どうしようもない馬鹿ばかり
「わざわざ私の部屋まで来て貰って悪いわね、リーネさん」
「いえ、そんな……それで用事って一体なんですか?」
「実は別にそんなものはないの。ただ貴女とゆっくり話をしてみたくなって」
私は嘘をついた。
「そうですか……」
と、心ここにあらずといった返事をするリーネさん。
私は椅子に座るようにリーネさんにうながした。
しかしリーネさんは、ちらちらと時計を見て立ち尽くしている。
「どうかしたの? 時計を気にしてるようだけれど」
「いえ、別にそんなことは……」
「宮藤さんと約束があるんでしょ?」
リーネさんの表情がはっきりと変わる。
「知ってらしたんですか?」
「ええそうよ」
私から思わず笑みがこぼれる。
「だって、貴女をあの子のところに行かせないために、ここに呼びつけたんですもの」
「あの……私にはよく意味が……」
困惑の表情を浮かべるリーネさん。
「こういうことよ」
私はリーネさんにすっと近寄って、その柔らかな唇にキスをした。
「あの子なんかに貴女を渡さない」
「こ、これはなんの冗談ですか……!?」
「いや、言い方を変えるわ」
わたしは動揺するリーネさんの瞳をじっと見据えた。
「貴女は誰にも渡さない」
宮藤さんはもちろん、僕の嫁ですと言う監督にも。
私は貴女を、私だけのものにする。
「貴女は私がこんなこと思ってるなんて気づきもしなかったでしょうね」
リーネさんは沈黙をする。
それは肯定を意味するもの。
「だって貴女の瞳はいつも宮藤さんを追いかけていたから――」
「そんなこと……!」
「否定しなくていいのよ。私にはわかってるんだから」
私はリーネさんの胸を両手で強く押した。
きゃっ、と可愛い声をあげる。
後ろにあるベッドの上で無防備な仰向けになるリーネさん。
「宮藤さんのところに行きたい?」
リーネさんは怯えるまなこで私を見つめ、何度もうなずく。
「じゃあ行かせないわ」
私はリーネさんの上に乗り、その下半身に手を伸ばした。
「なっ、なにをするんですか……!?」
「ズボンがなければとても宮藤さんのところには行けないわよね」
「そんな……お願いです、やめてください……!
私のズボンを返してください……!」
「ねぇ、リーネさん。少し昔話をしましょう。
貴女がこの基地に来た日のことを今でもはっきり覚えているわ」
これからのことを考えてとても不安そうな顔をしていた。
まるで売られていく子牛を見ているみたいだった。
「一目惚れだったわ」
その言葉を口にすると、私の体温が上がっていくのがはっきりとわかった。
「恋に落ちるというけれど、どこまでも落ちていきそうだった」
落ちて、落ちて、落ちて、
いつまで経っても底のない暗闇の中を、どんどんその速さを増していってしまう。
「今まで多くの人と出会ってきたけど、こんな気持ちを持ったこと、一度だってなかった」
ペリーヌさんの時は特になかった。
「貴女はどうしようもなく手のかかる子だった。
口ではみんなのことを守りたいと言っていたけれど、貴女はまるで駄目。
訓練ではちょっとはできたけれど、実践では役立たずだった。
私がいくら貴女に優しい言葉をかけて励まそうとしても、貴女はどうにもならない。
私にできることはもうないのかもしれないと思った」
その頃のことを思い出したのだろう、リーネさんの表情がどんどん暗くなる。
「そんな日々が続いていたある日、少佐が宮藤さんを連れてきた。
あの時の貴女に必要なのは、ずっと先から貴女を励ます私ではない。
そうでなくて、後ろから貴女の背を押して、貴女と一緒に歩いてくれる人が必要だと思った。
だから私は貴女に新人だった宮藤さんの面倒を見るように言ったの」
リーネさんの表情がはっきり変わる。
みるみる恋する少女の顔になってゆく。
「貴女がどんどん宮藤さんに惹かれていくのが私にはわかった。
気づいた時にはもう手遅れだった……。
諦めようと何度も思った。でもこの気持ちはもうどうしようもないじゃない?
だって、私が貴女とあの子を引き合わせてしまったんだから」
でも、私はこう思うことにしたの。
「だから、私が貴女とあの子を引き離しても問題ないじゃない?」
「いつか、配送物を届けに行くと言って貴女と二人きりになったことがあったわよね。
ブリタニアの地理に詳しくないと理由をつけて。
あれは嘘。本当は貴女よりずっとブリタニアの地理に詳しいの。
助手席に座る貴女を見てドキドキしていた」
そう、私はあの時、下半身を濡らしていた。
「はじめからこうしていればよかったんだわ。
ルッキーニさんの件がなければ、きっとあの時、私は貴女をこうしていたでしょう」
「そんなことって……お願いです、全部ウソだって言ってください」
リーネさんは今にも泣き出しそうな顔をする。
嗚呼、なんて可愛そう。
「いいえ。受け止めて、リーネさん。全部本当のことなのよ」
「お願いです、ミーナ中佐! 私、そんなこと信じられない!」
聞き分けるということを知らないのか、リーネさんは何度も同じことを懇願する。
「本当にしょうがない子ね。
――ところで、その『中佐』というのはやめてくれない?
