軍人らしく


「たたたっ、大変だあぁぁぁ!」
「な、なんだよーうっさいなー!?」
「大尉……どうしたんですか、大声上げて」
「と、とにかく大変なんだ! 大変なんだ!」

 サーニャとエイラと芳佳とリーネと、そしてミーナと美緒。特に珍しくもない面子がミーティングルームに集まって適当に談笑に興じて
いたとき、それは訪れた。突如血相を変えて飛び込んだゲルトルートは、まるでこの世の終わりを見たかのような顔をして息を切らせていた。

「フラウが! フラウがあぁ!」
「お、落ち着いてトゥルーデ」
「バルクホルンさん、ほら吸って、すぅー」
「す、すー……」
「はい吐いて、ゆーっくりですよー、はぁー」
「はーあぁ……」
「はいまたゆっくり吸ってー」
「すううぅぅぅー……」
「はいまたゆっくり吐くー」
「はあああぁぁぁー……」
「さすが芳佳ちゃん……扱いが手馴れてる……」
「で、どうしたんですか?」
「―――そ、そうだっ! た、大変なんだ!」
「ああ、もう手のつけようがないや……」
「諦めるな宮藤! がんばるんだ、宮藤ィッ!!」
「いや私別に被弾してませんから」
「宮藤、そこは空気読めよなー」
「芳佳ちゃん、だめよ、ちゃんと言わなきゃ」
「えー……」
「こらお前ら、私をハブるな! ちゃんと聞けええええ!!」
「だからまずは落ち着きなさい、バルクホルンっ!」

 ゲルトルートと同じく声を張り上げるミーナ。それでようやく正気を取り戻したか、ゲルトルートは今度は自分で深呼吸をして息を落ち着けると、
すまないと一言謝った上で言った。

「で、何が大変なのかしら?」
「そう、きっとこの世の終わりだ……フラウが、フラウが『軍人らしいことしたい』とか言い出したんだ! あのズボラフラウがだぞ!?」

 一瞬の静寂、むしろ沈黙。しかしそれは数秒と続かず、そしてミーティングルームは嵐に包まれた。

「なんですってええええええええええええ!? あの、あのフラウが!?」
「ハルトマンが軍人らしくだとッ!? くそ、ついにこの世の終わりがやってきたのかッ!?」
「どうしよう芳佳ちゃん私まだ死にたくない怖いよ怖いようわあああああん」
「おおおおちついてリーネちゃんまだそうと決まったわけじゃがくがくぶるぶる」
「おまえらおちつけよなー、なにそんなにあわててんだよー」
「そ、そういうエイラ、あなただって足ガクガクよ……!」
「う、うるさいなあ! わわわたしはたださむいだけで……ささささサーニャだって震えてるじゃないかーっっ!」
「だって怖いんだもの、仕方ないじゃない!」
「どどどどうしよう!? どうしようミーナ!!」
「そ、そんな私に振らないでっ!」

 騒ぎを聞いて、ペリーヌが鬱陶しそうな顔をして戻ってくる。一体何事かと問うて、そして先のゲルトルートが放った一言が告げられる。
それきりペリーヌも喧騒の一員に加わった。

「ま、まずは皆さん落ち着きましょう! か、考えるんですっ!」
「なにをだ!? 何を考えるというんだ宮藤ィッ!!」
「どうしたら世界の滅亡から逃れられるかです!」
「じゃあどうしろっていうんだ!? 空に逃げるか!? ネウロイとお友達になるか!? そんなの無理だし意味ないぞ!!」
「しぇ、しぇるたー! そうです、核シェルターですぅぅっ!!」
「りりリーネさん、なんですの、そのかくしぇるたーっていうのはぁっ!?」
「わ、わたしきいたことあります……なんでも、か、核反応を利用した爆弾の攻撃を耐えられるとかって……!!」
「なんだよそれー! 核反応を利用した爆弾ってなんだよそれーっ!!」
「しかし相手はあのフラウだぞ!? もう私たちに残された手なんてない!」

