alive


 トゥルーデはベッドの上に居た。包帯姿が痛々しい。

 ちょっとの無理のつもりだった。それが油断を招いたのか、戦の最中MG42が暴発し、胸と腕を痛めてしまった。不時着した際にストライカーユニットが破損し、足も捻挫する始末。熟練ウィッチのする事ではない、と自省する。
 幸い重傷ではなく命に別状はなかったもののミーナから絶対安静を言い渡される。まるで拘束されているかの様な扱い。
「貴女は普段から頑張り過ぎなんだから、少しはゆっくり休まないと……って事じゃない?」
 ミーナは苦笑混じり、冗談半分で戦友を気遣ったが、トゥルーデはそうかもな、と呟いたきり、ふい、と窓の外を眺めた。

 その日もトゥルーデは病室の窓から、空を眺めていた。
 飛行訓練をしているウィッチ達の姿が目に入る。
 その中にはエーリカも、ハイデマリーも。たまにデスクワークを中断してミーナも空に上がる。綺麗なラインを引いて、空を舞う彼女達。
「実に見事だ」
 ぽつりと呟くトゥルーデ。
 今まで若い、ヒヨッコのウィッチ達を沢山見てきたせいか、彼女達が人一倍の努力をして一人前の「魔女」として羽ばたき、活躍する姿を見るのはとても心強い。今一緒に居る仲間達も、背中を預けられる程の全幅の信頼を置いている。
 だけど。
 トゥルーデは同時に、出来れば見たくない、多くのものを見てきた。いや、見過ぎたと言った方が良いかも知れない。
 負傷して野戦病院に担ぎ込まれる未熟な魔女。“上がり”を迎えて“無力”になった先輩達。いずれもウィッチとして傷付き力尽き、二度と空へ上がれなくなった、不幸な娘達。
 焼き払われる故郷。炎と障気に呑み込まれる人々、街や自然。
 守りきれなかった、最愛の妹。
 その時自分は何が出来た? 何をすべきだった? ……いや、何も出来なかった。幾ら撃墜数を稼いだところで、幾ら独りで奮闘したところで、事態が好転するとは限らない。
 今だってそうだ。結局気持ちだけが空回りして、病室のベッドを無駄に温め続けている。ヒナが孵る訳でもないのに、
 もっと窓辺に近付きたい。ベッドから出て、もう一度空を……体を起こす。胸に、腕に、激痛が走る。顔をしかめる。
 くそっ。私は結局あの時から……、いや、今も何も変わってない。何一つ。
 トゥルーデは口にはしないが内心叫ぶかの勢いで毒付いた。
「その顔は、またイケナイ事考えてるんでしょ」
 耳元で聞こえた声に、はっとして振り返る。エーリカだった。
「な、何だハルトマン? 訓練はどうした?」
「午前の訓練はとっくに終わったよ。ちょっと様子見に来た」
「冷やかしか」
「トゥルーデってば。その顔見ればすぐ分かるよ。また暗い事考えてたでしょ?」
 図星。
 言葉を失い、そんな事は無い、と強がるも、エーリカは微笑むと、トゥルーデの手を握る。
「トゥルーデって、分かり易いんだから。何年一緒に居ると思ってるのさ」
 その一言で、毒気を抜かれた様に、へなへなと力が抜けるトゥルーデ。ベッドに沈み込む程に身を任せ、そうさ、と言葉を続けた。
「寝たきりになるとな。他にする事が無くなって……色々とな。考えてしまうんだ」
「考え過ぎ。それならすぐに治して、早く空に……」
「出来ればとっくにそうしている!」
 思わず怒鳴る。そして、一瞬悲しそうな顔をしたエーリカを見て、慌てて言葉を選ぶ。
「す、すまない。そう言う、つもりじゃないんだ。お前が気遣ってくれるのは有り難いんだが……私も、その、ええと」
「焦っちゃダメだよ」
 エーリカは笑顔を作るとトゥルーデのおでこに軽くキスをして、そのまま部屋を後にした。
 トゥルーデは何故か、焦がれる思いに駆られた。
 行かないで。もう少し一緒に居て欲しい……せめてあと数分でも良いから。
 しかし、無情に閉じられた病室の扉を見て、暗澹たる気分になった。
 彼女に当たり散らすのは、正直褒められた行為ではなかったし本意でなかった。しかし、エーリカの言う通り焦っている証拠でもあった。
 なら、せめて。
 悲鳴を上げる体に鞭打ち、強引に身を起こす。行ってしまったなら、せめて窓辺から、姿を見たい。
 しかし、彼女の体はまだ歩ける状態にはなかった。起き上がったは良いが、その次が全く踏み出せない。姿勢を崩しベッドから転げ落ちる格好になり、床に頭と顔をぶつける。余計な傷を作ってしまった。
 苦痛に顔を歪め、床を這いずりながら、それでもトゥルーデは力を振り絞り、窓辺を目指す。
 せめて、少しでも見たい。空の青さを。外の光を。彼女の姿を。

