名探偵ニーナ 第3話 赤い彗星


芳佳【ここにはいたくなかった】

 ペリーヌさんが死んでる。
 それがもはや変えようのない事実だとはいえ、いざそのことを口に出してしまうと、
 やっぱりそれは、私の気分をぐんと重いものにさせた。
 それが本当に本当なんだと気づかされてしまうから……。
 バルクホルンさん、それにニーナちゃんは、きょとんとした表情を浮かべる。
 何を言ってるんだと顔に書いてある。でもそれは仕方のないことだ。
 ペリーヌさんが死ぬとか、そんなことあるわけない。
 そう信じたいのは私だっておんなじだったから。

 死んでる、死んでる、死んでる……。
 私の部屋のドアをゴンゴンと激しく叩く音とともに、エイラさんの叫び声。
 なんのことだろう? 最初は虫かなにかかなと思った。
 ベッドから起きあがろうとするリーネちゃんを制し、私は急いで服を着て、ドアへと向かった。
 なんなんですか? 死んでるって……。
 開けたドアから顔だけ出して応じる私に、顔を真っ青にしたエイラさんは告げた。
 ペリーヌが死んでるんダッ!!
 …………なにを言ってるんだろう?
 またなにかのイタズラだろうか。でも、言っていいことと悪いことがあると思う。私は顔をしかめた。
 エイラさんはなおも「死んでる」と、あまりに大声でわめき散らすもののだから、
 リーネちゃんや、廊下の向こうからサーニャちゃんもやって来てしまった。
 と、とにかく来てクレ。
 エイラさんにそう促されて、私たちはミーティングルームに行ってみることになった。

 たしかにペリーヌさんは死んでいた。
 しかも、素っ裸で。

 なんてことが起こってるんだろう。
 こ、こういう時は……そうだ! 他のみんなにもこのことを知らせないと!
 私たち4人は手分けしてみんなを呼んでくることになった。

「と、とにかくっ! 早く来てください!」
 ひと通り事情は説明したものの、已然として半信半疑のバルクホルンさんたちを私は急かした。
 百聞は一見にしかずだ。見てもらえればわかる。もうみんなは集まっているし。
「あっ、ああ。わかった」
 バルクホルンさんはなんとかといった感じにうなずいて、私の方へと歩を進め――
 けれど、それはすぐに止まった。
「――っと。その前にひとついいか?」
「な、なんですか?」
 一大事だというのになんだというんだろう?
 私は顔をひきつらせ、身構えてしまった。それは、それがバルクホルンさんだからだ。
 床全面にぶちまけられた、なんだか見てはならない物の数々。
 正直、あまり長い時間、ここにはいたくなかった。
 そんな私にかまうことなく、バルクホルンさんは言った。
「実はお願いしたいことがあるんだが」

トゥルーデ【間違いなくペリーヌは泣くだろう】

「すまない。遅くなった」
 私と芳佳、それにニーナは階段を急いで駆け降り、ミーティングルームにたどり着いた。
 言葉の通り、遅くなりすぎたのだろう。ミーティングルームには既に全員が集合していた。
「あれっ?」
 と、突然声をあげる芳佳。
「どうかしたのか?」
「いえ……なんだかひとり足りないような……」
 ん? まだ来てないヤツがいるのか。誰だ?
 少し考えて、アイツのことだと気づいた。それと同時に、ちょっとほっとしてした。
 まさかこんなところで顔を合わせることになるのも嫌だったからだ。

 ――と、何人かが目をきらきらさせて私のことを見てくる。
 いや、私じゃない。私の後ろに視線が注がれている。
「おい、堅物。その子は?」
 私の背中にぴたんとひっつくニーナを見据えたまま、リベリアンは訊いた。
「ああ、この子は……」
「私はニーナ。おねえちゃんの妹なの」
 みんなの前に出てきてそう言うと、ニーナはぺこりとおじぎをした。
 そして顔をあげる。気のせいだろうか。一瞬だけニーナが、キッと鋭く睨みつけたように見えた。
 その視線の先にはルッキーニがいた。

