幸せの方程式と導かれる解答
答えを見つけたいんだ。
私は答えを探している。
定数は私。
未知数は誰?
誰が未知数なら幸せになれるの?
誰となら一番幸せになれるの?
それが私の方程式。
幸せの方程式。
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唇が重なり合う。
一体なにが起こっているんだ?
頭が全く働かない。
時も止まったみたいにゆっくりと流れている。
これは現実なのか?
でも、唇に伝わる感触だけはやけにリアルで、‘それ’が現実であることを強く主張していた。
私の唇に触れるニパの‘それ’は柔らかくて、そしてやたらと熱くて、私の胸を激しく焦がしていく。
私とニパとの決して短くはない相棒としての生活で、私の胸に育まれたのは友情なのか、それとも恋慕の情なのかは今の私には分からない。
しかし、私の心を激しく揺さぶったことは、ニパから与えられた‘それ’を決して不快とは思っていない、それどころか高鳴りさえ見せる私の心自身であった。
ニパの示した行為の意味は分かる。
私だってそこまでは鈍くはない。
それが意味するのは、ニパが並々ならぬ思いを秘めているということであろう。
しかも、ほかでもない私に対してそのベクトルは向いているということだ。
「ニッカさん!抜け駆けはよくありませんよ!それにエイラさんの初めてが…初めてが…。」
「ごめんな、エル姉。でも、私はあれ以上我慢できなかった…バカなイッルに現実を突きつけてやりたかったんだ!」
ニパとエル姉がやりとりを交わす。
あぁ、やはりそういうことなのか?
これがサーニャとエル姉、そしてニパの共通項なのか?
なら、3人とも私を…私を…。
「…エイラ?」
サーニャが私の腕を引っ張りながら呼びかけてくる。
サーニャ…つまりサーニャも私のこと…?
「なっ、なんだよサ…」
私の返答は途中で遮られた。
声を発することができない。
私の目には真っ赤なサーニャの顔しか映らない。
頭は沸騰しそうだし、胸だってガンガンと高鳴る。
なのに伝わる感触だけは決して鈍らない。
おとなしくて引っ込み思案…そんなサーニャが強く押し付けるように私の唇を貪る。
その与えられる衝撃だけが私に残された全てで、サーニャの‘それ’が私から離れると私の頭はすっかり混濁しきっていた。
「私も…。」
聞き取れなかったのか、それとも初めからなにも言っていないのか、それ以上は私の頭には入ってこず、朱に染まったサーニャの頬だけがやたらと目についた。
「エイラさん?」
呼びかける声は間違いなくエル姉のもので、これからなにをされるかだってもちろん理解はしていた。
けれども、それに抗うことなど私には出来はしない。
もしも自らの意志を潜り込ませたならば、それが意味するのは選択であり、弱くて脆い私の心ではそんなことには耐えきれそうもなかった。
エル姉から与えられた‘それ’は軽く、そして柔らかく、私の意識をどこまでも堕としていく。
時折歯茎をなぞるエル姉の舌の感触だけが私を引き起こし、エル姉がなんだか大人っぽく見える。
お互いに息が続かなくなり、エル姉の‘それ’が離された。
「頑張ってくださいね。」
エル姉から与えられた言葉が意味するのは私の返答であろうか。
当事者でありながら一歩引いたその姿勢はなんだかとてもエル姉らしく思えた。
あぁ、もうそろそろ私も限界だ。
すっかり頭にのぼった血と、肺の酸素を使い果たした苦しみを、多分しばらく逃げたかったのであろう私の心が後押しして私は意識を手放した。
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重い瞼を無理やり持ち上げると、エル姉と目があった。
「おはようございます。寝坊ですよ?」
どうやら私が今枕にしているものはエル姉のももであるらしく、俗に言う膝枕という状態であった。
「エイラ…。」
「イッル!」
声が重なる。
2人はそれぞれ私の腕に抱きついていた。
目覚めたら全部夢でしたなんていう都合の良いことは起こりなどしてくれず、私を見つめる3人の頬はやはり赤い。
「のぼせたらしいですよ?」
エル姉がそう伝える。
あぁ、私が倒れたことか。
「なにがあったか覚えてますか?」
覚えてなかったならばどんなに幸せだったであろうか。
しかし私の記憶にはしっかりと伝わったものが刻まれている。
「私はエイラさんのことが好きですよ。それはもちろん家族としてもですが、
やはり一人の人間としてのアナタが好きです。私はノーマルだったはずなんですが、なんだかすっかりエイラさんに変えられてしまって…。」
エル姉から伝えられる。
分かってはいたものの、しっかりとした言葉をとられるとやはり胸に響く。
「私だってイッルが好きだ!いつだって私たちは一緒にやってきたじゃないか。
私はお前とこれからも歩いていきたいし、お前の背中も私が守りたい。誰にもお前のことを渡したくないんだ!」
ニパの言葉は真っ直ぐで、どうしようもないほど真っ直ぐで、深く心に突き刺さる。
私は…、私は…
「私はエイラのことが好き。いつだって私のことを一番に考えて自分のことなんてすっかり忘れてしまうエイラが好き。
どんなときだって私を受け止めてくれるエイラが好き。エイラにずっと見ていてほしいの。
エイラのこともずっと見ていたいの。いつだってそばにいてほしいの。私だってエイラの力になりたい。」
サーニャ…。
口数の少ないサーニャがこんなに思いを伝えてくれる。
真剣に真剣に思ってくれているんだろう。
「エイラさん!」
「イッル!」
「エイラ!」
私だって真剣にならなければいけないだろう。
真剣に答えを出さなければいけないんだ。
私は一体誰が好きなんだ?
