第2手 夜が怖くて飛べないから手を繋ぐ サン・トロン1943 ExWitch & NightWitch


『調子はどう? 綾香?』

 管制塔に詰めている同僚の加藤武子が共通語であるブリタニア語で話しかけてきた。

「微妙だな」
『あら、Bf-109の最新型を扱ってみたいっていってなかった?』
「こんな夜空じゃ爽快感も何も無いだろう。正確な評価も出来ないさ……それよりも夜釣りがしたい」
『相変わらずなのね……。ま、とにかく一度引退してる事を忘れずに、ね』
「わかっているさ武子。大体今回の目的はデータ収集だ。あんまりはしゃぐつもりは無いよ」

 私も武子も一度は一線のウィッチを引退した存在、エクスウィッチだ。
 武子は魔力の減衰が早く成人して以降は飛んでいないが、運よく魔力の減衰が遅い体質だったらしい私は一旦引退したものの航空審査部へと舞い戻る事ができ、最前線には出ないという制約の下こうしてストライカーを履いている。

 扶桑皇国陸軍航空隊では、来るべき本国でのネウロイとの開戦に備えて日々研究が続けられていた。
 その中のひとつに機載電探の開発があった。
 電探――電波探信儀。
 ごく一部のウィッチの持つレーダー魔道針による警戒能力を科学的に模倣した機械ではあるが、当初扶桑ではこの電探という装備の能力に関しては非常に疑問視されていた。
 ネウロイに関する研究が進んでいなかったため、電波を発射することで敵に自位置を暴露するだけの代物との意見が主流だったのだ。
 だが、レーダー魔道針能力を持つウィッチが視界の効かない夜間や悪天候時に大きな力を発揮したことやブリタニアやカールスラントで電探を使用した早期警戒や防空戦闘指揮が確立され、そのノウハウが扶桑にもたらされ始めるとだいぶその意見の風向きも変

わってきた。
 そして希少な能力であるレーダー魔道針に頼らずともウィッチに全天候能力を与える研究が進められた結果、電波警戒機……いや、電波探信儀の小型化が進められたのだ。
 しかし、機械的な問題点が解消されつつあれど運用や動作に関してはまだ未知数の部分が多かった。
 更に扶桑皇国にとって致命的だったのは自国にその能力を評価できるほどのレーダー魔道針の使い手がいなかったという事だ。
 扶桑はこれらのウィッチたちを集中運用して夜間迎撃作戦の効果を上げていたカールスラントへと助力を求めた。
 かの国はこれを快く受け入れ、その結果今回の審査部隊分遣隊の欧州への渡航へとつながったのだ。
 我々は欧州大陸最後の橋頭堡とも言える最前線、ベルギーのサン・トロンにいる。
 ここには夜間にドーバーを越えてブリタニア本土へと侵入するネウロイ迎撃のためにカールスラントが誇る夜戦のエキスパートたちが集められていた。
 彼女たちと共に飛び、実戦でのデータを収集するのが今回の任務だ。

 滑走路には既に夜戦仕様のBF-110を装備したナイトウィッチとその空中指揮の下で夜戦を行うBf-109のF型を装備したウィッチ二人が既にストライカーユニットの暖気も終えて出撃命令を待っていた。
 そんなウィッチたちから私への視線が集中しているのを感じる。
 やはり扶桑陸軍式の戦闘服は珍しいんだろうか。
 真冬の欧州に出向いて野戦を行うという事で、今回は動きやすい冠頭衣タイプではなく夜戦用の飛行服を纏っている。
 つくりは通常の巫女服タイプと同じものだが、色が剣道の道着のような藍色に染められている。
 片手間ではあるのだがこの服の使用感等も今回の任務の中で評価する事になっていた。
 当初、私の方は戦闘に参加するわけには行かない為武器を非携帯でという話が出ていたらしいが、そこに関してはデスクワークを行う武子がなんとか護身用の武器の携帯許可だけはもぎ取ってくれた。
 ありがたい話だ。持つべきものは前線をわかってくれる兵站担当者だな。

