無題
――一九四四年、九月。ガリア地方のネウロイの完全消滅が確認された。
これをもって正式に、第501統合航空戦闘団。――ストライクウィッチーズは――解散した。
甲板の上には、長さの違う影が二つ並んで伸びている。
「うーん…………まだかな。まだかなぁ」
茫洋たる海の水平線に暮れ泥む黄昏を望み、宮藤芳佳は彼方を眺めるべく額に手を伸ばす。
「じきに着く。もう暫くの辛抱だ」
凝然として傍らに佇むのは元より坂本美緒の姿である。
航空母艦――赤城が異国の洋上にて燼滅して目下幾週経つ。芳佳が初めて赤城に乗船してから半年と経たないうちに、世界情勢は目まぐるしい変遷を遂げていた。
「いまごろリーネちゃんやペリーヌさんやサーニャちゃんたちはどうしているかなあ……」
「そう案ずるな。扶桑に帰ったら手紙の一つでも書いてやればいいだろう」
「はい。でも……リーネちゃんたちだけじゃない。エイラさん、ミーナさん、バルクホルンさん、ルッキーにちゃん、シャーリーさん、ハルトマンさん……みんなみんな――」
「もういい宮藤。それ以上はいうな」
芳佳の肩に手を遣り、目で制する。
坂本は扶桑が近づくにつれて芳佳の口から二言目には飛び出す第二の故郷を懐かしむ言葉に、身に余るやり切れなさを感じていた。
無理はない。多感な少女がわずか三、四ヶ月の間に大切な出会いと別れを経験したのだから。と、言うは易いが、自ら芳佳を厳酷な環境に引き入れた自責の念に苛まれることもまた真面目過ぎる坂本の性分がそうさせる。
船員輸送艦に乗船してからの帰るさ、暫く二人は平穏無事な日々を過ごした。
日を負うごとに薄紙を剥ぐよう、坂本の身体にはようやく傷の癒える兆しが見え、他人の介助なくとも歩けるまでには快復していた。それでもまだ、本格的な鍛練を始められるほどのゆとりはない。
すると、暇を飽かしては芳佳と二人で他愛無い児戯に耽る日常が始まった。
晴れた日には船べりにもたれかかって、海闊天空をいつまでもいつまでも眺める。雨の日には艦内に籠もって鬼ごっこをしたり、碁や将棋を打ったりした。
激戦であるカールスラント、ブリタニア戦線を潜り抜けてきた坂本の胸には、そんな何気ない日々が新鮮に思われた。芳佳と二人で雲を眺めていると、かつて海や空をこんなにゆっくりと見続けたことがあっただろうか? 〝ない〟と即答できるだろう。
そんな風に、わだかまりのない情景と謐かな感動はひたひたと心に沁み入った。
「寂しいか……?」
そんなことは訊かなくてもわかっている。
とうに気の置けない間柄のはずなのに、場の持たなさが妙に焦れて気忙しい。要らぬ事を言ってしまった。
後悔などする性質でない坂本は、芳佳の知らぬところで密かに悔やんだ。
「寂しくないといえば、嘘になります」
その言葉が、この数週間で芳佳が初めて表した明確な反応である。
坂本は、芳佳が自分の前ではさも平然そうに振舞うことを知っている。扶桑を俟って漏れる『まだかな』という口癖の裏に隠された本当が、故郷を懐かしむ期待ではなく、遠ざかる異邦を侘しく想う口惜しさであることを。
芳佳の心細い心中を察する度に、何とも言い難い感情が胸の奥にこみ上げてくる。ひとしきり目を掛けてやってはいたが、果たして自分が少女の心に触れることができただろうか。あるいは欠けてならぬものを与えられたのであろうか……。
考えるとたまらず、目の前の芳佳を抱きしめたくなる。
坂本は自分の中で邪念とするものを振り払って箍を締めなおした。
「暗くなった。そろそろ戻るぞ」
「後で行きます。坂本さんは先に戻っていてください」
「なんでだ……言うことを聞かんか」
芳佳の洩らした口吻が思いもよらず鼻にかかった声をしていたために、坂本ははっと息の詰まる苦しさに襲われる。
「ほら、行くぞ」
困惑を露わに手を引く。
強い力で引き摺られそうになりながらも、芳佳は抵抗する。
「はなしてくださいっ」
「なっ――」
秋の夜が早々に肩を聳やかしにじり寄る。
さざなみに混じって吐き出された夜気の鋭い冷たさが、坂本の身に応えた。
