√38「エチュード」
サーニャが……いない!
いったいどういう事なんだ!
私はもう一度戸棚の上を確認する。
黒猫も白猫もいなかった。
独りぼっちじゃかわいそうだからって、私の白猫もサーニャの黒猫の隣に住まわせてあげようって、二人でそう決めたんだ。
名前はそのうち決めようねってサーニャは言ってたけど、私は密かにこの娘達をサーニャとエイラって名付けたんだ。
私達二人の、そんな大切な想い出の証拠がないなんて!
私はサーニャの寝室を飛び出し基地中駆けずり回った。
サーニャを探して、サーニャの面影を探し求めて。
サーニャはどこにもいなかった。
それよりも虚しかったのはサーニャとの想い出の場所など、この基地内に数える程度しか存在しない事だった。
~ハンガー~
私は仕方なしにハンガーにいた。
ここでのサーニャとの想い出なんて何一つなかったけど、もうやる事なんてサーニャのストライカーを確認する事しか残ってなかったのだから。
ストライカーの整備中だったシャーリー大尉がその手を止める。
ゴーグルを外しながら私に叫ぶ。
「どうしたエイラ?出撃か!」
「イヤ……そうじゃナクテ……」
私があまりにも慌ててハンガーに飛び込んで来たものだから、勘違いさせたんだ。
「サーニャの……ストライカー知りませンカ?」
「サーニャって誰だよ」
やっぱり……予想通りの答えだ。
私は泣き出す寸前だ、みんなで私をからかってるんじゃないよね。
サプライズパーティーだとしたら悪い冗談だよ、私の誕生日まだまだ先なんだから。
私は泣き出していた。
私の泣き顔を目の当りにして、シャーリー大尉は親身になって私の話を聞いてくれた。
気さくなだけじゃなくて面倒見も良い先輩だ。
よく悪戯を仕掛けられるけど周りを不快にさせる様な事はしない人だ。
やっぱり私……みんなにからかわれている訳じゃないんだな。
「そんじゃ詳しく教えてくれ、そのサーニャって奴のストライカーは何色だ?武装は何だ?」
「サーニャのストライカーハ……、……」
思い出せない。
サーニャがどんな機関銃を構えていたのか覚えていない。サーニャが飛んでいる姿が何も見えない。
なんで?なんで何も浮かんでこないのさ。
サーニャは……サーニャは確かにいたんだ!
だって初めて会った日の事だって鮮明に覚えて……
ない……出会った時の事、覚えてない。
私達……どこで逢ったんだっけ……いつ……逢ったんだっけ。
私はサーニャの事、何一つ知ってやしない。
じゃあいったい何なんだ!私達の想い出は何だったのさ!
私は大声で泣き叫んでいた。
訳もわからずだろうに、シャーリー大尉はそんな私をあやしてくれている。
大尉の胸に包まれる中、外から凄まじいプロペラ音が鳴り響いて来た。
~滑走路~
私とシャーリー大尉は外に出てその音の正体を確かめた。
上空に大型の輸送ヘリが滞空していた。
滑走路には私達より先にミーナ隊長とバルクホルン大尉が来ていた。
どうやらこの二人はこの輸送ヘリが何者なのか知っているらしかった。
シャーリー大尉がバルクホルン大尉に詰め寄る。
「こいつ、なんなんだ?」
「秘密兵器の到着だ、これで我々の戦いも大夫楽になる」
秘密兵器ってなんだろうな?ちょっぴり興味がわく。
輸送ヘリが着陸目前になるとハルトマン中尉とペリーヌもやって来た。
「いったい何を積んでいますの?」
「秘密兵器だっテサ」
「どんな機能を兼備えているんですの?」
「さぁわかんナイ」
「うふふっ、あなた達もきっとびっくりするわよ」
ミーナ隊長は悪戯に笑う。そして輸送ヘリの扉が開いて中から一人の少女が降りてきた。
体に似合わぬ大きなトランクを両手で抱えた様はとても弱々しく見える。
実際こっちにやって来るまで何度かよろめいていたんだからあまり丈夫な娘じゃないんだろうな。
ミーナ隊長が出迎えると、少女はトランクを地面に置き頭に乗せていた麦わら帽子を膝へと移動させた。
風に揺られプリーツベルトと銀色の綺麗な髪がふわりとなびく。
……!
