーさん達から聞きましたわ。その様子、まるで『空が落ちてくるみたい』……なんて雑な表現ですこと」
「……」
「でも、攻撃を受けている当人達からすれば、それが理に叶った表現、だとしたら?」
「?」
 訝るトゥルーデに、ペリーヌはふふっと悪戯っぽく笑うと、空を見て言った。
「大尉。昔のラテンの法律はご存じ?」
「いや全く。お前みたいに博識ではないからな」
「ラテン語では‘Fiat justitia ruat caelum’ つまり訳すると『天が落ちても正義を成就せよ』と言う事になりますわ」
「それが今回のネウロイと何の関係が?」
「大尉なら、何かのお役に立てるかと思って……ご武運を」
「有り難う」
 いつの間にか、ジョークを言える程成長していたペリーヌ。はじめの頃の、少し突いたら弾け飛びそうな危なっかしさが消え、余裕の有るベテランウィッチになっている。トゥルーデは彼女の後ろ姿を見、ふっと笑った。そして呟く。
「そうだな……その言葉、覚えておこう。『天が落ちても正義を成就せよ』、か」

 ペリーヌの言葉を思い出す。そして口にする。
「天が落ちても……」
「えっ? トゥルーデ何?」
 トゥルーデはエーリカの身体をぎゅっと抱きしめた。
「ねえトゥルーデ。どうすれば。これじゃ私達……」
 いつになく弱気なエーリカを見、優しく笑うトゥルーデ。
「エーリカ」
「えっ?」
 戦闘中なのに、名前で呼んで来るなんて。
「この状況で、お前は何を望む?」
「いきなり何? 意味分からないよ」
 トゥルーデは、エーリカの耳元で囁いた。
「ちなみに私は……“復活”」
 そう言うと、抱きしめる力を少し強めた。そしてエーリカに“作戦”を伝える。
「覚悟は良いか? これより、このまま自由落下する」
「ええ? シャーリー達みたいになるよ」
「一か八か……流石のネウロイも水と直接の接触は出来ない筈だ」
 シールドで四方八方から来るビームを防ぎつつ、トゥルーデはエーリカを抱いたまま、身体を重力に預けた。
 時々、ビームを弾くシールドの輝きが周囲に見える。闇は続く。
「トゥルーデ……」
「大丈夫」
 確かに“空が落ちてくる”、と言う表現は相対的には正しいのかも知れなかった。その原因がネウロイであったとしても。

 トゥルーデの狙い。それは海面ぎりぎりで、水平線を見つける事。
 ネウロイの本体(コア)は、きっと海面ぎりぎりに居る。でなければ、座標を見失ったウィッチを海面に墜落させる事など出来ない筈……だから。

 霧が晴れる。人間の身体は部位別では頭が重いから、高高度からの落下では、理論上は頭を下にして落下する筈。それはつまり……
 見えた。
 水平線の暁。
 それは二人にとって勝利の目印。
「ハルトマン、こっちだ!」
 トゥルーデはエーリカを連れて、思いっきり身体を捻った。急上昇にも似た、強引な機動。
 突然、高度計が現在の正確な位置を指し示す。
 海面が、ほぼ間近に迫っていた。波間の飛沫が、もう少しで掛かりそうだった。
「トゥルーデ、危なかったよ」
「大丈夫と言っただろう?」
 エーリカを抱きしめ、頬をくっつけたまま、指で差し示した。
「見えるか、あそこの黒い塊。あれがコアに違いない。現在高度は?」
「十フィート」
「それだけあれば十分だ。行くぞ!」
 トゥルーデとエーリカはコアを目指し、海面とネウロイの霧の間の僅かな隙間を全速で飛ぶ。本体が見えた。まるで黒い雲だ。突然の容赦無い銃撃に怯んだネウロイは、高度を上げた。それがかえって仇となった。

 間も無く、カールスラントのエース二人により、ネウロイの撃墜が確認された。

 途絶えていた、基地からの無線が入る。良い感度だ。
『よくやったな。流石はカールスラントのエースだ』
 美緒の声。安堵と信頼が混じる、いつもの彼女だ。
「当然の事をしたまでだ。そうだ、リベリアンとルッキーニの容体は?」
『もうギプスやコルセットを外して、遊んでるわ。健康体そのものね、あの娘達は』
 ミーナの声。嬉しそうで、少し呆れていそうで。そんな声も懐かしい。

「ねえトゥルーデ」
「ん? どうした?」
「自由落下の時、どうして、私の頭をずっと抱いてたの?」
「それは……」
「かばってくれた? 海に落ちても大丈夫な様に」
「無理矢理巻き込んだからな。せめてお前だけでも」
「そう言うところ、トゥルーデ、無理し過ぎなんだってば」
「すまん」
「でも、だからこそトゥルーデなんだろうね。そうじゃない?」
 答えを返す前に、エーリカに唇を軽く塞がれる。
「これは、ひとまずのお礼。あとは帰ったら……楽しみにしておいてね」
「全く、エーリカ、お前って奴は」
 苦笑するトゥルーデ。

 二人は揃って鈍色の空を見上げた。

end



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