こうしてシャーリーのファーストキスは守られました


 その日あたしはルッキーニと二人でひさしぶりに町に買い物に行った。

 本屋にて。
 ルッキーニは緑色の背表紙に手を伸ばしている。
 棚の上の方だから懸命に背伸びをしてみても指先が届くか届かないかでせいいっぱいみたいだ。
「これ、ルッキーニも好きなの? あたしも好き」
 見るに見かねたあたしはルッキーニの代わりにその本を取った。
「『――さまの一番の魅力は、ご自分がどんなにすてきな女の子であるか、お気づきにならないところですね』」
 お気に入りのキャラのセリフをあたしは真似して言う。
 はい、とあたしはルッキーニに本を渡してあげた。
「……ありがと」
 その言葉とはうらはらな不機嫌そうな顔でルッキーニは言った。

 下着屋にて。
「ん? ルッキーニもブラ買うのか?」
「うん」
「これでか?」
 と、あたしはルッキーニの胸を触ってみる。
 悲しすぎる。見るも無惨、触るも無惨なまったいら。
 分けれるものならあたしのを分けてあげたくなった。
「まだ当分必要ないな」
「あたしは成長期がまだきてないだけなの! ペリーヌなんかと深刻さが違うの!」
 いけね、地雷踏んだか? ルッキーニはすっかりへそを曲げてしまった。

 喫茶店にて。
「ほんとさっきはゴメンって。ここおごるから、な? なんでも好きなもの頼んで」
 ルッキーニはジッとメニューを凝視する。
「……シャーリーはどうするの?」
「んー、あたしはコーヒーでいいや。ブラックで」
「……あたしも同じでいい」
「だから好きなの頼んでいいって――あ、甘いしこれなんかいいんじゃないか?」
 メニューを指差してあたしは言った。
「ミックスジュース」

「あたしを吐血させる気かァ――――ッ!!!!」

 そう叫ぶとルッキーニは席を立ってそのまま店から出ていってしまった。

 ルッキーニはすぐ捕まった。あたしから逃げ切れるわけないだろ。
 離して! とルッキーニはあたしの手を振りほどこうとするがそういうわけにはいかない。
「とにかく落ち着けって、な? 場所考えな」
 今あたしが手を離したら、ルッキーニはごろごろと階段を転げて行ってしまう。
 ようやく事情を理解したのか、ルッキーニは暴れるのをやめた――が、やはり機嫌の虫はおさまっていない。
「あたしもう12歳だよ! 子供じゃないもん!」
 そうだな、とあたしは相づちを返す。
「少尉だぞ! 偉いんだぞ!」
 あたしの方が階級上なんだけどな。もちろんそんなこと言える雰囲気ではない。
 あ、ちなみに中尉ってのは間違いで大尉だ。
「じゃあなんで子供扱いすんの!?」
「ルッキーニのこと妹みたいに思えてさ。ついからかったり、かまってあげたくなっちゃう」
 半分ホンネ。もう半分は今はナイショ。
「でもルッキーニがそんなに怒るなんて思わなくてさ。やりすぎちゃった。ほんとゴメン」
 ルッキーニは不満そうな顔をしてうつむいてしまった。今にも泣き出しそうな様子だ。
「もう子供扱いしないから。なにか埋め合わせもするから……」
 ルッキーニがうつむいたままボソッとつぶやく。
「――せて」
「え?」
 予想だにしていなかった言葉に思わずあたしは聞き返してしまった。
 ルッキーニは顔を上げ、あたしの目をじっと見つめた。そして、さっきと同じ言葉を繰り返した。

「キスさせて」


 ルッキーニはジッとあたしを見つめる。その熱い眼差しにあたしはドキドキしてくる。
 キス、それもほっぺたやおでこというわけではないだろう。
 もちろん今さらダメだなんて言えるはずはない。とてもおさまりがつかないだろう。
 幸いにしてあたりに人はいない。
 ああ、もっと大切に取っておきたかったんだけどなぁ。まあ自業自得か。

「――――いいよ」

 動揺が伝わらぬよう気をつけてあたしは言った。
 あたしはルッキーニと同じ段まで降りて少し前屈みになった。
「そうじゃないでしょ」
 と言うとルッキーニは
階段を一段登った。
 くるっと振り返るルッキーニ。そしてあたしと目が合う。
 あ――
 ルッキーニの目線があたしの目線と同じ高さになった。
 なんだろう。なんだかすっごく不思議な気分。

「屈んじゃダメだよ。
 今のあたしじゃこうするしかないけど、背だって伸びてるし、
 胸だってきっと大きくなるし、砂糖もミルクもなしでコーヒーが飲めるようになる。
 こうやってシャーリーとキスもできる。
 だからもう子供扱いしないで――」

 言い終わるとルッキーニはゆっくりと顔をあたしに近づけてくる。
 あたしは思わず目をつむった。

 そっとルッキーニの唇が触れた。あたしの――鼻の頭に。

「もーシャーリー笑いすぎ!!」
 ルッキーニは腹を抱えるあたしを怒った。
 でも、もうそれはさっきとは違うように思えた。
 ルッキーニなりにどこかすっきりしたんだろう。
「もう一回する?」
 あたしは訊いた。
「……いい」
「いいの?」
「……今はまだいい」
 ルッキーニは階段をぴょんと一段降りた。
「でも、二人で平らな地面に立って、シャーリーが屈まなくていいくらいあたしの背が伸びたら、
 その時はさせてもらうからね」
 あたしを見上げてルッキーニは言った。
「それまで待ってて」
 ルッキーニは絶対だよと何度もつけ加えた。
 それはあまり遠くないかもしれないな、とあたしには思えた。
 その時までこの唇は大切に取っておこう。
 まだ感触の残る鼻の頭を指先でそっと撫でてあたしはこたえた。

「いいとも」


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