on the bed


 エーリカはふと目覚めた。枕元に転がる時計を見る。起床時間を過ぎていた。しかし普段なら起床時間ぴったりに怒鳴り声と共にやってくる“あのひと”が居ない。着替えもせずに、そのまま部屋を出て、目指す。
 やっぱりだった。ベッドの上で、苦しそうにしているトゥルーデを見つけた。
「トゥルーデ?」
「ああ、ハルトマンか? 起床時間なのは分かってる……」
 いつになく弱々しい声が聞こえた。毛布にくるまるトゥルーデの顔を見るエーリカ。
「トゥルーデが寝坊なんて珍しいね。って、大丈夫?」
 彼女の顔は心なしか紅く、辛そうだった。
「すまない……。私とした事が。どうやら風邪をひいてしまった様だ。体が、重い」
 何とか上半身を起こして状況を伝えるも、言葉が終わると同時に、ベッドに倒れ込んだ。
「こりゃ重症だね。お医者さん呼んでくるよ。あ、まずは薬と水持って来た方がいいかな。待ってて」
 エーリカの言葉に、はあ、と熱さの籠もった息をついて、トゥルーデが答えた。
「すまない。体調管理は……ウィッチの基本中の基本なのにな。自分の不甲斐なさが……」
「はいそこまでー」
「?」
 怪訝そうな顔をするトゥルーデの口に、エーリカは人差し指をあてて、微笑んだ。
「トゥルーデは回りにも厳しいけど、自分にも厳し過ぎるから」
「それは、どう言う意味だ」
「ともかくさ。たまには、私だってトゥルーデの面倒見たいよ」
「なっ、何でそうなる」
 トゥルーデの疑念を遮り、エーリカは聞いた。
「で、何か食べれそう? 必要なら何か軽い食事用意するけど」
「薬と水だけで良い……お前の料理は症状が悪化する」
「ぐったりしてるのに悪口だけは相変わらずなんだから」
「……すまないな、フラウ」
「素直じゃないんだから。ちょっと待ってて」
 踵を返したエーリカの、腕を掴む……事は出来ず、そっと触れるのが精一杯のトゥルーデ。くぐもった声で、相棒の名を呼ぶ。
「あっ、フラウ……その」
 すぐに気付いたエーリカは振り返って顔を見た。
「ん? どうかした?」
「い、いや。何でもない」
「ゆっくり寝て待っててね。すぐ持ってくるから」
「頼む」
 エーリカは頷くと、珍しく全速力で部屋から出ていった。

 トゥルーデは言えなかった。
「側に居て欲しい」
 と言う、たったの一言が。
 弱さを見せるのが、何故か躊躇われたから。
 私は馬鹿者だな。大馬鹿者だな。
 自嘲気味に笑い、ごほごほと湿った咳をした。

 エーリカは言いたかった。側に居ようか? と。
 でも弱り切った彼女に必要な事をまず先に。一緒に居るのはそれからの方が良いと。きっとトゥルーデもそう言うに決まってるって分かってるから。

 数分後、割烹着姿の芳佳を連れてエーリカが戻って来た。直前まで厨房に居た様で、微かに扶桑料理特有の醤油と出汁の香りがした。
「医者は急用で出掛けてたから、ミヤフジ連れて来たよ」
「ああ、すまないな」
「バルクホルンさん大丈夫ですか? 顔色悪いですよ?」
「そりゃあ風邪だからねー。ミヤフジ、治癒魔法いい?」
「勿論です。任せてください。風邪なんてすぐに治しちゃいますから」
 エーリカの言葉に頷くと、芳佳は割烹着の袖をまくって、気合十分と言った感じで両手をトゥルーデの体にかざした。優しい光が、トゥルーデを淡く照らす。
「頼もしいな、宮藤は」
 トゥルーデは、少しずつだが、体の辛さが消えていくのを感じつつ、小さく呟いた。
「今日のバルクホルンさん、普段の頼もしさが無いですね」
 芳佳は意外な一面見ました、と言って笑った。
「私だって……たまには風邪くらいひくこともある」
 トゥルーデの恥ずかしそうな答えに、エーリカもふっと顔を緩める。
「大丈夫です。重症になる前に手当しましたから。治癒魔法が一段落したら、医務室から薬持ってきますね」
「すまないな。迷惑掛ける」
「いつも私の方が色々迷惑掛けてますから。お役に立てて嬉しいです」
 暫く真剣に治癒魔法を掛けた後、ひとまず料理当番で厨房に戻りますねと言い残し、芳佳は足早に去っていった。

 治癒魔法が効いて体が楽になったのか、うとうとしていたところに、頭上からエーリカの声がして、目が覚める。
「ほい、薬と水」
「フラウ……すまないな」
「ミヤフジは今日食事当番だからあんまりこっちまではねー。薬と水用意する位なら私でも出来るし」
 トゥルーデはその言葉を聞いて、ふっと笑った。上体を起こし、渡された粉薬と錠剤を口に入れ、水で流し込む。
「ついでだから、ミヤフジに何か作らせようか?」
「いや、今はいい」
 薬を飲み終え、一息ついたトゥルーデはゆっくり息をした。
 そんな相棒の姿を見たエーリカは、安心したのか、一言だけ答えた。
「そう」
 ふと、目と目が合った。トゥルーデは何故か先程の言葉を言おうとして……何故か恥ずかしくなって、うつむいた。
 エーリカは、そっとトゥルーデの手を握ると、ベッドの縁に腰掛けた。
「側に居てあげる」
「……良いのか?」
「勿論。私、まだ着替えてないし」
「それが理由か?」
「何だか、寝たり無いんだよね」
「だからって私の部屋で、ベッドで一緒に寝るのか?」
「いいじゃん」
「私の風邪がうつるぞ」
「治癒魔法してもらったし、薬も飲んだし大丈夫だって」
 それにね、とエーリカは言葉を続けながらするするとベッドに潜り込む。
「トゥルーデ、そう言う顔してたし」
「なっ!?」
 図星と言ったトゥルーデの顔を見て、にしし、と悪戯っぽく笑うエーリカは、トゥルーデの腕を引っ張り、ベッドに押し倒す。
「何年一緒に居ると思ってるの」
「そうだな」
 降参だ、とばかりにトゥルーデは頷いた。横に居るエーリカの肌が、温かく心地良い。
 エーリカは、まだ少し熱いトゥルーデの体をぬくぬくと感じながら、目を閉じた。

 その後、
「バルクホルンが倒れただって?」
「重病なのか?」
 と勘違いした(もしくはエーリカから大袈裟に話を聞いた)501の一同が大挙してトゥルーデの部屋を訪れるまで、二人は浅く緩い眠りを楽しんだ。

end


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