第38手 プレゼント
今日は3月14日。
いつもよりも少しだけ早く朝ご飯の準備をしていたら、にこにこ顔の芳佳ちゃんが食堂にやってきた。
「リーネちゃん、リーネちゃん。今日って何の日だ♪」
「あ、おはよ芳佳ちゃん。今日はホワイトディだね、芳佳ちゃん。」
「うん。おはよ。 そうなんです! ホワイトディなんです!……ということで、リーネちゃんにプレゼントです♪」
「わぁ。嬉しい。芳佳ちゃん、ありg……ぇ!?」
芳佳ちゃんが取り出したのは、ゆで卵の上半分みたいな形をしたお菓子で、真っ白なんだけれどもてっぺんだけほんのり紅い。
たぶん、前に芳佳ちゃんが言ってたお饅頭というものだとは思うのだけれど・・これは……。
「……あ、あのね。芳佳ちゃん。」
「あ、あれ? リーネちゃん。お菓子、嫌だった?」
「えと、違うの。嬉しいんだけど、その……気持ちは嬉しいんだけれど。」
「う、うん」
「……芳佳ちゃんが好きなのは分かるけど……いくらなんでも、お菓子まで胸の形なのは、ちょっと……。」
「ち・違うよ!! リーネちゃん。 こ・これは、イチゴ大福って言って。扶桑じゃ一般的なお菓子で……。」
「ふ・扶桑では胸の形のお菓子が一般的なのっ!?」
「そうじゃなくて、ブリタニアのイチゴって大きいから先っぽがちょっと見えてるだけだってば!!」
「さ、先っぽ……。」
「ち・が・う・のー!!」
**************
「もー、リーネちゃんたら~。」
「ご、ごめんね。芳佳ちゃん。 私、勘違いしちゃって……」
「ううん。それはいいから、早く食べてみて。 これ、ちょっとした自信作なんだよ。」
「うん。いただきます。」
めしあがれ、と、両手の上にあごを乗せた芳佳ちゃんがテーブル越しに微笑む。
早速、私は芳佳ちゃん特製のイチゴ大福に口を付けた。
かぷり。
「……わぁ。」
美味しい。
表面のもちもちとした感触が心地良いし、中のしっとりとした餡の甘さが口いっぱいに広がってくる。
もう少し歯を進めると、大きめのイチゴのつぷつぷした食感になって、
シュワッ、としたイチゴの甘酸っぱい果汁が餡の甘さを洗い流していく。
はぐはぐと噛み締めるたびに広がるさっぱりとした甘さと酸っぱさに私はすっかり夢見心地になってしまった。
こくん。
「どう? 美味しいかな?」
「……うん。 ほっぺた……落ちちゃうかも。」
「えへへ、でしょでしょ。おばあちゃん直伝なんだよ~。」
芳佳ちゃんは褒められたのが嬉しいのか、ニコニコしながらイチゴ大福に手を伸ばす。
ぱくり、とイチゴ大福に噛みついて、んー、おいし~ (><。と、目尻を下げる芳佳ちゃん。
もぐもぐとイチゴ大福を頬張る姿はまるでリスみたい。芳佳ちゃんの使い魔はたぬ……小さなわんちゃんだけど。 ※豆柴、小さな柴犬です。
清々しい朝に、美味しいお菓子、ご機嫌な芳佳ちゃん。気分はふわふわとして、なんだかすごく幸せな感じ。
「……リーネちゃん。そんなにじっと見られたら恥ずかしいよ……。」
「あ、ごめんなさい。芳佳ちゃんが食べてるトコ、なんだか可愛かったから、つい。」
「……もー、ずるいよ、リーネちゃん。おだてたって、ダメなんだからねー」
そんな事を言ったって、芳佳ちゃんの口調はとても嬉しそうなので、私には効果がないのです。
しかし、扶桑の人は凄いことを考えるものだ。このイチゴはたぶん、一番甘くなる前のイチゴを使っている。
このイチゴ大福の甘酸っぱい美味しさはそこから来ているのだろう。
もちもちとした食感は餅米なるものを使って表現しているらしい。中のあんこはどんなものなんだろう?
手つかずのイチゴ大福をそっと割ってみた。
「あー! あ、あ、あ。 えーと、リーネちゃん。……それは、ちょっと。」
「? あ、ダメだった?」
「いや、えと、ダメじゃないんだけど、それはちょっと困るというか何というか……。」
「???」
わたわたと両手を振って何かを必死にアピールする芳佳ちゃん。
よく分からないけれど、イチゴ大福の中身がマズイらしい。
割ったイチゴ大福を観察するけれど、変なモノは見つからない。
イチゴにしたって同じで、綺麗な形のイチゴで……。
「あれ?」
「あ、あ、あ~~!」
よくよく見てるとイチゴのおしりの方が少し欠けている。これは……。
「ご、ごめんなさい。リーネちゃん。」
「え、え、え?」
深々と頭を下げられても何のことだかさっぱり分からない。
イチゴが欠けていたら何かマズイのだろうか?
