√37「11人目の魔女」
「宮藤ダ!」
私は大声で叫んでいた。
みんなの視線が私と宮藤を行き来する。
「宮藤がどうかしたのか?」
「朝食の時、宮藤だけいなかったナと思ってッテ」
『そう言われればそんな気がするような、しないような』
「どうなんだ宮藤?」
坂本少佐がそう質問すると、今度は宮藤にみんなの視線が集中する。
「……やっぱりエイラさんにはわかっちゃうんですね……私がここにいちゃいけない人間だって事が」
『どういう事だ!?』
「私は未来、正確には明日から来た宮藤芳佳みたいなんです、でもそれ以外は私にもわかりません……」
『未来!?』
~明日から来た魔女~
「はい、さっきまで私は夜間哨戒……をしていたんです、そしたら何か穴に落ちるような感覚がして。
気付いたらみんないなくなっていて、お昼になっていて。
基地に戻ったらキッチンにシャーリーさんがいて、そこで今が昨日だって知ったんですけど。
ちょっとおかしいんです!私の知ってる昨日、つまり今日の出撃は夕方のはずだったのに坂本さん達は出撃しちゃってて。
それで慌てて私も出撃したんですけど……後はみなさんご存じの通りです。」
少しづつだけどわかって来た。私が感じた違和感は時空認識能力の為だ。
時空間の修復作用でみんなは宮藤という魔女が昔からいたかの様に錯覚している。私も例外じゃない。
だけど目の前にいる宮藤がこの時空の人間でない事は確かだろうな。
そして未来と言ったけれど私達の501部隊と宮藤のいた501部隊は別の時間の流れにあるみたいだ。
そもそもこの501部隊は10人で全員なんだから当然なんだけど。
たぶん宮藤は時空の亀裂に落っこちてこの世界にやって来たんだ。
~解決策~
「あの……私ここにいちゃ駄目ですか?坂本さん!ねぇリーネちゃん!」
「私に言われてもな……私にはおまえがいて当り前の様に思えるから質問そのものがな」
「ここは芳佳ちゃんのいる場所だよ、この世界は愛に満ちているんだよ!」
リーネは意味不明な言葉を発していたけど気持ちだけはわかった。
とにかく宮藤はここに残る事を必死に訴えかけているんだから。
でもなんでだろう?他のみんなはともかく宮藤自身はこの世界の人間じゃないって事気付いているのに。
何か帰りたくない訳でもあるのか。
「そんな事が許されるなんてありえませんわ、さっさとあなたのお家にお帰りなさい」
「え~11にんでいいじゃん~芳佳がいないとつまんないぃ~」
「わっ私もその意見に賛成だ!なっなにかと都合がいいからな!」
「ん~どうなのかしらね、エイラさん?そもそも宮藤さんの言っている事は確かなの?」
「ウン確かに宮藤は、この時空の人間じゃナイのは確かダナ、たぶん時空の亀裂に落っこちて来たンダ……デモナ……」
『でも?』
「宮藤がやって来た時空の亀裂はたぶんもう塞がってイル、何も感じないからナ。
それにその亀裂の原因は別の時空に存在しているみたいダカンナ。
つまり……どっちみち帰る方法がないンダ」
『!!!』
宮藤が帰るかどうかとの倫理的な問題以前に、帰れるかどうかとの物理的問題が答えを出していた。
……と思われたその時!
「ちよーっと待った!帰る方法ならあるぜ、ここにな!」
『シャーリー!それはまさか!』
「そのまさかだ!こんな事もあろうかと秘かに開発しておいた超光速タキオンエンジン!こいつがあれば時空の壁を突破できるぜ!」
『お~流石シャーリー!音速の壁を超えた女だけの事はある!』
「ただちょっと……」
『ただちょっと?』
「問題があってな……」
『問題?』
「こいつは試作品だから……一度も光速に達していない」
『ダメじゃん』
「最後まで聞け!こいつは二組ある、あたしがブースターになって宮藤を加速させればどうだ?」
「つまり切り離し式ロケットだと言いたいのだな、リベリアン?」
「流石だね~カールスラントの英雄様は鋭い!だけど……」
『だけど?』
「もう一つ問題があってね……」
『もう一つ?』
「こいつを使うにしても宮藤がいた時間の流れと年代を特定しなきゃ駄目だ、流れは少佐とエイラの魔法力で特定出来るが年代までは無理、そうだよなエイラ?」
「ソウダナ、ワタシが少佐の魔眼を通せば流れは見えル、けど年代はムリダナ」
『なんで?』
「私から説明する、おまえ達の両目と同じ事だ二つ揃って距離感を認識出来るだろ?だが私の魔眼は片目にしかないからな」
「そーゆー事さ、つまり宮藤が元の世界に帰れても百年後か二百年後かも知れないって危険の伴う旅になるわけ」
「では宮藤さんが帰るのは実質的に不可能という事になるわね……」
沈黙が続いた。まさかそんな危険な旅をさせる訳にはいかない、私ならどうだろう……たぶん嫌だな。
ここは宮藤のいた世界とたいしてかわらない世界らしい。
その今を捨ててまでいつの時代かもわからぬ元の世界に拘る必要があるのか。
それに宮藤には帰りたくない理由があるみたいだしな……
どうする宮藤?
