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「ねえトゥルーデ」
午前中の訓練を終え、食堂にて皆で一緒に軽い昼食を済ませた時、横に座っていたエーリカが不意に呟いた。
「ん? なんだハルトマン」
空になった皿を見、トゥルーデの顔をじっと見、金髪の美しい少女は言った。
「トゥルーデの手料理、最近食べて無いよね」
「なっ!? いきなり何を言うかと思えば」
たじろぐ“お姉ちゃん”。
「あれ? 有ったっけ?」
確かめるエーリカ。
「食事当番で振る舞っているだろう」
「蒸かし芋ばっかりじゃーん。やだやだ、もう飽きたよー」
首をぶんぶんと振るエーリカ。
「じゃ、じゃあシチューを付けて」
「それもお決まりのだよー。どうせ蒸かし芋を砕いて一緒に食べるんでしょ? 最前線の食事でもよくそれ食べてたじゃん」
戦友の指摘に頷くトゥルーデ。
「まあ、手頃に食べられるからな」
「そうじゃなくてさー」
つまならなそうにだだをこねるエーリカ。
「じゃあどうしろって言うんだ」
「凝ったものじゃなくていいから、何か作ってよ~」
「言ってる事がメチャクチャだぞ……うーむ」
トゥルーデは……助けを求めた訳ではないが……思わず辺りを見回した。ニヤニヤしながら二人を見る者、しらけている者、頬を赤らめてひそひそ話をする者……つまり今のトゥルーデにとって何らかのプラスになりそうな“人材”は無かった。
トゥルーデは無言で立ち上がると、使い終わった食器を持って立ち上がり、台所に向かった。
「あーもう。トゥルーデの意地悪ー」
エーリカはテーブルにだらーっと上半身を投げ出すと、つまならそうにぼやいた。
「そりゃお前、堅物にああ言う言い方するから」
ルッキーニをあやしていたシャーリーが横でニヤニヤ笑いながらエーリカをつつく。
「だってー。たまにはいいじゃん、そう言うのもさ」
「まあな。でもねだるのも良いけど、時間と場所を弁えた方が良いかもな」
シャーリーは意味ありげに辺りを見て言った。確かに、皆カールスラントのエース二人の事で何か話をしている様だった。
つまならそうに、エーリカはシャーリーの肩をぽんと叩いて彼女への返答とすると、食卓を離れた。
午後の訓練が終わる事、エーリカは厨房から良い香りがするので、ふらっと引き寄せられる様にやって来た。訓練の指導にトゥルーデは姿を見せなかった。お昼の事、まだ怒っているのかな、と気になりもする。
果たしてそこには……、大鍋を前に、あれやこれや食材と格闘しているトゥルーデが居た。食事当番の“定番”たる芳佳もリーネも居ない。ただ一人で、黙々と料理を作っていた。
エーリカの視線に気付いたのか、はっと振り返るトゥルーデ。おたまを手に咄嗟に出た声が上ずる。
「な、何だ? どうした」
「それはこっちの台詞だよ、トゥルーデ。一人で何やってるの? 今日の夕食当番ってミヤフジとリーネじゃ……」
「ちっ違う、違うんだこれは、その」
トゥルーデの表情を見たエーリカは、ぱっと顔を明るくして言った。
「もしかして、お昼の事覚えててくれたの?」
「そ、そう言う訳では無いが……宮藤とリーネは訓練で忙しいから、私が代わったまでだ。本当だぞ」
「本当に?」
「ああ……その証拠に」
トゥルーデは、煮込んでいる鍋の蓋を取って、中身を見せた。ことことと煮込まれる様子を見、ぼそっと呟くエーリカ。
「またシチュー?」
「あり合わせの材料で如何に栄養バランスを考えるか。それが私の……」
「じゃあこれは?」
横に有った皿を見、指差す。一人分だけ、こっそり取って置いたかの様に、茹でたてのソーセージが数本並んでいる。
「それは……、目ざといな。見つかったなら仕方ない。ほら」
「私に? これどうしたの?」
「たまにはカールスラントのブルストも食べたくなるだろうと思って、前に取り寄せたものだ。……特別だからな?」
「シチューには入ってないの?」
「そっちの大鍋は皆で食べるからな。他にも、あり合わせの肉を入れてる」
「なるほどね」
トゥルーデはフォークと、茹でたてのソーセージをエーリカに渡す。
エーリカは早速カールスラントの名物を口にした。香ばしく燻された腸詰めは皮はぱりっと、中身はジューシーで、懐かしの故郷を思い出す。
「美味しい。これに付け合わせでザワークラウトがあればね」
「そこまで贅沢は出来ないな。あとはシチューで我慢だ。これでも真剣に作ったんだからな」
「誰の為に?」
「そこまで言わせる気か」
ちょっと意地悪な事を聞いたエーリカは、愛しの人の反応を見て、くすっと笑った。
「ま、いいや。トゥルーデ、ありがとね」
「私は今、お前にこれ位しかしてやれない」
「十分だってば……じゃあ私からお礼に」
エーリカはトゥルーデにそっと唇を重ねた。トゥルーデの唇からは(味見していた)シチューの味が、エーリカの唇からはブルストの味がした。
「へえ。今夜はバルクホルンのシチューか」
シャーリーは昼間の事を思い出し、トゥルーデの脇をつんつん肘でつつきながら言った。
「悪いか?」
「いや、悪くないよ。なかなか美味いね」
「そうか」
もう少し何か言いたげなシャーリーだったが、ルッキーニに袖を引っ張られ、ほいよーと声を掛けつつ背を向ける。
「ふむ。よく材料と栄養を考えて、質素だが……質実剛健な味だな」
ミーナと食事の席を共にしていた美緒が一口食べ、満足そうに呟いた。
「貴方が言うと何か重そうに思えるわ」
美緒の言葉を聞き、くすっと笑うミーナ。そして気付く。
「あら、トゥルーデ。このシチュー美味しいけど、何か隠し味でも?」
言われた当の本人は、まんざらでもなさそうな顔で返事をする。
「よく分かったなミーナ。でもすまない、今日のは秘密だ」
ふふ、と笑って返すミーナ。
食卓では、蒸かし芋やパンを付け合わせに、和気藹々と皆が食事をしている。
例えメニューは少なくても、美味しければ。皆が楽しく食事出来れば……そう考える様になったのは何故か。誰の影響なのか。
横に居る相棒であり仲間であり“夫婦”の顔を見る。
美味しそうにシチューを頬張る姿を見て、何となく分かった気がした。
ふと、目が合った。
「トゥルーデどうしたの?」
「いや。何か変な顔でもしてたか?」
「ううん。別に」
「そうか」
「やっぱり、トゥルーデの作ったシチューは美味しいね」
一口食べて、言葉を続けるエーリカ。
「そう。これだよ。これだよ、トゥルーデ」
頷いて笑うエーリカ。トゥルーデも思わずふっと笑みがこぼれる。
夕食の時間は、そうして和やかに過ぎて行く。
end