親子以上恋人未満?
今夜は、一段と冷える。
シーツを頭まで被り、さらにはジャージに身を包んでいるのに、あたしはぶるぶると震えながらベッドに横たわっている。
「くうぅ……寒ぃ……」
口に出すとますます寒くなる気がするが、言い出さずにはいられない。さっさと寝てしまえば良いのだけれど、こんな夜に限って目が冴える。
けれど、あたしが眠れない理由は寒さだけではない。
ここ最近あたしは、ルッキーニのことで頭を悩ませているのだった。
あたしはルッキーニのことが好きだ。
いや、もっとはっきりと言おう、あたしはルッキーニの恋人になりたい。
ルッキーニにそんな思いを寄せるようになったのはいつからだろう。初めは、ただ気の合う年下の同僚だったのに。
それなのに、いつの間にかあたしは彼女の艶やかな黒髪とか、綺麗な肌とか、快活な性格とかにどうしようもなく心をかき乱されていたのだ。
だが、この想いは報われないだろう。
女同士、だからじゃない。ウィッチ同士が心を通わせ、そして恋人になることはそんなに珍しいことじゃない。
報われぬ理由はとても単純。あたしのルッキーニに対する好意と、ルッキーニのあたしに対する好意は別のものだから。
ルッキーニにとって、あたしは母親のようなものだ。そうでなくとも友達の域をでないだろう。あたしと恋人になるなんて思っても無い筈だ。あたし自身始めから分かっていたし、それでいいとこうなるまでは思っていた。
いっそ思い切って告白してしまえばいいのだろうが、生憎あたしにそんな勇気はありゃしない。エイラをヘタレだと馬鹿にしていたけれど、いざとなるとアイツの気持ちが良く分かる。
どうしたものか――そんな事を思ってベッドの上で悶々としている間にも閉め切った窓から、ドアから、そこら中から冷気が忍び込んでくる。宮藤の持っていた『ユタンポ』だったか、アレでも借りればよかったなと今更あたしは後悔した。
――とん、とん。
そんな風にしていた時、常に冷気を発しているドアをノックする音が。
一体誰だ? こんな時間に。
「んん~、今開ける」
シーツを体に巻きつけて、ドアを開けに行く。その向こうに居るのが誰なのかはなんとなく想像がついた。
「ウニャ……シャーリィ……」
深夜の来客者は、やはりルッキーニだった。お気に入りの毛布を抱えて、あたしを見ている姿が最高に愛らしい。
「……ごめん、起こしちゃった?」
心底すまなそうにルッキーニは澄んだ瞳をこちらに向ける。あたしはたったそれだけのことにどきどきしながら、大きく首を横に振った。
「いやいやいや! あたしも寒さで眠れなくってさ……それより何でここに?」
実際はルッキーニの事で悩んでいたからだけど、勿論それは秘密にしておく。寒さと言うのも嘘と言う訳ではないし。
「秘密基地で寝てたんだけど……外、すっごく寒くて……眠れないの……」
確かにこの寒さの中、外で眠るなんて出来る訳がない。基地に戻って来たのは当然だろうな。あたしはルッキーニの話を聞きながら頷いた。
「だからね、シャーリー……一緒に寝よ? そしたら二人ともあったかいし、きっとよく眠れるよ」
「え?」
なんて、言った? 一緒に寝る? 彼女に他意はない、ある訳がない。本当に一緒に寝るだけだと分かっていても。あたしはその言葉だけでくらくらした。
「ウジュ~……ダメ?」
「そんな訳……ッ」
心臓が激しくビートを刻む。体中がカッカと熱い。一足先にあったかくなってきた。
「そうだな! そいつは素敵で、いい考えじゃないかッ!」
声が妙に上ずっている。動揺しすぎだぞ、あたし。
「うん。じゃあ寝よ? シャーリー」
そう言ってルッキーニはベッドへ歩いていって、ころりと横になった。あたしもそれに続き、再びベッドに身を横たえる。