「魔眼なら……ここにもあります!」
宮藤の右目が赤く輝く。魔眼だ、魔眼が宮藤の右目に輝いていた。
宮藤も魔眼の魔法力を持つ魔女だったんだ。
~明かされた事実~
「宮藤おまえも魔眼の使い手だったのか」
「違います……違うんです!……私の魔法は治癒能力で……これは……坂本さんの形見なんです……」
「!!!」
その場に動揺が走る、当然だ。別の世界だといえ今私達は坂本少佐の死を告げられたんだから。
まさかこの中から殉職者がでるとは、いや覚悟はしていたつもりだったのに震えが止まらなかった。
皆同じ様な表情をしている、私なんかマシな方かも知れない。
ただ坂本少佐だけは違っていた。宮藤の言葉を受け入れてないのではなく、とっくに覚悟は決まっていたかの表情だ。
そしてその表情はしだいに和み、母性のそれへと変化していた。
「宮藤、落ち着いて話してみてくれないか?」
「本当は夜間哨戒なんかじゃないんです、坂本さんの捜索をしていたんです。
今日出撃した坂本さんはネウロイにやられて……帰って来なかったんてす。
エイラさんの代わりに、私が出撃したばっかりに……私のせいなんです!私が、私が、私が……」
「それで私達を出迎えて……そして帰りたがらなった訳か……」
「はい……私が、私が……」
宮藤はただ泣きながら同じ言葉を繰り返す。
そして坂本少佐の表情はしだいに険しく、父性のそれへと変化していた。
「宮藤ぃぃぃーっ!」
「はっ、はい!」
「おまえは元と世界へ帰れ、何としてでもだ!
それが私の意志であり、向うの私の意志だ。
向うの私がおまえに魔眼を託した事が、元の世界へと帰って来いと言っている何よりの証拠だ。」
「でも私、守りたいんです!元の世界の坂本さんを守れなかった分も、この世界の坂本さんだけは私の手で守りたいんです!」
「甘ったれるな宮藤!現実から自分から逃げるな!
宮藤、向うの私を守ってやってくれ、おまえのその手でだ。
なぜならこれだけは言える、向うの私はまたお前達の前に現れる。
どこの世界だろうとそれが私である限り、私はおまえ達の前から黙って消え去ったりはしない、確信があるからな!
おまえは、おまえの世界でおまえの人生を全うしろ、それが私達の願いだ。」
「坂本さん……(ゴシゴシ、パンパン)……はい!宮藤芳佳これより一生を懸けて、この任務遂行致します!」
「わっはっはっは、宮藤ぃ~いい声だ、頼んだぞ」
「はいっ!私頑張ります、約束します!」
私達は遠くから二人をただ見守っていた。
どうやら宮藤の決心は固まったらしい。
そして私達は宮藤が元の世界へ帰るための作業に取り掛かった。
~時間の大河~
坂本少佐と宮藤は手を繋ぐ、私は後ろから二人の肩に手を置いた。場違いな場所にいる気もするけど仕方がなかった。
そして私達三人は魔法力を発動して時間の流れを探った。
目の前に時間の流れが映し出される。三次元的な映像だ。
本来は四次元的なものなので私もこの様に知覚できないんだけど、これはひとえに魔眼のお陰だった。
それは流れる大河に似ていていくつもに枝分かれしていた。
私達は宮藤の発する波長を頼りに同じ波長の時間の流れを探し求めた。
私達は宮藤のいない501部隊の流れに生きている、つまり宮藤のいた世界とは大きくかけ離れているんだ。
私はかなり源流を遡らなければと覚悟したけど、その目当ての流れはあっけなく探し出す事が出来た。
私達と宮藤、この二つの時間の流れが大きく蛇行し‘捻れの位置’で急接近していた。
この二つの流れが二次元的に見て交わるポイント、ここが宮藤が帰るべき時間の流れの時代だ。
例えばピラミットは見る方向によって▲(三角形)にも■(四角形)にも見える。
これを正確に判断する為に二つ目の魔眼、宮藤の魔眼が必要だった。
私達は波長の屈折率が整合する角度を導き出して、宮藤が飛び立つ時空内の座標を確定した。
~滑走路~
測定を終えると私は適当な理由をつけて一人基地へと引き返していた。
この世界で宮藤に残されたあとわずかな時間を、無駄にはさせたくなかったからだった。
今頃他のみんなはシャーリー大尉を中心に、超光速タキオンエンジンのストライカーへの組み込みを大急ぎで取り組んでいる所だろう。
私が基地の滑走路に到着すると人影が見えた。
もしかしてサーニャがお出迎えしてくれてるのかな……な~んてね、わかってる!わかってるよ!
