alive II


 そこは戦場。空も地も、ネウロイに埋め尽くされたこの世の地獄。
 トゥルーデは部下に指示を出し戦闘を継続しつつ、後退し防衛ラインを下げるよう司令部に無線で連絡する。帰って来た答えは「否」その場で持ちこたえろの一点張り。即ちそれは物量で押してくる敵に磨り潰され呑み込まれる、いわば全滅を意味していた。
「気が狂ってるのか司令部は!?」
 無線で毒づくと、トゥルーデは部下を集める。動ける者に負傷者の救助、搬送とこの戦場からの撤退を命じた。それは司令部に対し命令違反になるのではと部下が問うと「無線の故障でよく聞こえなかった」とだけ答えた。そうしてすぐに撤退開始を命じた。
「背中は守ってやる。とにかく飛べ! 行け!」
 負傷した部下から託された銃をどっさり背負う。これなら当分銃と弾薬に困る事はなさそうだ。もしくは自身の魔力が尽きる方が早いか、どちらかだろう。そうして、大勢の負傷者を抱えた、のろのろとした撤退が始まった。
 前を行く部下から悲鳴が聞こえた。撤退ルートの先に、ネウロイの群が現れた。挟撃に遭った様だ。このままだと全滅は不可避。トゥルーデは一気に前進すると、立ち塞がるネウロイをMG42で粉微塵にしていく。
 爆発音が聞こえ振り向く。後方でシールドを破られたウィッチ二人が、被弾して墜落するのが見える。ストライカーユニットは破損し完全に機能を停止しているが、まだ高度は有る。
「焦るな! 落ち着いてパラシュートを開け!」
 無線で必至に呼びかけながら、墜落する部下達を追う。手が届けば……。しかし間に合わなかった。影はみるみる小さくなり……燃えさかる町の狭間に消えた。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
 トゥルーデは自分で毒突くのも分からないまま感情を露わにする。そのままホバリングし、墜落した部下の容態を確かめた。二人共即死だった。地面に激突したダメージで、体のありとあらゆる骨が折れていた。一人は顔面から落ちた衝撃か、顔はぺったりと潰れて、穴と言う穴から血が吹き出ていた。もう一人の体を動かすと、肩が崩れ、固まったままの指先と腕がぼとっと落ちた。
 そっと集まった部下達は動揺を隠せない。トゥルーデはそれでも部下の骸を背負い、千切れた腕をポケットに押し込むと、撤退の続行を命じた。部下だった肉塊……二人分の体から流れる血がトゥルーデの首筋を、耳の裏を伝う。体を掴んだ手のひらにも、どす黒い血がこびり付いている。服に黒っぽい染みが広がる。しかしそんな事に構っていられない。まだまだ防衛ラインまでは距離が有る。到達するまで、これ以上落伍者を出してはいけない。だが、よく見ると集まった部下は当初の半分にも満たなかった。迷子になったか、ネウロイの波に呑まれたか……。
「とにかく生き残れ! 犬死には許さん! 行くぞ!」
 雪崩の如く押し寄せる黒い渦と化したネウロイに向かい銃を連射し牽制すると、残った部下に飛び立つ様命じた。
 でも、部下は皆、消えていた。いつの間に、一体どこへ行ったのか。トゥルーデが担いでいた部下も、消えている。ぬるっとした血の痕だけがこびり付いている。
 独りぼっちの、戦場。
「何処へ行った!? 全員、応答しろ! 現在位置を伝えろ! 生存者は居ないのか!? おい! 誰か!」
 無線からは、ざーと無機質なノイズだけが聞こえる。空が紅蓮の炎に染まり、また何処かで爆発が起きた。飛んでくる火の粉が頬を焦がす。体から吹き出る汗は、部下を全員失った冷や汗か、それとも燃え盛る炎の熱さ故か。
「畜生」
 トゥルーデは飛び立とうとした。気付けば、周囲をぐるりネウロイに囲まれている。異形の者達、妙な形をした「何者か」つまりは彼女の敵。トゥルーデは、独り吠え、両手にMG42を構え、銃撃を続けた。防衛ラインまで、絶対に帰る。たった一人になったとしても。
 しかし。
 何か、大切な事を忘れてないか?
 ふと、思いが胸を過ぎる。
 その僅かな隙を突いて、至近距離から禍々しい光線が放たれる。回避出来ない。シールドはもう限界。
 砕かれ、灼かれる。自分の血飛沫の熱さを感じる。それはまるで……