暫時置いて、二人の間に流れる沈黙を破る。
「聞く気のないようだな、宮藤。お前の考えはよくわかった。――――ずっとそこで反省していろ!!」
吐き捨てて踵を返そうとした刹那に、こちらを振り向いた芳佳の目には大粒の涙が浮かんでいた。
艦橋と艦内を行きつ戻りつ、坂本は黙考する。
扶桑の撫子たる者があまりにも大人気ない。普段の私なら宮藤に対しあそこまで取り乱さないはずだ。一体何がそうさせるのか。
もしや心を惑わされているのは自分の方なのだろうか……。あのときの、全てを許して抱きしめたくなる濫りがましい衝動は何だろう。
さっき宮藤は泣いていた。感傷に浸っているせいか、あるいは私が泣かせてしまったのか。それとも全く別の、私の知る由のない理由で涙を零していたのか。
解せん。人の心まではさすがの魔眼をもってしても見透かすことはできない……。
十中八九自分が悪いことはわかる。だが、素直に接せられないこと、抑制の利かないことがもどかしい。
まるで面倒な心の主導権をあいつに握られたようだ。
何度目かの行きつ戻りつを繰り返し、艦橋に出た坂本の頭に冷たい雨垂れが落ちてきた。空に手の平を晒すと、見る間に雨粒の溜まりができる。
――――驟雨か。
そう一人ごつと、坂本は内なる逡巡に目もくれず、地面を強かに蹴って駆け出した。
万が一宮藤が風邪でも引いたら、娘の帰りを待つ母や祖母に合わせる顔がない。否、それは建前で本当は……違う。
言葉にできないがもっと本能的な希求らしいもの。恐ろしくて声にするのは口幅ったい。
答えを出すのに一人では早計だ。宮藤を見つけてからでも遅くはない。
そうして、坂本が息を切らし先刻まで居た場所まで戻ると、そこに芳佳の影はなかった。
宮藤……なぜいない。どこへ行ったんだ……。
――――宮藤、宮藤ぃ!!
坂本は肩を落としうらぶれた様子で艦内へ戻った。
狭い通路で他の船員とぶつかることも気に止めず一目散に芳佳の部屋へと向かった。
――――――――いない。
あるべき場所にすらそれはない。
血の気の失せた額から瞬く間に汗が滴り、眉が曇る。
さすがの坂本もこうなると成す術を持たない。
失意の裡に胸を塞がれたまま、坂本は自室の扉を引いた――。
すると間もなく目に飛び込んできたのは外でもない芳佳の姿だった。
「宮藤――!!」
ベッドの脇に力なくしな垂れる芳佳をみて、坂本は宙を蹴り駆け寄る。
「坂本……さん」
芳佳の身体は、頭のてっぺんから足の先まで全身びっしょりとずぶ濡れである。
「おい、宮藤……しっかりしろ!!」
額にびっしりと冷や汗を浮かべ、顔面は誰がみてもわかるほど熱く上気している。虚ろにぼやけた瞳の中には、けれどもはっきりと坂本の顔が映し出されていた。
そこに映った自分の顔を見て坂本はたじろぐ。芳佳を鬼気迫る必死の形相で見つめていたのだ。
それから自らの額を芳佳の額に重ねて体温を計った。
「熱いな……それに息もはやい。大変だ。熱があるんだろう」
動揺を鎮めるための呪文のように呟く。
額を離すと、芳佳の顔がさっきよりも色濃く真っ赤に染まっている。何かに呼応するように胡乱な瞳の上に潤沢な輝きがみえた。
「坂本さん…………熱いです」
消え入りそうな声で訴える芳佳を坂本は力いっぱい掻き抱いた。
自らの過失によって部下を命の危険に晒すなど、二度あってはならない。
小さな身体を包み込み、愛しそうに頬を摺り寄せ耳元で囁く。
「ひどいことを言ってすまなかった。宮藤。許してくれるか……」
芳佳はゆっくりと頭を振って応える。
「…………だめか」
坂本は予期していたように困惑を飲み込んだ。
そんな坂本の目を見つめ、芳佳はふるふるともう一度首を振る。
「ううん――違います。許すだなんて……坂本さんは何も悪くありません。でも、そんな風に自分を責める坂本さんは坂本さんらしくなくて嫌いです」
坂本はしばらくのあいだ二の句が継げなくなった。同時に、淀みなく離す芳佳をみて安堵した。
