juggler
とある日の気怠い午後。
台所には美緒、芳佳、イーネ、そしてペリーヌの四人が集まっていた。
それぞれ割烹着やエプロンを身に付けている。
今日の主役はペリーヌだ。
「少佐、今回は僭越ながらこのわたくしが、料理を伝授させていただきます」
「ガリア料理か。ガリア料理は見た目にも美しくソースが美味と聞くが」
「その通りですわ少佐! 流石は知識も豊富で、ガリア出身のわたくしとしては……」
「ペリーヌさん、良いから早く作りましょうよ。あんまり時間無いんだし」
「み、宮藤さんにその様な事を言われるすじ……」
「ペリーヌ、すまん。私も早く料理が作りたい。手短に頼む」
「は、はい! 分かりましたわ少佐! 今すぐに! 宮藤さんリーネさん、冷蔵庫から食材の入ったボウルをお出しなさい」
芳佳とリーネはペリーヌの指示に従い、冷蔵庫に予め保管してあった幾つもの具材を調理台の上に並べていった。
誰にも言ってないが、美緒の為にと、手の掛かりそうな食材は全て、ペリーヌが徹夜で下ごしらえしていた。
ペリーヌ自身、実は料理など殆ど作った事が無い(かつては専属の料理人に作らせていた)のだが、
美緒の為にと、全く慣れない手つきで通常の三倍以上の時間を掛け、造り上げた自慢の一品である。
またペリーヌは常に左手を隠していた。指に巻かれた2つの包帯を見せたくない為である。
「今回はサラダを作ります。ガリア風のサラダと申しましても、リヨン風、ニース風、南部風、地中海風……
様々な種類がありまして、また我がガリアに誇る宮廷料理をはじめとして各地方の家庭料理など、様々な……」
「ペリーヌ……すまん、作り方を」
「は、はい! 申し訳ありません、つい説明が長くなってしまいました。宮藤さん、リーネさん。
ここにある具材と、皿を並べてくださる?」
「あ、はい」
「こんな感じですか?」
適当に皿を調理台の上に並べていくリーネと芳佳。
「……センスのカケラも無いですわね。まあ盛りつけですから良いですが」
右手で髪をさっとかきあげると、ペリーヌは幾つかのボウルに作られた食材を見せ、言った。
「今回は火も水も使わない、“安全”な料理でしてよ?」
ちらりと芳佳を見る。先日の扶桑料理の様な悪臭と煙は出さない、と言う皮肉の現れだろうか。
「ガリアでも基本的な、マセドワーヌを作ります。3~4cm角に切った野菜を盛りつけ、
お好きなソースと混ぜ合わせて出来上がりですわ。このマセドワーヌとは、語源をマケ……」
「賽の目に切ってあるんだね、リーネちゃん」
「細かいね、芳佳ちゃん」
「ちょっとそこ、勝手に触れないでくださいまし!」
説明そっちのけで食材を観察する芳佳とリーネを怒鳴りつけるペリーヌ。
「なるほど。これを盛りつければ良いんだな?」
「その通りです、少佐! ささ、どうぞどうぞ」
美緒の前に一枚、すっと皿が差し出される。
「……うーむ」
何故か浮かない顔の美緒。手を顎にやり、何か納得が行かない様子だ。
「どうかなさいまして?」
「いや、盛りつけるのは良いんだが……私が盛りつけをしたところで、果たしてそれで私が料理を作った、と言えるのかどうか……」
「何を仰います! 盛りつけはその人のセンス、品格が問われる大変重要な部分でしてよ?少佐ならきっと、
その素晴らしいセンスで見る人を唸らせる様なまばゆいばかりのサラダが出来るに決まってますわ!
