the bells on new year's eve
新年を直前に控えた夜……何処からか、鈍い金属の音が響く。
「何だ、あの奇妙な音は?」
食後にひとりミーティングルームでくつろいでいたトゥルーデは、音の所在と由来に疑問を持ち、呟いた。
「『除夜の鐘』って言うらしいよ、トゥルーデ」
エーリカが横に腰掛け、扶桑の小粒なオレンジをひとつ渡す。
「除夜? 鐘? 何だそれは? ……ああ、扶桑のみかんか。有り難う」
エーリカとトゥルーデは、二人してもそもそとみかんを食べる。
半分程食べたところで、エーリカが口をもぐもぐさせながらトゥルーデに言った。
「鐘鳴らすのは扶桑の風習で、大晦日に聞くと縁起が良いとか何とか、少佐が言ってた」
聞きかじりの伝聞をトゥルーデに伝える。
「なる程。故郷の風習か。別に構わないが……先に言って欲しいな。何か警報か、もしくは付近の遺跡の装置かと間違う」
先日起きた、基地周辺での「遺跡の出来事」を思い返すトゥルーデ。そして言葉を続ける。
「で、扶桑と言うからには」
「そう。少佐が扶桑から……」
「鐘って……。今は戦時で金属も不足してるだろうに、よく基地(ここ)まで持って来られたな」
「だから小さめなんだって」
エーリカが言ったそばから、ごーん、と鈍く低い音が、耳の奥から頭の中を抜けて行く。
「あの大きさと音でか!? 扶桑の鐘は一体どんな……」
「まあいいじゃん。のんびりしようよ」
「……」
やれやれと呟き、残りのみかんの皮を剥く。手を動かしながら、考えるトゥルーデ。
鐘、か。
故郷に有った、教会の鐘楼を思い出す。礼拝やお祝い等のたびに、盛大に、そして厳かに鳴ったあの鐘を。
ネウロイに全てを飲み込まれた今となっては、その音を聞く事も出来ない。
そして故郷から遠く離れたロマーニャの基地で、片隅から響く……聞き慣れない“鐘”の音を聞いている。
また一回、鳴った。さっきよりも間隔が短い。
「一体何回鳴らすんだ」
「百八回らしいよ」
「なんでそんなに多いんだ?」
「さあね。少佐なら知ってるんじゃない?」
「その少佐は今何処に?」
「ミヤフジ達と一緒に鐘を突いてるって」
「ああ……」
何故か嬉しそうな美緒の顔、特徴的な笑い声が一瞬聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。
「さっき面白そうって、シャーリーとルッキーニも行ったよ」
「なる程そう言う事か。さっきとはまるで違う軽くてでたらめなテンポの鳴らし方は、多分あいつらだな」
こーん、と掠った様な音が聞こえる。
「打ち間違えたか」
「トゥルーデ気になる? 一緒に行く? 一緒に鳴らす?」
「いや……別に良い。私が鳴らしたところで、ヘタに力を入れて壊してしまっては……」
「トゥルーデ?」
エーリカに顔を覗き込まれる。そして、手にしていたみかんをばくっと食べられる。
「おわ? 私のみかんが」
「トゥルーデ、スキだらけ。ご馳走様」
「おい……。まあ、いいか」
「トゥルーデの考えてる事、言ってあげようか」
「エーリカ……」
「鐘の事思い出して、それから故郷の事考えてたんでしょう?」
エーリカの言葉に、どぎまぎしてしまうトゥルーデ。何故分かったと呟くと、エーリカは笑った。
「トゥルーデの考える事だもの。大丈夫」
「何が大丈夫なんだ」
「いつかカールスラントも解放して、元に戻せば良いじゃない」
「ああ、いつか、な」
「そうやって希望を持とうよ、トゥルーデ」
屈託のないエーリカの笑みを見ているうちに、心和らぎ、少しの安堵を覚える。
