sisterhood
とある気怠い週末。午前の訓練飛行を終え基地に帰還したトゥルーデは、シャワーもそこそこに部屋へと戻る。
珍しい光景を見た。通り掛かった食堂で、テーブルに突っ伏しているロマーニャ娘を見つけたのだ。普段は何処か謎の「自分の隠れ家」へ行く筈なのに、どうしてこんな所に。
「おや、ルッキーニどうした」
声を掛けると、珍しくらしくない悲壮な表情で、ぼそぼそと呟いた。
「シャーリーが……」
ああ、と思い出し、説明して聞かせる。
「あいつなら本国陸軍への連絡か用事で朝から出掛けている筈だが。何か問題でも?」
「だって、遊んでくれる人いないー」
じたばたと腕を振って、テーブルを叩くルッキーニ。
「遊んでる暇が有るなら自主訓練でもしろ」
「坂本少佐みたいな事いわないでよー……」
トゥルーデをちらっと見た後、しゅんとしてしまった。
ああ、なんだかな、もう。
トゥルーデは心の隙間にもやもやを感じる。普段は快活な筈なのに、寂しそうな彼女が何だか気の毒で。
そうしてると、ルッキーニの腹がぐるる、と鳴いた。
「あーお腹減ったー」
「まだ昼まで時間有るぞ」
「お腹減ったお腹減ったお腹減った」
「お前は子供か……ってまあ年齢的にはそうか」
「一人で納得してるの何かずるい!」
怒らせてしまったか。トゥルーデはそれでも冷静に観察していたが、このままでは埒が開かない。やれやれと呟くとルッキーニの名を呼んだ。
「仕方無い、付いてこい」
厨房の脇に座らされるルッキーニ。トゥルーデは置かれていた誰かのエプロンを借りると甲冑宜しくぎゅっと身体に纏い、鍋を用意した。
「何か軽めの食事を作ってやる」
「ウエェ、バルクホルン料理出来るの? 芋料理以外に」
「馬鹿にするな? これでもアイスバインは得意なんだぞ? いや、あれは時間掛かるけど」
「軽めじゃないしー!」
「仕方無い。特別にリクエストに応えてやる。何が食べたい」
「マンマのパスタ!」
「私はお前のママではないが……ふむ、パスタか。確か何処かに乾麺があったはずだ」
がさごそと厨房の棚を漁り始める。
「ソースは何でも良いよ」
後ろ手に腕を組んで、のほほんと指示を出すルッキーニ。
「そう言われても作り方知らないのだが」
聞かれたロマーニャ娘は、マンマの作り方を思い出して、指で空中の何かをなぞる様に、時折大きな身振りを交えてレクチャーする。
「んーとね。確かフライパンにオリーブオイルドバーッと入れて、ニンニクをトントントントンって刻んで入れて、ザクザクッて切ったトマトを入れて、グジュグジューって煮込んで、茹でたパスタと混ぜる……んだったかなあ」
「教え方があやふや過ぎだ! 擬音ばかりで通訳が必要なレベルだぞ」
「ひどい!」
シャーリーは、よく付き合ってられるな。
トゥルーデはそんな事を思いながら溜め息をつきつつ、ガスコンロの火を付けた。
寸胴鍋に張った水が熱せられ、ぐつぐつと沸騰する。手にした乾麺を適当にぱらっと入れる。
「さて、これからどうすればいい?」
聞かれたルッキーニは仰天した。
「えっ、パスタの茹で方も知らないの? それじゃ良いマンマになれないよ?」
「私はロマーニャ人ではないから知らなくて当たり前だろう! ……で、どうすればいいんだ」
「アルデンテで」
「それはどう言う意味だ」
「え、説明必要? うーんとね、中に火が通ってないの」
「生煮えはダメだろう」
「いやそうじゃなくて。火は通ってるんだけど、芯が少しカタイの」
「つまり微妙な火加減というわけだな……しかし微妙ってどの位だ」
トングで茹だる麺をつまんだり、火加減を細かく変えてみるのを見て、ぼそっとルッキーニは言った。