 相変わらず騒ぎ続ける一行を前に、のほほんとした声がミーティングルームに響く。ばっと全員が振り返ると、そこには―――

「……どったの? みんな」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!! フラウよ!!! フラウが現れたわ!!!!!」
「くそ!! こうなったら止むを得ん! 全員、手近な武器をとれーっ!!」
「え、武器? なんで?」
「は、ハルトマンさん、ごめんなさいっ!」
「ふえ?」
「世界の滅亡を防ぐにはこれしかないんです!」
「ちょっとミヤフジ? リーネ? 何言ってんの? ブリタニア語でおkだよ?」
「何をおっしゃいますの!! あなたのせいで世界は……世界はぁっ!!」
「はい? あのー、ブループルミエサマ、何をおっしゃっていらっしゃるのでせうか?」
「ごめんなさい、ハルトマンさん……私はみんなの味方だから……!」
「さ、サーニャは私が守るんだな!!」
「……えーと。あのさ、とりあえず」

 よく状況がつかめないエーリカだったが、ひとまず右手に握ったトランプを差し出した。

「みんなでポーカーやんない?」







 一瞬で場が白けた。数秒後、全員の声が一致して『は?』ととぼけた返事を返す。サーニャでさえ「は?」である。一行は何度か見合わせて、
そしてゲルトルートが改めて問う。

「え、ええとだな、エーリカ。『軍人らしく』ってのはどうなったんだ?」
「えー? いやだからさー、軍人らしくみんなでポーカーでもやろうよーって話」

 ……。

「……どこが、どう、軍人らしいんだ? 答えてみろ、この、エーリカ・ハルトマン中尉?」
「なんかトゥルーデキモいけどまあいいや。いやほら、パイロットとかってよくチップ賭けてポーカーやったりしてんじゃん? だからさー、
せめて賭けなしでもいいからやろうよーみたいな」

 ……。

「トゥルーデ? どういうことかしら?」
「え? あ、え? わた、私なのか?」
「どったの? トゥルーデってば私がそれ言おうとする前にどっか行っちゃうからさ、まあいいやーと思って二度寝したんだけど」

 …………。

「バルクホルンサン? ドーナッテマスカ?」
「あー、その、なんだ宮藤。頼むからそんな目で見ないでくれ……」
「……ふーん」
「リーネ! 悪かった! 私が悪かったああぁぁぁ!!」
「まーいーや、なんか修羅場っぽいしみんな楽しそうだし、私は要らない子ってこっとでー」

 立ち去ろうとするエーリカ、しかしミーナがそれをとめる。

「どうせならやりましょう?」
「え、いーの?」
「もちろん、賭けなしでね?」
「バルクホルン、少しお話聞かせてもらえるな?」
「少佐! キャラが違います! 絶対少佐とはキャラが合いませんぁあああああ!!!」
「大尉……あなたには失望しました……」
「もどってくんな!」
「ひ、ひどい! なんで! なんでなんだああぁぁぁぁ!!」

 - - - - -

「十です」
「パスだ」
「イレブンバックですわ」
「はい、八切り。次は三三ね」
「五五で五飛びです」
「……お前らとことん私をいじめるんだな……」

 かくして芳佳の提案で大富豪をやることになった一行は、何とか許してくれと必死に頭を下げるゲルトルートを仕方なく仲間に入れてトランプに
興じていた。しかし露骨にゲルトルートをいじめる行為ばかりが続いていて、先ほどからゲルトルートは大貧民の連続である。今もサーニャが黒い
オーラを纏って、ミーナの三の二枚出しに続けて五の二枚出しを放ったところだ。ローカルルールを取り入れて、五飛び、八切り、イレブンバック
を導入。その他革命、階段、縛りのルールも含め、そこそこややこしいルールで遊んでいる。ただ流石に軍人だけあって物覚えは早いようで、一行は
二回もやれば十分にルールを理解していた。現在はもうかれこれ六回目も終盤になりつつあった。

