wish II


 ハンガーの隅で、ペンを片手にきゅっきゅと何かを描くニパ。傍らでそれを見るサーシャ。
 先日の穏やかな雰囲気とは打って変わって、サーシャの妙な苛立ちを肌で感じ、ニパも気が気でない。元々お世辞にも上手いと言えない絵が、更に指先の震えと相まって線が歪む。
「ニパさんは」
「はい」
「あんな軽いひとだと思いませんでした」
「いや、アレは幸運のシンボルで、深い意味は……」
 ニパの言うアレとは、療養中のヴァルトルートのギプスに描いた天道虫の事だ。サーシャのストライカーユニットにも同じものが描かれている。
 サーシャは、ニパがはじめ天道虫を描いた由来を聞き、彼女の言葉と意志を信じた。信じて受け入れ、共に空を飛んでいた。
 しかしそれがどうだ。あのブレイクウィッチーズの一人、腕は確かだが軽薄で女好きで享楽家のヴァルトルートにも、同じモノを描くなんて。
 その事が受け入れられず、サーシャはいつもよりきつくニパに当たっていた。
「『深い意味は無い』ですって?」
 声を荒げるサーシャに、ニパは慌てふためいた。
「ち、違うんですサーシャさん!」
「何がどう違うのか説明してご覧なさい」
「えっと、あの……幸運のシンボルって言うのは……例えば相手の幸運を願ったり、クルピンスキーさんの場合は怪我が早く治ります様にって事で」
「でも、他の皆さんはメチャクチャ書いてましたよね。まともなのはひかりさん位」
 ギプスに落書きした四人は、それぞれ思い思いの言葉を母国語で書いていた。見舞いに行ったサーシャは、その筆跡と内容から、すぐに誰が何をどんな意味で書いたのか概ね理解していた。しかし、ニパの幸運の印だけが、納得いかなかった。
「どうして、私と同じなの」
 視線を床に落とすサーシャ。
「サーシャ、さん?」
 ようやく天道虫を描き終えたニパは、サーシャの顔色を窺った。サーシャはニパを睨み付けた。
「私のストライカーユニットに書いたそれも、あの程度だったと言うの?」
「ええっ!? そ、そんな! 誤解! 誤解……だから、その、怒らないで。違うんです」
 黙ったまま、答えを待つサーシャ。ニパはペンを置き、手を体の前で組みながら、ゆっくりと言葉を絞り出す。
「サーシャさんの気持ちが嬉しかったから。だからワタシも、サーシャさんの幸運を願って……クルピンスキーさんは怪我を治す事だけど、サーシャさんは、そもそも怪我をして欲しくない。サーシャさんはワタシみたいに、自己治癒の魔法も無いし」
「……」
「だから、その……そんな、軽いだなんて、言われたくない。だから……あっ」
 ニパは言い掛けて顔が赤くなった。自分が何を言おうとしているか自分でもようやく気付いて、言葉に詰まる。少しの間をおいて、ようやく、呟く。
「あの、何か、誤解させちゃったみたいで、ごめんなさい」
 しばしの沈黙。
 サーシャは、ニパの顔を見ると、ふっと、優しく微笑んだ。
「そうですね……私も、少し、大人げなかったです」
 天道虫の描かれた自分のストライカーユニットを、愛おしそうに、そっとさする。
「大切なのは、相手への思い。気持ち。そうですよね、ニパさん?」
「は、はい! だからサーシャさん、その……」
「もういいです。さ、食事の時間よ。行きましょう。皆さん待ってるわ」
「はい」
 ニパはこれ以上何か言うとサーシャを余計に勘違いさせそうで、何も言えなかった。けれど、大切なひとの心を傷付けたくはなかった。
 サーシャは、ニパの心を知った。これ以上問い詰めても無意味だと、そして同時に己の未熟さを悟った。

 今日もふたりは空を飛ぶ。ユニットのカバー裏に描かれた、思いと気持ちを一緒に乗せて。

end


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