polar night


「ま、せっかくの再会だ、皆で少し歩こうか」
 ヴァルトルートの提案にエーリカは頷き……あとの二人はそれぞれの「相棒」の背中を見るかたちで、四人揃って街中を少し散策。
 スオムスのお土産「ククサ」を手に、エーリカは戦友との再会が嬉しそうだった。
「こんなところで二人に会えるなんて。ミーナの護衛に付いてきて良かった」
 にこやかに笑うエーリカを見て、ヴァルトルートはそうそうと相槌を打つ。
「だろう? たまにはブリタニアから出て他の所の空気を吸わないと。体に悪いよ?」
(お前が居るだけで場の空気が最悪なんだ)
 と内心怒鳴りたいトゥルーデだったが、横にエディータが居たので、仕方なく、と言うか何気なく話を振る。
「先生達は、今確かペテルブルクだったよな」
「ええそうよ。ここよりもっと寒くて大変」
「激戦につぐ激戦と聞いているが……」
「それはブリタニアも同じでしょう? お互い大変よね」
「そうかもな……しかし先生」
「? 何かしら」
 トゥルーデはエディータを見た。華奢な体つきを見て、一抹の不安が頭を過ぎり言葉になりかけるも、それが彼女を傷付けたらと踏みとどまり、言葉を濁した。
「……あ、いや。何でもない」
 実はしっかり二人の会話を聞いていたヴァルトルートが茶々を入れる。
「あれぇ? トゥルーデ、先生に気が有るの?」
「そういう意味じゃない! 何でお前はいつもいつもそうなんだ! 黙って前を向いて歩けクルピンスキー!」
「トゥルーデは相変わらずつれないなぁ。フラウはこんなにもなついてるのに」
「軍紀が許せば、貴様が二度と喋れない様にしてやるから覚悟しておけ」
「僕は何もしてないのに」
「貴様の存在自体が違法なんだ」
 これにはヴァルトルートだけでなく、他の二人も苦笑した。
「トゥルーデも相変わらずだねえ。やっぱりブリタニアでもこんな感じなの、ハルトマン?」
「そうそう。トゥルーデってば厳しいんだよ。私にだけね。他にはあんまり言わないのにさ」
「なるほどぉ……」
「だから何でそんな目で私を見るんだ貴様は!」
「それにしても懐かしいわね」
 ぽつりと呟いたエディータの言葉を聞き、三人の視線が集中する。皆の「先生」はそんな三人を前に、感慨深く呟き続ける。
「JG52の時は、他にもたくさんの個性的なウィッチが居て……」
 エディータの言葉を繋ぐヴァルトルート。
「戦いは厳しかったけど、なんだかんだで楽しかったよね」
 ヴァルトルートの言葉に頷くエーリカ。
「懐かしいなー。私も先生から色々勉強させてもらったし、伯爵からも色々……」
「クルピンスキーの方はダメだろうハルトマン」
 呆れ気味のトゥルーデに半分真顔で聞くヴァルトルート。
「トゥルーデも、JG52、懐かしいと思わないかい? 出来れば戻りたいとか」
「そうやって私やハルトマンを502に引き抜こうとするのはもう無しだぞ」
「ちぇっ。残念。まあ引き抜きはともかく、実際のところ、どうなんだい?」
「そういう頃も有った、と言う話だ。……問題児も居たしな」
「マルセイユの事、まだ根に持ってるのかい?」
 ヴァルトルートは笑った。トゥルーデはそんな彼女を睨んだ。
「貴様もだぞ」
「まあまあ。あの頃のトゥルーデも、なかなかイイよ」
「貴様に言われると虫唾が走る」

 ヴァルトルートは会話を楽しんでいた。両手の人差し指を立てて、くるくる回しながら言葉を紡ぐ。
「それでトゥルーデはきっとこう言うんだ。『こんな時ヨハンナが居ればなあ』って。……そう言えば彼女は今どこに?」
「ヨハンナは確か何処かの部隊で教官をしている筈だ」
 トゥルーデは彼女の現況を知っている様だった。言葉を続ける。
「なに、優秀な彼女の事だ。先生についで、立派な教官になっているだろう」
 思い出したかの様に頷くヴァルトルート。
「そうだったそうだった。ヨハンナ、いつもトゥルーデの愚痴聞き相手だったもんね」
「他に気軽に話せる者も居ないし……お前らとは違うんだ。大体愚痴の原因の殆どが誰だと思ってる?」
「酷いなトゥルーデ。まあ、さすがお揃いの軍服買った仲だよねヨハンナとは」
「それとこれとは無関係だ。……まあ、彼女はなるべく危険な目に遭わせたくないから、最前線は私に任せ……何だハルトマンその顔は」
「私が聞きたいよ。何でそこで誇らしげなのさ、トゥルーデ?」
 むっとした表情のエーリカ。
「そう見えたか?」
「……無意識なのがなんかむかつく」
 ぷいと顔を横に向けるエーリカ。
「ほらほら、フラウがすねちゃったよ。どうするんだいトゥルーデ?」
「何でだ!? 私が何をしたと言うんだ?」
「まったく、これだからトゥルーデは」
 茶化すヴァルトルートに対し、トゥルーデもびしっと指さして告げる。
「さっきから何度も言いたかったが改めて言う。クルピンスキー、私を、『トゥルーデ』と呼ぶな!」
「僕の事を『トゥルト』って呼んでくれたら許してあげる」
「誰が呼ぶか!」
「聞いてよ伯爵~。トゥルーデってばさー」
「こんな可愛い子猫ちゃんを泣かすなんて酷いウィッチも居たもんだよ」
「女ったらしの最低女が何を言う」
「でさ。フラウは良いの? キミの事トゥルーデって呼んでも?」
 ヴァルトルートにいきなり言われて戸惑うトゥルーデ。
「えっ!? そ、それは、その」
「もうトゥルーデ知らない!」
 そう言ってヴァルトルートにひっつくエーリカ。
「何でそうなる!?」
 キレかけるトゥルーデ。

