accelerator


 けたたましいサイレンが鳴り響き、数名のウィッチが大急ぎで支度を整えネウロイとの「パーティー」の為に会場へとまっしぐら。
 そんな様子を滑走路の端で見ていたトゥルーデは、ふう、と溜め息をついた。
 敵は小型がごく少数。実戦での訓練も兼ねて、芳佳とリーネの二人が主力として出て行った。勿論、エスコート役にエーリカ達も「パーティーに同席」しているので心配は無い。だが万が一と言う事もあるし、観測所の「勘違い」や「間違い」はよくあることだ……と考えを巡らせる堅物大尉。
「よっバルクホルン。こんなとこでぼーっとしてないでさ」
 気さくに声を掛けてきたのはシャーリーだった。ぽんと肩に置かれた手をさっと払い除けるトゥルーデ。
「何の用だ」
「殺気立ってるぞ。あいつらの事なら心配ないって。それよりも、ちょっとあんたの力を借りたい事が有るんだけど」
「私の『力』だと?」
「いや、あんたの固有魔法の『怪力』じゃあなくてね。この前から暇を見ては、ちょっと面白い装置作ってたんだよ。ようやく完成してさ。ちょっとテストして欲しいんだよね」
「私は非常時に備えて待機中だ。そんな悠長な暇は無い」
「そうかな~? もしかしたら、すっごく役に立って、宮藤達の力になれるかも知れないぞ?」
 ぴくり、と眉を動かすトゥルーデ。
「だろ? 気になるだろ? だろ? さあこっちこっち」
 シャーリーは渋るトゥルーデの背中を押して、ハンガーの片隅へと連れて行った。

「只の腕時計にしか見えないが」
「そうだよな。普通は」
 シャーリーが手にしている腕時計の形状をした「何か」は、普通の腕時計にしてはやや大きめで、下の部分に奇妙な、小さなボタンが付いていた。盤面もよく見ると普通の時計ではなく、クロノグラフの様に秒針が多い。
「とりあえず付けてみてくれ」
 言われるがまま、時計のベルトを左の手首に回す。一瞬ビリッと軽い刺激が腕を走る。間も無く、徐々にだが、魔法力を吸われている事に気付く。
「シャーリー、これは一体何だ。付けたそばから私の魔法力をじりじりと吸い取ってるぞ」
「よっし、計算通りだ」
 小さくガッツポーズをして、手元の設計図や書類をぺらぺらとめくるシャーリー。しかしその設計図や書類に書かれた文字はシャーリーの筆跡でないものも幾つかあり、カールスラント語で書かれた部分も散見され、なるほど、とトゥルーデは頷いた。
「その発明品、もしかしてウルスラ・ハルトマン中尉から頼まれたものか?」
 ぎくりとして慌てて設計図を隠すシャーリー。
「ままままさかそんな事は」
「本当の事を言わなければこの時計を握り潰しても良いんだが」
「待て待て! 分かったよ言うよ。ハルトマン中尉--技術中尉の方だけど、彼女から極秘で依頼を受けてさ。使い方によっては戦いを有利に進められるかも知れないって聞いたから」
「何故、お前に? 直接私か、ハルトマン--彼女の姉に頼めば良いだろうに」
「さあねえ。前のほら、ジェットストライカーの件とか色々あって、あんた達二人には言いにくかったんじゃね? それにあたし、機械いじり好きだろ? だからこのあたしに話が来たんじゃないか?」
「まあ良い。しかし、このまま魔力を吸われ続けると私も困るのだが」
 外そうとしたトゥルーデをシャーリーが押し留める。
「待て、まだ外すな。ここで軽い実験だ。そこの一番下の、そうそれ。赤いボタンをポチッと。思い切ってポチっと」
「押すとどうなる?」
 トゥルーデは言われた通りに押した。
 刹那、頭の中をジェットストライカーが飛んだ様な衝撃音が響く。
「うわっ? 何だ今のは」
 目の前に居るシャーリーは、押せと言うジェスチャーをしたまま、固まっている。
「おい、シャーリー? 何をふざけているんだ」
 そこでトゥルーデは、気付いた。
 周りが妙に静かであることに。
 ハンガーの中を吹き抜けていたそよ風が、ぴたりと止んでいる。
 ハンガーの外を見る。建物の横を走っていた作業車が、停止している。ハンガー脇で作業中だった風景が、ぴたりと止まって音も消えている。
 空を飛ぶ小鳥が、空中で羽根を広げたまま静止している。
 ……まさか。
 トゥルーデはもう一度ボタンを押した。またも轟音が頭の中を響き、途端に元の--風の流れや作業スペースでの騒音が戻って来た。
「--そうポチっと、あ、あれ? もう押した?」
「一度押して、もう一度押した。シャーリー、これはもしかして」
「おっ、押したか。で、どうだった?」
「ああ。まるで--」
「よぉしやった、実験は成功だ! バルクホルン、それな、装着者の魔法力を使って時間の流れを変化させる、まさに画期的な--」
 そこで今日二度目のサイレンが鳴り響いた。大尉二人は慌ててブリーフィングルームに急いだ。腕時計の事は、お互いにすっかり忘れていた。