「坂本さん、色んなこと教えてくれるって約束してくれましたよね……。なのに、大事なことははぐらかして一つも教えてくれません。だから、嫌いです」
「宮藤……」
なんと向こう見ずで勝手な理論だろう。若葉の戯言に呆れ返ってよいところが、坂本はその理論を否定しない。それどころか、嫌われても詮無いと諦めている。もしくは高をくくっている。
坂本はそっと芳佳を抱きしめる腕を離した。
しかしすぐに軍服の裾に縋る力にぐいぐいと引き寄せられる。坂本は不測の事態に状況が飲み込めない。
「なんのつもりだ――?」
「坂本さんのうそつき……ばか、ばかばかばか!」
芳佳は坂本の胸をぽかぽかと叩き訴える。
「あっはっは。なんだ宮藤、もう元気になったのか?」
坂本は闊達な笑みを振り撒く。
芳佳はそんな坂本をみて歯痒さを募らせた。
なんて鈍い人なんだろう……。鋭いようで察しが悪い。
「坂本さん、本当にわからないんですか……? ひどいです」
ぐすぐすと涙目になりながら坂本の胸に顔を埋める。
いじらしい部下の濡れた身体を坂本は優しく抱きしめた。
「わからないわけがないだろう?」
坂本は気づいた。宮藤芳佳を放っておけない理由に。
頑なな意思の強さの宿ったいい目をしている。成長を眺めることが何よりの楽しみである。育て甲斐のあるいい部下だ。けれども、それだけじゃない。もっと心の深い場所を隅々まで明け渡してくれないだろうか。繊細な部分に触れさせてはもらえないだろうか。宮藤の全てを守ることはできないだろうか。もっと単純に、本能的に宮藤を欲しているのだ。
「――宮藤。もうどこにも行くな。私の傍を離れないでくれ」
それが坂本のはじめてみせた弱さである。
部下で弟子であり娘のようでもある芳佳に根負けしたことを認める〝敗北宣言〟である。ついには自らの抑圧された希求を解放させることでもあった。
「命令……ですか」
「お願い。だ」
「わかりました」
芳佳はこくりと頷いて、拳に込めた力を抜いた。
「坂本さん……風邪はうつすと治るって迷信があるんですが……」
「ただの迷信だろう? だが、試してみる価値はありそうだな」
坂本は芳佳の身体をしげしげと眺めた。
濡れ髪からはぼとぼとと水が滴り、水着の上から身体に纏わりつくセーラー服がうっすらと透き通って、生地と生地とが触れ合った布の境目がだんだんと失われていく。小ぶりな胸の上に目を落とすと、張り付いた場所から未成熟な双丘が静かに輪郭を現していた。
その濫りがましい姿態に見とれて、坂本はいっそう支配欲を募らせた。
芳佳を布団の上に組み敷いて上位をとる。
間近で見下ろすとその小さな身体、か細い腕、愛くるしい瞳、全部がいじらしくてたまらない。
「宮藤、好きだ。愛している」
「坂本さん、わたしも好きです」
飾り気のない言葉で愛を伝える。坂本は細長い指で芳佳の頤をつまんで唇を引き寄せた。
自分の薄く結ばれた唇が芳佳の柔らかいそれに沈んで交じり合う。瑞々しく跳ね返る弾力を愉しみつつ、舌先で口腔内を愛撫する。無言の裡に疎通を計るかの如く、互いの舌はほしいままに蠢動した。
「んっ……んっ…………はぁ、ぁっ」
芳佳の口腔に唾液を注ぎ込み、口の中で芳佳の唾液と混ぜ合わせてから再びそれを啜り、飲み込んだ。
そんなことを何度も繰り返していると、切なげな息が洩れる。
「ぁっ――さかもとさんっ……もっと、もっとください」
「まだ始まったばかりじゃないか。なのに宮藤、この暖かい水はなんだ?」
坂本は芳佳の股間に手を伸ばした。水着と太腿の隙間から指を挿し入れて確かめる。そこには明らかに雨水とは異なるものが浸透していた。鼻をつく淫臭だけで明らかであるのに、芳佳を弄ぶためだけにあえて直接確かめてみせるのである。
「だめですっ……いきなりそんなっ……あっ」
芳佳は切なさに任せて藁をも縋る想いで坂本の手を掴む。坂本は逆に掴み返すと、小ぶりな手を芳佳の秘所に導いて言い放つ。
「ほう。なら一人でしてみろ」
「ふぇぇ?」
不敵に笑う坂本の面構えをみて芳佳の頭は呆然と真っ白になった。