「ふっふっふ、食らえミヤフジ! ダブルキングだ!」
「詰めが甘いですよ、ハルトマンさん。はいっと」

 そう言って芳佳が差し出したのは二を二枚。エーリカはこれで決めるつもりだったらしく、口をあんぐりとあけてショックを隠せない様子だった。
なにしろここまでキング以上のカードが出た場合には芳佳は片っ端からパスしていたので、それ以上は持っていないものと思っていたのだ。しかし
ジョーカーが二枚出たこの状況において、二よりも強いカードはすでに存在していない。芳佳は余裕綽々で場を流すと、続いて二枚のうち片方を
出した。そこには『八』の文字。もはや戦局は絶望的だった。

「よっし、あっがりー! 最後は五飛びです、ごめんねリーネちゃん」
「うわーん! 芳佳ちゃんひどいよぉぉぉー!!」

 泣き叫ぶリネット。無理もない、芳佳が本気で仕掛けるものだからここのところリネットの手札の数はゲルトルートと大差ないのだ。流石に
五飛びで飛ばされ、三枚同時縛りでハメられ、階段で飛ばされ、革命でひっくり返され、イレブンバックで陥れられ、縛りバックでトドメを
刺されては泣くほかないだろう。当然出せないわけではないのだが、二枚同時にしても三が二枚とか六が二枚とかあっても大して役に立たない。
加えてジョーカーや二は交換ルールの都合上さっさと二番手に持っていかれてしまうので、リネットに勝ち目はほとんどないと言えた。今回は
ドボンルールがないため、たとえ次に芳佳が負けても芳佳は大貧民には転落しない。

「くっそー、なんかさっきからミヤフジ調子いいぞー」
「えっへへーん、最近訓練も実戦もいい感じですからねー。勢いに乗ってるんですよ」
「ほう、最近のスコアはどうなんだ?」

 ゲルトルートが、初めてカードを出しながら言った。そう、芳佳が上がれるほどに順番が回っているのにゲルトルートはずっとリネットと
同じ状況で吹っ飛ばされ続けてきたのだ。おかげでこの回でカードを出したのは初めてで、しかも出したカードは四が一枚だけである。
芳佳はそれに対して余裕の表情で、少し悩むそぶりを見せてから返事を返した。