「「「ちっちゃいちゅ……」」」

 リーネとエイラ、それにリベリアンは声をそろえてなにか言いかけ、が、すぐに口を閉ざす。
 とはいえ、それはすぐにかしましいものに変わった。
「かわいー!」
「しかもメガネっ娘ダ!」
「堅物とおんなじ髪型してる!」
 瞬く間に3人はニーナの周りに群がって、口々に言葉を浴びせていく。
 いくつ? どこから来たの? お菓子食べる?
 果てには芳佳まで加わってしまう始末だ。
 ニンジン好き? ピーマン食べれる? 納豆にネギ入れるタイプ?
 そんな4人に囲まれてしまって、ニーナはすっかり怯えている。
 たしかに可愛いのは事実だし、みんなの気持ちは私にもようくわかる。
 私だってこんなところに連れて来られなければ、もっとゆっくりお話しできたのに……。
 なのに他のヤツらの好奇の目に晒され、さらにはべたべたべたべたとっ!
 ――いや、断じてこれは、嫉妬とかそういう醜い感情ではなくってだ。
 ただ、私は姉として、その、つまり、そういうことだ。

「お前たちっ! いい加減にしたらどうだ!」
「え? どうしてですか?」
「知らない人間がそう何人も一辺に喋って、ニーナが困ってるだろう」
「そうカ? まんざらでもなさそうだけどナ」
「そ、それよりペリーヌはどうしたんだ? 一大事なんだろう?」
「それだったらあれです」
 と、その方を指差してリーネ。
「いや、あれって言われても……」
 戸惑う私に、あっけらかんとリベリアンは言った。
「全部お前に任せた。現場は発見時のままにしてあるから」

 追い出されるような格好で、私は例の死んでるとかいうペリーヌの元にやって来た。
 芳佳から聞いた話の通り、仰向け、それに全裸――
 私はペリーヌの手首を取り、脈を計ってみた。
 ――たしかに、脈はなかった。

 うつ伏せになった遺体を仰向けにし、仏さんの顔を拝んだ。
 間違いない。それはペリーヌだった。
 しかし、なんだろう――なんだかいつもと違う。なにかが引っかかった。
 が、その違和感をうまく言葉にすることができない……。
 もどかしさを感じつつも、他になにか変わった点がないか思案にふけった。

 鼻からだらりと血を流している。痛々しかった。
 けれど、外傷はそれくらいだ。この程度の怪我で人間というのは死ぬものなのか?
 とは言うものの、相当の量の血液があたりを赤々と染めあげ、
 この暑さのせいだろう、もう既に乾きはじめていた。

 うつ伏せに倒れた死体。しかも、全裸。
 これら状況をかんがみれば、どう考えてみてもそうとしか思えない。
「これは事件だな」
 重い口を開き、私は結論を下した。
「――しかも、殺人事件だ」

 そんな私などは傍目に、向こうではニーナを囲んで、ぺちゃくちゃわいわいがやがやといった有り様。
 さっきからなんだというんだ、この緊張感の著しく欠如した連中は。
 人ひとりが死んでるというのに。これでは今にもお茶会でも始まりそうな勢いだ。
 こんなところを見たら、間違いなくペリーヌは泣くだろう。私の胸にこみあげてくるものがあった。

「おい、リベリアン」
「ん? なんだよ? 今、いいとこなのに」
「いい加減にしたらどうだ。私にばっかりさせてないで、貴様も捜査に協力――」
「ああ、だったらこれ。みんなから話を聞いて、あたしがまとめたんだ」
 リベリアンはそう言うと、クリップ留めのレポートの束を私に差し出してきた。
 なんだ。こんなものがあるなら、さっさと渡せばいいのに。まあ、ありがたく受け取っておく。
 私はそれをパラパラとめくってみた。各人ごとに朝から今現在までの行動をまとめてある。
 ――と、ふと、その手が止まった。無意識だった。
 アイツのところだ。やはり基地にはいないらしい。
 まったく、こんな時にどこでなにをしてるんだ……。
 既に知ったこととはいえ、そう思わずにはいられなかった。
 いや、今はそんなこと言っている場合ではない。それより、目の前の事件だ。
 気を引きしめて再び、最初に戻って考えていくことにした。