「大型が出現しただと?」
 トゥルーデの苛立ちを前に、ミーナは書類をめくりながら、感情を抑えつつ声を発した。
「また観測所のミスね。本当、何度目かしら……とにかく、二人は直ちに出撃して先発組の掩護を」
「了解した。すぐに出撃する。他の隊員は」
「エイラさんとサーニャさんは夜間哨戒明けで休憩中よ。ペリーヌさんは自由ガリア空軍との連絡任務で出張中、ルッキーニさんはあいにくストライカーユニットの故障で修理に少し時間が掛かるの。今すぐ出られるのは貴女達二人」
「もしかしたら、奴等の動きが罠、と言う事もある。基地の防衛も必要だな」
「その通りよ。いざとなったら私も出ます。基地の防衛は美緒……坂本少佐にも」
 ちらりとミーナが目をやった先で、どんと構えていた美緒は頷いた。
「任せておけ」
「よし、そうと決まれば出撃だ!」
「おう。急ごう」
 張り切ってハンガーに駆け出す二人。先行組の事を考えていたので、腕に付けたままの実験装置の事はすっかり失念していた。

「こちらヴァイス・フュンフ(白の五番)。敵影や先行している連中はまだ見えない」
 無線で基地の司令所とやりとりをかわすトゥルーデ。ミーナの声が無線越しに聞こえて来る。
『まだ距離が有るわ。そのまま方位0-9-0へ』
「了解した」
 二人が飛ぶのは海原。今は平和そのものだが、この先に恐らく仲間が、そして対峙するネウロイが居る筈。
「先行組と連絡も取れないぞ。どうなってるんだ」
 シャーリーの疑問に、ミーナから警告が入る。
『恐らく、ネウロイの無線妨害かと。二人も十分気を付けて』
 そこに、ノイズ混じりに微かな悲鳴が聞こえてきた。
「……ネちゃん!」
「宮藤はシ……、全力……、リーネといっ……」
 恐らく芳佳とエーリカと思しき声も、微かに聞こえる。しかし雑音だらけで詳細が分からない。想像出来るのは、予想外の展開にかなり緊迫度が高いと言う事だけ。
「くそ、まだ接敵まで時間が」
 そう呟いて歯がみするトゥルーデ、横ではBARを構えたシャーリーが悔しげに言う。
「あーもう、あたし達のレシプロのストライカーじゃこの速度が限界だ。あのジェットストライカーがあればなあ」
「無理を言うな。あれは実験機の段階だ。実験の最中で、実戦にはまだ--」
 実験。
 ふと、思い出した。
 少し前に、戯れで身に付けた腕時計のかたちをした“装置”をずっと付けっぱなしだった事を。
 同時に気付く。先程からかなりの魔法力を吸われている事に。
 ウルスラとシャーリーの言っていた事とは、こう言う事か? と独りごちるトゥルーデ。
(私の予想が間違っていなければ……ッ!)
 カールスラントのエースは躊躇わずに、赤いボタンを押した。

 轟音が頭の中で鳴り響く。
 空を流れる雲が止まり、海面の波飛沫が固定され、シャーリーはその場にぴたりと制止し、遥か彼方に置いて行かれた。
「やはりそう言う事か!」
 この装置は「時間の流れを変える」と言っていた。恐らく、極限まで自分以外の「時間の流れ」を遅くして、相対的に装着者である自分の速度を上げる効果が有るのだ、とトゥルーデは理解した。
 トゥルーデは交戦位置へと急ぐ。
 見えた。
 海面から数百フィート上空、大型ネウロイのビームを一身に浴びつつ強大なシールドを展開して負傷したリーネを護る芳佳。ネウロイのコアを探しギリギリの位置で交戦するエーリカ。二人共必死の形相。エーリカ自身にも幾筋ものビームが降り注いでおり、危険な状態だった。
 だが、トゥルーデには、全てが止まって見えていた。
「私が来たからにはもう大丈夫……って、皆に声は聞こえてないのか。まあいい」
 大型ネウロイも随伴する小型ネウロイも、全てが止まっていた。片っ端からMG42の餌食にする。止まっているネウロイなど、トゥルーデにしてみれば大型だろうが小型だろうがただの「的」だった。瞬く間に全てを粉砕する。ついでにエーリカをよいしょと担いで、迫っているビームの軌道から逸れた場所に「置き直す」。
「よし、これで問題無いな!」
 トゥルーデは頷くと、改めて赤いボタンを押した。