「扶桑のウィッチさん」

 そんなことを考えていると今回の空中指揮官に声を掛けられた。
 鈴を鳴らすような小さな、それでいて良く通る澄んだ声。
 カールスラントなまりのブリタニア語。
 声の方向に振り返ると、白い髪に眼鏡、そして基地施設の弱い明かりの中でも印象的な赤い瞳を持つ少女が目の前にいた。
 その姿が夜の闇に溶けてしまいそうだな、と感じたのは多分夜戦用にあつらえた服装とか装備の事だけでなく、もっと内面からにじみ出る何かが原因のような気がしてならない。
 私は資料を思い出す。
 ハイデマリー・W・シュナウファー、13歳。
 正に夜空を飛ぶ為とも言える固有魔法能力、レーダー魔道針と光増幅式の夜間視覚を持って生まれたが、幼い頃は魔法を制御できずに暗闇の中での孤独な生活を余儀なくされたという。
 ナイトウィッチとしての素質、将来性共に十分としてカールスラントから推薦された第一夜戦航空隊の士官なのだが……飽くまでもそれはデータ上の話で、現在の所そこそこ戦果は上げているものの期待されていたほどの活躍はしていない。 

「ああ、なんだろうか? 指揮官殿」
「…………あの、飛行中は私の2番機の位置を離れないようお願いします」

 聞き返し、返事が来るまでの微妙な間。
 何てことの無い沈黙が、なぜか心に引っかかる。
 正面から瞳を見返す。
 微妙にずらされる。
 私はその一瞬のやり取りの中で何とはなしに確信を得た。

「了解した。こちらからも一つ良いだろうか?」
「はい、なんでしょうか?」
「ファーストネームはハイデマリーでよかったかな?」
「……はい」

 不安げな表情を浮かべながら頷く年下の少女。

「不躾な願いとは思うんだが、愛称で呼ばせてもらっても良いかな? それに、もし嫌でなければこちらの事もクロエと呼んでほしい。欧州で親しい人間にはそう呼んでもらってるんだ」
「え……あの……」
「ふむ、確かハイデマリーならハイディでいいだろうか? こちらの言葉には精通していないんで間違っていたら申し訳ないのだが……」
「は、はい、それで……大丈夫です……あの、ハウプト……キャプテンクロエ」
「フフ……階級はつけなくて構わないさ。私は今回ゲストとして飛び、君の指揮下に入っているんだ。本国の階級など気にせずに、ね。ここにいるのは単に夜戦に不慣れなデイウィッチ、クロエさ」
「はい、わかりました。その……クロエ」

 多分にこの少女は、人付き合いに相当な苦手意識を持っている。
 それ自体は前に研究報告で聞いたことのあるナイトウィッチ特有の症状といった所だが、ハイディの場合は幼い頃に隔離された暗闇の時代がそれに拍車をかけてしまっているのではないだろうか。
 それに、環境もよくない。
 周りを固めるBf109装備のウィッチたちは皆扶桑で言う所の技量甲、夜戦も行える技量を持ったベテラン揃いだ。
 つまり彼女にとっては指揮下のウィッチが皆年上という、指揮官としては誠にやりにくい状況を強いられている。
 まぁ、エクスウィッチで一番の年上である私が言うのも何ではあるのだが……。
 考えるに、軍上層部から期待されながらもいまいちこの少女が活躍し切れていないのはこのあたりに問題があるのではないだろうか?
 軍務と割り切って考えるのならこれはチャンスだ。
 なにせ実力の保障されたウィッチを優先的に使用してデータ収集が出来るのだ。
 扶桑の航空審査部としては願ったり叶ったりなのだろうが……本当にそれだけでいいのか?黒江綾香。