どうせルッキーニが邪魔になるから追い出されたってオチが関の山なんだから。
違った、滑走路で私を出迎えてくれたのはリーネだった。正確に言えば私を出迎えるわけじゃないんだろうけどな。
「エイラさん、お二人はどうされました?」
「あぁうん、ちょっと調整の再確認してタナ」
私はまた適当な理由を考えてごまかした。
そういえばリーネはやけに宮藤と親しそうに話していたっけ。
きっと自分でも何故だかはわからずに宮藤に引き寄せられているんだろうな。
リーネにとってはさっき会ったばかりだけど、それだけ宮藤は親しくなる可能性のある人物って事なんだ。
その人物がいなくなる直前で、その人物の眼差しは自分に向ってないんだかんな……
死人は無敵だって言うな……その人の心の中で永遠に生き続けるって事、リーネもわかってるんだろうな。
こういう時って何て声かけてあげればいいのかな、そっとしておくのが無難だよな。
「引力ダヨ、引力!」
「えっ?」
あれ?私は声を張り上げていた。リーネの暗く俯いた表情が私にそうさせるだけの力を秘めていたからだった。
しかも何言っているんだろう私。頭が回らないな、とにかく伝えたい事をただ羅列していく。
「ダカンナ、態度とかじゃなくてサ、ントナ、リーネのその痛みはナ、オマエだけのモンじゃなくテ、宮藤からの想いがあるからこそデ、アノナ……」
「はい、わかりましたエイラさん、引力ですよね?」
「そーダヨ、引力ダヨ」
「私、信じてみます、私達の引き合う力を」
「ウンそいじゃナ、ワタシはハンガーに行ってるからサ」
「はいっ」
こんな私の言葉でも少しは役にたてたのかな。私はすれ違い様にリーネの横顔を覗いた。
その心配はなかった。
~旅立ち~
準備は整い、宮藤が帰る時が訪れた。
宮藤はシャーリー大尉に超光速タキオンエンジン組み込み式ストライカーの説明を受けていた。
「第一に、こいつはあっちに到着したら壊れる使い捨てだ。
第二に、あっちのあたしがこいつを発明しているとは限らない。
第三に、……少佐はあっちにはいない。
つまりここには二度と戻って来れないっつー事だ、わかるな?
最後にもう一度だけ聞く、こいつは片道切符だぜ、それでもおまえは乗車するかい?」
「はい!私もう決めましたから、現実に立ち向かって生きていくんだって!」
「ふぅ~ん、やるねぇ~今のおまえ最高にイカしてるよ」
「でも最後に一つだけ、この世界でやり残した事があるので……少しだけお時間下さい!」
宮藤が私達の方へ向ってくる。
そしてリーネの前で足を止めた。
「芳佳ちゃん!?私なんかより少佐の所に行かなくていいの?」
「うん、もう坂本さんとはいっぱい話せたし……じゃないや、いっぱい怒られてきちゃったし。
それにね、坂本さんは一番の恩人で、そしてリーネちゃん……リーネちゃんは私にとって一番の親友なんだもん。
リーネちゃんにとっては迷惑かも知れないけど、最後にこれだけはきちんと伝えておきたくて」
「芳佳ちゃん!私が感じてるこの気持ちは、芳佳ちゃんも感じてくれてたんだね」
「私もだよリーネちゃん、どこの世界にいってもリーネちゃんが私の親友でいてくれるなんて……こんな嬉しい事ないもん!」
「芳佳ちゃん!」
「あっリーネちゃん……苦っ……しい……よ」
リーネは宮藤に抱きついていた。宮藤が酸欠直前になってようやく二人は離れた。
宮藤は天国から御帰還直後の顔つきだ。私はリーネの放つ引力の根源に気付いたがリーネには内緒にしようと心に決めた。
そして今度こそ本当に宮藤が帰るその時が訪れた。
宮藤はシャーリー大尉の胸に抱かれていた。宮藤は昇天一歩手前の顔つきだ。
二人は通常エンジンで旋回飛行を続け勢いを付けると直線飛行へと切り替える。
そしてストライカーが一瞬輝いたかと思ったら二人は瞬く間に視界から消え去った。