  《エイラ》
  自分の部屋から食堂へ向かう最中、ミーティングルームで倒れているペリーヌを発見した。
  (その直前、自室の前の廊下を横切るペリーヌを目撃している)
  あわてて宮藤を呼びに行って、そこでリーネとサーニャとも出会う。
  3人を現場に呼んで来た後、他のみんなも呼んでくることになった(本人談)。


「第一発見者はエイラ、お前で間違いないんだな?」
 確認のため、私は訊いた。
「ン? そうだけど。今、いいとこだったのにナ」
 エイラは心底嫌そうな顔を私に向け、答えた。
「その時からこういう状況だったのか? 服も……」
「アア。すっぽんぽん。もういいカ?」
「まだだ。――これによると、お前はその直前にもペリーヌを見てるとあるが」
「ウン、私の部屋の前をすぐ通りすぎていったけど」
 なるほど。つまりコイツは生前のペリーヌをおそらく最後に目撃した人間でもあるわけか。
「それから死体を発見するまでの時間はどれくらいだ?」
「5分くらいカナ」
「5分!?」
 それが本当なら犯人は、たった5分で(実際はさらに短いだろう)犯行に及んだ上に、
 遺体から服を脱がせ、さらには現場から逃走したことになってしまう。
 そんな早業、はたして可能なのか?
「ナー、もういいカ?」
「まだだ。――その後お前は宮藤を呼びに行ったとあるが」
「ほら、死んだ人が生き返る魔法ってあるダロ? 宮藤なら使えるかもって思ってサ」
 そんな魔法、現実にあるのか? ……いや、あるはずがない。今この状況が、その証左なのだ。
 エイラは言い終えるとすぐ、また輪のなかに戻って行った。
 なんてヤツだ。まあいい――とにかく、他の証言とも照らし合わせていかないと。

  《宮藤》
  自分の部屋で寝ていた(本人談、リーネの証言)。声をエイラが聞いている(エイラの証言)。
  エイラから事件のことを聞いて一度現場に来て、その後堅物を呼びに行った。
  《リーネ》
  宮藤の部屋にずっといた(本人談、宮藤の証言)。声をエイラが聞いている(エイラの証言)。
  エイラたちとここに来た後、エイラといっしょに食堂にいるあたしたちを呼びに行った。
  《サーニャ》
  部屋で寝ていた(本人談、エイラの証言)。
  一度起きたが、現在はまた寝ている。


 そのサーニャはといえば現在、数人掛けのソファーの隅っこで、うとうととまどろんでいる。
 いつもなら哨戒任務を終えてぐっすりと眠っている時間なのだ。
 こんな事件さえなければ、部屋のベッドでゆっくり寝かせてやりたいところなんだが……。
 その隣には退屈そうにごろんと寝転ぶルッキーニがいる。コイツは別だ。

 芳佳、リーネ、サーニャ。この3人にはアリバイがアリというわけか。
 いや、待て。共犯の線も考えられるな。なにかのトリックを使ったという可能性も……
 それがなにかはまだわからないが。
 ――とにかく、次だ。

  《あたし》
  ずっと食堂にいた。堅物を追い出して、少ししてから少佐がやって来た(本人談・少佐の首肯)。
  みんなから聞いた話をまとめてこれを書いた。褒めて褒めて。
  《坂本少佐》
  食堂であたしといっしょにいた(あたしの証言)。
  それより前はペリーヌといっしょにいたらしい。なにやらゴタゴタしていた模様(本人談)。


