第41手 二人で夜間哨戒 サン・トロン1943 Ayaka & Heidy
2月16日。
ハイディの的確な動作報告と開発部の不断の努力によって試製機載電探は急速に完成度を高めていた。
まだまだ固有魔法の魔道針には敵わないものの、実験開始時に比べればノイズは減り、精度は上がり、探知範囲も広がり、無駄な機材を省く事で重量も軽減されていった。
同時に厄介な事も起こりつつあった。ネウロイの攻勢が下火となっていたのだ。
これまでの例と照らし合わせればこれは大規模な攻勢の前触れであるといえた。
南方側から東へ大きく蛇行して北方へと流れるマース河を突破されれば、このサン・トロンまでは大した距離ではない。また、カールスラントから二正面に侵攻して来る可能性も考えられた。
これらの大規模陸上侵攻の可能性は昼間偵察部隊による執拗な偵察行によって陸上部隊の集結が無い事を確認され否定される事となったが、依然として大規模な爆撃の可能性は否定し切れなかった。
偵察と哨戒の増員によってローテーションは圧迫され、技量の低いウィッチでさえも夜間飛ぶことを強要された。
既に幾つかトラブルも発生しているようだった。
そうまでして早期警戒に力を入れる事にも理由があった。
航空攻撃であれば目標がサン・トロンであるとは限らず、ブリタニア本土への大規模爆撃の可能性もあるからだ。
そんな状況の中での試験飛行だったものだから、我々扶桑隊も特例として夜間哨戒シフトへと組み込まれる事となった。
「ハイディ、周波数帯設定1での電波発信5秒、カウントダウン……」
「了解ですクロエ大尉」
「発信、カウントアップ、2、3、4、終了。入感は?」
「ありません」
「よし、方位を修正して再度電探での索敵を行う。再発信までは固有能力での索敵を実行せよ」
「了解しました」
何度も繰り返される索敵と試験の為のやり取りだが、今回ばかりは緊張感の度合いが違った。
慎重に事を進め、丹念に索敵予定のチェックポイントを潰していく。
そして、どうやら我々の番で当たりを引きあてたらしい。
ガリアとの国境上を飛び、時計が23時を指し示そうとした頃、ハイディのレーダー魔道針が色味を変え、敵の存在を感知した。
ガリア北方に位置するネウロイの巣から大型ネウロイが一斉に発進し、北上を開始したのだ。
狙いは多分欧州大陸最後の砦である我等が根城、サン・トロンだろう。
「サツマ01よりサン・トロン管制。ガリアから大部隊がそちらに向かってる。大型機だけで10以上いる。小型機の正確な数はまだ把握できない」
第一報と共にとっている進路と大まかな速度を報告する。
『サン・トロン管制、了解。直ちに迎撃部隊を上げる。サツマ01は引き続き哨戒ルートを維持せよ』
む、てっきり触接を続けて敵部隊の詳細な行動を送信する事になるかと思ったんだが。
「サツマ01よりサン・トロン管制。確認したいのだが触接は行わなくていいのだろうか?」
『サント・ロン管制よりサツマ01、扶桑隊からの要望だ。詳しくは扶桑HQから聞け』
『こちら扶桑HQフジ。情報の蓄積された実験機材を危険に晒すわけには行かない。そちらは通常の哨戒ルートを守り敵別働隊へと警戒せよ。
尚、こちらは全力出撃での迎撃となる。別働隊発見の際には速やかに報告し、ブリタニアへの増援を求めろ、以上』
実験機材惜しさに味噌っかすかと思えば意外と過酷な状況じゃないか。
ネウロイは意表をついてくる事がままある。もしもそんな奥の手があった場合は見逃せばこちらの責任って事か。なかなか重いじゃないか。
まぁ何にせよ敵の早期発見はハイディのお手柄だな。
うちの機材で見つけられなかったのは少々悔しい気もするが、まだまだ発展途上だ、仕方があるまい。
「了解した扶桑HQフジ。これより通常哨戒ルートへと復帰する」
本隊との通信を終えてから視線を落とす。そこには当然のように闇夜に映える銀髪が流れていた。
「良くやったハイディ、お手柄だな」
言いながらその頭を軽くぽんぽんと叩く。
「や、やめて、クロエ……大尉。子供扱いしないで」
「親愛の情に年齢は関係ないさ。私はただ、したいからそうしてるんだ」
「なんで……なんでクロエ……大尉はそんなに私に絡むんですか?」
正面を向いたまま疑問をぶつけてくるハイディ。表情は窺い知れないがその口調にははっきりと非難の色が見て取れた。
良い傾向だ。もっと感情をぶつけてくれ。私だって寒いスヘルデ河畔でうろたえていた時の私じゃない。全部君を受け止めてやる。