 部屋の扉が開いた。扉を開いた主は何も言わずトゥルーデの元に駆け寄る。
「大丈夫!? どうしてこんな事に?」
 エーリカだった。
「いや……お前が空を飛ぶ姿を見たいと思って」
「だからってベッドから落ちちゃダメじゃん」
 エーリカは魔力を発現させると、トゥルーデをそっと抱きかかえ、ベッドに戻した。
「すまない」
「もう、無茶して。後で看護婦さんに言って、ベッドの位置を窓辺に移して貰うから。それで良いでしょ?」
「あ、ああ。そうしてくれ」
 無様な姿を見られてしまった。エーリカの顔を直視出来ない心境。
 エーリカはトゥルーデの頬に出来たかすり傷を、消毒液を含ませたガーゼでそっと撫でる。
「う……しみる」
「全く、怪我人なのに怪我増やしてどうするのさ」
「それは……」
 言葉が続かない。とりあえず、有り難う、とだけ呟くのが精一杯。
「もしかして、トゥルーデ」
「?」
「さっき私が行っちゃったから、後追い掛けようとしたとか?」
「そ、そんな……事……」
 エーリカはくすっと笑った。そうして、トゥルーデの頬をそっと撫でた。
「トゥルーデ、本当、分かり易いんだから。何処へも行かないよ」
「……」
「さっき外へ出たのは、ちょっと取りに行くものがあったから」
「取りに? 何を?」
「お昼ご飯。トゥルーデと一緒に、お昼食べようと思って」
「私の事など、気にする必要は無い」
「私は気にするよ。それに、ちゃんと痛み止めの薬飲んでる? 飲まないと痛み引かないよ?」
「それは……」
「ほら、一緒に食べよう?」
 エーリカは廊下から、用意してきた小さなワゴンを引っ張り込んだ。
 そこには、バスケットにパン、食器にブルスト、スープ皿に簡素なシチューを盛り付けてあった。
 それを見て、ぐう、と腹の虫が鳴るトゥルーデ。怪我人だが病人ではないので、食欲は一応有る。
「トゥルーデ、体は正直なんだから。にしし」
「その笑い方止めろ。何かいやらしいぞ」
「トゥルーデこそ、私をどう思ってるのさ」
 ベッドの脇にテーブルを寄せると、小さく簡素な食卓を作り、さあどうぞ、と勧める。怪訝な顔をするトゥルーデ。
「これ、お前の料理か?」
「私は禁止されてるし。今日はミーナが食事当番」
 ちょっとばかりむっとするエーリカを見て、少々の罪悪感が胸を過ぎる。
「そ、そうだったな。そうか、ミーナか。後で礼を言っておかないと。勿論、持って来たお前にも、……有り難う」
 病室に香る温かい食事を見て、トゥルーデは少しほっとした気分になった。食事が出来るから、それは勿論の事、大切なひとと一緒に居る時間が増えるから。
 エーリカはそんなトゥルーデを見て、笑顔を見せた。向けられた微笑みを見、変な所で堅物な大尉は彼女の名を呼んだ。
「どうしたエーリカ」
「さっきも言ったよね。トゥルーデの考えてる事は何でもお見通しだよって」
「なっ……!」
「食べたら添い寝してあげようか? なんてね」
 笑うエーリカ。嬉し恥ずかしさ、照れを隠す為か、ついつい口答えするトゥルーデ。
「添い寝って、お前、訓練とかしたくないからじゃないのか?」
「半分は当たってるかもね。でももう半分は……」
 そっと手を重ねる。あえて抱きついてこないのは、トゥルーデの体を気遣っての事か。
「分かるでしょ?」
 耳元で囁かれ、思わず溜め息が出る。そして笑みがこぼれる。
「そうだな……そうかもな」
「だよね。私達、仲間だし、家族だし、戦友だし、夫婦ですから」
 さらっと言ってのける愛しの人を前に、トゥルーデはもう降参だとばかりに苦笑するしかなかった。

end



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