エル姉?ニパ?サーニャ?
私はエル姉が好きだ。
それこそ隊に入ってからずっと好きだった。
寂しいときだって、悲しいときだって、辛いときだって、嬉しいときだって、幸せなときだって、いつだってエル姉がそばにいてくれた。
普段は全然頼りないのに、私が本当に困っているときには必死になって私を助けてくれた。
エル姉の意外と大きな背中がとても頼もしくて、そして大好きだった。
エル姉への思いは少しずつ、少しずつ積もっていって、私の胸にかけがえのないものを築いていったんだ。
私はニパが好きだ。
いつだって喧嘩ばかりしていたし、ニパにエル姉がとられてしまうんじゃないかと不安になったことだってある。
でも、私たちはかけがえのないパートナーだった。
ニパはすぐにトラブルや被弾で墜ちてしまうくせに、なんだかすごく頼もしくて、ニパを背中越しに感じるだけでどんなに絶望的な状況だってなんとかなるように思えた。
私たちが2人揃ったらできないことなんてなんにもない。
私たちは最高の関係だって信じていた。
いつからか、そんなニパはしっかりと私の心に居座って、決して捨てられないほど大きな存在になっていたんだ。
私はサーニャが好きだ。
初めて会ったとき、私は世の中にこんな可愛い人間がいるものなのかとびっくりしたものだった。
それにサーニャに惹かれたのは見た目だけじゃない。
毎日、眠たい目をこすりながら大変な夜間哨戒をこなしながら文句の一つも言わずに、みんなを守れることが嬉しいとサーニャは微笑む。
本当は戦争なんてしたくない。
でも、大好きな音楽だって我慢して、自分が戦わなくては他の人が苦しむことに
なるから戦うサーニャの優しさに、私は惹かれていったんだ。
いつだって私はサーニャを守りたい。
サーニャの守りたい世界を守りたかったんだ。
いつかサーニャがなんの心配もなくピアノを弾ける世界を私は作りたい。
そして、ずっとその隣にいたいんだ。
「エイラ?」
「エイラさん?」
「イッル?」
私に答えを求める3人の声。
「誰を選ぶの?」
「誰を選ぶんですか?」
「誰を選ぶんだ?」
何回も何回も考えて、私は答えにたどり着いたんだ。
「答えなんてだせるわけないじゃないカー!!!!!!」
3人から視線が刺さる。
「私は皆好きなんダ!!嫌いだったら悩むもんカ!!私は誰かを選ぶなんて出来ナイ!!
だってサーニャもニパもエル姉も好きなんダ!大好きなんダ!!私は誰かを選ぶぐらいなら全員に嫌われる方を選ぶヨ!!」
誰かを選ぶってことは誰かを捨てるってことだ。
それなら私は迷わず自分を捨てる。
サーニャにもニパにもエル姉にも嫌われたって仕方ない。
だって自分が言っていることは全員選ぶのとおんなじことだ。
そんなに汚い私のことを好きにさせてしまった…騙した私が悪いんだ。
ぶん殴られる覚悟だってできている。
さぁ、私を思い切り罵ればいい!!
「イッルのバカ!」
「エイラのバカ!」
「エイラさんの大バカ!」
大好きな3人に罵られるのは胸に堪えるけど、弱い私が悪いんだ…。
「嫌いになれるならとっくに嫌いになってるよ!!」
「最初から私はそんなダメな人だとしって好きになったんだよ?」
「エイラさんのこと嫌いになれる分けないじゃないですかー!」
あれ…なんだか涙が零れてきたよ。
「私はずっと誰かを選べないかもしれないゾ?それでもいいのカ!?」
言葉を絞り出す。
「「「それなら今から延長戦ってことで!!!」」」
えっ…!?
「もう許してくれヨー!!」
そういって叫ぶ私の頬は、なんだか緩んでいた。
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幸せの方程式。
定数は私。
未知数は誰?
私の当てはめた未知数はサーニャ+ニパ+エル姉。
出てきた答えが正しいのかはきっとずっと分からない。
でも、今、私は幸せだってことは確かだ。
幸せの方程式。
あなたならなにを当てはめる?
Fin.