「大切な仲間で、同乗者で、後は多分保護者のつもりだからだろうな」
「でも……私を置いていくんですよね」
「ああ、置いていく。ハイディに強くなって欲しいから」
耳元に口を寄せて優しく囁く。正直ハイディに勝ち目なんてない。こういった話なら後席が圧倒的に有利なのさ。
当然のようにハイディは耳まで顔を赤くして一瞬沈黙する。
「無理、です。私、わかんない……どうしていいかわかんないんです」
「確かに、今の君にはわからないかもしれないね」
「どうして、そんな意地悪をするの……構ってくれなければよかったのに……」
彼女の言う通り、今の私は意地悪なのかもしれない。ただハイディから感情を引き出すために挑発するような態度でいる。
時計を見れば電波発信の時間だった。感情の昂ぶったハイディには言わずに、その豊かな胸の下にある電探の操作パネルに手を伸ばす。
ハイディは感情を発露し続ける。
もしかしたら、いや、明滅する魔道針が告げている。今、確実に彼女は泣いている。
「仕事以外で話しなんてしてくれなければ良かった……あの時キスだって…………えっ!?」
涙声の叫びが不可解に止まった。泣かせてしまった事に対する罪悪感の棘が胸を刺す痛みが、緊張に取って代わる。
「どうした!?」
「今、何か……」
呟きながら彼女は手馴れた動作で電探を操作する。
続けて同時にレーダー魔道針を展開。
通信機を引っ掻くノイズと魔道針の明滅が電探の動作を知覚させる。
「クロエ……何か、変」
「どうした? 電探が故障したか?」
「わかりません……単なるゴーストかもしれませんし……」
振り返りながらの報告。目尻には涙の後。気付かない振りで急かす。
「大きさ、方向、速度は?」
「わかりません、でも……これは……」
「わかった。とにかく何かを感じたんだな。だったらその場に急行する。君の目で確かめよう」
「はいっ」
どうやら固有能力と試製電探を同時起動したときにだけ反応する何かがいるらしい。
とはいえそんな動作なんて想定していないし、なにぶんまだ未知の部分が多い分野だ。
取り越し苦労ともなれば無断で哨戒ルートを離れた事を任務放棄としてとがめられる可能性もある。
それでも、私はハイディの感じた違和感を信じるべきだと思った。
もしかすると彼女への罪悪感が私をそう動かしたのかもしれないが、何かあっても罰を受けるのは上官であり機長でもある私だ。
だったら、やれるだけの事をやろう。
コルドレイク付近から鉄道に沿って東方向へと進路をとる。
増速し向かう先、12時方向50kmほどの距離にはブリュッセルの街があるはずだ。
「反応は、2時方向……距離は30km前後でしょうか……東北東へと移動している気がします」
「位置的には……ブリュッセルを目指している感じか?」
「はい、多分」
「よし……こちらサツマ01。ブリタニアで待機中の部隊へ。別働隊を発見した。別働隊の目的はブリュッセルだと思われる」
ダメモトで武子から言われたようにブリタニアへの支援を求める。
彼我の距離から考えるに到底間に合いそうも無いがやらないよりはマシだし、こちらにもしものことがあった時でも骨くらいは拾ってくれるかもしれない。
『こちら501JFWストライクリーダーフュルスティン。高度5000でドーバーを越えつつある。既にオーステンデの港を視認している。サツマ01は非武装の試験機だと認識している。拙速は避けよ』
増援部隊が以外にも近所にいることに驚く。
501隊って事は私と武子の『企み』が功を奏したって事かな。
そこに興奮気味のハイディの声が響く。
「クロエ、見えた! ネウロイ……見た事の無い形の100m級で……腹にブラウシュテルマーを抱えてる」
「ブラウシュテルマー……くっ、そういうことかっ!」
ハイディの厚い眼鏡越しの夜間視覚が捉えたネウロイの姿に戦慄する。
うまくすれば支援を得られるかもしれないなんて甘い考えは吹き飛んだ。
ブラウシュテルマー。
ネウロイはこの金属製の莢のような物を都市に打ち込んで瘴気を撒き散らし、金属を集めて成長し、その周囲の地域をネウロイ化する。
最早あのネウロイの目的は明白だ。
ブリュッセルのネウロイ化、それ以外に考えられなかった。
カールスラント、ガリア……欧州での撤退戦の最中、次々と瘴気に沈んでいく町並み……何度も見せられた光景。
もう、あんなことは真っ平だ!