坂本少佐が私の肩に手を置き二人の姿が再び映し出される。ここからは屈折した空間内の映像だ。
シャーリー大尉が宮藤を押し出した、亜光速に達した瞬間だ。
このエンジンは一回使い捨てだから試運転をする余裕などはなかった。
それは亜光速初体験の宮藤がここから一人で飛び続けなければならない事を意味していた。
切り離された宮藤は更に加速を続ける。しかしその軌道はぶれ始めついにはバランスを崩した。
思わず坂本少佐は声を上げる。
「行っけぇぇぇ~宮藤ぃぃぃ~!」
その声に支えられたの如く宮藤は反転する。その体勢は持直し進路を定め突き進んだ。
そして宮藤の姿が消えた、超光速に達し時空の壁を乗り越えた瞬間だった。
「お~っす、ただいま~」『え?何が起きたの……あれシャーリー!』
シャーリー大尉が目の前に現れた。
みんなにとっては一瞬の出来事だったんだから驚くのも当然だよな。
「あの!芳佳ちゃんは……?」
「無事に帰れたのかしら?」
「ああしっかり送り届けたぜ」
「そうだな、何の迷いも見せない飛び方で真直ぐとあいつの世界へと帰っていったよ」
「ダナ」
「芳佳ちゃん……元気でね」
~数ヵ月後~
私は一人展望台に登り、あの日の出来事を思い出そうとしていた。
私が覚えていたのは名も知らぬ一人の魔女がやって来た事、ただそれだけだった。
どんな魔女だったのかその顔すらも、もはや思い出す事は出来なかった。
時間の修復作用はかなり進んでいる。時空認識能力のある私でもあと数日で完全に記憶から消えてしまう出来事だ。
他のみんなにとっては既に何気ない日常の記憶に塗り変わっているに違いないんだろうな。
でもそれはたぶん幸せな事なんだって思う。
もしもその魔女が誰かにとって大切な存在だったとして、その人を失った哀しみを抱え続けなきゃいけないんだ。
もしもサーニャが突然いなくなるなんて事が起きて、その哀しみを抱えながら現実を生き続けられるか私には自信がなかった。
時間っていうものは思ってるより私達に優しく出来ているんだなって思ってしまう。
「あっ、ごめんなさいエイラさんもここにいらしたんですね」
「ナンダ、リーネか別に構わないケド、どうかしたノカ」
ずっと海を眺めていた私の背中から、リーネが声をかける。
「ひょっとしてエイラさんも?今日は坂本少佐が扶桑からお帰りになる日だから、もしかしたらって……」
「もしかしタラ?」
「エイラさん、引き合う力って……引力って信じますか?」
「引力?いったい何の話ナンダ?」
「いえ、そうですよねエイラさん……何でもないんです」
それからリーネはただ黙って海を見つめていた。
どうやらリーネは坂本少佐の帰りをいち早く知るためにここにやって来たらしかった。
そんなに少佐の帰りが待ち遠しいなんて……引き合う力?この二人そんな関係だったっけ?
なにこれ!上官との禁断の愛!
私の脳内にお花畑が広がり桃色の花々が咲き乱れる。
やばい!なんか私、気付いちゃいけない事に気付いちやったみたい!
どっ動揺が顔に出ちゃう前に早くこの場から退散しなきゃだな。
「じゃ、じゃあワタシは行くからリーネはゆっくりト……」
「すいませんエイラさん!私もう行くんで失礼します!」
「してい……ん?リーネ?」
私が言い終わる前にリーネは駆けて行ってしまった。耳と尻尾が生えていた。
魔法力使ってたのか、私の目に扶桑の戦艦が確認出来たのはそれから数分後だった。
やがて戦艦から魔女が飛び立って来る、坂本少佐と……もう一人いる!誰なんだろう?
そして基地からはリーネが坂本少佐を出迎えに飛び立って行くのが見えた。
リーネ……誰も見てないと思って坂本少佐に抱き付いたりするんじゃないよな?しちゃダメだかんな!
私は期待しながら見守った。
青く広がる大空の下、
リーネはもう一人の魔女と抱き合っていた。
エンディンクNo.11「11人目の魔女」
~おしまい~