幸せの方程式と三国対立
私を中心としたサーニャとニパの対立は、瞬く間に新たな人物、そう、エル姉を巻き込み拡大の一途を辿っていく。
見事に2等分されていた私のベッドは、エル姉の参戦により領地の割譲がなされたのか、昨夜には既に仲良く3分割されていた。
私のベッドの分割に於いてそこまで友好的な取り計らいができるのであれば、どうしてその対立を終焉に導いてはくれないのか、と言いたくもなる。
昨夜の3人の争いはなかなか、いや、かなり白熱したものであったのだ。
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誠実な返答をしたにもかかわらずエル姉から与えられたものは理不尽な叱責であった。
サーニャにしてもニパにしてもエル姉にしても怒っている理由を決して言おうとはしない。
理由を問おうとすると私に降ってくるものは、答えではなく失望の感情を大いに含んだ言葉だ。
なぜこんなにも世界は理不尽であるのか。
もしかしたら3人は私のことが嫌いになったのかもしれない。
あまりにも厳しい現実を考えればその答えが正しいのかもしれない。
でも私はそんな答えは見たくない。
だって私はサーニャもエル姉も大好きなんだから。
…ニパ?ちょっとだけダカンナー。
あぁ、これ以上私の理解の範疇を超える現実が訪れませんように…そう願うことだけが私の本心であった。
そんな事を考えながら私は独り夕食を済ます。
いつもなら私の隣にはサーニャがいるし、時間が合ったならエル姉だってきてくれる。
ニパは私たちが夕食を済ませたあたりでちょうどやってきて、なにやら、今日もツいてない、ということが常だったが。
しかし今日は隣にはエル姉はおろか、サーニャすらいなかった。
そしてもちろんニパが夕食を済ませた後にやってくることもなかった。
やっぱり私は嫌われてしまったのだろうか…
そんな不安が私の胸を占拠する。
胸のモヤモヤに耐えられなくなった私は、もう眠ってしまおうと部屋へと急いだ。
「お帰りなさい、エイラさん。」
「エイラ…お帰り…。」
「遅いぞイッル!」
部屋に帰った私を迎える3つの言葉。
私は思わずドアを閉める…誰か状況を説明してくれ。
まぁつまるところ、私のベッドの領地分割がさらに進んでいたってことだ。
私のベッドにはずっと昔は私とエル姉、一昨日までは私とサーニャ、昨日になったらニパが増えて、今日はエル姉まで加わった。
よくよく考えると私のベッドが私だけのものだったことは思い出せない。
でもここ数日は異常だ。
いくら多少大きめのベッドだからっていっても完全に容量オーバーだ。
「エイラ…どうしたの?」
どうやら心配したらしいサーニャが私のもとへやってきた。
「なんでもないヨ。いや、なんでもあるにはあるけど…やっぱなんでもナイ。」
昨日からのあの状況だ。
下手なことを言ったら怒られるのは間違いなく私だろう。
それならそっとしておくに限る。
まずは現状の把握に努めるんだ。
部屋に戻るとそこにはやはりエル姉もいる。
つまり現状が昨日よりも悪化した状態だということだ。
「なぁエル姉?エル姉がここにいるのはやっぱ二人と同じ理由なのカ?」
これだけは確認しておくべきだろう。
もし同一ならその分対処が楽になる。
「はい、もちろんそうですよ。大事なものは戦って守らないといけないとトモコさんに、
いえ、これはハルカさんに教わりました。だから私も参戦させていただきました。」
ハルカさん?
それはあの伝説の中隊の影の支配者だったという迫水ハルカって人だろうか。
なにしろ迫水ハルカという人は記録にはのこらないが撃墜王だったと聞く。
そしてその撃墜のほとんどが基地内で行われたという話だ。
一体どういうことなのか全くもって謎だ。
なにはともあれ、これで3人が怒っている理由が同じだと分かった。
それなら話は簡単だ。一人の機嫌を直せれば残りの二人の機嫌も直るってことだもんな。
よし、ならばここは個別的に対処するのが賢いやり方だ。
じゃあまずは一番扱いやすそうなエル姉からだ。
エル姉はベッドのうえにちょこんと座っていた。
その姿はとても小さく見え、本当に私より身長が高いなんて信じられない。
エル姉はベッドにいると眠くなってしまう性質なのか、なんだかふわふわした様子で、
たまに思い出したかのように、私は怒ってるんですよ、といった表情をつくっている。
「エル姉?」
「あっ、はい。なんですかエイラさん?」
エル姉はいつものほんわかした笑顔で答えてくれる。
「あっ!なんですか…エイラさん?」
どうやら怒っていることを忘れていたらしいエル姉は素っ気なく聞き直す。
うん、やっぱりエル姉が一番扱いやすそうだ。
「どうしてエル姉は怒ってるンダ?」
いつもペリーヌみたいにツンツンしてるニパや意外と強情なサーニャは絶対答えてくれないだろう。
だけどエル姉は別だ。
私が本気で頼んだなら、エル姉はいつも応えてくれる。
エル姉はいつだって優しいし、なんだかんだ言ったって私に甘いんだ。
「こういうことは自分で気付かないとだめなんですよ。それにたくさんヒントはあるでしょう?」
ヒントかぁ…エル姉とサーニャとニパは同じ気持ちだってこと、私が原因であること、なぜか私の部屋が占拠されていること、
それとエル姉の心臓の鼓動がとても速かったこと、これくらいだろうか?