「ハイディ、奴を墜とす。少々無理をするが君は第一に自分の身を、次に電探を護れ」
「クロエ……どうするの? わたし達武器を持っていない……それに、さっきのブリタニアの部隊の人も拙速を避けろ、って」
「武器ならあるさ」
言いながら背負った扶桑刀の柄を掴み、鞘と鍔を鳴らす。
「無理よ。大型ネウロイに格闘兵器で挑むなんて自殺行為……」
「無理じゃない」
ネウロイの正面に回り込むためにさらに増速する。
同航して隙をうかがっても、小回りのきかないキ45改じゃ狙い撃ちにされるのがオチだ。
だったら正面から相対速度に任せた一撃を叩き込む。
だが、キ45改は最後までいうことを聞いてはくれなかった。
「ダメッ!」
「ハイディ!?」
どうやらハイディは私から無理矢理キ45改のコントロールを奪ったらしい。
驚いた。大した魔力じゃないか。
「クロエッ……」
「今はやる時さ。判断に従うんだハイディ」
いつの間にか大尉をつけずに名前を呼ぶようになっていたハイディに、やさしく諭す。
「クロエ……これを、電探を捨てれば、二人の魔力を使ってある程度の高速性能をを得られると思う。だからもっと安全な方法で……」
「せっかくの君からのアイデアだけど、残念ながらそれは却下だ。いいかいハイディ、テストパイロットにとって試験機材は命よりも重いんだ。軽々しく捨てるなんて口にするんじゃない」
「……はい」
テストパイロットの心構え以上に、これは君たちナイトウィッチの希望なんだ。手放せるはずなんて無いだろう。
「それに、キ45改の性能で格闘戦なんて無理だよ。こいつは重火器を装備して火力で圧倒するストライカーだ」
「でも、クロエはそのサムライソードで戦うつもりじゃないの?」
「その呼び方は無粋だが、そんなことを議論してる暇は無いか……結論から言うと機体性能には頼らない。私が一人で飛び込んで奴を落とす」
「そ、そんなっ……」
「ハイディ、君に頼む事の方がよっぽど難易度が高い」
そこに続くであろう非難の声を遮って言葉を続ける。
「っ……はい……」
「君には私を空中で回収して貰う」
「えっ」
「慣れない機体で撃墜したネウロイの残骸を電探を傷つけずにかいくぐって人間一人を受け止める。わかるね」
「そっ、そんなっ!」
「命令だシュナウファー少尉」
「ずるい。この期に及んで命令だなんて……」
「だったらお願いでも泣き落としでも何だってやってやる。そして君の答はYESだけだ……大丈夫さハイディ。君と私ならきっとうまくいく」
「クロエ……」
「ハイディ、コントロールを渡してくれ」
やや間を置いてから、ハイディが口を開く。
「約束して。絶対に死なないって」
「ああ、約束する!」
キ45改のコントロールが返る。
私は加速する。
『フュルスティンよりサツマ01へ、こちらのレーダーでは貴官の言う別働隊を発見できない。また、そちらの動きは確認している。何をするつもりか?』
「こちらサツマ01.敵ネウロイにブラウシュテルマーを確認した。合流する余裕は無い。単機にて攻撃を敢行する」
『待ちなさいサツマ01……黒江大尉っ! 命を無駄にしないで! 体当たりは容認できないわっ!』
「そんなつもりは無いさヴィルケ中佐。具体的なやり方ならそっちの坂本にでも聞いてくれ。それと、第三者の確認が無いと撃墜が公認されない。
多分捕捉してるのは魔道針と電探を併用してるサツマ01のみと考えられる。早い所視認出来る距離まで追いついてくれ。
以上、通信終わりだ。状況を開始する。行くぞハイディ!」
「はいっ」
『ま、まちなさ……』