「そうだな」
ゆっくり頷くトゥルーデ。
「鐘が鳴るときは、私とトゥルーデの結婚の時かな?」
不意にエーリカが言って、嬉しそうに笑った。
「なっ、何を言うかと思えば」
「そういうのも良いよね」
ふふー、と意味ありげに笑うエーリカ。
「その時はみんなに来て貰おう。私達の家族に、501の全員でしょ、あと誰呼ぼうか? そうだ、JG52の仲間も……」
「エーリカも先走って考えすぎだぞ」
「良いじゃない、考える位自由でさ。楽しいよ」
エーリカはそう言うと、頭の後ろで腕を組んで、ふふーんと歌う様になにか思いを巡らせている。
……お前はいつもそうだ、とトゥルーデはエーリカの笑顔を見て思う。
決まって考え事……それも楽観的とは言えない……をしている時に、突然割り込んで来て、笑顔を振りまく。適当な事も言う。
その姿、その言葉、その笑顔で、私は何度心を掻き乱された事か。
でも。
そのお陰で、私は心の平衡を保っていられるのだろう。と結論付ける。
「有り難う、エーリカ」
そっとエーリカの肩を抱き寄せ、呟くトゥルーデ。
「どうしたのトゥルーデ?」
「何となく、だ」
「これも扶桑の鐘のせい?」
「さあ、な」
少し照れ気味のトゥルーデに、エーリカが笑いかける。
「でも、こう言うのも、良いよね」
二人っきりのミーティングルーム。基地に響き、抜けて行く鐘の音は、どこか奇妙で、しかし不思議と厳かで……。
お互い寄り添っているだけで、何も要らない。そんな気分にさせてくれる。
「今夜は三日月なんだ。綺麗だね、トゥルーデ」
「ああ」
二人して窓辺から、外の月を眺める。美しい弧を描き輝く月を見て、思う。
こう言う年の暮れも良いな。
思った事をそのまま口にしてしまい、言った後で気付き、顔を赤くするトゥルーデ。
「トゥルーデ、かっこつけてる?」
「そ、そんなんじゃない」
ぷいと横を向くトゥルーデ。
「でも私のトゥルーデだから許す」
愛しの人の頬を両手でぎゅっと押さえ、その顔を正面に持ってくるエーリカ。
「なんだ、エーリカ」
「何度も言わせないの」
そう言ってエーリカはそっとトゥルーデの唇を奪う。
「誰かに見られたら……」
「気にしない気にしない」
「気にしろ……」
言葉では拒絶しながらも、トゥルーデはエーリカをしっかりと抱きしめる。
そして、ゆっくりと唇を重ねる。
触れ合う唇。いつもと変わらない、柔らかさと温かさ、しっとりとした甘い感触。
「トゥルーデ」
「エーリカ」
お互い名を呼ぶ。もう一度キスを交わす。
長い口吻が終わり、そっと顔を離した所で、ごーんとひとつ強めの鐘が辺りに響いた。
絶妙なタイミングに、二人はおでこをくっつけ、ふっと笑いあった。
時計を見る。もうすぐ年が明ける。
「来年も宜しくね、トゥルーデ」
「私こそ、エーリカ」
「来年もずっと一緒だと良いね」
「ああ」
エーリカの肩をそっと抱き、頷くトゥルーデ。
守るべき者。そしてトゥルーデにとって、絶対唯一の存在。エーリカの肩を抱く力も自然と強くなる。
エーリカにとっても、トゥルーデは同じ存在。そっとトゥルーデの腰に腕を回し、お互い抱き合う。
鐘の音が時折聞こえる以外、二人の呼吸しか聞こえない、静かな時間、空間。
質素だが贅沢で幸せな時間を、二人は過ごす。
エーリカが、小さく笑った。トゥルーデはその顔を見て、心が癒され、自然と笑顔になる。
もう一度、二人はお互いの気持ちを確かめるべく、距離を縮め、ゼロにする。
お互いの服を通じて、そして唇を通して、温もりを感じ合う。
じっくりと堪能するかの如く、何度も二人は繰り返した。
end