第14手 おんぶ
疲れてしまったのだろうか、木陰でお姫さまがすやすやと眠りこむ。
毎夜毎夜、孤独で危険な哨戒を担当してくれるのだから、本当はそっとしておいてあげたいけれど、このままでは風邪をひいてしまう。
仕方なしに私は、彼女の身体をそっと抱き起こして、起こさないように背負った。
すると、ふわりと、あまりにも軽い彼女の体重が背中越しに感じられて、少しの切なさを覚え、頬を雫が伝った。。
本当なら彼女に戦争など似合わないのだ。
できることなら幸せに、幸せに、ピアノを奏でる人生をおくってほしかった。
私たちの出会いが、例え、戦争がなければ生まれなかったものであったとしても、この気持ちは変わりはしない。
この娘には、こんな優しい娘には、辛い未来など用意してはならないのだ。
暖かい優しさに囲まれて、理不尽な悲しみなど知らずに生きてほしいのだ。
あぁそうか。あの時、あの人も同じ気持ちであったのだろうか…。
まぁ、私は決していい娘だという訳ではなかったが、優しいあの人のことだからそう思って涙したのかもしれない。
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微かな震えが伝わってきて、私は重い瞼を持ち上げた。
あぁ私は眠ってしまったのか、と胸の中で呟くと、彼女に分からないくらい少しだけ、肩にまわした腕に力をこめる。
視界はまだぼやけていて、寝起き特有の気怠さが身体を襲っていたが、耳に入る悲しい音が私の意識を覚醒させた。
背負われている私からは見えはしないけれども、
確かにその身体は歩行によるものとは別種の震えを帯びていて、アナタが涙しているのだな、と得心に至る。
ごめんなさい、ごめんなさい、とアナタは決して悪いことなどできる人ではないのに、謝る声と嗚咽だけが周囲には響いていた。
どうして泣いているのですか、どうしてアナタが謝るのですか、
と問いたかったけれども、声をだすことができなくて、その代わりにギュッと腕に力をこめた。
彼女もそれに気付いたようで、鼻をずずっとすすると、みっともない姿を見せてしまいましたね、と気恥ずかしそうに微笑んだ。
アナタがそんな顔をするのだもの、私がこれ以上踏み込むことができるはずがなくて、
せめて思いを伝えたいと、振り返った彼女の頬をペロリと舐めて涙を拭い去った。
こんなに優しくて暖かい人だもの、泣かせていいはずがないのだ。
だから私は、アナタが悲しまないように頑張るよ、と心に誓った。
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あぁ、今思えばなんと理解に乏しかったことか…。
あの人もきっと、今の私と同じで、小さな娘を戦争に駆り出さなくてはならない現実と、
それを止めることのできない自らを責めて泣いていたのだろう。
背中越しに感じるその身体が、あまりにも儚くて、そしてあまりにも大切であったから、己のちっぽけさが耐えられなかったのだ。
だからせめて、私はすごくカッコイい訳ではないけれど、
キミを守るために頑張るよ、と胸に誓うと、私の背中で眠る大切な彼女を支える腕の力を少しだけ強める。
身勝手な誓いだけれども決して私は破りはしない。
だからいつか、キミがいつも笑顔でいられる世界のくる日を願う。
もうすぐキミの部屋につくよ。
私はさっきよりもギュッと力のこもったキミの腕を感じながら残りの歩みを進めた。
Fin.