ceramic heart2


 1944年8月20日15時00分。
 洋上飛行訓練を終えた芳佳とリーネの無線交信を済ませたトゥルーデはマイクのスイッチを切った。
「ふむ、二人共無事に終えた様だ。後は帰って来るまで、か」
 ふと、司令所の窓から空を見た。いつもと変わらない穏やかな青色に、雲のコントラストが映える。
 トゥルーデは、二人が訓練に向かったであろう方向を見た。腕組みし、左手を口に当てるその仕草は、何かを考えている様で。
「ねートゥルーデ聞いてよー」
 どたばたと慌ただしく入って来たのは相棒のエーリカ。
「どうしたハルトマン……ってお前、何だその姿は。下着姿じゃないか。せめて制服位着ろ」
「それどころじゃないんだってば」
「確かにいつも寝坊したり昼寝ばかりしてるお前らしくないな。で、今何故下着姿で司令所に飛び込んで来たのか言い訳を聞こうか」
「それが大変なんだってトゥルーデ。私達、とっても大変な事に巻き込まれてたんだよ?」
 まくしたてるエーリカ。
「言ってる事が全く分からないな。今日は全てがいつも通り。宮藤達もいつもの訓練だろうが」
「それが、宮藤とリーネも、挙げ句私とトゥルーデも、それに少佐とペリーヌも巻き込まれて」
「待て待て。そもそも巻き込まれたって何にだ。私はここで訓練の指揮を執っている。少佐とペリーヌはミーナと一緒に司令部に行っている最中だろうが」
「あれ? いや、でも違うんだってば」
「違うって何が」
 言われて頭を抱えるエーリカ。
「違うんだよトゥルーデ。思い出せないんだけど、こう、なんか……トゥルーデも思い出せない?」
「そう言われてもな」
 エーリカは頭をかきむしりながら、空を見た。
「あの空の向こう」
 指差すエーリカに、ごく当たり前に答えるトゥルーデ。
「扶桑の空母赤城が居る方角だ。宮藤とリーネが洋上飛行訓練を行っている。現在帰投中だが」
「違う違う。そうじゃなくて」
「じゃあ、何がどうなのか論理立てて説明して欲しいのだが」
 エーリカは両手の人差し指を頭に当て、うーんうーんと唸りながら必死に思い出そうと言葉をひねり出す。
「みんな巻き込まれて、なんか別の世界に行って……」
 そんなエーリカを静かに見守るトゥルーデ。
「そこでなんかすっごい面白い遊びをしてね」
「な、何?」
「あ、でもただの遊びじゃなくて、訓練にも活かせそうな」
「一体どんな遊びだ」
「トゥルーデだって、他の皆だって、服貰ったり、色々してたのに」
「曖昧過ぎだぞハルトマン。まだ寝惚けてるのか」
「自動でシールド張る、奇妙な形をしたストライカーユニットの様な武装も付けてね。それを身に付ける為の服もすっごい独特でね……」
 そこで言葉を失うエーリカ。どうしよう、と言う顔でトゥルーデを見る。
「大事な事だったのに、全部思い出せないんだよ? こんな悲しい事ってある?」
「ハルトマン。寝言は今度にしろ」
「トゥルーデも思いだしてよー」
 あまりに悲しそうな顔をするエーリカを前に、頭ごなしに怒鳴りつけるのも何だか躊躇われ、気の利いた言葉が出ないトゥルーデ。
「そうは言うがな」
 ふと、記憶の断片が濃い靄に掛かった様な形で頭の片隅から出て来た。それが口からぽろっと出た。
「お下がりの、服……」
「え?」
「あ、いや。何でもない。気のせいだ」
 頭を振るトゥルーデ。自分までエーリカのペースに飲み込まれてどうすると言う上官としての責務を思い出す。

 しかし、とトゥルーデは先程から何か心の奥底に、引っ掛かるものを感じていた。
 それが何であるかは全く分からない。うっかりすれば完全に忘却の彼方へと追いやられてしまうであろうその「何か」が、どうにも気になる。
「トゥルーデもやっぱり忘れちゃった思い出と言うか、有るんじゃないの?」
「それは……」
 ただ、最終的に「大きな事」をやり遂げてここに居る、と言う様な気持ちはあった。
 具体的に何をした、何を撃破した、何かを達成した、と言う事ではないしそもそも覚えていない。
 だが、この妙な胸の引っ掛かりは何だ?
 もう一度、司令所の窓から空を見た。
 エーリカもトゥルーデの横に並んだ。
「まあ、私も思い出せないんだもん。皆思い出せないよね」
「何だそれは」
「でも、空を見ているとね……」
 司令所の部屋からバルコニーに出て、二人揃って空を見上げる。青く澄んだ空に、海風が心地良い。
 何とも言えない気分になる二人。
 しかし、ドーバーの空はいつもと変わらない様子で、エーリカの問いにも、トゥルーデの小さく静かな葛藤にも、答を示してはくれない。
 やがて、諦めとも納得とも取れる表情で、エーリカが言った。
「何か、楽しかった」
「結局夢オチみたいな事を言うんじゃない」
 呆れるトゥルーデ。
「あ、見てトゥルーデ。宮藤とリーネ達が見える」
 普通の人間なら全く見えない距離でも、ちらっと見ただけで彼女達の姿を認識するカールスラントのウルトラエース。
「二人も無事で何よりだ。そうだろう、ハルトマン?」
 自分に言い聞かせる様にトゥルーデは言うと、ぽんとエーリカの肩を叩き、着陸に備えた航空管制に戻った。

end



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