今はどうなのだろうか?
私はエル姉の胸に耳を当てる。ドクンドクンとエル姉の心音が高鳴る。
その音はどんどん速くなるし、
比例するようにエル姉の顔も真っ赤になっていく。
「あの…エイラさん?少し恥ずかしいんですが。」
エル姉が少し震えた声で呟く。
昼は自分からやったのに変なエル姉だなぁ。
でも、どうやら多少は機嫌が直ったらしい。
真っ赤になったエル姉を眺めていると背後から圧迫感を感じる。
私が振り返るとそこにはさっきよりもあからさまに不機嫌になったサーニャとニパがいた。
「エイラ…なにしてるの?」
「そうだぞイッル…お前は一体なにをしているんだ!」
心音を聞いていただけなのになにがいけなかったのだろうか。
サーニャとニパの声には怒りの感情がのっていた。
一体どうしたらいいんだ…そうだサーニャたちはどうなんだろう?
「サーニャ、ちょっとこっち来てくれないカ?」
「どうしたのエイラ?」
なにやら少し機嫌が直ったらしいサーニャが私の前にぽつんと座る。
では失礼して…
サーニャの胸はとても暖かくてふかふかで、なんだかすごく落ち着く。
体中にサーニャの暖かさといいにおいが流れていって、大好きなサーニャと一つになったみたいだ。
サーニャの心臓はトクン…トクン…と小さく音を刻んでいたが、段々と音は速さを増し、より強く、
まるでサーニャの身体をもっとぽかぽかにしようとしているかのように高鳴る。
やっぱりサーニャの心臓の鼓動もとても速かった。
じゃあみんな心音が速いんだろう。
心音が速くなるのはどんなときだっけ、そんなことを考えていたら急に後ろから身体を引っ張られた。
「痛いナー。なにすんだヨ、ニパ?」
私を引っ張ったニパはさっきよりもさらに怒りを募らせた目で私を見ている。
「なぁイッル、どうして私の…私の胸には何もしないんだ!」
なぜだかニパが理不尽な理由で怒っている。
心音を聞かれたいなんて変わったやつだなぁ。
別に心音を聞くなんて手間ではないので私はニパの胸に耳を当てる。
ムニュムニュ。
なんだかニパの胸からは二人とは段違いの質量と抵抗を感じた。
なんだろうこれは…すごく柔らかい。
私の耳には確かに幸せな感触が送られてくる。
ニパ…お前はツいてなくなんかないよ。二人よりも立派なものがついてるよ。
あまりにも幸せな感触で当初の目的を忘れていた。
色々な抵抗のせいでサーニャやエル姉よりは聞きづらいけど、ニパの心臓の鼓動もとても速かった。
確かに心音が速いのは3人に共通する事実みたいだ。
心臓が高鳴るのはどんなときだろう…訓練が終わった後はいつもより心音は速いけどこれは違うだろう。
じゃあどんなとき…?
サーニャの水浴びを覗いたときだ。
あの時には確かに私の心音は信じられないほど速くなっていた。
なら胸が高鳴るのはドキドキしたときだ。
つまりサーニャもエル姉もニパもドキドキしてるってコトなのか?
どうして?
「サーニャ、ニパ、エル姉?」
私は呼びかける。ここまで分かればきっと3人も怒らないだろう。
「なに…?」
「なんだよ?」
「どうかしましたか?」
帰ってくるのは三者三様の返事。
「なぁ、どうして3人はドキドキしてるんダ?」
これで全ては解決する。長い戦いだった。
私は今までの理不尽な怒りから解放される喜びを味わっていたんだ。
「バカ…。」
「そんなこと聞くんじゃなーい!!!」
「エイラさんは本当にダメな娘です!!私達はアナタがその理由に気付かないから怒ってるんです!!」
三人は確かに怒っていた。最初よりも確実に怒っていた。
進歩したはずなのに怒られるなんてヒドイ話だと思うだろ?
そして私は今日もヒシヒシと怒りを感じながら眠ることになったんだ。
あぁ、誰でもいいからこの理不尽な世の中から私を助けてくれ。
私にだって少しくらい幸せがあったっていいじゃないか。
そう考えながら私は3人に囲まれて眠りについた。
Fin.