学園ウィッチーズ 第2話「一緒に……」


 エイラが寮に入った日の翌日。
 エイラはベッドだけしか置いていない、がらんとした個室で目を覚まし、開けっ放しのクローゼットから昨日着ていた服を引っ張り出して、羽織ると、部屋の外に向かう。
 日の出より少し前の時間帯のためか、廊下は薄暗く、静まり返っていた。
 別に悪いことをしているわけでも無いのに、不思議と足音をたてないよう気を遣って歩いている。
 そんな自分に眉をひそめつつ、彼女は大浴場へ向かう。

 脱衣所で服を脱ぎ、浴場へ向ったエイラは、石造りのやたらと凝った内装に一人でため息をつく。
「坂本先輩の言ったとおりだナ…」
 エイラは昨夜初めて出会った眼帯姿の扶桑人――坂本美緒を思い出す。
 この浴場を作らせたのは彼女らしい。
 昨夜は、夕食の席で朝風呂は格別だぞ、と豪胆な笑いでエイラの肩をばしりと叩いた。
「つーか、痕残ってるよ…」
 エイラは叩かれた肩を見て、いまだに赤くなっていることを確認し、やれやれとした表情になりながら、端に並んだシャワーの栓をひねり、頭から湯を浴びる。

 昨夜、エイラは、夕食後も、新入りということもあってか、色々話しかけられた。
 坂本同様、扶桑の魔女の芳佳は恥ずかしがり屋さんなのか、なぜかたまにエイラの胸元に視線を移しながら話しかけてきたし、リーネはリーネで同じ寮に暮らすということもなったからか、同じクラスであったというのに、昨夜になってようやく会話らしい会話をした。
 ルッキーニといえば、挨拶代わりにいきなり胸をもみ、シャーリーがその様子を見ながら、にやついていた。
 自分だっていたずらにもんだことはあるが、あまりの不意打ちにエイラは情けない声でやめろよとしか言い返せなかった。
 金髪のメガネの少女はといえば、よくよく考えてみれば、彼女も同じクラスのペリーヌ・クロステルマンというガリア人だった。
 クラス内での高飛車な態度だけがエイラの印象に強く残っていたが、昨夜は、坂本先輩の隣でしおらしくしていた気がする。
「あれが本当の猫っかぶりダナ」
 と、エイラは片方の口の端を吊り上げ、笑う。
 もう一人の金髪の少女は、ひと学年上のカールスラント出身のエーリカ・ハルトマンだ。昨夜は自己紹介以外は特にしゃべりはしなかったが、あどけない笑顔の裏に、どことなく悠然とした大物感漂うという印象。
 そうえいば、エーリカの隣にいた髪を黒いリボンで2つに結った少女――ゲルトルート・バルクホルンは自己紹介をしたあとすぐに自室へ行ってしまった。
 彼女の隣にいたミーナがあらあらと言いながら困り顔をしていたのが思い出される。
 何か、気に障る態度でもとってしまったのだろうか。
 そして、エイラがはじめてこの学園で友達になったサーニャ。
 しかし、昨夜、サーニャと話した記憶がたどってもたどっても見つからない。
 別に飲酒していたわけでもないのに。
 記憶が無いわけではなくて、他の生徒との会話につい忙しくなり、たまにサーニャのほうへ視線を向けるぐらいしか余裕が無かったのである。
 仕方が無いといえばそれまでなのにエイラはなぜだか罪悪感を強く感じた。

 ――今日から一緒だよ

 寮の前で握り返された手をじっと見つめる。
「一緒か……」
 まんざらでもないといった表情でエイラは目尻を下げ、シャワーを止める。
 それなのにシャワーの音がやまない。
 恐る恐る音のするほうに顔を向け、一歩後退し、しきりの向こうの姿を確かめる。
 濡れた銀髪の髪が揺れて、エイラを見つめ返す。
「サ…」
 エイラはぱくぱくと口を動かすが、言葉が出てこない。サーニャがシャワーを止め、エイラのほうへ体も向ける。
「おはよう、エイラ」
 エイラはあわてて背を向けて、大きく息を吸って、吐いて、言い返した。「お、おはよう…」
 サーニャは動揺をするエイラに首をかしげる。
「エイラって……、見られるの苦手なの?」
「えっと…ま、まあ…そんなとこダナ…」
 そんなんじゃねーよ、と言い返したいのを必死に抑えて、エイラはざぶりと風呂につかる。サーニャも、足先からするりと、あまり音を立てずに入り、エイラの横に並ぶ。
 さきほど罪悪感を感じていたはずなのに、いざ、本人を目の前にすると、なぜだか頭が真っ白になって、エイラは話し出すことができなくなっていた。
 サーニャはサーニャで、横目で難しそうな顔をするエイラに何か悪いことを言ってしまったのだろうかと疑問を抱いてしまう。
「お湯、熱いね……」
「あ、ああ」
 まずい、気まずくなってるな、とエイラは思い、そしてサーニャの戸惑いも、なんとなく感じ取る。そうかといって、話題も無い。

 ――時には素直になりなさい~

 またかよ。
 エイラは唇を噛みながらも、至極ごもっともな忠告をまた思い出し、湯の中で拳を握り、湯のせいなのかサーニャのせいなのか、すっかり赤く染まりきった顔をサーニャに近づけた。
「きょ、今日も一緒に帰ろうナ!」
 サーニャはぽかんとしつつ、わずかに顔を伏せ、横目でエイラを見る。
「……登校は、してくれないの?」
 エイラは、サーニャの小悪魔のような態度に、がんと頭を殴られたようなショックに襲われ、湯の中にぶっ倒れそうになるのを必死で押さえ、サーニャの手を取り、小指と小指を結ぶ。
「登校、下校、食事だって、サーニャがいいならずっとずっと一緒ダ! だって…」
 結んだサーニャの小指に力が入り、エイラが顔を上げるとサーニャがにっこり微笑んで、口を開いた。
「私たち、友達だもんね」


第2話 終わり



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