第3手 運命線重ねる
「赤い糸ってどうして見えないのに赤い糸なのかしら」
ことの後の甘くけだるい余韻に汗ばんだ坂本の腕の中で、ミーナがふと思い出したように言った。
緩やかな動きで坂本の腰にまわしていた自分腕を持ち上げて、小指をしげしげと眺める。
「どうしたんだ、急に」
「そんな事を、今日みんなが食堂で話していたから」
こうして戦争をしていても、みんな年頃の女の子だものね。楽しげにくすくすと笑う。
「お前だってそうだろう」
言うと、ああそういえば、といったふうに「それもそうよね」と返ってくる。
「運命の赤い糸だなんて、私には似合わないかしらと思って」
もし、この指と、あなたの指が繋がっていたらすてきでしょうね。
「見えないものは、さすがにわからないな」
ミーナの言う意図が読めなくて、坂本は少し困ったように言った。
「あら、ここは少し気のきいたことでも言ってくれてもいいんじゃないかしら?」
「生憎と歯の浮くような言い回しには縁がなくてな」
言って、坂本はふいにミーナの手をとった。
「そういえば、東洋には手相っていう占いがあるんだ」
指先でミーナの手のひらの上を示す。
「これが生命線、これが頭脳線、あと、確かこれが恋愛線、
それから…たぶんこれが運命線だ。
この線を見て、その人間の運命とか運勢とかが分かるらしい」
「それで、どうなの?」
「さあ。私にはさっぱりわからん。
ただ、生命線が長いから長生きすると言われたことがある」
「あなたらしいわね」
ミーナはふふ、と笑った。
「そう言うな」
坂本は、手のひらを重ね、指をからめてぎゅっと握った。
手のひらの上の二枚の運命縮図が重なる。
「こうなると、さしずめ私の運命はあなたの手の中といったところかしら」
「それなら、私のもそうだろう」
「なら、私たち運命共同体ね」
「もともと、そんなところだろ」
「そうよね」
「ねえ、美緒。あなたは運命を信じる?」
ミーナは、坂本の答えを待たずに言う。
「私は信じるわ。だってあなたと出会えて、こうしていられるのだから」
絡めた手に、ぎゅっと力がこもる。
「運命か」
重ねた手のひらの中に刻まれている、ふたりぶんの運命線を思う。
そこに記された意味が分からなくとも、赤い糸なんて見えなくとも、こうしてたまたま、いくつもの戦場を生き抜いてきて、同じ時にブリタニアへ派遣になって、そして惹かれて。
確かに運命の数奇とでも言うべきか。
「そうかもしれないな」
坂本はミーナの手を、きつく、握りかえした。
Fin.