貴女と私ははただの女と女。
ただ『ミーナ』とだけ呼んでくれればいい」
「それは……」
リーネさんは困惑の表情を浮かべる。
「いえ、やはりこうしましょう。『ミーナちゃん』と、そう呼んで」
リーネさんはぎゅっと口をつぐんだままだ。
「仕方ないわね。言ってくれるまで何度でもキスするわ」
私はリーネさんの口の中の唾液を飲み干してしまいそうな激しいキスをした。
「どうかしら、呼ぶ気になった?」
「そ、そんな……私には……」
私はリーネさんにもう一度熱いキスをする。
「これでどうかしら?」
しかしリーネさんは一向に口を開こうとしない。
さらにもう一度、熱いキスをする。
「さあ呼んでくれるかしら?」
「……ミーナ……ちゃん」
「いい子ね、ご褒美のキスよ」
私はリーネさんに今までで一番熱いキスをした。
私はリーネさんの胸を揉んだ。
私の指の運動にしたがって、それは無限に形を変えていく。
「やっぱり私よりおっきい」
「そんなことは……あ、あのっ、やめてください、恥ずかしいです……」
熟れた林檎のようにリーネさんの顔がどんどん真っ赤になってしまう。
「貴女は本当に可愛い子ね」
「あ……あっ……いやっ…………!」
「そんなに嫌? でも絶対にやめない」
いやですいやですと何度もリーネさんは声をあげる。
「ねぇ、そんなにやめてほしい?」
リーネさんはうつろな目を私に向ける。そして、こくりと頷いた。
「いいわ、やめてあげる」
私が手を止めると、リーネさんはほっと安堵した。
「貴女が私のことを宮藤さんより好きだって言ってくれたら」
リーネさんの表情が一転、みるみる青ざめていく。
「もうやめてください、こんなこと……!
私は中佐のことを嫌いになりたくないんです……!」
「また私を『中佐』と呼んだわね。いけない子にはおしおきが必要ね」
私はリーネさんの股の間に手を伸ばした。
「貴女、もうこんなに濡らして」
私は指の腹で、リーネさんの割れ目をやさしく、情熱的に撫でる。
指はどんどんリーネさんの奥へ奥へと入ってゆく。
「どう? 私のこと好きになってきた?」
「な、なってません……!」
「じゃあどうしてここのところがこんなに濡れてるのかしら?」
「それは……」
はあはあと激しく息を乱すリーネさん。
「正直なのはその口と体のどちらかしら?」
「気持ちいいわよね。私はこんなに貴女を気持ちよくさせてあげられる。
ねぇ、私のこと好きになった?」
リーネさんは一度だけ、小さくこくりとうなずいた。
「いい子ね。でも、それだけじゃまだ駄目。私のこと、宮藤さんより好きって言って」
リーネさんは反抗的な目を私に向ける。
それは今まで私になされるがままだった彼女のものとは違う。
強い意志と、固い信念と、それとどこか悲しげな感情を感じさせるまなざし。
「どうして!? どうしてなの!?
さっきうなずいてくれたじゃない!
私が一番上手に貴女のことを感じさせてあげられるのよ! あの子にはなにができるの!?
ねぇ、私の方が好きでしょ!? あの子のことなんてもう嫌いに――」
リーネさんは私の頬を平手で打った。
私のなかで、なにかが終わった。
「芳佳ちゃんのことを悪く言わないで!
なにができる? 芳佳ちゃんは私にたくさんのことをしてくれた!
それはあなたなんかには絶対できない!
私は芳佳ちゃんが好き! 芳佳ちゃんを嫌いになんてなれるわけない!
ミーナ中佐、あなたに私のなにが――」
普段の彼女からは考えられない、激しい剣幕でまくしたてると、
一転して血の気のひいた表情をリーネさんは浮かべた。
「ごめんなさい、私……」
「どうして貴女が謝るの。悪いのはすべて私なのに」
叩かれた頬はたしかに痛い。
でもその痛みを感じないくらい、ずっと胸の方が痛い。
「本当にごめんなさい。私はどうしようもない馬鹿だった。
人の心を縛りつけるなんてできないのにね」
私はリーネさんにズボンを返した。
「もう行きなさい」
「でも……」
「なにを迷うことがあるの。宮藤さんが待っているんでしょ」
「……はい!」
「いい返事ね」
リーネさんはベッドから立ち上がって、そして私におじぎをした。
「あの、私、やっぱりミーナ中佐のこと嫌いになれません。
今まで私に優しくしてくれたのも本当に感謝しています」
「ありがとう。とっても嬉しいわ――でももういいの」
「今日のことは全部忘れます」
「いいえ。お願い。もし貴女が嫌じゃなければ、ずっと覚えておいて。
だって私の思いまで全部なかったことになっちゃうなんて、そんなの辛すぎるわ」
リーネさんは黙ってうなずくと私に背を向け、私の部屋から出ていった。
私はそれを見送ると、頬に手をあて長い時間惚けた。
「伝えられたのか?」
「ええ」
「そうか……」
「訊かないのね、どうだったのか」
「訊いて欲しかったか?」
「ううん、ありがとう。これでよかったのよ。きっとこれで――」
「私の胸で泣くか?」
「馬鹿言わないで」
「お前は本当に強いな――なぁ、ミーナ。これからどうするんだ?」
「新しい恋を探すわ……と言いたいところだけど、まだ心の整理がつきそうにない」
「いくらでも待つさ」
「貴女もどうしようもない馬鹿ね」
「惚れたか?」
「本当、どうしようもない馬鹿ばかり」