「あ、起きた」
 エーリカが真っ先に声を上げた。
 トゥルーデは、自分が基地のベットに寝かしつけられている事に気付いた。体が重い。周りには、501のメンバー全員が集まり、皆心配そうに自分の事を見ている。
「ど、どうした皆? 私の顔に何か付いているのか」
「トゥルーデ覚えてないの? あの謎の装置付けたせいで、魔法力使い切って海に落ちたんだよ」
 エーリカが言って聞かせる。
「な、何?」
 以前に“やらかした”記憶が甦る。
「そ、そう言えば」
 左腕に有った筈の、例の装置を探す。よろよろと左腕を突き出してみる。
「あーバルクホルン。あの装置、お前がボタン押した瞬間に爆発したんだよ」
 シャーリーがすまなそうに説明する。
「爆発? 何でまた?」
「魔法力の暴走か、装置自体の欠陥か。どっちにしろ装置は爆発して無くなったから原因は分からないままさ」
「でも腕は怪我も何も」
「それは宮藤がさっきまで治癒魔法使ってたからな」
 傷跡ひとつなく綺麗な腕だった。横に居る芳佳を見る。魔法力を消費してかなり疲れている様だった。
「そ、そうか。宮藤にはすまない事をした。でも」
「?」
「あの装置はなかなか興味深い。実用化されれば戦局を一変させ--」
「トゥルーデまたそんな事言って! この前のジェットストライカーの時もそうだったじゃん!」
 珍しく怒るエーリカ。
「ハルトマン中尉の言う通りよ。メリットよりもデメリットの方が明らかに多過ぎるわ。実験はともかく、実戦は到底無理よ」
 ミーナもエーリカの言葉に頷き、トゥルーデが虚空に伸ばした左手を握り、そっとベッドに置いた。
「だが、ミーナ」
「トゥルーデ。私もあの時と同じ事を言いたくないの。わかって頂戴」
 ミーナの強い意志のこもる目で見つめられ……トゥルーデは大きく息をして、頷いた。
「……了解」

 病室のベッドに寝かしつけられる501のウルトラエースは、もう一人のウルトラエースから看病を受けた。魔法力が早く戻る様にと、扶桑の山芋だの、ブリタニアの蜂蜜やら、様々な食材や料理をこれでもかと言う程に食べさせられた。トゥルーデはひとしきり食事を終えると、ふう、と一息付いてゆっくりと横になる。それを見届けたエーリカはベッド脇に置かれた椅子に腰掛ける。
「結局、あの時の二の舞じゃん」
 つまらなそうに言うエーリカ。ベッドに横たわるトゥルーデはそんなエーリカを見て詫びた。
「すまない。……でも、結果的には、あの時先行していたお前達を助ける事は出来たんだよな?」
 そう問い掛けるトゥルーデに、ふっと笑うエーリカ。
「まーそれは確かにね。気が付いたら、私、飛行位置が微妙にズレてるとか思った瞬間に全てのネウロイが塵になってるし」
「フラウからはそう見えたのか」
「そう。で、同じタイミングでいきなり横で派手に爆発が起きて、気を失ったトゥルーデがひょろひょろと海に落ちて行くのが見えたよ」
「それは、我ながら情けないな」
「宮藤と一緒に、トゥルーデを海から引き上げるの大変だったんだから。ああ、暫く経ってから血相変えたシャーリーも飛んで来たけどね」
「ああ……。あいつからすれば、いきなり私の姿が消えた様に見えたから、焦ったんだろうな」
「まあ、リーネも軽傷で済んだから不幸中の幸いだけどさ」
 言いつつ、ずい、と顔を近付けるエーリカ。
「一体何回、ああ言う事すれば気が済むのさ」
 愛する天使に睨まれ、軽く首を横に振りつつ弁明するトゥルーデ。
「今回のは、不可抗力だ」
「そう言うと思った。こう言う時、トゥルーデは絶対に止まらない。そして私は絶対に止めようとする。ちょうどこんな感じに」
 有無を言わせず、愛しの人の顔を両手で持ち、唇を重ねる。
 長い長い、口づけ。
 つつと雫が垂れ、熱い吐息がお互いの頬に掛かる。
「約束してよね? 私の為にも、501のみんなの為にも。もうあんな無茶はしないって」
「それは……。でもフラウ、お前の為になるなら、する」
「言うと思った」
 エーリカは苦笑いした。
「ま、それがトゥルーデのいいとこなんだけどね。でも、だーめ」
 そう言うと、再び口づけを交わした。トゥルーデが音を上げるまで。
 重ねた二人の手の指の中で煌めく指輪は、部屋の灯を受けてきらりと輝いた。

 後で聞いた話だが、シャーリーは(結果を見聞しに来た)ウルスラと揃って、ミーナから長い長いお説教と「罰」を喰らったとか。
 そのうちあいつにも話をしないとな……、と、魔法力回復の途上、ベッドの上でぼんやりと考える堅物大尉だった。

end


続き:1692


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