すると、すかさずルッキーニはこちらにその小さな体を寄せてきて、そのままあたしの胸に顔をうずめてきた。
「えへへ……ぱふぱふ~」
ああ、もうこのまま死んでも悔いは無い。全身の血が沸騰しそう。
「シャーリーの体あったか~い……」
「ルッキーニも、な」
あたしはさりげなくルッキーニの身体に腕をまわす。その抱き心地のよさにあたしはうっとりした。
「どうだ? 眠れそうか?」
「うん、もう寒くないもん! ところでさ、シャーリー。マーマがこんなこと言ってたの、『同じベッドで寝るのは恋人か親子だけ』……なんだって」
「へぇ、それで?」
「あたし達は……どっちなのかな?」
その問にあたしは背後から襲われたような気になった。それはまさしくあたし達の関係の核心をつく問いかけではないか。
「……ルッキーニは、どう思ってるんだ?」
あたしの選択は、選択を避けるという卑怯なものだった。
答えることも怖かったし、なによりもまずはルッキーニを気持ちを知りたい。これは、腕の中の愛しい人があたしの事をどう思っているのかを知る絶好の好機だ。
「あたしね、シャーリーのこと、マーマみたいに思ってるよ」
……終った。
失恋とは、あっけない、ものだな。
胸に形容しがたい痛みが。
見えないナイフでさされてしまったかのよう。
「そうか、そうなの……か」
短く、それだけを言った。落胆を気取られないように。零れてきそうな涙が零れないように。
「でもシャーリーはマーマみたいだけど、マーマじゃないの」
あたしは無言だった。なにか言おうとしたら、泣いてしまう気がする。。
「マーマと違って、一緒に居たら胸がどきどきして……それからすごく苦しくて、切なくなるの……」
それは……都合良く解釈していいのか? ルッキーニ?
「だからさ、うまくいえないけどシャーリーはあたしのトクベツな人なんだ。恋人か親子かは、よくわかんない。だからシャーリーに聞いてみたかったの」
「マーマじゃ、ないんだな……」
「ないよ、
どうやら可能性はまだあるらしい。
いや、そもそも、あたしのソレは始めから可能性がどうだとかいう問題じゃない。
ソレは音速を目指すことと同じ。たとえ可能性がほんのごく僅かなものでも、臆する事なく挑戦しなくてはならないんだ。
もう、眠れなくなるまで悩むのは、やめよう。そんなのあたしらしくない。
腹をくくれシャーロット・E・イェーガー。やると決めたなら、今、やるんだ。
「……ルッキーニ。聞いてほしいことがあるんだ」
長い長い沈黙の後、あたしはゆっくりと言葉を出していく。体が緊張に震え、汗が額に浮く。
「あたしもさ、ルッキーニの考えると胸がどきどきしたしたりさ、苦しくなったりするんだ」
ルッキーニは返事をせず黙っている。
「それは、きっと。少なくともあたしは、その理由がルッキーニが好きだからなんだって、思うんだ」
言ったぞ。
少々もたついたが、ついに言った!
あとはルッキーニの返事を待つばかりである。
「ルッキーニ?」
おかしいな、返事がない。
「返事は……?」
言いながら視線を落としていくと、そこには既に穏やかな彼女の寝顔があった。
「そりゃないぜ……ルッキーニ」
全力で空振ってしまった……原因は告白までに間をとりすぎてしまったことか。起こしてまで、言い直す気力はもう無い。
「まぁ、いいかぁ」
返事を聞き損ねたことにあたしはずっこけながらも、ちょっぴり安心してため息をつく。
今夜はもう充分よくやった。勇気が続くなら、明日であっても出来る筈。
そうしてあたしは愛しい人が凍えないよう、今までよりほんの少しだけ強く抱きしめて目を閉じたのであった。
≪了≫