「そ、その。リーネちゃんに美味しいのを食べて欲しくって、
ブリタニアのイチゴってスカスカのもあるから……その、かじって味見しちゃったの……。」
「……え。」
イチゴ。かじる。芳佳ちゃんが。
くるくると単語が頭の中を駆け回って合体し、一つの単語となった。
すなわち、『間接キス』。
「え、と。ごめんね。 その、嫌だったよね。 こ、これ、下げちゃうね。 ……って、あのリーネちゃん?」
慌てた芳佳ちゃんは、お皿を下げようとするけれども、そんなことをさせる私ではないのだ。
そそそ、と。お皿を引き寄せてキープ。
「これ、芳佳ちゃんが私のために作ってくれたんだよね。」
「え、うん。そうだけど……」
「じゃあ、コレ、私のなんだから。取っちゃダメ。」
「リーネちゃん……。」
両手を組み合わせて、じーんと言う擬音が聞こえてきそうな顔の芳佳ちゃん。
ご、ごめんなさい。イチゴ大福が美味しいのは本当なんだけど、本音を言うと芳佳ちゃんとの間接キスを逃したくないのです。
「そうだ。芳佳ちゃん。 私からも芳佳ちゃんにプレゼントがあるんだよ。」
「え、ホント?」
「うん。 じゃーん。」
「うわぁ、凄い。ケーキだぁ♪」
ふっふっふ。昨日から芳佳ちゃんの目を盗んでせっせと作ったイチゴのデコレーションケーキ。
周りを苺とクリームで飾り付けた外見の豪華さもさることながら、中身だって凄いのだ。
スポンジは普通のバターと薄力粉を使ったモノではなく、ふわふわしっとりのミルクシフォン。
スポンジの層の間にはブルーペリーにラズベリー、もちろんストロベリーだって入っている渾身の一作なのだ。
「もうすぐ朝ご飯だから、後で食べようね。……芳佳ちゃん?」
「えー、リーネちゃん、リーネちゃん。ちょっとだけ、ちょっとだけ、味見しようよ~。」
「だ、ダメだよ。芳佳ちゃん。もうすぐ、朝ご飯なんだから。」
「だって、これ、リーネちゃんが私のために作ってくれたんでしょ? じゃあ、私のだから食べても良いよね? ね?」
「……それ、さっきの私の台詞……」
「ね。ね。ね♪ リーネちゃん。いいでしょ。いいでしょ~。」
うう。芳佳ちゃん、ずるい。そんなキラキラした目で見つめられて断れる訳無いのに……。
「もー、みんなには内緒だよ~」
「うん。内緒内緒☆」
ケーキに必須の紅茶を用意してテーブルに戻ると、待ちきれないと言った表情の芳佳ちゃんが待っていた。
そんな無防備な顔を見ていると、こうむずむずとしてきちゃうんですけど……。
「……でも、リーネちゃん。バレンタインの『友チョコ』もすごかったけど、これもすごいねー。」
………。
無言でケーキを取り上げてみた。
「あ、あの。リーネちゃん?」
「……そんなのあげてないもん。」
「え? でも、リーネちゃん。私にって、チョコケーキくれたような……。」
「……チョコはあげたけど……」
「???」
芳佳ちゃんは本気で分かってないみたいだ。
バレンタインの時なんてあんなに2人でいちゃいちゃしていたのに、まだ気付いていない。
あのチョコケーキ。どう見たって本命のチョコだって分かるはずなのに。
本当に扶桑のウィッチは……。
「……ばか。」
「えーと、あの、リーネちゃん。……ケーキは。」
「あげません」
「えー、なんで、なんで!?」
「それが分かるまではお預けです。」
「分かんないよ、リーネちゃん~。許してよー。」
「甘えて見てもダメなのはダ~メ。」
「リ~ネちゃ~ん」
「……いちゃいちゃしている所に悪いのだけれど、」
『ミーナ中佐!?』
思わぬ人の声を聞いて慌てて振り返ると、そこにはミーナ中佐の姿。
ミーナ中佐は、空いた扉に寄りかかって腕を組んで、悪戯っぽい瞳で私たちを見つめている。
だらしない格好のはずなのに、その姿はとても様になっていて、まさに大人の女性といった感じだ。 ※18歳です。念のため。
中佐は慌てる私たちを落ち着かせるように微笑んで言った。
「……そろそろ、食堂にみんなが集まりだしてるから、朝ご飯の準備をお願いできるかしら?」
「わ、分かりました。」「すぐに用意します。」
「それと、リーネさん。」
「は、はい? 何でしょう?」
「……気持ちはよく分かるわ。……頑張って。」
がしっ、と。肩を叩かれ、万感の思いがこもったの口調で呟くミーナ中佐。
――ああ。ミーナ中佐も同じなんだ。
何だか胸の奥がぎゅっと熱くなってきて、思わずミーナ中佐の胸に飛び込んでいた。
「中佐っ!」
「リーネさん!」
突然の抱擁にも関わらず、ミーナ中佐は優しく抱き留めてくれた。
ああ。年齢も人種も国境も越えて、今。私たちの思いは一つ。
「え、え、えー? ど・どうなってるんですか!!?」
『鈍感っ!!』
ちなみに、3月14日の午後の訓練は中止となった。
それは、約一名のウィッチが全く分かっていないのに、実にきわどいプレゼントを贈ったためだが、それはまた別の話。
Fin