rhythm red


トゥルーデは、風邪をひいた。
「カールスラント軍人たるもの、戦いの中で風邪など悠長にひいていられない」のだが……
身体が動かないのでは仕方がない。
今日も身体の中から巻き起こる灼熱に翻弄されながら、部屋のベッドでひとり、唸る。

水枕がぬるくなってきた。
発熱が多いと言う事は、それだけ身体が衰弱し水分やら栄養やら色々なものが消耗している証拠だ。
何とかしないととは思うが……出来て寝返りをうつくらい。これは正直しんどい。
はあ、と諦めの境地に近い溜め息がもれる。
トゥルーデが抜けた「穴」は大きく、隊のシフト編成にも大きく影を落とし、ミーナもいささか困惑していた。
いつぞやの時みたいに全員が一度に風邪をひく異常事態でないだけマシだが……
どうしたものかと、気を巡らせるトゥルーデ。
薬を多めに飲んでも仕方ない。逆に体調が悪くなる。
運動でもするか? 身体がろくに動かないのにどうやって。
何か食事でも取るか? ……周りに誰も居ないのに?
自らの境遇を、病院で過ごすクリスと重ね合わせてみる。
彼女もずっと、こんな感じでひとり、病室でたたかって来たのだろうか。
すまない。トゥルーデは誰も居ない部屋で呟いた。
私がしっかりしていないばかりに……。
とりとめのない考えや思いが頭を巡り、過ぎり……
トゥルーデは混沌の中へと堕ちていく。

「お。起きたねトゥルーデ」
聞き覚えの有る声。何故か安心する己を感じ、この声の主と会いたかったのだと遠回りに思考を巡らせる。
「ああ大丈夫、身体起こさなくて良いから」
手が伸び、トゥルーデを寝かしつける。
「なあ」
「ん? 何かして欲しい事有る?」
「顔を見せてくれないか」
「どうしたの」
声の主……エーリカが視界にひょこっと現れる。顔を巡らせ、いつもと変わらない彼女の姿を捉える。
心の奥に広がる安堵感。
「お前の顔が見たかった」
「私もだよ、トゥルーデ。哨戒シフトがやっと終わったからね」
「すまない。私がこんなザマで」
「風邪なんて誰でもひくって。前なんか、隊の全員がぐだーっとしてたじゃん」
「まあ、な」
エーリカはトゥルーデの頬に振れ、額に手をやった。
「うん、熱はだいぶ下がった」
「そうか。まだかなりだるいが」
「無理はダメだよ」
「でも、いつまでもこうしている訳にもいかんだろう」
「休む時は休むの。それも仕事のうち」
「うう……」
「って、ミーナと少佐が言ってたよ」
「そ、そうか」
「だから、ゆっくりして。エースだからって、風邪ひいちゃダメなんて規則無いよ」
「規則でなくても……」
「まあまあ、堅い事言わずに、楽にしなよ」
よれた毛布を直し、トゥルーデにそっとかけ直すエーリカ。
「すまない」
「まあ、この御礼は今度じっくり、たっぷりして貰うからね」
「たっぷり……なんか怖いな」
「そういえば、食欲はどう? 何か食べられそう?」
「汁物なら」
「分かった。ちょっと待っててね」
「待て。お前は作らなくて良い」
「……分かってるよ。『お前は料理を作るな』って前にサインさせたの誰よ」
エーリカはトゥルーデの頬に軽くキスをすると、部屋から出ていった。