 その坂本少佐はといえば、ひとり掛けのソファーに深く沈みこみ、
 心ここにあらずといったふうになってしまっている。
 あのいつも豪放磊落な坂本少佐がだ。それだけ悲しみが深いということなのだろう。
 すっかり脱け殻となっていて、少佐のいるその場だけ、ぐんと重くよどんでしまっている。
 悼んでいる……この場にいるなかで、おそらくただひとり。
 こんなところを見たら、間違いなくペリーヌは泣くだろう。私の胸にこみあげてくるものがあった。

 事件は猟奇的な殺人だ。
 しかも、外部犯ということは考えにくい。犯人はこの場でのうのうとしているに違いないのだ。
 だから一刻も早く、犯人を見つけないと――
 それは、こんなになった坂本少佐のためにもだ。
 こんな時にこんな話が酷なのは承知だが、致し方ない。
 私は坂本少佐に話を聞いてみることにした。

「あの、坂本少佐」
「………………」
 少佐からの反応はない。
「ここに今朝、ペリーヌといっしょにいたとありますが」
「………………」
「なにやら揉めていたようですが」
「………………」
「なにか、お話を」
「………………」
 やはり、少佐からの反応はない。
「坂本少佐……」
 なんと痛ましい姿なのだろう。今の坂本少佐から話を聞くのは不可能だった。
 私もこれ以上、なにかを口にすることができそうにない。
 ――仕方がない、次だ。

  《ハルトマン》
  廊下で探し物をしていた。お風呂場の近く(本人談)。
  それをマイハニーが目撃している(マイハニーの証言)。


 そのハルトマンはといえば、もうひとつあるひとり掛けのソファーにどっぷりと座りこみ、
 なにやら黙々と本を読んでいる。
 本を掲げるようにして読んでいるので、私からも表紙が見えた。
 それは私も知ってる物語だった。
 たしか、母親が義理の娘の殺害を画策するサスペンスだったと記憶している。

 さて、ハルトマンは残念ながら、アリバイはアリともナシとも言えるようだ。
 ハルトマンが廊下で床に這いつくばって、懸命に探探し物をしていたのは私も見ているが……。
 ん? 探し物?
 ふと、ふいにこれとは別のあることを思い起こした。
 私の部屋が私に身に覚えのなく、見るも無惨に荒らされまくったもうひとつの事件。
 コイツ、もしかして私の部屋を――
 と、とにかく、話を聞いてみるしかなさそうだ。

「なあ、ハルトマン」
「邪魔」
 はっ、話しかけるや否や、即答ときた。
 ……いや、気にするな。しらばっくれるつもりなのかもしれないじゃないか。
「ここに探し物とあるが、結局見つかったのか?」
 根気よく、それとなく、私は訊ねた。
 ハルトマンは無言のまま、首を横に振って答えた。
「そ、そうか……」
 今日のコイツはなんだか変だ。いつも以上になにを考えているのか見当がつかない。
 ただ機嫌が悪いだけなのかもしれないが、とても空気が重い。
「……いったいそんな熱心に、なにを読んでるんだ?」
 沈黙を持て余して、私は訊いた。なんとしょうもない質問だろう。
「53番」
「いや、そうじゃなくて」
「そこに落ちてた」
 首の動きだけでハルトマンは遺体のすぐ近くを示す。
 ――その瞬間、私の体に閃光が走った。
 バラバラになっていた頭のなかのジグソーパズルが早急に組み立てられ、
 その最後の1ピースがピタリとハマったのだ、ピタリとハマったのだ。

 この本はペリーヌが犯人を知らせるため、最期の力を振り絞って残したものなのだろう。
 すなわち、これはダイイングメッセージであると考えて間違いない。
 そして、その本は53番――
 53番といえばレッドスター。赤い彗星。
 つまりキーワードとなるのは“赤”と“スピード”。
 これは某大佐が通常の3倍であることから考えても揺るぎようのない事実だ。
 この事件が早業であることともバッチリ当てはまっている。

 ――では、これらが指し示す人物とははたして誰か?
 “赤”、それに“スピード”。
 これらに符合する人物といえばただひとり。すなわち――


第3話 赤い彗星 おわり



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