sleepiness III
その日の午後も、二人は真っ暗に光源を遮断された寝室に居た。眠りが浅かった二人はそっと目覚めた。
サーニャは幾つかのメモらしきものに手を伸ばしていた。エイラはいつもと同じく暇潰し代わりのタロット弄り。
「ねえ、エイラ」
「どうしたサーニャ?」
「私。……出来たみたい」
その一言を聞いたエイラは体中から大量の汗を吹き出し、それまで適当にめくっていたタロットをぱらぱらとベッドに落とした。
震える手。少しの間呼吸すら出来ぬ様子だったが、次の瞬間、目をかっと見開きサーニャに詰め寄った。
「ウェェエエエ!? 出来たって何が!? まっまさか、こっここここここど……」
「話聞いてよ。無線のお友達」
「な、なんだ……そっちの話カ」
平静を装い、散らばったタロットをいそいそとかき集めるエイラ。一枚、汗をかいた太股の裏側に張り付いて取れない。
「何をそんなに焦っているの?」
「サーニャ、酷いナ。私で遊んでたダロ」
エイラの態度を見てくすっと笑うと、ぴっちりとカーテンで封印された窓際に向かう。耳を欹てると、どうやら外は雨らしかった。こんな日に哨戒や訓練に当たる人、ついてない。
「……ああ。今日は夕方まで雨だってサ。でも大丈夫、夜は雨が上がる」
「今日、哨戒と飛行訓練の人って……」
「さあネ……ってそんなに睨まなくても」
「エイラのそういうとこ、嫌い」
「心を抉る様な事を言わないでくれヨ……確か今朝シフト見たら大尉と中尉だったナ。あの二人なら嵐の中でも大丈夫ダヨ」
「そう……心配」
「だから大丈夫ダッテ。501(ウチ)のスーパーエース二人ダゾ? 私のタロットもそう言ってる。まあ、此処に居る連中は全員スーパーエースだけどナ」
「もう、そう言う事じゃなくて」
「サーニャが心配する気持ちは分かるヨ。荒天時の飛行は危険だし、離着陸時は特にネ。これでネウロイが出て来たらと思うとうんざりするヨ」
「うん。だから」
「もう。大丈夫ダッテ。そんなに心配なら二人に聞いてみればいいじゃないカ」
「……それが、私達を寝室まで呼び出した理由か?」
トゥルーデは腕組みしたまま、薄暗い部屋の中で仁王立ちしていた。
「サーにゃん心配してくれてありがとね。今日は悪天候で、外での活動は全部中止~」
エーリカはトゥルーデの脇をつつきながら、サーニャに微笑んで見せた。
「そうなんだ……良かった」
「ほら、私の言う通りだった」
賭けに勝ったとばかりのエイラに、トゥルーデが向き直って説教を始めた。
「エイラ。お前はもう少しサーニャを見習って、他人を心配する事位してみせたらどうだ」
「ナンダヨソレ」
「大体、お前は妹としての素質に欠ける」
「大尉、言ってる事の意味が分からないゾ」
「はいはいトゥルーデ行きますよ~っ、と。二人共お邪魔さま。そうそう、雨は夜には上がるって話だよ?」
「うん、知ってる」
「本当はこのまま悪天候続きで夜間哨戒無ければ良いのにね~」
エーリカは目配せすると、まだ何か言いたそうなトゥルーデの腕を引っ張って、部屋から出て行った。
「腕は凄いのに、やっぱりお騒がせコンビなんだナ」
エイラははあ、と溜め息をつきながらベッドに横になった。
ぼふっ。
不意に顔に向かって投げられた猫のクッション。サーニャがそんな事する筈がないとの思い込みから避け損なってまともに食らう。
「な、何すんだヨ?」
「エイラの、馬鹿」
「な、何故に?」
「薄情者」
「何でダヨ? サーニャが心配だって言うからわざわざ呼んだのに」
「そうじゃない……違うの」
投げつけたクッションを引き戻し、ぎゅっと抱きしめるサーニャ。
エイラは彼女の仕草を見て何とも言えない気持ちになる。
心が、ざわつく。
「サーニャ……その、ごめん、ナ?」
挙動不審な体とは反対に、自然と口から出た言葉。サーニャは上目遣いにエイラを見た。
抱きしめたい。
けれど、拒絶されたら私は。
そんな躊躇でおろおろするエイラの元に、サーニャがすすっと寄ってきた。そして、貼り付いたままだったタロットを指でなぞる。
「うわッ!? こんなとこに一枚……」
「もう、エイラったら。さっきからずっとなんだもん。おかしい」
クッションを抱いたまま、くすくすと笑うサーニャ。さっきからざわついていた心が、少しだけ落ち着きを取り戻す。
エイラは貼り付いたままのタロットをめくった。そのアルカナと位置を確認すると、何事もなかったかの様にタロットの山に戻した。
「今のは、何?」
「さしずめ、今の私ってとこだろうナ」
「?」
首を傾げるサーニャに、今度はエイラがつつ、と寄った。
「それよりもサーニャ、さっきから気になってたんだ。無線の友達って一体……」
「エイラ、やきもち?」
「ち、違うったら」
サーニャはエイラの心を見透かしたかの様に、くすっと笑った。
end