waiting
トゥルーデは午後の訓練を終えると、シャワーを浴びて汗を流し、
台所で少し飲み物を口にした後、部屋に戻る。
その後訓練内容の記録、前回の戦闘記録の参照、今後のネウロイへの対処法など……
書類や書物を前に、頭の体操を始める。
規律正しいカールスラント軍人らしく、背筋も伸び、寸分の狂いもない。
時折メモや報告に使うカールスラント製の万年筆が手と紙に馴染み、すらすらと文字を描いていく。
やがて報告書も書き終わり、ひとつ伸びをする。
普段と変わらぬ、いつもと同じ行為。
普段と違う事と言えば、明日で1年の終わり。明後日が新年と言う事か。トゥルーデは思いを巡らせる。
そう言えば……。
カールスラントを始め欧州では一般的にはクリスマスから新年に掛けてゆっくり家族で祝い過ごすが、
少佐や芳佳の居る扶桑では少々勝手が違うらしい。新年、特に最初の1日目に重きを置くのだそうだ。
今日もその新年祝いの準備とやらで、少佐と芳佳は扶桑から持ち込んだ粘度の高い米を炊き、
それを攪拌、押し固める道具を何処から調達したのか用意し……、その道具を器用に使い、
よいしょ、ほいしょと、何かを……餅というものらしい……を作っていた。
餅作りに使うのは木で出来た道具だが、試しにやってみろと言われ持ってみたが意外と重かった。
ペリーヌなど、少佐に教えられてかなり腰が抜けていたが大丈夫だったのか。
それにしても、流石芳佳はあの餅の扱いにも慣れている。この前ルッキーニの祝いでも何か作っていた。
扶桑では、あの餅を丸く飾り立て、新年の祝いのものとして飾るのだそうだ。
面白い習慣だ。何でも扶桑の神様に関わる神聖な行事らしい。
その前には、「扶桑の年越し蕎麦だ」と言って歯応えのある灰色のヌードルを生地から作っていた。
何でも、新年の前日に茹でて食べるとラッキーになれるらしい。色々と面白い国だ。
あの時、少佐は珍しく芳佳と一緒になって楽しんでおられたな、と思い返す。
まあ結局、我が501は異文化交流と言いながら、雑多な行事やら食べ物やらが並び、
楽しく賑やかに過ごすのだろう、とトゥルーデは感想をまとめた。
書類を整理し終わり、ふう、と息をつき、窓の外を眺める。
ここからは見えないが……今、昼間哨戒シフトでエーリカが付近の海域を飛んでいる筈だ。
早く戻って来ないものか。
肘を付き、考える。考えの対象は、勿論エーリカ。
無事に飛んでいるだろうか。ネウロイとの交戦は……出現パターンからすれば無い筈だが……
有っても無事に帰ってくるだろうか。
単なる“仲間”だった頃は単純な戦友としての意識でしか彼女を見ていなかったが、
こうしてお揃いの指輪までして、ふたり一緒に過ごしていると、
どうしてもそれだけでは済まない、微妙な感情も湧いてくる。
心配性。
そうエーリカや、あの堅物に言われもした。
だが、大切なひとの身を案じるのは当たり前の事だ。
空で何か有ったら、すぐに私がストライカーを履いて彼女を守る。
軍で何か言われたら、私が上に掛け合い、彼女を“護る”。
こう考えるとエーリカをまもってばかりだが、実際のところ、こころの面では
彼女に支えられている部分……振り回されている部分も多分に有る……が多い。
不思議なものだ。
手を見る。
指に煌めく指輪の輝きは決して色褪せる事なく、ふたりのこころの結びつきを確認させてくれる。
勿論、極論すれば、これはただの金属の塊だ。
だが大切な写真やぬいぐるみと同じく、それを単純に「印刷した紙だ」とか「色の違う布きれの集合体だ」と
言って片付けるには無理がある。
写真もぬいぐるみも、そしてこの指輪も、それを持つ人々に対して様々な情念を呼び起こすから大切なのであって、
物理的な組成など、この際どうでも良い事だ。
ぼんやりとそんな事を考えながら、トゥルーデは指輪をそっと撫で……愛しの人の帰りを待つ。
やがて時間きっかりになり、滑走路の周囲が慌ただしくなった。
いつもの事だ。エーリカが哨戒から帰還し、ストライカーのエンジン音が微かに聞こえる。
本当ならハンガーに飛び出して行って彼女を抱きしめたい。
でも流石にそう言う事をするのもどうかと思い悩み……トゥルーデはひとり部屋で悶々と待たされる。
そう言うときに限って、エーリカの帰りが遅かったりする。
報告をしたり申し送りをしたり、身を整えたりと、帰還後もやる事は多い。
それは分かっている。
でも、今日は少し遅いのではないか。
トゥルーデは軽い不安を覚えた。
ネウロイとの戦いで動じた事は殆ど無いが……、日常の、エーリカの事となると別だ。
これだから……と他の隊員にはしょっちゅうからかわれるが、仕方ない。
少々のあせり、焦がれる気持ち、軽い怒りが複雑に混じり合い、トゥルーデに重くのしかかる。
「やっほ~、ただいま~」
ドアが勢い良く開き、エーリカが入ってきた。
それまでに感じていた色々な気分は全て吹き飛ばされ……少々残るものもあったが……
「お帰り」
トゥルーデは何事も無かったかの様に振るまい、エーリカの手を取った。
エーリカは何やら色々入ったかごを脇にどさりと置くと、トゥルーデを抱きしめ、唇を求めた。
素直に応じ、気持ちを確かめる。
またそうする事により、無事なる帰還と、ふたりの距離をゼロに戻す意味合いもあった。
「ごめんね、待たせちゃって」
「ああ。かなり待ったぞ。いつもより十二分遅かった」
「いや~時間きっかり計ってるんだねトゥルーデ。ケーキがうまく焼けるよ」
「なんだそれは?」
意味不明な答えを聞いて出鼻をくじかれる。
「さ、トゥルーデ。行こう。もうすぐ夕食だよ」
エーリカはトゥルーデの手を取り、軽やかに立ち上がった。
いつもの事。
いつ何が起こるか分からない。
だからこそ、いつもと同じである事の嬉しさを感じる。
「トゥルーデどうしたの? 力つよいよ?」
エーリカが不思議そうに振り返る。
「いや、何でもない。行こう」
トゥルーデとエーリカは二人並び……恋人つなぎをして……食堂へと向かった。
end