学園ウィッチーズ 第5話「夕暮れ、教室の中で」


 放課後。
 ロッカーを開けたエイラは、あふれ出た手紙を廊下にぶちまけた。
 両隣にそれぞれ立っていたリーネとペリーヌが目を点にする。
「エイラさん、まったくあなたって人は…」
「これでも整理してるんだヨ…」
「読む気が無いなら、潔く廃棄してはいかが? 応える気も無いのに保管されるのも心苦しくてよ」
 ペリーヌのきっぱりとした意見に、エイラは言い返せなくなる。
 確かに、これらの手紙に書かれているであろう各々の気持ちに、応えることはできないだろう。
 眉間にしわを寄せるエイラを見て、リーネは自分のロッカーから紙袋を差し出す。
「と、とりあえず、これに入れて寮の部屋に移したほうがいいよ」
「そうだナ…」
 一足先に帰っていくリーネとペリーヌに手を振り、エイラはエルマのいる準備室へ向かう。この間のように外で待っていてもかまわないのだが、サーニャに余計な心配をかけることが憚られたからだ。

エルマの準備室前にたどり着いたエイラはドアに手を伸ばすが、漏れたアホネンの高笑いに手を止める。
 行儀が悪いので、気が進まないが、聞き耳を立てると、教師同士で放課後の談話をしているようだった。
 エイラは方向を変え、屋上に足を向けた。

 学園の一隅にある大型格納庫――
 過去の戦いで用いられたストライカーがずらりと並んでいる。
 今でこそ実戦で使用をする機会は無いが、学園のウィッチたちは、その能力を買われ、人命救助に借り出される場合もあり、メンテナンスは不可欠である。
 基本的に、整備は、専門のスタッフが行っているが、シャーリーはもともとの機械いじり好きも相まってか、放課後はいつも格納庫に寄ってから帰るのが日課となっていた。
 手馴れた手つきで工具を持ち換えては、手際よく作業を進めていく。
 自然とあふれでる鼻歌。
 ふと視線の端に動くものに気づいて、振り返ると、焼けた肌の、ゆるい巻き毛の銀髪の少女が立っていた。
 少女は、振り向いたシャーリーに満面の笑みを浮かべる。
 シャーリーは持っていた工具で頭をぽりぽりかく。
「何の用ですか。チュインニ先生……」
「ジュゼッピーナでいいわよ」
 チュインニはウィンクを返す。
 シャーリーは、年上ながらも姿かたちは年下な容姿の、それでいて教師である彼女のモーションのようなものに、たじろいだ。
 チュインニは、ずいっとシャーリーに歩み寄る。ちょうど、シャーリーの胸の辺りから、チュインニの翠瞳が見上げる形となる。
 シャーリーは素直に心の中で感想を述べる。綺麗な目だ、と。
 しかしながら、相手がルッキーニであれば、なんでもない状況ではあるのだが、チュインニは教師であるためか、それとも、なぜか誘惑されているような気配を察してか、背徳感のようなものを感じ、頬が引きつる。
 チュインニが自らのカフェオレ色の唇を赤い舌でちろりと舐めた。
 シャーリーの心臓が、脈打つ。
「シャーリー、差し入れ持って来たよ~!」
 ルッキーニが、クッキーの箱を片手に格納庫の大きな入り口からぴょいと顔を出す。
 シャーリーは助け舟が来たかのように、思わず、おおっと口に出し、ルッキーニのほうへ顔だけ向ける。
 チュインニが、隙ありと言わんばかりに、シャーリーの頬に軽く口づける。
「ちょ、ちょっと先生!」
 シャーリーは、チュインニから離れる。
 ばさりと落ちるクッキーの箱。
 顔を伏せたルッキーニ。
「ル、ルッキーニ……?」
 シャーリーは、ただならぬものを感じて、つばを飲んだ。
 ルッキーニはめいっぱいの声を張り上げた。
「こぉのスケベ教師いいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 耳を塞ぐシャーリー。
 チュインニはというと、あっけらかんとし、いつのまにやら間を詰めていたシャーリーに後ろからしがみついて、決して豊かとはいえない胸を背中に押し付けた。
「シャーリーから離れてよ!」
「いや」
「教師の癖に生徒に手を出していいと思ってんの!」
「そこに愛があれば、問題ないんじゃないのかしら」
「いや、誤解を生むような発言はやめてください。まだそこまでの関係じゃないし。ていうか、降りてください……先生。ルッキーニを怒らせると後で大変なんで」と、シャーリーが冷静につっこむ。
 チュインニのとろりとした翠瞳がどことなく勝ち誇ったようにルッキーニに配せられた。
「この際はっきり選んでくれたら、彼女もあきらめがつくんじゃないの」
「そんなこと言われても……」
 シャーリーの目の前にいるルッキーニは頬を膨らませ、うーっと低くうなって、涙目でシャーリーを見上げる。
 チュインニがさらに強く抱きついてきた。
 ルッキーニの釣り目に涙が浮かび始める。
 シャーリーは、チュインニの腕を外し、彼女を降ろした。
 そして、ルッキーニをじっと見つめ、口を開く。
「とりあえず……」
 息を呑む、ロマーニャ娘の二人。
「今日はここまでってことで」
 シャーリーは陽気にそう言ってのけ、持ち前の足の速さを生かして、グラウンドへ駆けて行く。
 追いかけるチュインニ。
 そして、彼女を引きとめようとするルッキーニ。