「訓練ではペリーヌさんも敵じゃなくなりましたし、ミーナさんとも大分戦えるようになりました」
「そうだな、私との模擬戦もだいぶらしくなってきた。頼もしい限りだ、はっはっは! 六だ」
「悔しいけれど事実ですわね……八切りですわ、続いて四を二枚で」
「そうねえ、最近の宮藤さんは目を見張るものがあるわ。トゥルーデ、あなたでもいい戦いができるんじゃないかしら。それじゃあクローバで
縛ってイレブンバックね」
「エイラの未来予知の先を読むんだもの……芳佳ちゃん、本当にすごいわ。八で切って九を二枚です」
「くっそおおぉぉ……パス……」
「そうなんだよなー。宮藤、お前なんかチートか裏技でもつかってんじゃないのかー? ほい、ハートで縛りバック」
「パス」
「使ってないよぉー。ていうかエイラさん、変態だね」
「そうですよー。ハート縛りバックだなんて、本当に変態です。三で切って、じゃあ七を二枚で」
「お前ら、言わせておけばー!」
「くっ……仕方ないな、九を二枚でスペードとダイヤの縛りだ。いや、私も宮藤の成長具合にはなかなか驚いているんだ。私もこの短期間で
ここまで行くとは思わなくてな、はっはっは!」
「少佐の読みを上回るなんてちょっと生意気じゃありませんの? そしてありがとうございます少佐、クイーンで上がりですわ!」
「まあまあ、強いことはいいことじゃない。はい、八で切って二で飛ばして十を三枚で上がりね」
「……中佐、ひどいです……クイーン二枚。私はそもそも後衛なので話についていけません……」
「だから私は八以上を持っていないと何度言えばっ……!!! しかしそうだな、一度宮藤とは模擬戦をやってみたいものだ」
「大尉は宮藤のこと可愛すぎて戦いにならないかもなー。パス」
「くかー……パス」
「えー、バルクホルンさんに限ってそんなことないよー。ですよね?」
「……まさか否定できないんじゃ……キング二枚」
「まさか、バルクホルンに限ってな。パスだ」
「大尉がまさかそんなわけ……ありえませんわ」
「でもトゥルーデならあながちありえなくもないわ」
「皆さん大尉をどんな目で……ううん、でもそうかもしれません……パス」
「だあああ!! サーニャまで!! 私はちゃんと公私の切り替えはできる人げ……というかそもそも可愛すぎて撃てないってどんな状況だ!」
「えー? 大尉なら日常茶飯事だろー。パス」
「うぅーん……まあトゥルーデシスコンだしぃー……パスくかー」
「でも私バルクホルンさんの妹じゃないですよ」
「というか話がずれてません? 元は芳佳ちゃんのスコアだったはずじゃ……ごめんなさい、エース二枚で上がります」
「何ィ!? バルクホルンと同じぐらい手札があまってると思っていたが……四。で宮藤、実戦のスコアはどうなんだ?」
「えーっとですね、最多が一日で二十機だったかな? ここのところブリタニアも勝手に勢い付いてるつもりになってますから、スコアが伸びに
伸びるんですよねー」
「あら、すごいじゃありませんの。でも少しはブリタニア出身の方のことを考えてはどうかしら?」
「それもそうだけれど、私たちの戦ってる相手とリーネさんとでは中身というか考え方というか違うじゃない」
「ペリーヌさん、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、中佐の仰るとおりですから」
「リーネさんは優しいんですね……十で上がりです」
「くそ、ふざけるな……なんでだ! なんで大富豪でもスコアでも負けてるんだ! 私一日で十八だぞ!」
「大尉の場合は大型機単独撃破のスコアがたくさんあるからまだいいんじゃないかー? ほい、イレブンバックでおしまいな」
「わたしー十七ーえへへーはいあがりー」
「負けてるって……総合スコアではバルクホルンさん圧倒的じゃないですか……」
「そうですよー。でも芳佳ちゃんもすごいよね……」
「ああ、一日で二十機なんてそうそう撃墜できるものじゃないぞ。三で上がりだ」
「くそおおおおおお!! なんで私の手元にはまだ四枚も残っているんだ!!!! 畜生! こうなったら宮藤、模擬戦だ! 準備しろ!」
「……ストライカー、点検中ですけど?」
「…………………………………………………………………………………………………………すまん」
「やーい、トゥルーデばーか」
「ば、馬鹿とは何だ馬鹿とは!」
「しかしこれだけだと一人当たりの手札が少なくてつまらんな、よし、もう一セット追加だ」
「あら、いいわね。ひとつの数字が四つから八つになると、ずいぶんややこしくなるわ」
「それにしても中佐、普段はこんなこと許可なさらない……というか中佐も参加される余裕などありませんのでは?」
「こういうのは戦略性が重要なのよ。実戦で頭を回転させるためにも、柔軟な発想や現状の把握能力の訓練には割と良いの」
「あー、それでかー。なるほど納得ー」
「中佐、いつでもそんなこと考えてらっしゃるんですか?」
「いつでもってほどではないけれどね。まあ、余裕があるときにはね」
「はっはっは、まあそんな堅い話は後回しにして、次にいこうじゃないか。ほら、ちょうどカードも配り終わった」
「二セット使うんですし、交換するカードの量も倍にしませんか?」
「お、賛成だな」
「私も賛成……」
「なぁっ!? 宮藤、貴様私からどれだけカードをひったくる気だあぁぁ!! 最悪だぞ!!」
「ごめんなさいバルクホルンさん、でもこれも因果応報です」
「まだ根に持ってるのかよ!」
「いや、今この場で許してる人は誰もいないかと」
「「「「うんうん」」」」
「うわあああああああん!! なんで私だけこんな扱いなんだああぁぁぁぁぁ!」
「うるさいからだよ」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それからしばらく続けるうち、時間の経過により仕事が変動していくため人は徐々に減っていった。最初にペリーヌが抜け、しばらくして美緒と
ミーナが同時に抜けた。リネットも整備終了の時間を見計らって自主訓練のためにハンガーに向かい、エイラとサーニャは夜に備えて寝ることに。
最終的に残ったのはエーリカとゲルトルート、芳佳の三人だけだった。三人にもなると場はかなり和んで、ついでに少し時間を空けてもらった隙に
芳佳が持ち込んだアイスティーのセットで紅茶も飲みながらの優雅な時間へと変貌する。