「貴女も相変わらずね、バルクホルン大尉」
 ふと、様子を見ていたエディータから言われ、振り返る。
 彼女はどことなく、楽しそうであった。
「先生?」
「いえ、何だか昔を思い出してね。昔って言ってもほんの数年前だけど」
「……もしかして、先生も、JG52の頃に戻りたい、とか?」
「まさか」
 ふっと柔らかに笑うと、トゥルーデの顔を見て言った。
「時間は常に過ぎ去っていくものよ。昔に戻る事は不可能」
「それは、確かにそうだが」
「なら、今と、これからを楽しく生きないと勿体ないじゃない」
 そう言うと、少し寂しそうに、笑顔を作った。
「流石、先生」
「貴女は遊び過ぎよ。もっと自重なさい」
 肩を回そうとしてきたヴァルトルートの手を慣れた手つきで振り払うと、エディータはトゥルーデとエーリカを呼んだ。
「二人共、戦果を挙げるのも勿論大切な事だけど……貴女達自身、そう、自分の事ももっと大切にしなさい」
 まるでここ数年の自分達を見られた様な、妙な感覚。ネウロイを倒す事ばかり考え、訓練し、実際に戦って来たエーリカとトゥルーデの二人にとって、エディータの助言は少し場違いな印象も受けたが、それでも激戦を潜り抜け、皆から「先生」と呼ばれ慕われてきた彼女の言葉には重みが有った。
「了解した。なるべく心掛ける」
「分かりました先生」
 真面目に頷く二人を見て、またもエディータはくすっと笑った。
「ハルトマン中尉はともかく、バルクホルン大尉は何だか忘れそうね」
 トゥルーデは慌てて両手を振って否定した。
「先生、なんてことを。先生からの助言は有難く受け入れる」
「でも、貴女は……いえ、何でもないわ。もし何かあった時は、ハルトマン中尉、頼んだわね」
「了解です。頼まれました、先生」
 大仰に敬礼して、ウインクするエーリカ。エディータはそんなエーリカを見て微笑んだ。
「どうしてそうなるんだ?」
 一人、訳が分からないと言った表情のトゥルーデ。そんな彼女の肩を、後ろからヴァルトルートが掴んだ。
「分かってないなぁトゥルーデ。皆が君の事を心配してるんだよ?」
「お前にだけは言われたくなかったぞクルピンスキー」
「トゥルーデ、分かってないし」
「ハルトマン、お前まで何を言い出すんだ?」
「大丈夫だよ、先生。任せて」
 改めてそう言って笑うエーリカ。
「しかし、日が暮れるの早いねえ、ヘルシンキは」
「楽しい時間はあっという間って事かな」
「カッコつけても何も無いぞクルピンスキー」
「じゃあ、これから皆で飲みに行こうか」
「待て待て。私達はただぶらぶらしてただけだし、先生達も買い物途中だろう? これでこのまま飲みに行ったらミーナから何て言われるか」
「それもまた人生じゃないかな」
「だからカッコつけても何も無いぞクルピンスキー」
 エディータは、JG52の頃も皆、大抵こんな感じだった事を思い出す。

 もう戻れないあの頃。だからこそ、今を大切に。
(……二人に伝わったか、少し心配。でも、少なくともハルトマン中尉には伝わった筈)

 少し考え込んだエディータの肩を、するっと撫でる様にヴァルトルートの腕が回ってくる。
「考え過ぎはよくないよ先生」
「貴女はもっと考えなさい」
 ささっと躱しさりげなくヴァルトルートの足を踏んで前に進むエディータ。
「痛っ! また踏むなんて酷いじゃないか」
「そこに足があったから」
「流石先生、つれないねえ」
 四人は日が傾き始めたヘルシンキの空気を、もう少しだけ楽しんだ。

end


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