さっきまでの優しい坂本さんとは違う。恐ろしく獰猛で精悍でいて凛々しい。かえってそのことがなぶられる喜びを見出す切っ掛けたるといえよう。
「どうした? そんなに私にかわいがって欲しいのか」
「はいっ――ぅぐっ……かわいがってください。坂本さん」
芳佳はすすり泣きながら懇願する。
「わがままな奴だ。しょうがないな」
坂本は不承不承に肯ずと、攻撃態勢に入った。芳佳の心は意のままに掌握できた。
首筋から下降するように愛撫を施し、耳孔の中まで丹念に舐める。下降に従って芳佳の水着を徐々に剥ぎ取っていく。なだらかな双丘の頂点で舌をひっきりなしに往復させ、秘密の扉を開く下ごしらえをした。
芳佳の桃色の花弁は物欲しげに涙を溢す。その傍の幼い花芯もいまはぷっくりと膨れあがって大人びた顔を晒している。坂本は芳佳の花芯を剥いて優しく口付けた。
「ぁあっ!! っ――坂本さんっ……。だめ……だめです」
愛情の籠もった愛撫が、けれども芳佳には容赦なく甚振られる責め苦のように思われて、その直接神経をいぶるような生々しい刺戟がどうしうようもなく酷薄に感じる。初めての感覚が芳佳の心を揺さぶった。
「そんな声を出して、いやがっているようにはみえんな。本当にいやらしい奴だ」
言いながら、今度は桃色の花弁を抉じ開けてその秘洞に長い舌を突き入れた。中をかき回し、舌を抜き差しする度に秘洞の中からは夥しい量の熱い蜜が零れた。鼻先を欹ててすんすんと匂いを嗅ぐ。穢れを知らない子供の、蜜蜂を引き寄せる香りがする。坂本は芳佳の初々しさに満足げに微笑む。
「そんな…………ひどい」
芳佳は苦痛に眉をしかめて訴える。よもやこんな恥ずかしい想いをするなんて。坂本さんの前では恥ずかしいところを晒したっていいのに、こんな風に乱暴に扱われるなんて思ってもみなかった。なのに、身体が正直に反応してしまう。そのことがかえって羞恥と欲望の焔に油を注いで、不本意な満足感を齎した。
坂本はなおも執拗に花芯を責める。赤い果実がひくひくと痛ましい姿を晒している。ちろちろと舐めても、口を窄ませ吸引しても、そのたびに芳佳の腰が大なり小なりうねる。自発的に動いている、といってもよかった。押し寄せる熱い快感の波に翻弄され、自分でも抑制が利かないようだ。
「はぁっ……あっ……さかもとさん……わたし、もうっ!」
「早いな。だが一人で楽になれると思うなよ」
ぎりぎりまで引導を渡してくれない坂本は意地悪だ。坂本は水着の股間をずらして、露わになった自分の女陰を芳佳の股座に這わせた。その刹那に、芳佳は目眩がする想いに胸を熱くする。大好きな坂本と一つになれたこと。一心同体であること、下半身が溶け合ってなくなるんじゃないかと思った。
「あっ――あっ、坂本さんっ!!」
「宮藤……宮藤ぃ――ッ!!」
二人は同時に果てた。
芳佳は腰を高く宙に浮かせて、早い息が治まらない。坂本はくず折れて芳佳の上に折り重なった。今一度まじまじと芳佳の顔をみつめる。頬が真っ赤に染まって、ぼんやりと気の抜けた放心状態にある。坂本もまた胡乱な眼差しで見続けた。しばらく経つと芳佳の瞳には熱っぽい輝きが戻り、再びキスを求める眼で訴えた。
「坂本さん……今度はわたしがしてあげます」
「なっ――」
想定外の申し出に坂本は困惑した。思いも寄らぬ言葉にたじろぐ裡に、身を起こした芳佳が今度は坂本の上になり、上着のボタンを一つずつ外し始めた。
「お前、なにをするつもりだ?!」
「だって坂本さん、自分だけ服着たままなんてずるいじゃないですか」
芳佳は坂本の水着を剥いで、隠されていた裸身を見つめた。引き締まった硬質な躯体に女性的な膨らみも兼ね備えた理想的な身体である。胸のほうから徐々に指を這わせて、薄く引き絞られた腹の上のかすかに割れた腹筋の筋目をなぞる。芳佳の指が腹の上で右往左往とさまようたびに、坂本は眉をびくつかせ、謐かな快楽に身を震わせた。
「宮藤、勘弁してくれないか」
「だめです」
畢竟。二人は夜もすがら睦言を交し合い、朝まで長い時間が終わることはなかった。
《了》