第10手 ハグ・通常


時は1944年。ガリアを解放することに成功した連合国第501統合戦闘航空団はその任務をもって解散。
わたし、エイラ・イルマタル・ユーティライネンもスオムスに戻ることになった。
となりには、スオムス転属になったサーニャ・V・リトヴャクがいる。501にいる間、ずっと一緒だったわたしたちはこれからも一緒にいられるのだ。
みんなとの別れは寂しいものだった。リネット・ビショップなんか大泣きしていたし、あの、堅物ゲルトルート・バルクホルンまで涙ぐんでいた。
だから、わたしは本当に幸運だと思う。一番大切な彼女と別れなくてよかったのだから。

「いや~、訓練の後サウナに入ってから水浴びするのは気持ちいいナ。」
「そうだね。」

わたしとサーニャはスオムスの湖にいた。滅多に、というかわたしたちウィッチしか人は来ないだろう秘境。
ふたりで水に浸りながらのんびりするのは501のころからの日課みたいなものだった。

「…ねぇ、エイラ。みんなどうしてるかな。」サーニャがぽつりとつぶやくように言う。
「みんなって501のか。まぁ、アイツらなら元気でやってるダロ、きっと。」たまに届く手紙からは問題があるような様子はうかがえなかったし、悪いニュースも聞かない。
「うん、そうだよね…。」そういってサーニャは膝を抱えた。

寂しいのだろう。宮藤芳佳のおかげでせっかく隊のみんなとも仲良くなれたというのに、そのあとすぐに解散となってしまった。

「芳佳ちゃんとかともっとお話したかったな。」そのセリフは解散が決まってから何度も聞いたよ。

正直、宮藤にはかるく嫉妬を覚える。

アイツも大事な仲間だというのは当然なのだが、わたしと一緒では叶わなかったサーニャの「みんなと仲良くなりたい」という願いはアイツが叶えたようなもんだから。
それに、サーニャは宮藤のことをとても慕っているし。手紙にしても、宮藤からのを一番楽しみにしているような節がある。

だから、わたしは「…そうダナ。」とぶっきらぼうに答えることしかできなかった。

「エイラは寂しくないの?」

それはない。寂しかったに決まってるじゃないか。本当は解散の日、リーネと同じくらいわんわん泣きたかったぐらいだ。

でも、そうしなかったのは君がとなりで必至に涙を堪えているのがわかったから。

宮藤やリーネ、意外と仲が良かったエーリカ・ハルトマンと手紙を書く約束をして「また会おうね。」と話しているの見て、泣いてる場合じゃないと思ったんだ。だから、み

んなの胸を触ろうとしたりして最後までふざけて、みんなを、君を笑わせようとしたんだよ。

「んー、強いていうならもっと胸を堪能すれば良かったカナ、と。」リーネとかシャーリーとか…とおどけて答える。
「…ほんとにエイラって女の子を触るの好きだよね。わたしには何もしないけど…。」どうせ私は胸ないもん、とすねた声で言うサーニャ。

…おっと雲行きが怪しくなってきたゾ。

「いや、そんなに好きってわけじゃ、いや好きだけど、そもそもサーニャに何もしないのは別にサーニャに胸がないとかそんなのは関係なくて…」

やばい、我ながら苦しい言い訳だ。胸の話なんてするんじゃなかった。
サーニャは自分に胸の大きさを気にしているようで、よく「もっと大きければいいのに…」とか言う。
14才という年齢を考えれば、サーニャのそれは別に普通だし、確実に成長しているのは確かなんだけどなぁ。
サーニャの胸関してはオーソリティのわたしが言うんだから間違いない。

あ、そっぽを向いてしまった。もうどうすっかナァ。

「…えいっ。」「うわっぷ。」

いきなり顔に冷たい水が浴びせかけられた。
目の前のサーニャはしてやったりというニコニコ笑顔だ。…演技だったのか。

「コノー。」わたしもサーニャに水をかけ返す。

きゃっとか言っちゃってかわいいナーもう。とか、思ってたらまた顔面に水が直撃。鼻に水が入って、ツーンとする…。
もう、許さないゾー。さっきよりも盛大に水を浴びせる。数回そんな水のかけ合いの応酬をしたあと、わたしたちは笑いあった。

