coffee talk2


 かりかり、と万年筆が紙を引っ掻く音。執務室の中に、微かに響く。
 ウィッチの任務はネウロイを倒すだけではない。特に尉官クラス以上のウィッチともなると、書類仕事、各所との連絡調整等、やる事が多い。大の大人でさえ音を上げる仕事を、まだ年端もいかぬウィッチ達はこなさなくてはならない。過酷だ。
 しかし慣れたもので、ミーナはすらすらと万年筆を走らせ、最後の書類にサインをした。ふう、と一息つき、伸びをする。傍らのデスクで同じ様に書類仕事をしているトゥルーデを見た。
 彼女も以前は事務方の仕事もこなしていたので、他のウィッチに比べれば「できる」方だ。しかしミーナに比べれば「処理能力」は若干落ちる。視線に気付き、筆を止めた。
「もう終わったのか。流石はミーナ、我らの隊長だな」
「トゥルーデは慣れてないんだから仕方ないわ。少し休憩する?」
「いや、こちらももう少しで終わるんだ。あと十分程待ってくれ」
「分かったわ。じゃあ私は休憩の準備でもしようかしら」
 再び書類に向かったトゥルーデを見る。ミーナはくすっと笑うと書類と筆記具を片付け、奥の本棚に向かった。本棚の隙間、ちょうど本の間に挟まった小物入れ--それはまるで同じ本に見える様に細工されていた--を取り出すと、そっと開ける。中から大事にしまわれていた袋が出て来る。
「例のコーヒー豆か」
 鋭い嗅覚で嗅ぎつけたトゥルーデはちらりとミーナを見て言った。
「本を隠すには本の中よね」
「本の中をくり抜いて物入れにしてるなんて、まるでスパイだな」
「こうでもしないと、他の誰かさんに見つかっちゃうもの」
 そう言うとミーナは“秘密の物入れ”を元に戻した。
「その誰かさんは--」
 言いかけたトゥルーデを遮り、ばーんと執務室の扉が開いた。
「ミーナ、トゥルーデ、三時だよ。お茶の時間だよ」
「あらエーリカ。私達もちょうどお茶しようかと思っていたのよ」
「まさかエーリカ対策か?」
 素朴な疑問を口にするトゥルーデ、それを聞いて口を尖らすエーリカ。
「え? 何それ? 私まだ何もしてないよ」
「まだってどう言う事だ?」
 自由過ぎる相棒を長く見てきた“少佐殿”は訝しむ。
「あら。彼女はもうとっくに知ってるわよ。これが何処にしまってあったのか」
 ちらっとコーヒーの袋を見せると、501のウルトラエースは即答した。
「奥の本棚、上から三段目、右から七番目の本に見える小物入れでしょ?」
「なるほどな」
 トゥルーデは苦笑した。

 エーリカが何か料理でも? と言い出したので慌てて止めたトゥルーデは、厨房へ出向き幾つかのお菓子とサンドイッチを調達し、執務室に戻る。今日は全員揃ってのお茶会は無く、他の隊員達はめいめい好きな所でお気に入りの仲間と貴重な時間を共にしている。あるいは哨戒任務など。ベルリンを奪還した501とてまだまだ多忙だ。

 コーヒーミルで焙煎した豆を程良く砕き、お湯を沸かす。そうしてフィルターに適量の豆を入れ、ポットのお湯を少しかけて蒸らし、少しずつ湯を注いでいく。コーヒーカップに琥珀色の液体がぽた、ぽたと滴り落ちる。
「いい匂い」
 エーリカは待ちきれない様子。
「はい、エーリカのが出来たわ。トゥルーデは濃いめが良かったのかしら」
「いや、普通でいい」
 急いで残りの仕事を片付けようと奮闘する戦闘隊長。
(そう言えば坂本少佐はミーナと一緒に書類仕事をしているの、あまり見た事が無かったな)
 と、少し前の事を思い出す。美緒は今頃、軍のお偉方相手に堂々と亘り合っていることだろう。
「はい、トゥルーデの分出来たわ」
「あともう少し」
「冷めたら美味しくないわよ?」
 少し意地の悪いミーナの口調にペン先が止まる。
「ミーナの厚意を無碍には出来んな。いただこう」
 万年筆を片付けると、トゥルーデもテーブルに向かう。ミーナは自分好みの濃さに淹れている。