「んでさー、最近ミヤフジはどういう訓練してんのよー?」

 クローバーの三。

「どういうって、そう大した訓練はしてませんよー」

 クローバーの四。クローバー縛り。

「見ている限りでは模擬戦と障害物の回避訓練が多いようだが」

 クローバーの八。ダイヤの三、四、五、六。五飛び、ダイヤ縛り。

「うわ、えげつな。 模擬戦って誰とやってんの?」

 五飛びで順番なし。

「んー、そうですねー、最近ハルトマンさんにお願いすることも多いので大体分かると思うんですけど、ミーナさんとか坂本さんとか、強い人と
戦うようにしてます」

 ダイヤの八。スペードとハートの四。

「む…… なるほどな。なら今度、私とフラウの二人でやってみるか」

 クローバーとハートの六。

「いや絶対無理ですって」
「にゃはは、でもミヤフジならそれなりの時間生き残れそうだよねー」

 ダイヤとクローバーの七。

「えー、そんなことないですよー。流石にエース二人相手に生き延びろなんて私には無理ですうぅぅー……」

 ダイヤとクローバーのジャック。イレブンバック、ダイヤとクローバー縛り。

「ぐう…… しかしお前の技量ならそこそこはいけそうな気がするがな」

 パス。

「だよねー。ねーねー、今度ほんとにやってみようよー」

 パス。

「だから無理ですってばぁ! せめて実戦でスコア競うぐらいにしてくださいーっ」

 スペードの三。

「お、いいな。ならば次の出撃でやろうじゃないか」

 スペードの五。五飛び。

「うっへー、まじでー いいねいいねー、ここはもうやるっきゃないっしょー!」

 五飛びで順番なし。

「うええぇー、自分でハードルあげちゃったよー……はあぁぁ……」

 スペードの六、七、八、九。スペード縛りだが八切りのため無効。クローバーとハートのクイーン。

「ちょっと待て、宮藤貴様何枚出してやがる」
「え? そんなに数出してませんよー」
「嘘を吐け、のこり五枚じゃないか……くそ、阻止するしかないか……  ハードルあげるも何も、現状はお前のほうが瞬間火力は大きいだろうが」