「エ~イラ!」

突然だった。サーニャがわたしに抱きついてきた。さっきも確認したけどここは湖だ。で、水浴びしてんだよ、わたしたち。

つまり、わたしもサーニャも一糸纏わぬ状態。

ていうか本当に突然過ぎるだろ一体どうしたんだサーニャ何してんだサーニャかわいいサーニャやわらかいサーニャ…もうナニが何だかわからないよ。

「さ、さーにゃ!?」とりあえず開いた口から出てきたのは情けない、慌てた声だった。

「わたしね」サーニャの声が耳元でする。「501のメンバーで本当によかった。仲間の大事さを知ることができたから。」
そう言った後、顔を話してわたしの顔を見ながら続ける。「それに、エイラに出会えたから。仲間は大事だけど、一番大切なのはエイラだよ。」

だから、これからもよろしくね。

その笑顔を見ながら思う。サーニャは強くなった。初めて会ったときのすぐに壊れてしまいそうな儚い印象はだいぶ薄れ、よく笑うようになった。

彼女を変えたのは。わたしか、宮藤か。

そんなのはどうでもいいじゃないか。どっちにしたって彼女が笑っているという事実は変わらない。それに、一番大切だって言ってくれた。それで十分だ。
「もー、ナニ恥ずかしいこと言ってんダヨ…。」と言ってその髪をなでてやった。





「…お前ら何やってんだ。」急に聴き慣れた不機嫌な声がした。
そちらを見るとそこにはニパことニッカ・エドワーディン・カタヤイネンが立っていた。どうやら彼女も訓練を終えて水浴びに来たらしい。

「まぁ、なんだ。スキンシップってやつダヨ。」
「へー、ブリタニアだかオラーシャだかには裸同士で抱き合うようなスキンシップがあるのかよ。」

なにいらついてんだコイツ。また訓練で事故ったか。

「うらやましいんですか、カタヤイネン曹長。」
「な、なに言ってんだ、リトヴャク!」

あ~、始まったよ。サーニャはなぜかニパに対しては強気だ。
かと言って、仲が悪いわけではなく、二人してわたしを困らせるような状況をつくりだしてくれちゃったりする。
なんにせよ、こうやって誰かと言い争いするサーニャというのは、501では見られなかった。これも彼女の成長の結果なのだと思うことにしておこう。

わたしは、悲しい過去を持つサーニャに元気を与えるため彼女の側にいることを決めた。
今では彼女の周りにはわたし以外の人も大勢いて、みんなサーニャの味方だ。そんな人たちに囲まれてサーニャは成長している。
もう、わたしはいらないのかもしれないとも思ったりするときもある。

でも、サーニャはわたしが一番大切だと言ってくれた。

だから、わたしもサーニャを大切にして、これからもずっと守っていこう。そう心に決めた。

「エイラ、どうしたの。」
何も話さなくなったわたしを不自然に思ったのかサーニャが声をかけてきた。
2人はいつの間にか言い争いをやめてわたしのほうを見ていた。

「いや、サーニャも成長してるナァ、と思って。」

一瞬の沈黙。

そしてサーニャは顔を赤くし、ニパは怒りだした。

「イッルはそんなとこしか見てないのか!このドスケベ!」

なにを言ってんだ。墜ち過ぎて頭おかしくなったか。
しかし、サーニャも変だ。なんか自分の胸をやたら見てる…。ってまさか。

「ち、違うゾ!成長てのはやらしい意味じゃなくて」

あぁ、もうどうしてこうなるかな。わたしってこんな役回りだっけ。
ついた溜息は心のなか。口からは本日2度目の必至の弁明。
ふとサーニャの顔を見ると、彼女は笑っていた。まぁ、サーニャが笑ってるならいいや。彼女の笑顔がわたしにとって一番大切なものだから。


『ストライクウィッチーズでシチュ題四十八手』応募作品

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