「まるで実験してるみたいだね」
そうこうして、あちこちから食材を見つけてフライパンも使ってソースらしきものを作り……何とか「料理」と呼べそうなものが出来上がった。
「で、お前の言う通りに作ってみたが。トマトはあいにく新鮮なのが無かったから、瓶詰めしてあった油漬けの乾燥トマトを使った」
一口食べて、無言のルッキーニ。
「……」
じっと、トゥルーデの顔を見る。
「せめて何か喋れ」
「……空腹は最高の調味料だって、マンマもシャーリーも言ってた」
「そ、それはどう言う意味だ?」
「初めてにしては上出来かなーって」
「何だその上から目線は」
「でも、まあ、食べられない事は無いし。うん。ありがと、バルクホルン」
ルッキーニはそう言うと、ぼそぼそとパスタを食べ始めた。余り美味そうではない風にも見える。
「どれ、うまくないなら、私も少し味見……」
「へー。トゥルーデがロマーニャ料理ねー」
すっと肩に手が置かれ、耳元で覚えのある声が聞こえた。
「うわハルトマン? いつからここに?」
思わず仰け反るトゥルーデを前に、意地悪くにっと笑って見せる。
「面白そうな事してたから、こっそり様子覗いてた」
「何故黙って見てた?」
「見てた方が面白いかなって。トゥルーデ、私の分も有るよね?」
「……無いと言ったら作らせるつもりだな? ほら、私の分を食べると良い」
「やったー」
試食したエーリカも、一口食べて、じっとトゥルーデの顔を見た。
「で、ハルトマンも何故黙る」
「ちょっと塩気足りない?」
エーリカの言葉に、ルッキーニもそれそれ、と頷く。
「バルクホルン、パスタ茹でる時塩入れた?」
「塩?」
「塩ね。どばーって入れるの。マンマはいつもそうしてた」
「そんな事したら麺がしょっぱくなるだろ」
「それが不思議とならないんだけどなー」
「なら分量は?」
「そこまで知らない」
「適当過ぎだろう」
「でも美味しかった。ありがと」
ルッキーニは皿をシンクに持って行くと、そこで初めて、微かに笑みを浮かべた。
トゥルーデは時計を見た。何故か彼女を直視出来ない雰囲気がして。適当に言葉で誤魔化す。
「もう少しでシャーリーが帰って来る筈だが」
「ホント? あたし、基地のゲート前行って待ってる」
そんな二人のやり取りを見ていたエーリカは、もくもく、とパスタを一口食べて、へえ、とだけ呟いた。
ルッキーニはそそくさと出て行った。厨房の片隅に居るのはトゥルーデとエーリカ二人だけ。
「ねえ、トゥルーデ」
「どうしたハルトマン」
「ちょっと、味気ないな」
「ルッキーニと同じ事を言うな。ロマーニャのパスタ料理は初挑戦だったんだ、少しは……」
「どうして初挑戦したのかなー?」
「あんまりにも五月蠅かったからだ」
「普段は芋料理ばっかりなのにどうしてロマーニャ料理?」
「何だ何だ、まるで尋問みたいじゃないか」
「そりゃあねトゥルーデ、訓練終わったらふっと居なくなって、彼女厨房に連れてくの見たら、どう思うか分かる?」
「勘ぐり過ぎだろう」
「そこがね、やっぱりまだまだ“堅物”って言われちゃう理由なんだよね」
「何が言いたい」
「でも前に比べたらトゥルーデは進歩してるよ、私が言うんだもの。間違いないよ」
このパスタとか。と、エーリカはくるっとパスタをフォークに絡めると、トゥルーデの口元に持って行く。
「食べてみなよ」
「そう言う食べさせ方は……分かったよ」
一口食べて、ようやく二人が言っていた事が分かる。
「確かに、塩気が微妙に足りないな」
「でしょう? 私もそう思うし、これは間違いの無い事実だね。不合格」