 クローバーとハートのキング。クローバーとハート縛り。

「だからえげつないってば! そうだよー、一日あたりの最高スコアで言えばトップエースじゃん」

 パス。

「だからそんなことありませんってばー」

 クローバーとハートのエース。

「……お前、喧嘩売ってるだろう? さっきから言ってることと行動がまったく違うぞ」

 パス。

「ミヤフジってしたたかだよねー」

 パス。

「そ、そんなことないですってばー!」

 ハートの九。

「しかしそれもこれで今回限りだ。カールスラントの誇るエースとして、お前には負けんぞ」

 ハートのジャック。ハート縛り。

「それはいいけど私まで巻き込まないでよねー」

 ハートの七。

「でも、それって夢に終わったりしません?」

 パス。

「強がりは虚勢にしか聞こえんこともあるぞ」

 パス。

「それはトゥルーデもねー」

 ダイヤのクイーン。

「それを言うならハルトマンさんもね」

 ……ジョーカー。手札、残り一枚。

「え」
「あ」

「ほら、やっぱり。『一時の』夢だったりするんですよ」

 ―――ハートの三。バック時と通常時の最強カードを両方揃えて、最後に勝ち抜いた。

「くそっ! してやられた!」
「いやトゥルーデ、あのさ、私巻き込むのやめてくんない? 一人上がった状態でまだ十三枚ってナニコレ」
「私だってまだ七枚あるぞ……宮藤のカードが強すぎるんだ畜生」
「都合よく並んでたのもありますけど、やっぱり作戦ですよ」
「畜生め……次は勝ってやるからな」

 ダイヤの十。

「その前に私がいるけどねー」

 ダイヤのクイーン。ダイヤ縛り。

「ちぃっ……、くそっ」

 パス。

 クイーンより上はゲルトルートはキングか二を二枚しか持っていない。二は片方がダイヤだが、出せば負ける。ジョーカー二枚で芳佳が出した以外に
ゲルトルートの手元になければ、エーリカは確実にジョーカーを持っている。おそらくクイーンを惜しげもなく出したのも、二重出しに柔軟に対応
できるからなのだろう。となれば今エーリカの手元にクイーンは一枚以上あるはず。これは本格的にまずくなってきた。
 本当はイレブンを出してイレブンバックになってくれるのが理想だった。しかしエーリカにはそれが読めていたらしく、ずいぶんといやらしい
ところを突いてきた。カードがたくさんあるというのはつまり、それだけ手数が多いことも意味している。ついでに言うなら、二は今まで一度も
出ていない。となればエーリカの手元にも二枚あるはずで、そしてエーリカにもゲルトルートの手に二が二枚あることはばれているはずだ。
エーリカがどんなカードを持っているか分からないが、少なくとも低位のカードは大方出払っているはず。難しいところである。

「んー、そうだなー。トゥルーデが持ってそうなところっていうとこの辺とか?」

 クローバーの五。五飛び。

「まあいいさ、落ち着いてやればいい」

「そだねー、んじゃねー……」

 スペードの十。

「ふむ……それじゃあこれで」

 スペードのキング。スペード縛り。

「お? 来るねえ」

 スペードのエース。

「ほう」

 パス。

 芳佳が、二人の手札を見比べてはっとする。

「んじゃこいつでー」

 クローバーとハートの十。

「うぐ……くそ……」

 パス。

 再び芳佳が表情を変えた。

「くっろくっててっかてっかつーやっつやー」

 スペードのクイーン。

「何だそれは……」

 ダイヤの二。

「黒い悪魔のうたー♪」

 パス。

「しかし残り三枚だぞ」

 クローバーの九。

「気づいてないの?」

 スペードの二。

「何がだ?」

 パス。

「トゥルーデにはもう勝ち目ないんだよ?」

 ハートの二。

「ほう、そうかそうか」

 パス。

「あれー? まだ強気なんだ」

 ジョーカー。

 芳佳が、まるで勝敗が決したかのような顔をした。

「なんだエーリカ、強がりか?」

 パス。

「……まだ気づいてないの? 私これであと二枚になるんだけどなー…………」

 ――エーリカの手が、止まった。

「ふん」

 ゲルトルートが勝ち誇ったように笑う。

「さては油断してカードを間違えたな」

 ゲルトルートがひらひらと左手でカードをちらつかせた。そこには墓地から引っ張り出した一枚のカード……『エース』。

「くっそー! トゥルーデめえええええ!!!」
「っはははは! エーリカは昔からそうだ!」
「うわーん! トゥルーデの馬鹿ー!」

 ――残るエーリカの手札はダイヤの九、スペードのジャック、ダイヤのエース。
 対してゲルトルートの方はハートの五、ハートの八、クローバーの二。ゲルトルートが二をまだ持っていることはエーリカも分かっていたので、
二を出さざるを得ない状況に追い込んでからジョーカーで被せれば確実に勝てたのだ。そう、少なくとも九以上をゲルトルートが持っていることが
ありえないことは記憶力のいいエーリカならば気づいていた。何を持っているかまでは気づかなかったが、後半で怒涛の勢いで消費され始めた高位
カードの数字は記憶していたのだ。そのためゲルトルートが高位のカードを持っていないことは分かっていた。すべては最後の一手、調子に乗って
サクサクとカードを排出した結果誤ってジョーカーを炸裂してしまったのが終わりだった。さらに言えば、エーリカのジョーカーを除く最強カードが
エースであるとゲルトルートに見破られていたのも予想外である。

