battlefield food
訓練。それは実戦に備えた、行動と意識の備え。
だが、森の中、道なき道を歩き、前を行く相棒の背中を見ているうちに、ちょっと待って、と思わず声が出るエーリカ。
「どうした。もうギブアップか?」
呼び止められたトゥルーデは歩みを止め、振り向いた。様々なモノが詰め込まれた背嚢、ストライカーユニット、MG42を担いでいる彼女がいかにも楽で軽そうに見えるのは、固有魔法のお陰か、はたまた日頃の鍛錬の賜物か。
一方のエーリカは、同じくストライカーユニットと銃器を背負ってはいるものの、トゥルーデ程の肉体的な強さは無かった。それ故か、足取りはどこかおぼつかない。
「トゥルーデ歩くの早過ぎ。重いモノ幾つも持って森の中歩き回るってどんな罰ゲームだよー」
「ミーナや少佐も言っていただろう? 航空ウィッチは常に空を飛んでいられる訳では無い。不時着、撃墜、ストライカーユニットの故障、様々な理由でやむなく地上に降り、歩いて帰らねばならない可能性も有ると」
「救助待てば良いじゃん。重いストライカーユニットは回収班に任せようよ」
「それが出来ない場合も想定して、装備品を持ってある程度徒歩で移動するサバイバル訓練も必要だ、と言われたのをもう忘れたのか」
「だってー」
抗議の言葉を続ける前に、ぐううう、とエーリカの腹が鳴った。愚痴を言おうとしたが、その前に腹の方が正直だった。
「やれやれ」
トゥルーデは背負った荷物を地面にそっと置いた。
「薪になりそうな木の枝、持って来たよ」
「ありがとう」
エーリカが纏めて持って来た木の枝を受け取ったトゥルーデは、いとも容易くばきばきと折り、樹皮をめくるとくしゃくしゃっと丸める。そこに、背嚢に入れてあったマッチで火を付け、慣れた手付きで薪をくべ、焚き火を作る。
「おー、暖かい」
手をかざしてにっこり笑うエーリカ。
トゥルーデは背嚢から幾つかの食材を出し、ナイフで適当に切って小さな鍋に入れる。近くの小川で汲んできた水を注ぎ、焚き火にうまくセットし、材料を加熱していく。湯が沸騰して暫くすると、食材が煮える良い匂いがしてきた。
材料が茹で上がったら軽く塩と胡椒で味付け。実にシンプルなシチューの出来上がりだ。
「とりあえず、今出来るのはこれだけだ」
「おおー。流石トゥルーデ」
「別で茹でる鍋が無いからジャガイモも一緒に茹でている。砕きながら食べるといい」
「了解。こう言うの、501に来る前にもやった気がするよ」
「そうだったかな」
二人でひとつの鍋をつつく。
焚き火から立ち上る煙はうっすらとなびき、上昇し、空に消えていく。風も無く穏やかな昼下がり。森の中は空気が少しひんやりする。熱々のシチューをすすり、ほふほふと息をすると、口元から湯気が僅かに出る。
「なんだかピクニックに来たみたいだね」
エーリカはシチューを食べながら笑った。
「お前なあ……これも訓練の一環だぞ? 私が負傷して何も出来ないって可能性も有るんだ。その時はお前が料理……は無理だったか」
はあ、とひとつ息をするトゥルーデ。
「何、一人で話完結させてるのさ」
呆れるエーリカ。
「いや、ハルトマン。前にも命令があった通り、お前は料理は作ってはいけない。絶対にだ。私が何としてでも作る」
「何それ」
苦笑したエーリカは、残った具をフォークで全部取り、口に詰め込んだ。
「あ、具が無くなった」
鍋を覗き、ぼそっと呟くトゥルーデ。
「早い者勝ち~」
「こう言う時も食欲は旺盛なんだな。まあ良いが」
トゥルーデは残ったシチューの汁を少しすすった。少し濃いめに塩味を付けたつもりが、具材が塩分を吸収して、やや薄味になっていた。
焚き火の火をしっかり消し、食事の後片付けを終えると、よし、と頷き背嚢に手をやる。
「もう行くの?」
「少しのんびりし過ぎた。訓練での移動距離はどうあれ、そろそろ基地に戻らないと皆が心配する」
「面倒臭いから、ストライカーユニット履いて飛んで帰ろうよ」
「訓練にならないし、ミーナと少佐に怒られるぞ」
「あー、それはそれで面倒だね」
エーリカは傍らに置いた、自分のストライカーユニットをぽんぽんと叩く。そしてはっと気付くと、トゥルーデに向き直り、言った。
「なんかお腹減ったよ」
「さっき食べたシチューは何処へ行った」
「ねえ、他に食べるものは?」
「今あるものを全部食べてもまずいだろう。食べ過ぎは良くない」
「ちぇー」
「訓練だからな」
「トゥルーデつまんない。訓練、訓練って」
「仕方無いだろう。訓練なんだから」
「ほらまた言った」
「じゃあ何て言えば良いんだ」
「ピクニック?」
「食事する直前までこの世の終わりみたいな顔をしていた奴が言う事か」
「じゃあさ、トゥルーデ」
「今度は何だ」
エーリカはトゥルーデの元に歩み寄ると、すっと腕を伸ばして抱きしめた。
そのまま、唐突に、キス。
相棒の予想外の行動に驚くも、体勢がふらついたのでしっかりと抱き寄せる。
遠くで小鳥の囀りが聞こえたところで、二人はそっと唇を離した。お互いの頬に掛かる吐息が熱い。
「ずるいぞ、フラウ。こう言う不意打ちは」
愛しの人の名を呼ぶ。
エーリカは悪戯っぽく笑うと、言った。
「日常でも何でも、少しのドキドキとスパイスは必要だよ?」
エーリカはストライカーユニットとMG42を担ぐと、足取りも軽やかに歩き始めた。
(これだから……)
トゥルーデは頭を振ると、よいしょと荷物を背負い、後を追った。
end