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「暇過ぎ」
エーリカはベッドの上で寝転び、頬杖をついてぼそっと呟いた。横目で苦々しく思いながら、片手で懸垂を続けるトゥルーデ。
「お前はだらけ過ぎなんだ。鈍るぞ」
「だってー」
「ハルトマン、まさか『戦闘こそ気晴らし』みたいな考えでは無いだろうな」
「私、そんなトゥルーデみたいな戦闘狂(ウォーモンガー)じゃないし」
「私だってそこまでおかしくなはい!」
片手懸垂を終えたトゥルーデは身も軽く床に下りると、滲む汗をタオルで拭い、やれやれと息を付いた。
「仕方無いだろう。この、暫く続く酷い悪天候。ネウロイどころの騒ぎではない。今はむしろ天候との戦い、となると私達に出来る事は--」
「だからってトレーニングばかりじゃつまんないし煮詰まるよ~」
付き合わされるこっちの身にもなってよ、と愚痴るエーリカ。
「ならどうしろと言うんだ」
「外に出なければ、基地の中なら良いんでしょ? お腹減ったし、食堂行こうよ」
「お前は眠るか食べるか遊ぶかの三択しかないのか」
「トゥルーデだって、こう言う時はトレーニングか訓練の二択しかないじゃん。ほら、行こ行こ」
制服を着ている最中に引っ張られたので、ボタンを掛け違えてしまうトゥルーデ。
「バルクホルンさんとハルトマンさん、どうしたんですか?」
食事当番の芳佳とリーネは突然の訪問者に驚いた。
「ねえねえ宮藤。何か面白い事無い? 無ければ美味しいモノでも良いよ?」
「そうですねえ……」
「宮藤が困ってるだろう。夕食の支度もあるだろうに」
厨房からは、扶桑の醤油に出汁、味噌と言った特徴的な匂いが漂ってきていた。最初は面食らったものだが、食べ慣れてしまうと案外それらが「美味しい」サインに思えてしまうから不思議だ。
「あれ、バルクホルンさん」
「どうした宮藤」
「珍しいですね。制服のボタン、掛け違えてますよ。もしかしてボタンがほつれたとか? 直しましょうか?」
「ああ大丈夫だ、気にしないでくれ、すぐ掛け直す」
「やぁねえ、トゥルーデってば」
「お前が着替えの時に引っ張るから!」
そのやり取りを聞いていた芳佳とリーネはひそひそと何かを囁き合ったがカールスラントのエース二人には聞こえなかった様だ。
「じゃあ、今日は芳佳ちゃんの代わりに私が」
リーネはいそいそと何かを作り始めた。
少し経って、リーネが皿の上に整然と並んだそれを二人の前に出した。
「お、サンドイッチ。嬉しいな~」
「わざわざ作ってくれたリーネに感謝するんだな」
「トゥルーデが作ったんじゃないのにその口ぶり。ねえ、リーネ」
ニヤニヤ顔のエーリカを前に恐縮するブリタニアのエース。
「いえ、あり合わせの材料ですから」
「へえ。色々挟んであるんだね」
一口食べてすぐに中身を把握するカールスラントのウルトラエース。
「材料があれば他のお料理も考えたんですけど、晩ご飯も近いですし」
「毎回無理を言ってすまんな」
「いえいえ。バルクホルンさんもどうぞ」
「ではいただこう」
軽く表面を炙ったパンに、薄くバターを塗り、新鮮な野菜、ゆで卵の輪切り、そして薄切りにしたローストチキンらしき肉を丁寧に重ねて、挟んでいる。
「すみません。具がちゃんとしたものじゃなくて」
申し訳なさそうにするリーネを見、トゥルーデは優しく声を掛けた。
「そんな事は無いぞ。野菜に卵、肉類と食材のバランスも良いじゃないか。とても急ごしらえとは思えない」
「そうだよ。とっても美味しいよ。野菜もパリっとしてるし」
「ああそう言えば、前にブリタニアのウィッチから聞いた事がある。『サンドイッチは間に挟んだ野菜が美味しい』とか何とか。意味はよく分からなかったが」
「それは、あんまり気にしないでください」
リーネは笑った。
「私も食べたかったな~」
厨房の奥から芳佳がひょっこり顔を出した。
「大丈夫だよ。芳佳ちゃんの分も作ってあげるから」
「二人共、甘々だね~」
冷やかすエーリカ。
「しかし、この嵐は何時になったら収まるのやら」
不意に呟いたトゥルーデの言葉で、しんとしてしまう一同。
「無粋だね、トゥルーデ」
「いや、そんなつもりでは」
「ま、そう言う所がトゥルーデっぽいんだけどさ」
言いつつ、靴を脱いだ足の指先でこしょこしょとトゥルーデの足をくすぐるエーリカ。
「こらやめんか!」
「トゥルーデが暗い事言った罰~」
「何でそうなる」
「お二人はやっぱり仲良いですね」
芳佳が感心しきりに頷く。
「宮藤、お前にこの状況でそう言われると何故か良心が痛む」
「えっ何でですか」
「でも、……止まない雨は無いって言いますし。いつかは」
リーネらしからぬ、極めて前向きな呟きを一同は聞き逃さなかった。一瞬の沈黙の後、芳佳はリーネに抱きついて言った。
「だよね、リーネちゃん。今は私頑張ってお夕飯作るよ!」
「トゥルーデも二人を見習ったら?」
にやけながら、足の指をわきわきさせるエーリカを見るトゥルーデ。
「裸足のお前に言われても、説得力がな」
そして、視線をたわいもなくじゃれ合う芳佳とリーネに向ける。
どんな時でも希望を失わない。
それこそがウィッチの強さであり、皆の希望。
そうか。そう言う事か。
トゥルーデは独りごちて、残りのサンドイッチを一気に口にした。
それを見ていたエーリカも、どこか嬉しそうだった。
end