第13手 お姫様抱っこ


国境沿いを哨戒していると、エンジンが異音を発し、ストライカーから煙があがる。
あぁ、またいつものアレだ。
保っていた高度はみるみると下がっていき、私はできるだけ重力に逆らうようにストライカーへと魔力を込めた。
しかし、もうすっかりと使い物にならなくなったストライカーにいくら魔力を流し込んでも、
骨折り損のくたびれもうけで、それはまるで穴のあいたバケツに水を流し込むような行為であった。
仕方ない。私はもう、とうに慣れた行動をとる。
できるだけストライカーに魔力を送って重力加速度に逆らい、地面にむかってできるだけ強固な障壁を張った。
これだけやっていれば相当運の悪い場合を除けば死ぬことはない。
それはつまり、私が死んでいない以上、死ぬことはないということであろう。
そのような慣れのためであろうか、刻々と近づく地面に対し、私は冷静以外のなにものでもなかった。

ドスンと激しい落下音が私を中心に巻き起こり、身体に鈍痛がはしる。
衝撃は身体を巡り、血管を破裂させていく。
それでも私はそんなことは慣れっこで、魔力を解放して傷を埋める。
痛みはみるみるとひいていき、すっかりと身体は元通りに回復した。
そう、身体はだ。
人体にはしっかりと自己回復機能が備わっているが、
私の両足を包み込んだこの無機物には、そのような機能が備わっているわけもなく、ただの足枷と化していた。
あぁ、これでは飛行どころか脱ぐことさえできやしない。
しかたない…救援を頼むか。
インカムを繋げようと試みるが、それは、落下の衝撃のためか、はたまた不幸のためかザーザーと壊れた機械特有の異音を奏でていた。
自らの身体が強固なのか機械が脆いのか…

しかし自らの身体の強靭さを喜んでいる場合ではない。
身動きがとれず、おまけに、ここは偶然に誰かが通るような場所ではないのだ。
ネウロイの方が幾分か多く通るであろうそのような場所では、救助の可能性は限りなく低い。
そろそろ年貢の納め時というやつであろうか…まぁ悪運も随分と続いたと喜ぶべきであるのかもしれない。

墜落から十分ほど経ってもネウロイの編隊どころか陸戦ネウロイの一体も現れはしない。
てっきり衝突音に誘われて襲い掛かってくるものと思われたがどうやらそうではないらしい。
ネウロイがでないだけまだ悪運は続いているのかもしれないな。
スオムスの寒い冬には流石にネウロイも堪えるようで、この時期は随分と戦闘も億劫だったことを思い出す。
ひょっとしたらそろそろ救助が来るまでもつかもしれないな。

「ニパー!!いるかぁー!!いたら返事シロー!!」

耳に入ってきた声はよく知っているアイツのもので、しかしそれはあまりにも早すぎるものであった。
墜落してすぐに出発したとしても間に合うものではない。

「イッルーー!!ここだぁ~!!」

押し出した声は寒さのためか、もしかしたら恐怖の為だったかもしれないが、少し震えていたが、胸には確かな安堵の情がこもっていた。

「おう、生きてるカ?」

イッルの緊張感の無い声が耳に響いて、それだけで何故か胸が熱くなった。
にやりと笑うその顔を見るだけで、私はなにが起こってももう大丈夫だと感じるのだ。

「随分と早いじゃないか。なんで分かったんだ?」

それはあまりにも当たり前の疑問だからこそやはり不可思議で仕方がなかった。
イッルのニヤリとした笑みが更に一段と増して、得意気な顔を見せる。

「なんとなくナ。お前が消えちゃうような気がしたから思わず追っかけたら案の定でサ。」

バカじゃないのかコイツ。いくら未来予知の能力を持ってるからって確信もないのにストライカーの手続きまでして…
でも、それがどんなにか嬉しくて、ポロリと涙が溢れた。

見つけてくれてありがとう。心配してくれてありがとう。

言いたいことはたくさんあったけれども喉から声が出なくて、心配そうに覗き込むイッルの肩に頭をもたれかけた。

「ほら、帰ろウ。なんか暖かいもの食おうヨ。」

でも、私のストライカーはすっかりと役立たずになっていて動くことはできなかった。

「なんだ?完全におしゃかになっちまってるのカ?しかたねーナ。」

めんどくさそうにイッルはそう呟くと、私の背中と膝に手を回すとひょいっと持ち上げた。
ぐらりと視界が揺れて、目線が高くなる。
いきなりの出来事に、吃驚してしまい、私はギュッとイッルの胸元に顔を寄せた。

「ン?怖かったカ?意外と可愛いなお前。」

頬に血流が巡るのが分かった。多分、今、私の顔は真っ赤になってるのだろう。
でもそれも、全て変なことを言うイッルが悪いのだ。

「バ、バカなことを言うなー!!は、恥ずかしいじゃないか!!」

それでも、実は嬉しかったけれども、なぜだか目じりには涙がたまった。
いきなりそんなことを言われたので、心臓も身体も全てが変なことになってしまったのだ。

「知ってるかニパ?この体勢さ、扶桑ではお姫様抱っこって言うんだゾ?よっ、お姫様、基地までエスコートさせていただきますヨ。」

ボッと再び顔に血が上って、頭がくらくらとして、もう倒れてしまうのではなかろうか。
からかわれているのに、なぜだか怒る気にもなれなくて、朱に染まっているであろう顔を隠す為にイッルの胸へと顔を埋めた。

「私は、お、お姫様なんて柄じゃない!!男みたいだって言われるし…。」

それでも悔しかったから胸の中でそう叫んでやった。
そう、私はお姫様なんて柄じゃないのだ。王子様にしてもカッコ悪すぎるけれども、
どちらかといえばそっちの部類で、王子様みたいな人に対する憧れなんて恥ずかしくてしまいこんでしまった。
あぁ、それでもどこかで王子様が来てくれるのではないかと信じていたのかもしれない…
そう、なぜだか胸が高鳴ったのはイッルがまるで話に聞く王子様みたいで、恥ずかしかったからなのだ。

「ニパはさ…自分で思ってるよりきっと、ずっと、か、可愛いヨ。
だ、だからさ、たまにはお姫様でもいいんだ!!わ、私がそれをバカにするようなヤツはぶん殴ってやるから…」

あぁ、もう、今日のお前はどうしたのか…。
私の顔をこれ以上赤くしたとしてもなにも出やしないのだ。
それでも、嬉しくないわけなんてなくって、それこそ顔から火がでそうだったけれども、更に深く顔を埋めた。

「あ、ありがと…イ、イッルもお、王子様みたいでカッコよかった…」

柄でもない。どう考えても柄でもないことを言ってしまって、また顔を赤く染めてしまう。
笑ってくれたならば、怒る事もできるのに、イッルの顔もまた真っ赤で、二人して熟れたリンゴみたいになってしまっているのだ。
あぁ、もう、私の頭はどうにかなってしまいそうです。
私は、これ以上は耐えられないとばかりに、襲ってくる疲れに身を任せて、イッルの胸の中で意識を手放した。

Fin.


『ストライクウィッチーズでシチュ題四十八手』応募作品

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