 自問自答するうちに出撃の時間となった。
 長機であるハイディのBf110が加速し、離陸を開始する。
 次いで小隊を編成する二人のBf109も離陸。
 最後に私が滑走を開始。
 DB601魔道エンジンは心地よい加速をもたらし、私は空の人となった。
 編隊を組み、進路を哨戒ルートへと向ける。
 程なくして編隊は安定し、翼端灯が消灯された。
 久しぶりの欧州の夜。
 その昔は何度も飛んで慣れ親しんだはずの大気の匂いも、年を経た自分にとっては全く別の表情を見せる。
 空を飛ぶ高揚感と共にある、かすかに胸に引っかかるような感触……これは、恐怖か。
 思えば今回はかなり無理をしている。
 審査の為の予備調査という名目ではあるが事実上最前線での戦闘哨戒で、しかもわざわざネウロイとの遭遇率の高いタイミングを選んでいる。
 持ち込める武器も何とか武子が携帯許可をもぎ取ったものの重量制限つき。迷わず扶桑刀を選んだら武子が納得しつつも苦笑していたな。
 ついでに、軽い気持ちで乗りたいといったら簡単に許可が通ってしまったので使い慣れないBf109での飛行だ。
 そうか……これだけの条件が重なれば単なる夜空を飛ぶという行為がこの私にとってさえ恐怖の対象になるんだな。
 その時、視界正面に捉えていたハイディが身体を傾けて減速し、私の横に並んできた。

「クロエ、何か不安があるんですか?」
「む、ああ……何せ久しぶりの夜空なんでね……でもよく気付いたね。挙動には出てなかったと思うんだが」
「表情が、少し強張ってました」

 どうやらいつの間にか振り返った彼女がこちらの表情を見ていたらしい。彼女の夜間視能力はたいしたものだ。
 しかし、確かに緊張が顔に出ていた気がするな……年下の少女を心配させてしまうとは私もまだだ修行が足りないな。

「すまない、心配させたようだ」
「あの……手を……」
「え?」

 言いながら皮手袋に覆われた左手が、おずおずと差し伸べられる。

「夜空が不慣れな人にはナイトウィッチが率先して手を引いてやれと教わりました。これは実際に隊内で効果が上がっている方策です……どうでしょうか、クロエ?」

 聞いて、目の前が真っ暗になった。
 この少女はただ手を繋いで勇気付けるという単純な行為を、教本の中と実行結果の戦果からしか理解できていないのだ。

「あ、ああ……ありがとう」

 私はそう応えながら差し出された左手を右手で握り返す事だけしかできなかった。
 素肌をむき出しの私の手に皮手袋の冷たい感触が伝わる。
 その感触はまるでハイディの孤独を現しているようだ。
 既に夜の闇に対する恐れなどは吹き飛んでいた。
 傲慢な表現が赦されるならば、ただこのハイディという少女を救いたいと思った。
 ウィッチに人並みの幸せ等と大そねた事は言わない。
 ただ、それでも私や武子の様なデイウィッチ程度の、支え会える仲間たちに囲まれた世界に住んで欲しい。
 その筋道をつけるための手がかりなら、ある。
 明日以降のフライトで本格的な試験を開始する機載電探だ。
 あれがモノになれば希少能力を持たないデイウィッチでも訓練次第で夜を飛べるようになるはずだ。
 それは即ちハイディの様な夜戦の専従員が他人と触れ合う機会を増やす事に他ならない。

「クロエ、痛い……」
「あ……と、すまない。力を入れすぎたようだ……本当に、自分でも思った以上に夜を恐れていたらしい。ありがとう、ハイディ」
「いえ、お礼を言われるほどの事は……」

 気がつけば互いの翼が重なるほどの至近距離だった。
 流石にこの距離ならば夜目が特別利くわけでもない私でも彼女の表情を窺い知る事ができる。
 ハイディは初対面である私との物理的な急接近に困惑していた。
 彼女の負担を和らげたいと思った私は、まずこちらから微笑んで改めて言った。

「ありがとう。今は感謝の気持ちを言葉でしか伝える事ができない事が申し訳ない限りさ」
「あ、いえ……どういたしまして」
「ふっ、それでいい……さぁ、もう大丈夫だよ。また不安になった時には手を貸してくれ。逆に君が不安な時には私がいつでも力になろう」
「は、はい……クロエ」

 繋がれたままの皮手袋の手には、いつの間にか私の体温が伝播したのか冷たさを感じなくなっていた。

 願わくばハイディ、君自身にも暖かな未来を……。


『ストライクウィッチーズでシチュ題四十八手』応募作品


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