「コーヒーの役目。単なる嗜好品ではなく、憂鬱な気分を晴れやかにし、覚醒作用を持ち、戦場での一杯は……」
「トゥルーデ何処でそんな事教わって来るの? 美味しいならいいじゃん」
 カップを手に色々呟き始めたトゥルーデを後目に、お菓子を頬張り、コーヒーを楽しむエーリカ。
「コーヒーに色々効能があるのは事実よ。まあ、今は純粋に楽しみましょう」
 ミーナもコーヒーカップから漂う香りを満喫し、一口含む。
「やっぱり本物のコーヒーは美味しいね」
 エーリカも満足げ。頷くミーナとトゥルーデ。
「しかし、少佐も……あ、これは坂本少佐の事だが。書類仕事は大変だっただろうに。もっと私達を頼ってくれて良かったものを」
 トゥルーデはコーヒーを楽しみながら、かつての上官であり頼れる戦友だったひとを思い出し、口にする。
「美緒は……今は今で大変でしょうけど、現役のウィッチだった頃は、ずっと戦い続ける事を選んだひとだから」
 ミーナが言葉を選びつつ、かつての同僚を愛おしむ。
「でも、これからは私達が居るからね」
 エーリカがウインクして見せる。
「結局お前の事務仕事は私がやる事になるんだぞ? そうしてお前は横で居眠りしてるか、何かを食べている」
「よくわかってるじゃんトゥルーデ」
「何年一緒に居ると思ってるんだ」
 相変わらずのやり取りに微笑むも、ミーナの顔色は何処か冴えない。
「気になるのか? ウィッチとしてのあがりの事が」
 心配して尋ねたトゥルーデに、ミーナが答える。
「そうね……。やっとベルリンを奪還したとは言え、これからもまだまだやる事は多いし。いつ魔法力が失われるかと思うと」
 かつてミーナの懐で泣いた美緒を思い出し、自分もそうなるのかと一瞬戸惑う。そんなミーナの肩をぽんと叩くトゥルーデ。
「私とて同じだ。ミーナと同じ歳だし、誕生日も近い。今はやれるだけがむしゃらにやっているつもりだが、焦りは当然ある。……この前も話したが」
 ベルリン奪還前に、廊下でミーナと話した事を思い出す。
「なる様にしかならないのかしら」
 ぽつりと答えるミーナ。
 そんな二人を励ますかの様に、間に割り込んでぐいっと肩を組むエーリカ。
「二人共深刻に考え過ぎ」
「エーリカお前--」
「もしミーナが、トゥルーデがそうなったとしても、私がその分頑張るよ。それで良くない?」
 二人して、えっ、という表情で金髪の天使を見る。
「私がしっかりしたら、安心してくれる?」
 珍しく、急に真顔になるエーリカ。
 ミーナとトゥルーデは顔を見合わせた。そうしてもう一度エーリカを見た。
「まさかエーリカからそんな決意を聞けるなんてね」
 ミーナは少し嬉しそう。
「それはありがたいが、もう少し今のうちから実践してもらいたいものだな」
 トゥルーデはそう言いながらも、照れ隠しか、エーリカの頭をくしゃっと撫でて、ふいと横を向いた。目の潤みを気取られない為に。
 そんな二人を見て、エーリカは笑顔を作って言った。
「それより二人共、せっかくの本物のコーヒー楽しんでるのに、冷めちゃうよ?」
「そ、そうね。せっかくだもの」
「そうだった。ミーナのとっておきが勿体ないな」
 二人はコーヒーカップを手にした。
 エーリカはふふっと笑うと、お皿に盛られたお菓子に手を伸ばした。
 コーヒーから立ち上る湯気と香りは、二人の憂鬱な気分を少しは晴らしたかもしれない。そしてエーリカの一言もあり、三人は午後のひと時を楽しむ。ゆっくり、味わい、惜しむ様に。

end



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