「おいおい、そりゃ酷いな。ルッキーニは一応食べたぞ?」
「お腹減ってたからでしょ」
ニヤニヤしながら、フォークを唇に当てて、目の前の彼女を見るエーリカ。
トゥルーデは一体何をして欲しいのか最初分からなかったが……フォークでつんつんとつつかれて、ようやく理解する。おずおずと手を伸ばし肩を抱き、唇を重ねる。
暫く、そっと抱き合ったまま、お互いを味わい……ふう、と息をつく。
「合格」
エーリカは微笑んだ。
「何が」
聞き返すトゥルーデ、そんな彼女の頬を撫でて答えるエーリカ。
「私のおヨメさんとして合格って事かな」
「そう言う意味か」
「ルッキーニにあれだけするんだから、私の時はもっとちゃんとしてよ?」
「それは当たり前の事だ」
「なら良いんだけど。とりあえず“今夜”が楽しみだね」
エーリカの言うそれは、食事ではない事は明白。
彼女なりの嫉妬か、同じ指輪をはめている者としてのプライドか。
トゥルーデはそんなエーリカの感情をいまひとつ理解出来ないながらも、目の前の愛しのひとをそっと抱き寄せたまま、同じ時を過ごす。
「あれ、バルクホルンさんにハルトマンさん、どうしたんですか? お昼当番私達ですけど」
「ああミヤフジ、ごめんね私達ちょっと厨房借りてた」
「いや、それは私が」
言いかけたトゥルーデを遮って、芳佳に声を掛けるエーリカ。
「良いから。じゃあ悪いけどミヤフジ、後片付け宜しくね」
「あ、はい。分かりました」
微妙に納得出来ないながらも、命令とあっては……と言った顔をする芳佳。
「良いのか、任せてしまって」
「だって、ミヤフジだって一人で料理する訳じゃないでしょ?」
「??」
「分かるでしょ?」
握る手の強さで……ようやく言いたい事を把握する。
「そうだな。とりあえず、何処へ行こうか」
「シャーリーのお出迎えでも?」
「そうするか」
二人手を繋ぎ、厨房から外へ。
ちょうど二人がゲート前に付くと、見慣れたトラックが轟音を立て、土煙を上げながら戻って来た。あのエンジンサウンドに走りっぷり、誰が乗っているか、そして誰がチューニングしたかすぐに分かる。
「シャーリー! おかえり!」
ルッキーニが大きく手を振る。
ずささ、とドリフト気味にトラックを操り皆の前にぴたりと停めて見せるシャーリー。運転の腕は確かだ。
「いよっルッキーニ、ただいま! ……って、どうしたんだ二人共。あんた達までお出迎えって珍しくないか?」
カールスラントのエース二人を見つけて、疑問を口にするリベリアン。
「まあ、暇潰し?」
「見せつけてくれるな、二人して」
エーリカの言葉に、笑って返すシャーリー。
「なあ、シャーリー」
「ん? どうしたんだバルクホルン。あたしに何か用か? ストライカーユニットの調整とか?」
「お前は本当に凄い奴だ」
そう言うと、うん、とひとつ頷いた。
「はあ!? いきなり何だよそれ?」
驚き半分、笑い半分の顔をしたシャーリーを前に、トゥルーデは平然と言った。
「それだけ言っておきたかった。じゃあな」
「おいおい、意味がわかんねーぞ」
呆気にとられるシャーリーを置いて、トゥルーデは基地に戻る。エーリカも一緒。
「良いの? もっと詳しく言わなくても」
とりあえず聞いてみたと言う顔をするエーリカに、トゥルーデは事も無げに答えた。
「言わなくてもあれこれと喋るだろう。ルッキーニが」
「そう言うところは鋭いのにねー」
エーリカはトゥルーデの脇をつんつんとつついた。こらこら、と返す二人は、まるでじゃれ合う子犬のようで。
やがて、時計の針が、ぴたりと頂点を指して重なった。二人の将来を暗示するかの如く。
end