「起きた? トゥルーデ」
 天使の声に導かれる様に、かっと目を開ける。飛び起きる。
 血の痕が、無い。あれから一体どうなった? 部下は? 武器は? 敵は? 焦るトゥルーデを前に、金髪の同僚は彼女の頭を撫でた。
「怖い夢、見たんでしょう? また昔の夢?」
 夢? 一体何の事だ? ここは何処だ? トゥルーデは周りを見る。見覚えの有る、部屋。窓の外を見る。そう、ここは……つい最近赴任した、サン・トロンの基地。地平の彼方から微かに覗く朝日が眩しい。視界の隅にちらりと見えた、空を飛ぶウィッチはミーナかハイデマリーか。
「わ、私は」
 混乱が隠せないトゥルーデは、わなわなと両手を見る。綺麗な手も、べっとりこびり付いていた血の痕がまだあるみたいに思えて、声を震わせる。
「助けられなかったんだ。部下が、皆居なくなって」
 黙って聞いている同僚は、続きを促した。
「墜落死した奴等も居た。体の骨が全部砕けて、ボロ布みたいになって……。あいつの血が、血が、私の手と、首に。腕は? 腕の欠片は何処だ?」
「相当怖い夢見たんだね」
 呆れ半分、慰め半分で、同僚は言葉を続けた。
「で、そこに私は居た?」
 はっとして、トゥルーデは声の主を見る。
 エーリカ・ハルトマン。大切な同僚。撤退戦での、生き残りの一人。
「お前は……、居なかった」
 目の焦点がまだ定まらない。しかし、彼女の姿かたち、表情は判った。
「そう。夢だよ。夢じゃなかったら、私が横に居るもの」
 そう言うと、エーリカはそっとトゥルーデを抱きしめた。彼女の体の温もりが、トゥルーデの凍えていた心を溶かす。
 大きく深呼吸すると、トゥルーデはエーリカを抱き返した。全身で、彼女の感触、匂い、存在そのものが絶対的に確かなものである事を改めて確認する。もうひとつ大きく息を付くと、ぎゅっと強く抱きしめた。

「生々しい夢だった。本当に、あれは夢だったんだろうか」
 トゥルーデはもう一度横になり、脳に刻まれたおぼろげな記憶を辿り、エーリカに聞かせた。
 一緒に添い寝するかたちのエーリカは、まだあやふやな反応を見せる相棒を気遣った。
「たまにぞっとする夢を見る事はあるよ、トゥルーデ。でも、夢は夢だから」
「あ、ああ。でも」
 まだ事態を飲み込めないトゥルーデに、エーリカは頬を撫で、笑顔で言った。
「疲れてたんじゃないの? それか疲れが一気に出たか」
「疲れ? そういうものか」
「じゃなきゃ、そんな夢見ないでしょ。すっごいうなされてたし」
「そ、そうか。色々と、すまなかった」
 ベッドに横になり、天井を見る。まるでついさっきまで戦場に居たかの記憶、あれは夢だったとは信じ難い。けれど、エーリカが横に居るなら、彼女がそう言うなら、確かにそうなのか、とも感じる。
「ねえ、トゥルーデ」
 エーリカは名を呼ぶと、指を絡ませてきた。指に当たる感触に、トゥルーデは覚えがあった。二人の愛の証、絆の印。お揃いの指輪。つまりは、今ここに居る二人は真実(ほんとう)の二人。
「そうだ……。そうだった」
 トゥルーデは一人頷く。記憶の霧が晴れていく感覚。そうして、ふうと息をつくと、愛しの人の名を呼ぶ。
「ありがとう、エーリカ」
「どうしたしまして」
「でも、本当に、夢じゃない位にリアルだったんだ。感触が、今も……」
「それねー」
 エーリカは悪戯っぽく笑った。
「トゥルーデうなされてるから声掛けたけど起きないし。じゃあ、って、首とか色んな所にキスしてた」
 言われたトゥルーデは呆気に取られてエーリカを見た。
「はあ? お前は私に何てことを」
 トゥルーデは、夢の出来事をおさらいした。首筋、手のひら、耳の裏、頬……そう言う事か、なんてこった、と一人呟く。
 どうしたの? とにやけるエーリカに、トゥルーデは言った。
「お前は天使なんだか悪魔なんだか分からない」
「何それ酷い。心配してたんだから」
「本当に?」
「勿論」
 ふふ、と微笑む天使を前に、力が抜ける。
「まあ、良いか……。何だかほっとしたら、また少し眠くなってきた」
 ふわわ、とあくびをするトゥルーデ。エーリカは少し驚いた様子で彼女を見た。
「いつも早起きのトゥルーデにしては珍しいね」
「まだ起床時間じゃないだろう」
「そうだね。それにトゥルーデ具合悪そうだもんね。大丈夫、私も一緒だから」
「今度は、変な事、するなよ……」
 うとうとと、トゥルーデはエーリカに向き合ったまま、瞼を閉じた。
 お互いに絡ませ合った指は解けそうもないが、解くつもりもない。
「今度は、一緒に同じ夢を見られれば良いんだけどね」
 エーリカはそう呟くと、愛しの相棒が見せる安らかな寝顔を見つめ、ふっと笑った。

end



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