案の定こちらを知ってたフュルスティン――確かミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐でよかったはずだ――との通信を無理矢理打ち切ってネウロイの前方へと遷移する。
通信機はoff。本格的に懲罰ものだが喚かれて集中できない方がよっぽど危ない。
どうやらネウロイはこちらが前方に出たことでやっと私たちの存在に気付いたらしい。
身を隠すのだけは上手くても目はあまり良くないといったところか。
ややあってからネウロイからのビーム砲撃が開始される。
だが、鈍いながらも回避機動を取りながら増速して奴を引き離しつつ我々にはかすりもしない。
十分距離が離れる。
背後からの砲撃が一旦が止む。
もうブリュッセルの街は目の前だった。
灯火管制で暗く沈んだ町並みを横目に反転、加速。
「奴の直前まで加速しながら緩降下する。私は途中で交錯の瞬間に切り込む。ハイディは霧散した奴の破片の中に飛び込んで私を拾う。いいな!」
「ヤー! ハウプトマン!」
「いい返事だ! コントロールを渡す。ユーハブ」
「アイハブ」
「足蹴にしてすまんが背中を借りる」
「ヤー!」
ストライカーとの接続を解除。
ハイディのその小さな背へと膝立ちになる。
すらりと、背の扶桑刀を抜き放ち、魔力を込める。
正対したネウロイの姿が、暗い視界の中で急速にその大きさを増す。
ネウロイ、砲撃開始。
ハイディ、シールド展開。
赤い光芒が蒼いシールドで弾け、その残滓が前傾姿勢で正面を見据える私の前髪を掠めていく。
ネウロイの姿が視界いっぱいに広がる。
今だ。
「参る!!」
跳躍。
あっという間に間合いが詰まる。
だが、まだ少し遠い。
このままではネウロイへの一撃を見舞う前に落ちる距離……しかし!
予想通りネウロイのその背が赤く煌めき、赤い光が炸裂する。
狙い通り。
防御するつもりなど無い。
ただ、魔力と気合を乗せた斬撃をビームに向けてたたき付ける。
「でええええええいっ!!!」
切っ先の魔力がビームを弾く。
ビームと刀の接地点を支点として空中で前転。
回りながら柄を握る手に力を篭め直し、相対速度に遠心力を乗せ、大上段から股下まで思い切り振り抜く。
「ちぇえええええええええええすとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
今や自身の一部と化した扶桑刀の切っ先が、ネウロイの体表を穿ち、切り裂き、深く深く沈み込んでいく。
その存在へと届く、確かな手応え
繋いだ鉄の先端へとありったけの魔力を開放。
周囲に赤い光。ビームの前触れ。命を奪うための輝きが満ちる……すべて無視。
何故ならば、人もネウロイも等しく、死んだものは動かないからだ。
一瞬の間をおいて、足場としていたネウロイの体表が消失する。
白く輝く無数の欠片となって散っていく。
落下しつつ刃を収め、気配を感じる方向へと身を捻る。
そこには、涙を湛えた赤の瞳を細めながら接近しつつあるハイディの姿があった。
安心し、微笑みかけながら手を伸ばす。繋ぐ。
「完璧だハイディ。ありがとう、そしてただいま」
「クロエ……うん。凄かった。無事でよかった……あの、それで……」
その白隼の背へと還り、キ45改と再接続しながらハイディへと挨拶。
返事を聞きながら切っていた通信を入れる。
『綾香っ!!!』
『黒江大尉!!』
途端に通信機からは二つの声が響く。
「どわっ!? いっぺんに叫ばないでくれよ」
「さっきから、ブリタニア、サン・トロン両方からずっと呼びかけてます……って、ごめんなさい、遅かったですね」
律儀に説明してくれるハイディの言葉を遮る様に武子とヴィルケ中佐の声が重なる。