「なにやってんだ、あいつら……」
 エイラは、屋上から、ロマーニャ娘二人に追いかけられるシャーリーを見下ろして、つぶやいた。
 強い風が彼女の髪を吹き乱す。
 寒くはないが、サーニャを心配させるのも嫌なので、エイラは、今度は自分の教室へ向かった。

 教室にはすでに誰もおらず、静まり返っていた。
 エイラは、自分の席に着き、ふうっとひと息ついて天井を仰ぎ、手に持ったかばん、そして、紙袋の順番で視線を移す。
 
 ――読む気が無いなら、潔く廃棄してはいかが? 応える気も無いのに保管されるのも心苦しくてよ

「でも、せっかくもらったものだしなぁ…」
 エイラは、迷いながらも、手紙に手を伸ばし、封を切り、読み始める。
 手紙には、各々の少女たちの、エイラへの想いが、短い言葉や、数枚に及ぶ内容でつづられていた。
 想定どおり、完全なる恋文もあれば、エイラに憧れているといったファンレター的なものまで内容も様々であった。
 自分がまだ気づいていない自分を描写された内容に、エイラは驚きながらも、照れくさいようなこそばゆさを感じる。
 しかし、そのこそばゆさは、サーニャに対し感じるそれとは違っていた。 

 カーテンのかかっていない窓から、まっすぐに差し込んだ夕日が、エイラの白い肌を暁に染めていた。
 エイラは、うっすら、目を開ける。
 夕日に照らされた銀髪。
 かがんだサーニャの翠の瞳が机に伏せていた彼女を見つめていた。
 ちらばった手紙から顔を上げて、エイラは飛び起きる。
 落ちた手紙を、サーニャは拾い、エイラの隣の席の椅子にすとんと座り、エイラに渡す。
 エイラは散らばった手紙をかき集めた。

 読まれただろうか。
 いや、まさか、サーニャがそんなことをするはずが無い。
 仮に読まれたとしても、彼女は友達なのだからそれを咎める権利は――
 違う。
 サーニャは友達ではない。
 友達なんかではおさまりきらない。

 エイラは、押し込めていた自分の気持ちを静かに引き出し、サーニャへの、友達以上の気持ちを、自覚する。
 途端、湯が沸いたように、顔が熱くなった。
 すぐ隣いるサーニャへ顔を向けることもできず、硬直する。
 サーニャは、そんなエイラに気づいてか、気づかずか、穏やかにつぶやいた。
「エイラって、人気者だね」
「そ、そんなんじゃ…ねーよ…」言葉とは裏腹に、か細いエイラの声。
「ううん。そうだよ……。うちのクラスでもたまに女の子たちが話題にしてた」

 そう。
 エイラは人気者。
 たまにクラスの子たちにエイラの事を聞かれるが、答えない事にしている。
 違う。
 正確には答えられない。
 私は、エイラの事をまだ何も知らないんだ。
 同じ屋根の下で暮らしているのに。
 手紙の子達と、大差はない――
 
 サーニャは、一人、考えて、導いた結果に落ち込んで、瞳を伏せる。
 エイラは、言い返すことを止めて、かき集めた手紙をとんとんと机で整え、紙袋にばさりと手紙を押し込む。
「……私も、負けてられないな」
 自分に言い聞かせるように、ごくごく小さな声でつぶやいて、サーニャは立ち上がる。
 エイラは、聞こえなかったらしく、ようやく緊張の解けた首を回して、サーニャを見上げた。
 サーニャは、ぽかんとしているエイラを見つめ、ふいに、独占欲のようなものが湧き出て、彼女を立ち上がらせる。
「早く帰ろう」
 そうすれば、話す時間が増えるから、とサーニャは心の中で付け加えた。

 第5話 終わり



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