「ではみんなに紹介するわね、今日からこの501部隊に配属となるサーニャ・V・リトヴャクさん階級は中尉よ、ではサーニャさん挨拶よろしくね」
「あの……よろしくおねがい……します」
「サーニャ!」
私は思わず叫んでいた。
周りのみんなは騒ぎ出す。少女は、サーニャはきょとんとしていた。
「わたくしサーニャって名前に、どこかで聞き覚えが……」
「そういえば……聞いた事がある!」
『知っているのか?シャーリー!』
「ああ、さっきエイラに聞かされた名前だ」
「あらエイラさん、二人は以前からの知り合い?だったらエイラさんにサーニャさんのエスコートを頼んじゃおうかしら」
~展望台~
サーニャ……サーニャ中尉が荷物を自室に置くと、私は基地内を案内して回っていた。
途中ハンガーで両大尉がこの娘のストライカーの搬入をしている所を見かけたけど、その黒いストライカーは初めて見る物だった。
武装は機関銃ではなくロケット砲だった、トランク一つまともに持てないこんな娘に扱える代物とは思えなかった。
ここ展望台に到着した頃になり、私はようやく理解していた。この娘とは今日初めて会う、その事に間違いはない。
この娘と一緒に買い物に行った一日の出来事、あれは今朝夢でみた記憶だったんだ。
でも何故会った事もないこの娘が夢に出て来たんだろう?
予知夢?私は未来予測の魔法力を持っているけどこんな事は初めてだった。
現実に戻るとさっきまで騒ぎ立てていた自分が馬鹿らしく思えてきた。
本当にこんな娘が、私にとって大切な存在なんかになりえるとは到底思えなかったからだ。
何を言っても碌に返事も返してこないし、私の方を見向きもしない。全く何考えているのかわからない奴だ。
ペリーヌとは真逆のタイプだな、苛立つのには変りないけどさ。
その苛立ちが私を夢から現実に引き戻した大きな要因でもあった。
でもよく考えてみたらこの微妙な距離感の原因は私にあった。
この娘は私より年下なのに私の上官にあたる存在で、どう接すればいいか判断しかねていた。
私ですらこんな状態なのに、配属初日のか弱い娘に何を要求してるんだ。
私が苛立ちを現していたら、この娘も畏縮して当然じゃないか。
そうこの娘は……単に夢に出て来ただけで、私に現実を見失なせる存在……なんだよな。
まだ何もはじまっちゃいない。飛び立たってみなきゃ結果なんてわかんないよな。
「実はサ……今朝の夢にサーニャ中尉が出て来たんダ、ゴメン変なコト言ってるナ、ワタシ」
笑われるかもと思いながら私は今朝の夢について打ち明けてみた。
この娘は私の魔法力が何かをまだ知らない、馬鹿にされるのがオチだ。
だけど彼女は私の言葉を信じるでも信じないでもなく予想外の反応を示した。
さっきまで陰湿だった彼女の顔に笑顔が灯る。
そしてやさしく呟いた。
「ねぇエイラさん……私思うんです……未来ってわたぐものみたいだなって」
その笑顔が私の瞳を見つめている。
その言霊が私の体を透過していった。
《キュン》
何?今の音?生まれて初めて聞いた音だ。
何かが私の中を流れて、何かが私の心を震わせたんだ。
どどどどっ、どうしちゃったんだ私!?
なんなの?なんなのこれぇ~!
あたふたしている私を彼女は不思議そうに見つめ続ける。
なっ、何か喋らなきゃだな、何?何?何喋ればいいんだ?え~っとえ~っと……
「ジジジジ時間が出来たら買い物行コウ、イロイイロイロ必要ダロ?イイィ雑貨屋知ってるんダ」
」
「うふっ……はい……お願いします」
~はじまりの詩~
未来はまるでわたぐものよう
ふわふわしていて心地よく
ぼんやりとして触れることは叶わない
でもね ながめているだけでは置いていかれるもの
だからあなたはとびつづけるの この広い空を
あなたに出会うその日のために……
愛しのあなたへ捧ぐ詩
それはいつも誰かが夢の中で語りかけてくる詩だった。
そして新な物語は書き綴られていく……
エンディンクNo.12「エチュード」
~おしまい~