『ああもうっ、やっと出てくれた……あや……サツマ01。無事で何よりだわ。サン・トロンの防衛は成功。敵は撤退しつつあるわ。あなた達が早期に発見してくれたおかげよ』
『叫びもしますっ。一方的に通信を切るなんて……もしものことがあったら美緒になんて言えば……』
更にそれらの言葉も遮って通信。
「説教お小言はあとでまとめて聞く。それよりももう時間が無い。頼んでいた例の奴を頼むよ」
『えっ』
『ああ、確かにもうそんな時間だわ。お願いします。フェルスティン』
『ふぅ……まったくもう。これだから扶桑の魔女は……でも、それもそうね……リーリャ、いい?』
『はい』
無線越しの慌しい会話。
聞き覚えのある第3者の声。
状況についてこれていないハイディが疑問を口にする。
「クロエ、時間が無いって?」
「まぁいいから、無線を今から言うバンドに合わせて耳を澄ましていればいいさ」
「う、うん」
私も無線バンドを調整しながら周波数を伝える。
その後、ややあってから歌が来た。
Happy Birthday to you♪
Happy Birthday to you♪
Happy Birthday dear Heidy♪
Happy Birthday to you♪
アカペラのデュエット。
雑音交じりの無線では勿体無いほどの綺麗な声。
少し幼さを残すまだ細い声を前面に立てて、僅かに大人びた声が後ろから支えるような、そんな歌。
短い歌詞の中にいっぱいの祝福を湛えた、素敵な歌。
「え? こ、これって……」
「もう16日も終わってしまう。ぎりぎりになって申し訳なかったけど、14歳の誕生日おめでとう、ハイディ」
「クロエ……」
感極まった少女に続く言葉は無かった。
同じ歌詞が繰り返され、少女への祝福が続く中、言葉を紡ぐ。
「私は身勝手な大人で、君の心をかき乱したまま去っていくだろう。だから、君が幸せになれるきっかけを用意したかったんだ」
「……っ」
すすり泣く声。
「結局押し付けかもしれないけれど、この歌声を聴いて何か感じる事があるならば、その心のままに生きてほしい」
「クロエ……クロエ、ありがとう……」
歌は続く。
Happy Birthday to you♪
Happy Birthday to you♪
Happy Birthday dear Ayaka♪
Happy Birthday to you♪
「えっ!?」
「え……アヤカ?」
『17日よ。21歳おめでとう、綾香』
「武子……」
通信機の向こう、武子の優しい声。
ああもうっ……さすが武子は我等が名指揮官だ。
やばいな、なんだか私、たかが自分の誕生日程度で泣きそうになってる。
「クロエ、誕生日、1日違いだったの?」
「ああ、お恥ずかしながらまたひとつ中途半端に大人になって、またひとつ空から遠のいたよ」
「おめでとう、クロエ。でも、クロエはきっとどんなに大人になっても空を離れたりしないよ」
「ハイディ……」
「あと、ひとつ気付いたの。本当に親しい人がクロエを呼ぶ時の事……」
「え?」
微笑をはらんだハイディの声に答えを求めようとしたとき、音が近づいていた。
見ればやわらかい星の光に照らされた二人のウィッチが接近していた。
なんとなくその会話の中に気恥ずかしさを覚えてしまった私は、自分の事よりもハイディの事と自分を誤魔化しつつ彼女の背中をそっと押すように囁く。
「さぁ、ハイディ。君の心のままに飛んで、そして行動するんだ……ユーハブ」
「うん。アイハブ……アヤカ」
振り返る、レンズの奥の笑顔。
今が夜の暗闇の中で、自分が赤くなってるのに気付かれなくて済んだと一瞬だけホッとしながらも彼女の能力を思い出し、改めて私は真っ赤になった。