嗚呼、とエーリカの後を追いたく、だらしなく手を伸ばすトゥルーデ。
指にはめた指輪の輝きも今日ばかりは鈍く見えた。
虚しいあがきだった。彼女の偽らざる気持ち。
(行かないで欲しい、すぐ帰って来てくれ)
その願いが通じたのか、エーリカは戻ってきた。
「ちょうど台所にミヤフジとリーネが居たから、頼んできたよ」
「何を?」
「食事。昼のシチューと蒸かしイモが有るから、それ温めてくれるって」
「そうか。後で二人にも礼を言わないとな」
「あの二人は万年食事当番みたいなもんだから大丈夫だよ」
「なんだかな」
エーリカはトゥルーデの頬をそっと撫でる。トゥルーデは弱々しくも、エーリカの手を取った。
「こんな事言うのも何だが」
首を傾げるエーリカに、トゥルーデは言った。
「さっきお前が出て行っただろ。何とも言えない寂しさだけが残って」
「トゥルーデってば」
「食事なんて良いんだ、エーリカ。お前が横に居てさえくれれば……食事なんて」
「風邪のせいか弱気だね、トゥルーデ」
「そんな事は、無い。ただ、横に居て欲しい。それだけで」
「大丈夫。ずっと居るよ」
トゥルーデの手を取り、自分の頬に当てるエーリカ。
温かい。
トゥルーデ自身の熱にもまれた肌とはまた違う、優しい温もりが伝わってくる。
エーリカの顔を見ていると、何故だか蓄積された疲労がうっすらと消えて行く気がする。
そんな気持ちは微笑みに変わり……いつしか、二人して笑っていた。
やがて、部屋のドアが控えめにノックされる。エーリカがどうぞと声を掛けると、トレーを持った芳佳とリーネが入ってきた。
「バルクホルンさん、具合の方は大丈夫ですか?」
リーネがトレーを横に置いて、顔を見る。
「すまんな、二人とも。心配を掛けて」
「風邪だから仕方ないですよ。いつもバルクホルンさんは頑張ってるんですから、これはきっとあれです、
身体を休めろと言う神様のお告げですよ」
「何だそれは。扶桑では、そう言う慰め方をするのか」
「扶桑には八百万の神様が居ますから。色々な言い伝えとか、話が有るんですよ」
「八百万……随分と多いんだな」
ぽつりと呟くトゥルーデ。
「ともかく、ゆっくりして下さいね。これ、お昼のシチューとおイモです。食べやすいように、
少し牛乳とスープストックで薄めてみました」
「イモは、そのままで食べにくかったら、適当に小さくしてシチューに入れて下さいね」
リーネと芳佳が食事の説明をする。
「ああ。カールスラント軍でもそう言う食べ方をする。その辺は大丈夫だ」
頷くトゥルーデ。
「では、何か有ったらまた言って下さいね」
「すまない」
「では、失礼しました」
二人はそっと部屋から出ていった。

「しかし、あの二人、仲が良いな」
「戦友って感じだよね。まあ、もっとそれ以上って感じもするけどね」
「あのなあ……」
「さ、せっかく二人が作ってくれたんだから、食べよう」
「ああ」
ゆっくりと身体を起こすトゥルーデ。
「イモはどうする?」
「砕き入れる」
「了解」
慣れた手つきで、イモをフォークで適当に潰し、シチューに砕き入れるエーリカ。
この「芋入りシチュー」はカールスラント軍の野戦食としてもお馴染みのもので、ふたりも501に来る以前はよく口にしていた。
スープ皿ひとつで済む手軽さと栄養バランスの配分が合理的で良いのだが、何度も続くと流石に飽きるきらいもあった。
だが、トゥルーデはシチューの塩梅を見、芋の大きさを確かめるエーリカを見て……自然と顔がほころんだ。
「どうしたの?」
「いや。なんかほっとする」
「そう? 私って癒し系?」
「さあ、どうだろう」
「振っといて何よそれ。まあ、とにかくはい、どうぞ」
スプーンを差し出すエーリカ。
「自分で食べられる」
「遠慮しないで。あーん」
「……あーん」
少し顔を赤らめて、エーリカから差し出されたスプーンをくわえる。
「美味しい? ……って、私が作った訳じゃないけどね」
「いや。元気が出てくる気がするよ」
「良かった」
微笑むエーリカは自分も一口食べて言った。
「さっきね。トゥルーデが早く治りますようにってお祈りしたから。気持ちを込めたんだ」
「さっき?」
「シチューに芋入れる時」
「そうか」
「人の気持ちって、何かこう、有るんだよ。よく分からないけど」
「論理的じゃないし非科学的だな」
「トゥルーデ、夢が無いなあ。風邪ひいてる割には随分冷静じゃん」
指摘されて、溜め息を付くトゥルーデ。
「違うんだエーリカ。そうじゃなく……あーん」
口答えできずにエーリカから差し出されたスプーンをくわえ、シチューをもぐもぐと口に含む。
いつもは濃いめに作られるシチューだが、今日は少し薄めで、柔らかい。

「はい、これであともう二回」
エーリカはスープ皿に残った最後の一口をすくって、トゥルーデに食べさせた。
「ありがとう……って、あと一回は?」
「分かってるくせに」
エーリカはスープ皿とスプーンを脇に置くと、トゥルーデの上に馬乗りになった。
「おい、何するんだ? 病人に対する態度か?」
「最後の一口、まだだよ」
「なにっ……」
口を塞がれる。エーリカの唇はいつもと同じで、薄く柔らかく、暖かかった。
なすがままに、トゥルーデはエーリカに抱きしめられ、ベッドに沈む。
特別濃厚な、エーリカの口吻。
熱い舌を絡ませ、灼け付く吐息を頬に流し……長く、じっくりとお互いを味わう。
はあ……っ、と息をついて、エーリカは笑った。
「ね、一口」
弱々しくも、トゥルーデはエーリカの服を引っ張り、抱き寄せた。
「え? 聞こえないよ……もう一口?」
エーリカはふふっと笑みをこぼすと、おかわりをあげる。
「早く元気に……なるといいね」
絶え間ない口吻の間の呟きが聞こえたのか、トゥルーデは抱きしめる腕に力がこもった。

end


続き:0787


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