get in the car and go wherever you want
「うーん」
キューベルワーゲンのハンドルを握るエーリカはちょっと暇気味。助手席で腕組みして座っていたトゥルーデは、そんな相棒を見て言った。
「どうかしたのかハルトマン」
「いやー、この道で良かったのかな、って」
ぎょっとする堅物大尉。
「何ッ? まさか道を間違えたのか?」
「帰りは基地までほぼ一本道だし、そっちの『道』は間違えてないよ」
トゥルーデとエーリカは、ミーナからの指示でカールスラント軍の連絡所に出張していた。幸いにもネウロイが出る気配は無く、もし出たとしても待機している他の隊員達で何とかなりそうだったので、あえてミーナは二人に出張業務を与えた。それはある種の気遣いか、もしくは……。
そうして業務を難なく終えた二人のエースは、帰り道を軍用車でのんびり走っているのであった。
トゥルーデはエーリカの顔を見た。悩み少々、不機嫌も少々。そして自分でも不思議そうな表情をしていた。
「ハルトマン。お前の言う『道』ってどう言う意味だ」
相棒の詰問とも気遣いとも取れる言葉を聞いたエーリカは、首を傾げながら車を操る。
「そうだねー。いや、他に選択肢は無かったからどうでも良いんだけど」
「どうでもって……もしかして、ウィッチになった事か」
「それも有るけど、そっちは私の中では解決済み」
「なるほど。じゃあ何だ」
「なかなか言葉にし辛いんだよね。何て言えば良いのか」
「まあ、運転さえ気を付けてくれれば今の私はそれで良い」
「冷たいなあ、トゥルーデは」
「運転中のお前に根掘り葉掘り聞いても気が散るだけだろうに」
「それは確かにね~」
トゥルーデへの返事も少し上の空になりつつある。エーリカにしては珍しい事だった。いつも朗らかに笑い、皆を和ませ、悪戯をし、よく食べてよく寝る501のウルトラエース。それが運転中なのに何を思い煩うのか。
そんないとしのひとを不安に思ったトゥルーデは、真顔でエーリカに言った。
「ちょっと車を路肩に停めてくれないか」
「どうしたの? もう漏れそうとか?」
「違う! お前が心配だからだ」
「え?」
「いいから」
「わかったよ」
エーリカは、路肩に寄せてゆっくり車を停止させる。
「で、トゥルーデ。車を停めた理由、私ってのどう言う事?」
「上の空で運転され続けては、もし何か有ったら大変だからな。少しの休息も必要だろう」
「トゥルーデらしいね」
エーリカは車のエンジンを止めた。トゥルーデから顔を背け、道端の景色を見た。少し遠くに山が見え、道端には名前が分からない花が可憐に咲いていた。恐らくリーネかペリーヌ辺りなら花の種類、もしあれば薬効等を知っているだろう。しかし二人はそちらの方はとんと不得手だった。
そよ風が二人を優しく包み、抜けて行く。
遠くに見える街は豆粒の様に小さく。その先にある筈の501の基地はまだ姿が見えない。しかし聞き慣れた不吉な音や見慣れた爆発炎等も無い事から、基地は至って平穏無事だと推察される。
そんな、ちょっとした景色をぼんやり眺めるエーリカ。ハンドルから手を離しぶらりと腕を下げ、運転席にもたれ掛かったまま、何をするとでも何を言うとでもなく、ただぼんやりと目に見えるもの全てを受け入れていた。何処からか聞こえて来る小鳥の囀りが耳に心地良い。
そんなエーリカを背後から見つめるトゥルーデ。
数分経った頃、ぽつりとエーリカは言った。
「これで良かったのかな」
彼女が言った「これ」が何を指すのか、トゥルーデには皆目見当が付かなかった。
「それは一体何の事だ?」と聞くのは容易い。しかしその無粋な一言が彼女の何かを傷付けてしまわないか、エーリカの黄昏れる姿を見てトゥルーデは一瞬不安になる。咄嗟に言葉が出て来ない。否定も肯定も、疑問すら口に出来ぬ気がして。
トゥルーデはそっとエーリカの手に自らの手を重ねた。それがトゥルーデに出来る精一杯のこと。
一瞬ぴくっと動いたエーリカは、トゥルーデの行為をそのまま受け入れ、トゥルーデの方を向かずにぽつりと呟いた。
「このまま」
「え?」
「二人で何処かに」
「そ、それはどう言う……」
そこで初めてエーリカは笑顔を作り、トゥルーデに向き直った。
「冗談。トゥルーデっていつも何でも真面目に受けちゃうからさ」
そう言うと、エーリカは少々困惑するトゥルーデに顔を近付け、唇を重ねた。
一陣の風が舞う。
そっと唇を離す。名残惜しげに口元を手で覆ってみせる。
「大丈夫。トゥルーデは何も心配しなくても。ちょっとした気の迷いってやつ?」
心配と不安が思わず混じった表情で、名を呼ぶ。
「エーリカ。言葉とは別に、随分と深刻に見えたが」
笑顔でいとしのひとに答えるエーリカ。
「平気だよ~。さ、帰ろう。何だかお腹減っちゃった。今日の食事当番は宮藤とリーネだっけ?」
ぽんぽんとトゥルーデの肩を叩く。
「お前は本当、欲望に忠実なんだな」
「分かってる癖に」
くすっと笑うと、エーリカは慣れた手付きでエンジンを始動させた。トゥルーデもすっきりしない気分半分、元のエーリカに戻った安堵半分の表情でふうと息をついた。
「見て、一番星」
西の空に、明るい星が見えた。訓練や出撃の際、道標ともなる星だ。エーリカが指差す方向に、いつもと変わらず輝いていた。
「もうそんな時間か」
「急いで帰ろう。ミーナも心配してる」
「あんまり飛ばすなよ? 少し位遅れても大丈夫だ」
「トゥルーデが途中長~くお花摘んでたって事に?」
「何でそうなる」
いつものエーリカに戻った。トゥルーデは再び腕組みしつつ、内心ほっとしていた。そんな相棒を見、照れ隠しか頭をすこし掻きつつ、エーリカは言った。
「ごめんね、心配させて」
「礼を言うとは珍しいな。明日は雨か?」
「酷いなぁ、トゥルーデ。飛ばすよ?」
「安全運転で頼む」
二人を乗せたキューベルワーゲンは、再びがたごとと道を進み始めた。
end