「くっそおおおお!」

 ヤケになって投げ出すダイヤのエース。

「まあまあ落ち着け」

 余裕綽々でクローバーの二を出す。

「トゥルーデの馬鹿ああぁ!」

 パス。

「何を言うか。お前のミスだろうが」

 ハートの八。ハートの五。上がり。

「うううぅぅ……!」

 残ったのはスペードの九とスペードのジャックだ。芳佳が後ろで拍手をしている。

「でもハルトマンさん、あれはないですよ……私途中でハルトマンさんに勝ち目ないと踏んだんですけど、すごい勢いで巻き返しちゃって、
ジョーカーを出す直前でほんとにビックリしてました」

 芳佳がハルトマンは勝てないと踏んだのは、エーリカがスペードのエースを出したあたりだった。この時点で残りの手札は以下のとおり。

※h … ハート, c … クローバー, s … スペード, d … ダイヤ
ゲルトルート:5h,8h,9c,2c,2d
エーリカ:9d,10c,10h,Js,Qs,Ad,2s,2h,Joker

 どんな被せ方をしても、エーリカは一枚のカードが四枚もある。ジョーカーを使えば二枚同時に出せるのでゲルトルートを追い詰められるように
思えるが、それにはジョーカーが足りない。いつかは必ず一枚になってしまうので、普通に考えればゲルトルートにしか勝てないのだ。たとえ十を
同時に出しても、二を二枚持っているゲルトルートに対してそんなリスキーな選択はできない。特にエーリカには見えないが五と八が揃っている
この状況を考えれば、その選択は通常ありえなかった。
 基本的に何からスタートしてもゲルトルートの二枚目の二を出させればエーリカの勝ちとなるのだが、ゲルトルートがパスを出し続ければエーリカは
非常に厳しくなる。一応ジャックを回避してシングルで出していけば勝てるのだが、それに気づけるほど長い思考時間は存在しない。現に互いの手札を
知っていて、かつゆっくり考える時間のある芳佳でさえ、ゲルトルートが勝つと踏んだのだ。
 それがひっくり返ったのは、迂闊にエーリカが出した十の二枚に対して、ゲルトルートがパスという選択を取った瞬間だ。二を二枚出せば一瞬で
勝負がついたものを、ゲルトルートは誤った選択をした。そこでエーリカに考える余地を与えてしまったが、妙なところで焦りやすいのがエーリカの
欠点。どこまで行っても余裕を見せるゲルトルートに気をとられたのが敗因だった。

「油断は禁物だぞ」
「ううううぅぅぅ……」
「すごいと思ったんですけどね……まあ、次でがんばればいいんじゃないですか?」
「次は負けないからね!」

 エーリカが胸を張って言う。おおやってみろ、とゲルトルートが挑発に乗ろうとしたそのとき。基地に甲高い警報音が轟き渡り、敵が接近して
いることが告げられた。

「……ちょうどいい、撃墜スコアで勝負だ」
「ここまできたら仕方ありません、受けて立ちます」
「スコアでは負けないからね!」

 三人は互いにニンマリと笑うと、格納庫へ向かって猛ダッシュ。誰よりも早く離陸すると、自身の持てる最速で以って敵発見が報じられた地点へ
急いだ。


 ―――数を競う空の人間。それは世界各地でよく見られる、『空軍基地』の光景だった。奇しくもエーリカは、軍人らしい生活を送っている。




 fin.


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