さあ、どうぞ! わたくしがついていますから!」
ずい、と具材のボウルと皿を寄せられ、苦笑いする美緒。
「まあ、そんな大仰に言われてもな。私なりに、やってみよう」
「私達もやってみようか、リーネちゃん」
「うん」
「ちょっとそこの二人! さっきから少佐を差し置いてなんて事を!」
「良いんだ、皆で楽しくやるのも良いじゃないかペリーヌ」
「は、はい。まあそうですわよね」
なんだかんだ言いながら、実は、美緒は芳佳とリーネの盛りつけを見てみたかったのだ。
美緒は内心思った。
(まさか盛り付けで……いや、そんな事は無い。とりあえず二人の盛り付けを見て、参考に……)
「少佐? 宮藤さんとリーネさんに何か?」
「いや、何でもない。どう盛り付けるか、考えていたんだ」
「それは少佐のお好きな様にして下さい。他人のなんて参考になりませんわ。自分だけの素敵な……」
(私自身が参考にならないから困ってるんだ、ペリーヌ)
美緒は内心冷や汗で震えていた。
そんな緊張状態にある美緒を知ってか知らずか、芳佳とリーネは皿に洗ったレタスをちぎり、
その上に適当に具材を載せ、まぶしていく。
「この緑色の……きゅうりかな?」
「私、トマト多めがいいかな」
お好みの食材を取っては、盛り付けていく。
「……少佐、野菜はお嫌いですか?」
ペリーヌが美緒の横で心配そうに声を掛ける。
「え? いや、そんな事は無いが、どうした急に?」
「少佐、野菜を前に顔色が宜しくなくて……わたくしともあろうものが、最初に少佐のお好みを聞いておくべきでしたわ。
申し訳ございません!」
何もしていないのに平謝りされても困る、と美緒は心の中で悲鳴を上げた。
「ち、違うぞペリーヌ。今色々考えていたんだ。お前の心配は全くの杞憂だ。案ずるな」
美緒はペリーヌを落ち着かせようと、とりあえず手を動かす。
横にあるレタスを株からぶちぶちともぎり取り、皿にどんと投げ入れ……考えれば考える程、どうして良いか分からなくなる。
手近にある具材から順に、どさどさと大雑把に載せていく。
皿の上にまさに具材が山盛りになったところで、右手の近くにあったソースを何種類かぶちまけた。
「こ、これでどうだ?」
「……」
一同は固まった。食材を積層状に積み上げただけで、小山が出来ていた。センスの問題以前に食べにくい。
しかもソースを複数ごちゃ混ぜで掛けてしまったので、混濁してしまって味が謎になってしまう。
皿に致命的な事に、美緒が力任せにもぎり取ったレタスはまだ洗う前、泥がついた状態のものだった。
勿論綺麗に洗ったレタスも用意されていたが、芳佳とリーネが使っていたので、美緒は思わず手近に転がっていた
未洗浄のレタスの玉に手を伸ばしたのだ。
「しょ、少佐……お見事ですわ!」
とりあえず賞賛してみるペリーヌ。
「そ、そうか? 本当にそうか?」
自分が信じられないのか、挙動不審に陥る美緒。
「え、ええ! 勿論ですとも! わたくしが言うのですから間違いありませんわ! ねえ、宮藤さん、リーネさん?」
「あの、坂本さん……」
「少佐……レタス、洗いました?」
「ん?」
「う、上だけ食べれば、問題有りません事よ?」
ペリーヌが必死のフォローを入れる。
「よし、では早速試食と行くか」
美緒はフォークとスプーンを手に、自分が作った“サラダ”に手を伸ばした。
「どうしてサラダでこんな目に!」
ストレッチャーの上で悶え苦しむ美緒はミーナに付き添われ、そのまま医務室に搬入された。
やがて医務室からひとり出てきたミーナは、しゅんとしょげかえるペリーヌを前に、落ち着いた、しかし冷徹な声で問うた。
「ペリーヌさん。坂本少佐に何を?」
「サラダを……ガリアの一般的なサラダを……」
「サラダ……それで坂本少佐が、医務室に?」
「申し訳ありません。……わたくしの責任です」
涙するペリーヌ。
思わず溜め息が出るミーナ。天井を見上げる。
ミーナは、それ以上ペリーヌを責める気にはなれなかった。
美緒には“前科”が有る。
そしてペリーヌは、彼女なりにベストを尽くしたのだ。台所の状態、昨夜ずっと奮闘していた彼女を見れば、理解出来る事だった。
「まあ、仕方ないわ……。残りの具材は、今晩の食事でみんなで食べましょう」
「はい」
ミーナは涙にくれるペリーヌの肩をそっと抱き、台所へと戻った。
「へえ、このサラダ細かいね」
「細かく切る事で食べやすくなり、ソースで好みの味に出来るとはなかなか合理的だな」
エーリカはサラダの細かさに感心し、トゥルーデはその合理性に感心した。
「うえー、あたしもっとトマト多い方がいい~」
「ちゃんと食べないと大きくなれないぞ? ほら」
だだをこねるルッキーニ、それをあやすシャーリー。まるで親子の会話だ。
「しかし細かいなあ。もっとざっくり豪快に行ってもいいんじゃない?」
豪快な料理を得意とするシャーリーらしい感想だ。
「サーニャの好きなのはどれダ? 取り分けてやるからナ?」
「……ありがとう」
めいめいがボウルから具材を好き勝手に盛り付け、ソースで味付けしていく。
美緒を“医務室送り”にしてしまった罪悪感からか、いつもの元気で仕切り屋的なペリーヌは見られなかった。
テーブルの隅でひとりしょげかえり、どよんとしたオーラを漂わせている。
「リーネちゃん、美味しいね」
「芳佳ちゃんのも美味しいよ。今度、また一緒に作ろう?」
芳佳とリーネは相変わらずだった。リーネの笑顔が、ひときわ明るく映った。
end